08.食堂での波乱
ブックマーク、評価ありがとうございます!
励みになります。
いつもと変わらない日常が過ぎていく。紳士科では。淑女科では起こっていることは生徒会に報告されない。被害者が黙っているなら手を出せない。
「シオン殿下、淑女科では毎日のように嫌がらせが行われているようです」
婚約者のいるリオナル殿には定期的に報告をしてもらっている。大体は影からの報告と同じ。後は影が得られなかった婚約者から見た被害状況が役に立つ。それでも、学年が違うから三学年の共用スペースで行われたことの報告だ。
どれも貴族の令嬢が行わないような嫌がらせ。
それも仕方がないか。相手が悪すぎる。
公爵令嬢が侯爵令嬢に喧嘩を売っても通常なら咎められない。
だが、相手は父親が宰相でモリアーティス公爵家派だ。潰しにいけば逆に潰される。
さらに言うなら今のメッゼリッヒ公爵家と侯爵家の筆頭であるウェスタリア侯爵家は同格だ。
「ただ、これは私の婚約者の所感なのですが……」
「なに?」
「ウェスタリア侯爵令嬢は嫌がらせをされても気にしていない様子で……その……気づいていないかメンタルが強いかのどちらかだと思われます」
「き……気付かないことってあるのか」
「あまりにも低俗な嫌がらせなので、故意ではなく事故程度、若しくは、些末なことと受け取っている可能性があります」
「メンタルが強いならそれでいい。事実として些末なことだから、それもいい。問題なのは気づいていない場合だ。多分、無意識に煽る」
淑女科の建物内で行われている、それに合わせて生徒会に相談がこないことで手を出せないでいる。
いや、メッゼリッヒ公爵令嬢は生徒会役員のままだから相談も握り潰しているだろう。
二年間、生徒会長として勤めていたのだから一定の信頼は得ているはずだ。
昼は初めて食堂を利用することにした。
いつまでもサロンやテイクアウトの利用だと生徒同士の関係性を把握することは難しいだろうと考えてだ。
ラスティとグレイと食堂へ入ると珍しいのか僕たちを見て驚いている生徒が数人いる。中には女子生徒も。バツが悪いのか目を逸らしてコソコソしている。なぜだ?
初めて利用したけど食堂も面白そうだな。列に並んで注文を受け取って席に座るのか。
列に並ぼうと前を見ると、サーバーからグラスに飲み物を注いでいるエレナの姿。友人の分もなのだろう、二つ目のグラスを手にしているところだった。
その瞬間、魔術が発動したのを感じた。
その先を見ると揺れるシャンデリア
先に身体が動いた
ーーーーガシャン
「きゃあああああああ!!」
叫ぶ者、驚いて手にしていたトレイを落とす者や膝から崩れ落ちる者、動けず立ち竦む者。
「ラスティ!!食堂封鎖!すぐに騎士と魔術師を呼べ!!グレイ、他に怪我人がいないか確認しろ!」
シャンデリアが落ちた瞬間、ナイフが飛んできた。結界を張ると弾かれて他の生徒に被害が広がると判断して、エレナに覆い被さるように抱き締めた。
ナイフとガラスの破片で頬と手の甲怪我をしたが、一発目が当たった後は残り全てを凍らせて飛び散らないようにしたことで被害を抑えられたはず。
「大丈夫か?」
「は……い」
震えている?
多くの生徒がいる前で手を出すのは予想外だった。恐らく、犯人も僕が食堂を利用するのは予想外だったのだろうけど。
「シオン殿下?あっ……ありがとうございます」
「あぁ」
学園に常駐している騎士が駆けつけ、怪我をしたのが王太子と言うことでアレンと他一名の魔術師が駆けつけた。
「シオン殿下!お怪我は」
「深くはないから大丈夫だ。直ぐに魔術痕と行使者を特定しろ。私は医室へ行く」
「はっ」
現場をアレンと騎士に任せ、利用していた生徒達は食堂に留めた。アレンなら魔術痕の特色から行使者を割り出せる。
「君も念のために医室で見てもらうといい」
エレナを連れて食堂を後にし、医室へと行き手当を受けた。幸いにもエレナにはガラスの破片などは当たらず怪我がないことを確認できた。
最近の事情を聞くために今は場所をサロンへと移している。
「顔……それに手も、ごめんなさい、私が対処できていれば」
「気にすることはない。エレナが怪我をして傷にならなくて良かった」
エレナの髪を一房手に取りキスを落とす。
良い香りがする。
キスを落としたままエレナの顔へと視線を移すと真っ赤になっていた。
意識してくれたことが嬉しくて、髪から手を離し椅子をエレナの席の近くに寄せる。
「噂ではなくゼロから見てくれているかな?」
「は、い」
「緊張してる?」
「い、え。あの、腕をお借りしていいですか?」
「腕?いいよ?」
左腕を差し出すと抱きつかれた。
む……ねが当たっています、よ?
や、わらかい。大きい……!
突然のことで身体が固まった。
「えっと……これは?」
何をしているんだろうか、と考えていると魔力に包まれていることに気付いた。
ふんわりと柔らかい魔力で温かい。
手の甲のズキリ、とした痛みが和らいだ。
「よしっ!これで治ったはずです」
腕から離れて僕の手の甲に巻いていた包帯を外すと、そこにあったはずの傷が消えていた。
「え?」
「本当は陣を展開するんですけど、私、展開しても発動できないんです。でも、抱き付いたりすることで発動できるんです」
「……これって治癒魔術?」
「はい!あっ、誰にも言わないでくださいね。お父様とお兄様には秘密にしておくようにとキツク言われているんです」
いや、治癒魔術って行使できる人が滅多にいないから貴重だよ。そりゃ、秘密にしておけってなるわ。
リズタリアには治癒魔術を行使できる人はいない。
「治してくれてありがとう。秘密なら、この包帯は巻いておくよ。傷がなくなっていたら驚かれるからね」
エレナが気づいて包帯を巻き直してくれる。
「助けていただいたので、お礼をしたいのですが……殿下相手に失礼かしら」
うーーん、と悩んでいるようだけど、お礼ねぇ。今の治癒がお礼だと思うのだけど、気づいていないなら黙っておくか。
「お礼?それなら、また二人で逢おう」
「そ、れは……人に見られるのは困ります」
「人目のつかないところなら?」
「ありますか?」
「中央棟の裏なら目立たない。そこで。そうだ、毎週末、休みに入る前日の放課後に」
「ま……毎週!?」
「決まりだ、それがいい」
「はい」
今のエレナの立場は同級生。王宮で茶会を開いて呼ぶ事はできるけど、婚約者として指名していないのに王宮へ呼んだら宰相が何をしてくるか……。
「宰相とレイには言わないように。二人だけの秘密だ」
そう、耳元で囁くと頬を朱に染めて震えた声で返事をしてくれた。
こちらを意識してくれたなら、あとは微笑んでみせると、うん、目を逸らされた。
嫌がらせのことを聞いてみた。
水をかけられたとか……
『そういえば水魔術を使って失敗した人がいましたね』と、特に気にした様子もなくグレディミア侯爵令嬢が乾かしてくれたみたいで……って、水魔術行使するのは問題だって。失敗じゃなくて水が掛かったなら相手としては成功しているよ。
他のことも嫌がらせだとは思っていないらしく『気づいていない』に該当していた。
無意識に煽っていなければいいけど……。
サロンから淑女科へ送り届ける途中、心配したグレディミア侯爵令嬢とジェラール辺境伯令嬢と出会し、午後の授業がなくなったと聞いた。
二人にエレナを任せて僕はラスティのいる食堂へ向かった。