07.影のお遊び、愛の表現
婚約者候補達を全て解散させた。
今、僕には婚約者候補すらいない。
陛下と王妃はすんなり了承したが議会や娘を婚約者候補としていた家の当主からの反発が酷かった。
その家や当主に瑕疵があれば、それを理由に。なければ娘の瑕疵を理由に全て婚約者に相応しからずとした。
婚約者候補から外れたご令嬢は数日、学園を休んだ者もいる。
ロベリア伯爵令嬢は王族との関係で真実とは異なることを話し吹聴し名誉を傷つけ、従えさせた生徒達に苦痛を与えたとして身分剥奪、修道院送りに。東の修道院にしたから領地とは反対側だし、少し北寄りだから冬は寒くて大変だろうけど自業自得だ。
僕がロベリア伯爵令嬢と身体の関係があったことは全て虚言であり事実ではない、証拠として教会が行う純潔であることの確認ーー木型を押し込み出血の確認を行う儀ーーをして事実無根であることを証明させた。
女性にとっては屈辱だろうけど、男を知っている身体であるかで修道院での扱いも変わるらしいから、僕との関係を吹聴していたなら、いずれにせよ証明が必要だったのだから致し方ないだろう。
問題はメッゼリッヒ公爵令嬢だ。
表向きは大人しくしているが、何をしでかすか解ったもんじゃない。
元々、メッゼリッヒ公爵は婚約に乗り気ではなかった。いくら王妃に相応しいともてはやされても素の性格に問題を感じていたようだ。娘の希望で婚約者候補に押し込んだが、問題の性格は僕にフォローしてもらうしかないと考えていたらしく、婚約者候補から外れたことで安堵していた。
メッゼリッヒ公爵や嫡男は常識があり王宮でも重要な役職を担っている。
この二人が領地に篭ると、新しい人材を探す手間があったが、現段階では不要なようで安心した。
娘に恥をかかされたのだから、いつ報復されてもいいように準備は必要になるが。
メッゼリッヒ公爵派はモリアーティス公爵派程、大人数ではないが、それでも全てが王宮の職から辞されると困る。
念のために他の派閥で適任者がいるかリストは作っておくか。
エレナが婚約者候補ではないかと噂されていることでウェスタリア侯爵もとい宰相とレイからの当たりが強い。
直接的に確認されることや苦言はないが、仕事をする上で手間が増えた。
僕が話をするために部屋へ行くと二人が執務室にいないことが多く、探す手間が増える。
ここ最近、ウェスタリア家の影が王宮に来ているようで王家の影と談笑するらしい。
ヤメロ、談笑するな。
談笑ついでにエレナのことを聞いたら『今日はお嬢の依頼で王太子のことを調べに来ました!』と白状したらしいけど馬鹿なの?
影曰く『油断させようとしている』らしいけど何が本当かわからないし、ウェスタリア家の影を入れんなって!
一喝したからウェスタリア家の影は立ち入り禁止にさせた。
影達も冗談で侵入させていたみたいで『殿下の想い人が殿下のことを調べているなんて!これは殿下のことを教えて差し上げよう!』と気を回したらしい。
冗談でやることじゃねぇよ!
