05.生徒会の情報と排除
入学から数週間は大人しく、とても大人しく過ごした。可能な限り淑女科の生徒と鉢合わないように、昼は中央棟にある王族専用サロンを利用した。
この数週間はクラスメイトや上級生の素行を把握し側近候補者を見繕う。
家柄は二の次。
本人の能力と素養、友人関係と過去の発言や思想、既に影からの調査報告書が届いているが本人を見て事実確認をしている。
エレナのことも調べた。
ウェスタリア侯爵家の影の実力も高いから王家の影すら邸に近づくのは困難だった。モリアーティス公爵家もウェスタリア侯爵の邸には近づけないらしい。
エレナに約束させたから僕も、相手のことはゼロからしっかりと見ることにしている。
調査書の文字だけを信じずに人を見るのも存外、楽しいものだな。
久しぶりに楽しさを感じているよ。
今日の午後のティータイムはクレクト侯爵令息をサロンに招いた。
「リオナル殿と呼ばせてもらうよ」
「シオン殿下に名を呼んでいただけるなんて光栄です」
早速席についてもらい、まぁ、直ぐに本題も失礼だろうし適当に卒業後の事を聞いたり最近の領地のことを話した。
頃合いの時間だろうと、本題へと話を移していく。ゆっくりと誘導するように。
「そうだ、私が入学する前の生徒会のことも教えて欲しい」
「生徒会ですか?」
「そう、リオナル殿だから正直に話すけど、居心地が悪くてね」
微笑んで見せるとリオナルは目を閉じた。
あぁ、何か知ってるんだね。
「何でもいいんだ。些細なことも教えて欲しい。今後の生徒会運営に役立つするかもしれないからね」
「……居心地が悪く感じられるのはアリティア嬢とマーガレット嬢がシオン殿下の婚約者候補だからかもしれません。殿下がいない時も牽制し合っていますから。以前はマーガレット嬢がアリティア嬢を立てていたんです」
アリティア・メッゼリッヒ公爵令嬢とマーガレット・ロベリア伯爵令嬢の二人は確かに婚約者候補だけど啀み合ったところで得られるものは無いのに。
メッゼリッヒ公爵令嬢も会う機会が少なく時間が短ければ猫を被っていられるのだろうけど、想定以上に愚かだな。
「私の婚約者候補であって婚約者ではないのにね。でも、それが原因の一つなら排除するよ」
「え?」
「二人を婚約者候補から外す。仲良く外れるなら問題にはならないさ」
「し……しかし!アリティア嬢は公爵令嬢ですよ?それも、候補者の中では一番優秀だと伺っています。私の言葉で決めなくても」
ガタン、と立ち上がり僕の発言を取り消すよう慌てている。
「調べた上での結論だから、リオナル殿は何ら関係はしていない。学園には学びに来ているんだ。私の足を引っ張り面倒事を起こす令嬢が妃に相応しいと思うか?」
「いいえ。……最近の二人の行動は目に余ります。仕事をせず牽制し合い新たな派閥を作り出しているので生徒会の仕事に支障が出ています」
うん、下級生まで巻き込んで次期王太子妃に侍る人を集めている。その取り巻きを使って僕との噂を流そうとしているけど、ある程度は握り潰している。
面倒くせぇ。
「そうだろう?生徒会役員が仕事をせず私欲に走るなんて生徒の手本とならない。それに高位貴族としても認められる行動ではない」
もっと上手くやればいいものを。
人の使い方も下手だと妃になった時にフォローが大変だ。
「他に教えてくれることはあるか?」
リオナル殿の話で僕が入学するまでは真面目に生徒会活動をしていたこと、前任の生徒会長が優秀すぎてメッゼリッヒ公爵令嬢は気後れして立ち回りが後手に回ることが多くあったことなど、有益な情報を知れた。
前任の優秀な生徒会長はレイ・ウェスタリアであることが腹立たしい。レイの方が優秀だったなんて教師陣に思われないように僕も頑張らないと。
影が調べた内容とも相違ないし新たな情報も手に入ったといったところか。
「あ……あの、伺いたいことがあるのですが」
「なに?」
「その……マーガレット嬢と閨を共にしたというのは事実でしょうか?本人が強気になっていて、その言葉で他の女子生徒を従えているようで……あの、私には婚約者がいるのですが、最近の行動には迷惑しているようで……いえ、その、殿下が婚約者候補から外すというのは正式に指名をするのかとも思いまして」
「ん?もう少し詳しく」
にっこりと微笑んで話を促す。ロベリア伯爵令嬢が何言ってるって?!
