37.○○は突然に
「お待たせしました」
いつものように、ひょこっと顔を出して確認してから声をかけるエレナは、あの噂を知らないような雰囲気だ。気にしていないのだろうか。
「それほど待ってはいないよ」
微笑んで椅子へとエスコート。そこまではいつも通り。一瞬だけ見せた哀しそうな顔は見逃さなかった。
初めての逢瀬から季節が変わり、二人の時間にもだいぶ慣れた。以前よりもゆっくりとエレナを観察できる。
最近の逢瀬はエレナが紅茶を淹れてくれる。お菓子を用意してくれるから、だってさ。
「面倒なことを頼んですまない。困っていることはあるか?」
紅茶を口に含んでカップをソーサーへ戻し目をパチクリしている。真顔で。
「困り事しかありません。シオン様に関わると面倒しかないんです」
「そうか」
「とても迷惑です」
「そう」
自分に関わって欲しくない、と言いたいのだろう。男爵令嬢のマナーレッスン以外で関わりたくない、のか。
「私は軽い女ではありません」
「そうだね」
「家や領民のために有益になる方と婚姻だって必要なんです」
「貴族の義務だしね」
「それなのに……」
「それなのに?」
瞳を揺らし見つめるその目は、例え睨んでいたとしても僕には逆効果だ。
エレナを自由にするな離れることを選ぶべきなのだろう。
でも、どの道を辿っても結ばれる相手が変わらないなら、手を取り合って道を進んだ方がいいだろう。
「どうして私なの」
「どうして嫌なんだ」
「そ、れは……」
煩い貴族達の隙をついて準備を整えた。
エレナは何も心配することはない。
まだ公にはしていないが、そのうち貴族会で報告されるだろう。モリアーティス公爵から全貴族向けに。それまでに決める必要があるんだ。
「なに?」
「私は愛されたいんです」
「うん」
「一人の方に私だけを。夫をシェアするなんて考えたくありません。高位貴族の娘として生まれ教育を受けているから側室や愛妾の必要性は理解しています。でも私はお母様みたいに愛されたいんです」
「宰相は愛妻家で有名だからね」
「高位貴族の男性で愛妾や愛人がいる方は多くはありませんけど……。下位貴族の方が愛人がいらっしゃるようですが」
下位貴族が愛人を囲うのは見栄みたいなもんだろ。賢い下位貴族は愛人だなんて面倒は欲しがらない。
「王族は側室制度があって嫌なのか?愛人ではなく、妻として認められる制度だからね」
ただ一人を愛する。
そんなことよりも王族にとって必要なのは王家の血を途絶えさせないこと。争いになり友好条約を結ぶ際に娘を嫁がせる、もしくは息子に嫁いでもらうためにも必要だ。
一人の女性が産む人数は限られる。
子を生んでも亡くなってしまうと代わりがなくなる。
高位貴族の女性が産む子供は多くて三人だ。恐らく、体力の問題なのだろう。平民の女性は五人以上を産むことは珍しくない。
「子供が必要なら他の方を正妃に。そして側室も他の方を選んでください」
言外に『私は子を産む道具じゃない』と聞こえるよ。子を成すことは妻にとって一番必要な仕事だ。それは誰に嫁いでも。
「エレナは僕のことが嫌いか?」
「嫌いではないです」
「好きか?」
好き、なんだな。泣きそうな顔で僕を見るなよ。抱きしめたくなる。
「憂いなくお嫁に来れるよう、準備を整えた」
「え?」
「王族の側室制度を廃止した」
ガタンッと立ち上がり青い顔をして手で頬を覆っている。
僕は気に留めず紅茶に口をつける。望んでくれていると思ったのに、まさか、ここまで驚かれるとは思わなかった。
「な、な、何をしているんですか!!王家の血が途絶えでしまう危険があるんですよ!」
「そうだね」
「そうだね、ではありません!!今の王族の直系はシオン様一人なんですよ。何かあったらどうするのです!?」
「何かあった時のためにモリアーティス公爵家がいるからね。一先ず座りなよ」
側室制度を廃止するために必要なモリアーティス公爵家の男から承認を取り付けた。
テオは軽く承諾してくれた。
もしものための爵位と僕の娘が二人いれば嫁に出すことを条件に出したら、すんなり承諾した。
モリアーティス公爵の弟は公爵領の騎士団長をしている。夏季休暇中に転移を使って承諾を取り付けに行くと、めちゃくちゃ軽かった。テオ以上に軽い。
『大変なのは兄貴の息子だからな。俺はもう、関係ない』と適当すぎる。
その息子達も適当だ。すげぇ軽い。
息子達の瞳の色が青いから『関係ない』は確かにそうかもしれないけど、何かあっても秘術でどうにか出来るからな?
