六話:新しい夜明け
締め切った室内。ホコリっぽくてジメジメしている。私の真正面にはお父様が座っていて、その前で膝まづいている。
私は今、家でお父様にお叱りを受けている。
騎士の叙勲を受けたため、ローレルを連れて里帰りしたのだ。ローレルが帰ってから、私は家の一室に閉じ込められていた。
「お前は騎士にならなければならない。立派な騎士にならねばならない。この国のために」
「はい。お父様」
「お前は信心深くなければならない。人徳を持ち、人格者でもなくてはならない。この国のために」
「……はい。お父様」
「そして、常に冷徹であるのだ。 特にあの金持ちの小僧、ローレル。あいつはお前……果ては国の邪魔にしかならん」
そう言って、お父様は一本のダガーを私に投げた。刃は反り返り、鋭く長い。こんなものを刺しては無事では済まないだろう。
「殺せ」
そう一言だけ言った。おずおずと見上げた先には、一筋の光がぎらついていた。
「ん……あ……?」
眩しくて顔をしかめる。手で光をさえぎり、目元を揉みほぐす。瞬きをすると、少しずつものか見えてきた。
目の前には朝日。森の木々からひょっこりと顔を出した。……あれは夢だったようだ。
「あ、朝かぁ……嫌な夢だなぁ……」
昨日お祈りをしていたら、そのうちに寝てしまっていたようだ。
目の前に突き立てた剣を引き抜き、立ち上がって思いっきり後ろに伸びる。
「……う〜ん!」
立膝のまま寝ていたせいもあり、ちょっと体が痛い。少し体を動かすだけで、体の凝りがほぐれていくのがわかった。
一通り動かしたあと、小枝を集める。そして持ってきた火打石で火をつける。それと……。
「……んあ?……あ! 朝はお早いんですねぇ……!」
「プルルルッ」
栗毛の彼と、一緒に寝ていたステラが起き上がった。
……いい加減、彼にも呼び名をつけた方がいいだろうか。なんだか呼びづらい。
「 ああ、おはよう!昨日はよく眠れた?」
「そっそれはもうぐっすりと!!じゃないっ!あ、ああいえっ! おはようございますっ!」
そう言ってステラは一礼した。そして、焚き火の方をまじまじと見つめる。
「その……このお魚どうされたんですかぁ?」
「えっと……村の人たちが『昨日ははすまなかった』って言って分けてくれたんだよ」
「へ、へぇ……」
ステラは神妙な面持ちで、焚き火にかかる数匹の魚と私の顔を見比べる。
この顔は「これ私のなんですか?」か「魚なんて食べるんですか!?なんて野蛮な!」のどっちかの顔だ。
異宗教の人間は別の価値観があるのだと、以前言われたことがある。もっともローレルの受け売りだが。
つまり、私の常識は彼女の常識でない。というか見た目が草食のそれだし常識なんてあってないようなものだ。
ならば少しだけでも探りを入れるべきだ。
私は感情の捉えにくい一文字な瞳孔を懸命に覗く。
どっちの顔だろうかこれは。やっぱりわかんない。
「あ、あのぅ……それって……」
「昨日の夜、村の人に貰ったんだ! 『昨日はすまなかった』って。ステラさえ良ければ一緒に食べたいんだけど……魚は好き?」
「はい!大好きですっ!! 」
即答だった。目をキラキラと輝かせる。焚き火の近くにステラを座らせ、私はその反対側に座った。
拙すぎるコミュニケーションではあったが、偉大なる異文化交流の第一歩だ。極めて文明的なやり取りができた気さえする。
上機嫌に魚を頬張るステラ。
「はふっ……!はふっ! おいひぃ!!!」
なんだか背中の当たりがパタパタと動いている。どうやら彼女にはしっぽも生えているみたいだ。
栗毛の彼はその辺の芝を食んでいる。
それを横目に、私は2回胸の前で十字を切って手を組んだ。
一つはこのお恵みと慈しみへの感謝。そしてこの食物への祝福と勤労の誓いを。
一つは懺悔。私が行っている冒涜的な行動と、その背徳感に心踊らされていることへの。