42.夫婦になったから
エレナが神の力を覚醒させたことは、早朝に陛下の部屋を訪ねて報告をした。
寝起きだったけど、奥の部屋に母上がいたみたいだけど、見ないフリ、気づかないフリして報告だけして、今夜はウェスタリア邸に泊まるとだけ伝えた。
覚醒したことを報告するためだ。
神の力を覚醒させてもエレナの様子は変わらず。ただし、かなり魔力量が増えた。
治癒魔法の行使も以前より楽になったみたいだし、身体への負担がなくて安心した。
学園が終わり帰宅する際には、ウェスタリア家の馬車へと転移してエレナと帰宅。
邸に着くと大歓迎で久しぶりに会った使用人は泣いていた。
いや、マジで本当にごめんなさい。
ホールで次々と使用人が来てエレナに挨拶をしている姿を見ると、こんなにも愛されている子をこの家から奪ったんだと実感する。
エレナのことは侍女に任せて帰宅していた宰相とレイに改めて神の力が覚醒したことを報告すると、嬉しそう、ではなくて、苦々しい顔をしている。睨みつけないでもらえます?
相思相愛だと認めてくれたようで『改めて娘をお願いします』と頭を下げられた。照れくさい。
晩餐は皆と一緒にとり、就寝までサロンで宰相とレイと話し込み、エレナはお母上と話していて楽しそうだ。
就寝はエレナの部屋で眠ることになり、宰相は嫌がっていたが夫人に説得されて泣きながら立ち去った。
あの、普段から一緒に寝てますからね?
その事実は認めたくないようだ。
エレナの部屋はアンティーク調の家具が多く使われている。薔薇が好きなのだろう。
モチーフには多くの薔薇が使われている。
ソファーに腰かけると、邸に帰れたこと、泊まることが嬉しいとお礼を言われた。
正直、ここまで喜ばれるとは思っていなかった。
読み途中の本があったから持ち帰りたい、とか、この荷物は持っていってもいいかと。お気に入りのものを見せてくれて、王太子妃の部屋に持ち込みたいと相談される。
何も言わずに邸の侍女に王宮へ持って来させる事もできるのに、確認してくれるのが嬉しく感じる。相談してくれる、という行為に喜びを感じているんだろうと思った。
ずっと邸にいたい。と言われたらどうしようと考えていたが、王宮へ帰るつもりでいてくれるのが嬉しくて、持って行きたい物は纏めておいて侍従に運ばせる手筈を整える。
王太子夫妻の部屋もエレナの好みに合わせて壁紙や家具を揃えるように話したら、さらに喜んでくれて、僕って一緒にいられるだけで満足だからエレナのことを気にかけていなかったんだって思い知らされた。
今夜から気持ちを改めて、ちゃんと夫婦になろう。
寝台で眠りにつくとエレナの香りに包まれる。それと薔薇の甘い香り。
翌朝、支度を整えた後は朝食のために場所を移動する。扉を開けると美味しい香りが。
エレナの顔を見ると瞳が輝いていて嬉しそう。
「いただきますっ!」
いつもの朝より喜んでいるということは、やっぱり食事の内容か。
リズタリア王国では珍しい白米に味噌汁に和泉皇国の食事内容は王宮では一度も出された事がない。
嬉しそうに食べているから、朝は白米がいいのだろう。
「ご飯ってあまり口にしないけど美味しいね。ラストゥール領で食べた味に似ている」
「そうでしょう?ご飯だと目が覚めます!お母様が輿入れしてから朝は白米になったみたいです」
「うん、朝に白米はいいね。お腹いっぱいになるよ。焼き魚と卵焼き、サラダと優しい味で好きだな」
「そうでしょう?!出汁の味も好きなの」
和泉皇国の料理を作れる料理人なんて滅多にいない。王宮だと難しいな。
多少なら作ってもらえるかもしれないが、ここまでの味には出来ないだろう。
僕がエレナにできることをしよう。
学園へ登校する前に宰相を訪ね、エレナのためのお願いをした。快諾してくれて、ついでに、と、料理人を紹介してくれた。
突然のことで驚いているようだったが、一ヶ月後には王宮へ来てくれることになり安心した。
これで、王宮でも邸にいた頃のように好きな食事をさせてあげることができる。
ウェスタリア家の馬車で学園へ行くと、降りてきたのがエレナをエスコートした王太子で驚いている。
「みんな驚いています」
「そうだね。ウェスタリア家の馬車ってのが良かったのかも。何を想像しているかな?」
「私が王宮へ押しかけたとか」
「宰相と一緒に王宮に来ていたエレナの馬車に僕が無理矢理乗り込んだ、とかは?」
「シオンの友達なら、そう思うでしょうね。知らない人からすれば私が押しかけた事になります」
「それが本当なら嬉しいのに。いつも僕からで寂しいよ」
「本当は寂しいなんて思ってないくせに?」
「バレたか」
まだ喧嘩は未経験だけど冗談は言い合える。
少しずつ深まる関係が僕たち夫婦の姿なのかな。
中央棟の玄関ホールでエレナの腰を抱き耳元で囁くと顔を真っ赤にして鞄で叩かれた。
恥ずかしいのに攻撃的とか可愛いからヤメテ欲しい。
周りは『きゃぁっ』と声が上がっているけど僕は気にしない。
「シオン、朝から盛んなって」
「なんだ、ラスティか。朝から邪魔すんなよ」
「エレナ嬢、おはよう。朝からごめんな、盛りのついた猿以下で。回収するわ」
「ラスティ様、おはようございます。さっさと回収をお願いします」
あ、つれないなぁ。
「それでは、また」
学園でエレナに初めて『また』と言われた。嬉しくて固まっていたら本当に、ラスティに回収されて気づいたら教室へ移動していた。
「シオンって結婚してから表情筋が壊れた?久しぶりに会った時に比べて柔らかくなったよーな気がする」
「全てはエレナ嬢のお陰だな」
「ラスティはいつ結婚するんだ?」
「……もう少し仲を深めてからで」
「さっさと結婚しちゃいなよー」
「シオンが結婚したんだからグレイもお役御免だろ。婚約者くらいつくれよ」
「僕の方の婚約者は乳母候補だから国王陛下と王妃が決めるんだよ。そのうち、紹介されるだろーから気長に待つさ」
僕の隣で二人は好き勝手話しているけど、早く結婚すればいいのに。
朝に目覚めた時な幸せとか、執務の後の幸せとか、休日の幸せとか、未来の幸せを思う存分に話して聞かせたい。
「そういえば、今日が例のお茶会だ」
「かなりの数のご令嬢が参加するからガーデンパーティーになったらしいね」
「あぁ、生徒会に申請があったね。邸でやればいいのに」
「どーしてだろーねー。公爵に知られたくないような目的があるとか?」
「だとしたら良いことないだろ」
「念のためエレナには魔石を渡しておいた」
ガーデンパーティーとなり参加者が多く、男子生徒も参加すると噂がある。この状況だとマクリオ男爵令嬢とメッゼリッヒ公爵令嬢が何をやらかすかわからない。
ここ最近の様子だと、上手く煽てられているメッゼリッヒ公爵令嬢と上手く使っているマクリオ男爵令嬢という感じだ。
影から知らされた情報からすると今日のガーデンパーティーで動きがある。そこを捕らえる。
学園の敷地内で起こって欲しくないことだから、何も起きないことを願っているが無理だろう。
悪い予感しかしないガーデンパーティーは所定の時間に開始された。
マナーのなっていない言動の多いマクリオ男爵令嬢が他の女子生徒達からは距離を取られていた。
10月6日に完結します!