先代公爵と現公爵、ラスティの説得に時間がかかった。が、先に先代公爵が折れた。第三の王家の話で『時代は変わるものだから仕方がないな』と。
ただ、必ず直系で男児を産ませるようにと難しい条件を出された。まぁ、ウェスタリア侯爵家とラストゥール家は代々、男児が産まれているから何とかなる、かな。
現公爵とラスティとは今後のこと、第三の王家について話し合いを重ねて、なんとか承諾を取り付けた。
一番抵抗が激しかったのはラスティだが、二人で頑張ることにした。
脅したのは、ほんの少しだけだ。
『認めなかったらエレナを誘拐して姿を晦ます。王位継承権を放棄する。放棄されて困るのは誰だろうねぇ?』と脅したのは少しだけだ。
これで、漸くエレナを迎え入れる準備ができたんだ。
エレナの前で跪き手を取る。
「エレナ・ウェスタリア侯爵令嬢、貴方をシオン・リズタリアのただ一人の妻として迎え入れたい。貴方だけを愛すると、女神ルミアスに誓う。私と結婚して欲しい」
チュッと手の甲に口付けると、エレナが震えているのが伝わる。
顔を上げると、エレナの大きな瞳から涙が溢れていた。
「エレナ?」
早く返事を聞かせて欲しい。
魅入っていると目蓋を閉じた瞳から涙が溢れた。
「は、い。私も……シオン様をただ一人の夫として愛することを誓います」
嬉しくて、エレナ抱き締める。
顎に指をやり上を向かせると潤んだ瞳が僕を映す。唇を何度か喰み、リップ音を響かせて数回口付ける。
息を吸うために開かれた唇に舌をねじ込むと身体が離れたから腰と後頭部を押さえて逃げられないようにする。
エレナの艶かしい声が漏れ聴こえると頭がおかしくなりそうだ。
やっと、やっと好きな女性を手に入れた。
気持ちが通い合うと、こんなにも、口付けが気持ちいいなんて思いもしなかった。
口内を貪っていると、急にエレナの身体から力が抜けて膝から崩れ落ちそうになる。
「大丈夫?」
「き、もち良くて立っていられない」
そんな可愛い艶のある顔は反則だ。
エレナを抱き上げ椅子に座り横抱きのまま、何度も口付ける。
僕の舌の動きに慣れたのか、エレナも舌を絡めてくれる。それに、首に腕を回して抱きついたくれているのが堪らない。
目蓋を開けてエレナを見ていると、ギュッと瞳を閉じたまま僕の与える快楽を必死に受け止めている。
「……ハァ、エレナ、これ以上は出来ない。我慢できそうにない」
「がまん?」
蕩けた顔でコテンと首を傾げて僕を見るのはやめてください。反則。
「このまま王宮に来て欲しい」
「え?無理です!」
「手続きは早い方がいい」
「でもっ……」
「失いたくないんだ。明日まで待てない」
「大袈裟、です」
「いや、このくらいが丁度いいんだ」
教室に荷物があるとか言い訳していたけど、待機していたチャラ影が『お嬢、なんも問題ないのでいってらっしゃい!』とエレナの荷物や馬車のことは対応してくれるみたいだ。
言葉は嫌がっていても逃げないエレナと一緒に転移で僕の私室へと移動する。