宰相は、僕と同い年の娘がいると話題にしてもいいはずなのにーー娘も今年入学なんです。よろしく。とかーー名前が出てこない、学園の話は一切しない徹底ぶりだ。
魔術の実践講義をしてから数日で纏っている魔力が消えるという話だったが、僕からは消えていない。
僅かだが、エレナの魔力を纏っているようだ。エレナはどうなんだろう。
魔術理論と実践の講義は月に数度だから、今月はまだ会えていない。
他の選択科目も重なる事があるけど、友人と仲良くしている姿を見るだけに留めている。
王宮の執務室で書類の確認や作成、報告書の作成をしていると面会希望者がいると侍従に告げられる。
「はぁ……個人的な面会はしない。必要なら書面でと伝えて」
「一度お伝えしましたが引き下がりませんでした。自分は殿下に会う権利があると。それと、淑女科と紳士科は建物が違うから何が起こっても助けられませんね。と伝えるようにと」
「脅しているつもりなのだろけど脅しになっていない。その発言を含めて用件を書面に。第三者が確認した後に私へ持ってくるように」
「畏まりました」
王宮の婚約者候補達が利用していた庭園に夕方まで居座っていたようだ。執務室区域に近いことで、僕が通り過ぎないか待っていたようだ。
「それ、何が書かれているんだ」
執務室に書類を持ってラスティがやってきた。今はまだ、宰相補佐の候補だから僕の下で仕事に慣れるために雑用をしている。
受け取った書面には『お慕いしています』とだけ記されていた。
「愛されるって、どんな気持ちなのか知ってるか?」
「は?何言ってんだ?」
「愛されている実感がない、それは愛か?」
「愛の重さと表現は人によるだろ。心に秘める、愛を囁くとか。それに、恋人への愛情、友愛、親愛で表現が変わるんじゃねぇの。妹に向ける愛情と恋人に向ける愛情は違うだろうし」
兄弟がいると愛がわかるのか。ラスティには弟と妹がいるから家族愛ならわかるのかもな。
「自己愛とか?」
「あるかもな。あとは対象だよ。シオン自身を愛しているのか、王太子であるシオンを愛しているのか、権力なのか与えられる地位なのか、身体だけなのか。何を愛しているかなんて、結局は本人しか解らないだろ」
「ラスティ、見直した。僕の知らないことだ。考えたこともなかったよ」
「シオン、今更かよ。もっと見直せ。それに陛下と王妃がお前に向けているのも一つの愛だろ。まぁ、あの二人は優秀な息子に安心しすぎだけどな。お前の隣に立てる女性が、どんな子かも知っているから婚約者が決まらなくても口を挟まなかったんだし。気づいて欲しかったんだろうしな」
「こっちとしては勝手に決めてくれた方が楽だったけど」
「決めたって出逢ったら欲しくなるだろ」
うん、婚約者が決まってからの撤回は難しい。寧ろ出来ないと考えた方がいい。
その後に出逢っていたら、手に入れる方法を考えるかもしれない。婚約者を儚くするのが手っ取り早い。
「で、メッゼリッヒ公爵令嬢は想いを伝えにきたのか」
「まぁね。書面にさせたけど。多分、学園が荒れる」
黙っているはずがない。
淑女科で一波乱あるな。
メッゼリッヒ公爵令嬢が侍従に伝言させた内容を伝えると、ラスティは怪訝な表情をして考え始めた。
学園内の影はモリアーティス家の管轄にしている。最近は主不明の不審者が多く、後始末に追われているらしい。
その中に主が明確になっている影もいて、談笑相手にしているって……ウェスタリアーーー!!!お前のとこの影、チャラすぎだろ!!
ウェスタリア家の影はレイの管轄で、最近はチャラめにいった時の反応と成果を検証しているんじゃないかとモリアーティス家の影が推察している。
影で遊ぶな。
淑女科で何か起こる可能性を考えてモリアーティス家の影の配置を増やしウェスタリア家の影も出入りは今のままさせることにした。
で、ウェスタリア家の影と交渉して情報を共有させる。
「じゃぁ、愛を知らないシオンに良い事を教えてやるよ」
「なんだよ。コレ、チェックした。やり直し」
話しながらでも仕事しないと終わらない。手戻り多いな。
「エレナ嬢は来月七日が誕生日」
「知ってる」
「なんだ、調べさせたのか。俺は夜会に招待されたけどね」
「は?」
……侯爵家の夜会に王族が招待されることはあるけど基本は参加しないから僕は行かないのに。
「エスコートはレイがするだろうから俺は参加するだけ」
僕の反応を見て楽しんでるな。腹立ってきた。
「もう部屋へ戻って仕事しろよ」
「へいへい、お邪魔しました」
夜会に参加できない代わりに誰よりも素晴らしいプレゼントを贈ろう。