「いえ、自分は殿下からの寵愛を一身に受けている。その自分に逆らうのか、未来の王妃に失礼な態度をとるな、と」
「ではリオナル殿の誤解を解いておこう。私はロベリア伯爵令嬢を寵愛することはない。彼女が王妃になることはない。今この瞬間、彼女は伯爵令嬢の身分すら危うい立場だ。こちらでも調査して早急に彼女を処罰する。それまでは他言禁止だ」
「は……はい!」
淑女科で流れているデマがあり過ぎる。
エレナの耳にも入っているのだろう。
影の報告では食堂の利用はテイクアウトで友人の寮の部屋で食べているらしいから接触も出来ない。
一度、ゆっくりとエレナと話したい。
あの魔力に触れたい。
リオナル殿が知っている生徒会のことと噂については把握できた。彼の証言は影の報告と大きく離れてはいないから、いい人材になるだろう。
リオナル殿とのティータイムを終えて一人部屋に残る。
「噂の件は調べて。今夜報告して」
『御意』
天井裏に控えている影が答える。
「以前、ロベリア伯爵家について調べているだろうけど詳細の報告を。付け入る隙があれば、その詳細も」
『先に申し上げてもよろしいですか』
「なに?」
『ロベリア伯爵は真面目ですし瑕疵を見つけるのは困難です』
「令嬢の方を。身分剥奪の方向で」
『御意』
問題を起こす前に退場してもらおう。
幸い、修道院はいつも人手不足だ。
重さによっては重労働をしている男達へ癒しを与える仕事をさせればいい。
『ご報告です。明日の選択講義の魔術実践にウェスタリア侯爵令嬢が参加されます』
「そうなのか?!それは楽しみだ」
数週間ぶりに姿を見れる。
早く会いたい。
暫く待つと次の客人が部屋へと入ってきた。
次の客人はラスティだ。
テーブルの上のティーセットは新しいものに変えられた。
「改めてどうしたんだよ」
「一応、確認しておこうかなと。再従兄弟相手でも礼儀は必要だろうと思ってね。優しいだろ?」
僕の言葉に勘づいたのか、ふっと笑みを溢す。
「優しすぎてびっくりだよ。でも、ま、シオンが好きそうだなとは思ってたから、俺のことは気にしなくていい。お前の隣の方が相応しいよ」
「何をどうしたらそう思うんだ?」
「きっと個人のお前を見て接してくれる。打算もないし見た目からは想像できないけど能力が高い。それよりも、魔力量が多い」
許可を取るつもりではあったけど、ラスティから知っているかのように話されるのはいい気分ではないな。
「それそれ、その表情!お前を人にしてくれるのは彼女だよ」
ムッとしていた。
自分でも気づかないうちに表情に出ていた。
「でも大変だぞ。父親と兄貴の説得、議会の承認、婚約者候補の当主達を納得させて、本人に受け入れさせる。お前の嫌いな面倒事ばかりだろ」
「…………それ程、面倒ではない」
「じゃあ何だよ?」
「楽しい」
「は?」
「だから敵を欺いて味方を作り身内を騙して全てを手に入れる、と考えたら楽しいだろ?」
「人はそれを面倒事というんだぞ」
「それは知らなかったな。最近は楽しいことばかりだよ」
「お前変わったな。高確率で陛下と王妃は賛成する。存在を知っていたしお気に入りだ。何度かうちでも会っているし、王妃は会いにも行ってる」
は?陛下と王妃は知っていたのに僕にだけ隠していたのか?ありえない事って起きるんだな。勉強になるわー。
「二人が気に入っているなら動きやすい」
王妃が気に入ってるなら王宮へ招待しても文句は言われないだろう。帰り際に婚約誓約書を土産に手渡しそうな不安は残るが。
ラスティとのお茶の時間は情報共有をしている。目で見て判断したことを生かすために。
下位貴族で流行っている小説も学園内では話題になるらしい。
小説にある断罪、実際に起こると額を抑えたくなるが他人事だと楽しめそうだ。