36.魔獣より面倒な令嬢
エレナとジェラール辺境伯令嬢がマナーレッスンを始めてから一週間で僕に相談をしにきた。
都合良くメッゼリッヒ公爵令嬢は生徒会に参加しない日だったので助かった。
副会長であるラスティを同席させて四人で生徒会室で話すことにしたが、二人とも疲労が重なっているようだ。
僕の前なのに深く、ふかーく溜息をついている。社交界でご令嬢の溜息なんて滅多に見れないから二人揃って溜息なんて珍しい光景だ。
思わずラスティと顔を合わせてしまう。
「シオン殿下、リリア様は猛獣ですか?我が領地の魔獣並みに手の付け方がわかりません」
「そ、んなに酷いのか」
コクコクと首を縦に振り疲れているのか紅茶を一気に飲み干すジェラール辺境伯令嬢は何度も『魔獣の方がマシだ』と呟く。
そりゃぁ、魔獣は神出鬼没で行動は読めないけど、そこまでなのかよっ。
「シオンで「いつも通りで」
王家主催の公式行事以外で殿下呼びはさせない方針を貫きたい僕は話を遮ってでもやめさせるからな。
ラスティは微笑ましそうな顔をするなっ!
「シオン様はご存知かもしれませんが、休憩時間やお昼に会うことが難しくて、教師の許可を得て付添人で彼女の友人とご一緒にマナーレッスンをしているのですが……男性を連れてくることが多いので私達も対応に困るのです」
あー、はいはい。初日から躓いているとメッゼリッヒ公爵令嬢が生徒会で文句を垂れていたから知っています。
「困る、とは?」
「連れてくる男性の数が多くて怖いのです」
はぁっ?
馬鹿かよっ。なんでマナーレッスンに男連れなんだよ。
「多いとは、具体的には?」
「私とリサ様とリリア様の女三人に対して男性が六人ほど。あの、昨日はラスティ様とエブラルド子爵令息様がいらしたので大丈夫でした。男性ばかりになりましたが、知っている方がいる方が安心できるので」
昨日は生徒会長の仕事の引き継ぎで僕は生徒会室に篭りっぱなしでリオナル殿とメッゼリッヒ公爵令嬢と他にも役員数名で作業に没頭していたからな。
ラスティとジャックを様子見に遣いに出したが帰ってくるのが遅くて理由も聞いていたけど、そりゃ、知らない男ばかりだと怖いよな。
「怖い思いをさせてすまなかった。友人の男性は部屋から出てもらうのは難しいのだろうか」
「シオン殿下!彼女、私とエレナ様のことを悪く話しているようで男性達に睨まれてますの。守るためとか何とか言い出して監視すると仰るのですよ!」
さらに、マナーレッスンが終わった後には『男がいると手は出さないんだな。仮面を被っていることは知っているんだから猫被るのも諦めろ』と捨て台詞に近い形で吐き捨てられたと。
「リリア様は男性と女性の前では態度が違いますので対応する私達も良い練習になっています!」
ブハッと飲んでいた紅茶を吹き出したラスティは慌てて拭いたりしているけど笑堪えているよな?
さすが、斜め上の解釈が得意なエレナだ。
そうだね、社交界に出ると男女で態度が違う奴は沢山いるよな。
「練習だと思えるならいいけど、男子生徒の数が多くなるのは困りものだね。今後は食堂を利用するか、ラスティ同伴で行うようにしよう」
「そうしていただけると助かります」
この日は、これ以上は大きな問題にならないと考えていた僕は自分で自分を殴りたい。
女を甘く見過ぎた。
すぐに影からの情報を精査して追加で任務を与えたが。
さらに二週間が経過すると事態は悪化した。
紳士科の教室内ではイライラしている機嫌の悪い僕に近づくのはラスティとグレイくらいだ。
ジャックは下位貴族のクラスで教室が離れているから、高位貴族のクラスにはいない。
「噂が酷すぎる」
ラスティの呟きは僕とグレイにしか聞こえない。
そう、噂が酷いんだ。
エレナとジェラール辺境伯令嬢の、ありもしない噂が。特にエレナが狙われているのは想定どおりか。
「エレナ嬢ガチ狙いだよねー。男を誑かして堕落させているってさ」
「んな根も葉もない噂の出所は掴んでいるが表立って行動するのは控えたい」
マクリオ男爵令嬢がウェスタリア侯爵令嬢から嫌がらせを受けている。取り巻きのジェラール辺境伯令嬢も関わっている。
マクリオ男爵令嬢がシオン殿下の寵愛を受けていることで嫉妬して嫌がらせを始めた。
暴言だけではなくマクリオ男爵令嬢の私物の破損や暴行、付け加えて、放課後はサロンで複数の男との逢瀬、王太子を身体を使い籠絡して誑かしている毒婦、とまできたもんだ。
「ふふっ、笑えるよね。誑かそうとしているのはシオンの方なのに。さっさとエレナ嬢を身体で籠絡しちゃえば?」
「そうするよ」
高位貴族のクラスに一人だけ、僕に敵対心剥き出しの男がいる。
警戒はするがエレナが危ないかもしれない。
「それよりさ、毎回、食堂へ行くと面白いものが見れるから楽しみになっちゃうよね」
「あぁ、あのマクリオ男爵令嬢の取り巻きね」
伯爵家の嫡男が籠絡された。
先週は婚約者との修羅場になるかと思いきや、エレナが令嬢と一緒にテラスへと移動したから何事も起こらなかったがマクリオ男爵令嬢は物足りないようだ。
「自分に酔っちゃってるよね」
本当にそう。
貴族の令嬢は婚約者相手でも自ら身体に触れることはない。それも人前では尚更だ。
仲良くなって好意があってもなかなかしない。
元平民で男女関係が緩い暮らしが長いなら貴族の令息を籠絡するなんて容易いだろう。
…………あれ?
僕って結局はエレナに籠絡されているのか?
「貴族の令息を手玉に取るのはさぞ楽しいだろうね。恋愛遊戯が得意なようだし、将来はそれなりの道を目指しているんじゃないか」
「それなり?ん?ラスティはわかるか?」
「学生のうちから恋愛遊戯を楽しんで腕を磨こうとするなんて男相手の商売でもするつもりなんじゃねぇの?マクリオ男爵家の台所事情は厳しいらしいし」
今から顧客となりうる男達に擦り寄って心を掴んでおくのは必要だが、婚約破棄させたら元も子もない。上手い線引きは苦手なのだろうか。
今日は週末前の逢瀬がある。
先週は面倒事を起こされて逢瀬が出来なかった。チャラ影曰く『お嬢が少し残念そうな顔をしていました!珍しいっす!』と教えてくれたから、今日こそは時間を作る。
面倒事が起きても僕を探さないようにと言い聞かせた。ラスティに。
久しぶりに中央棟の裏へと行くとミアが準備を終えたところだった。
「いつも悪いね」
「とんでもございません。ですが、王妃が不審に思っているようです」
「不審、というか、知っているんだろうね」
「そろそろ決めませんと」
「エレナの気持ちを確認してからだ。それが無理なら強硬手段、かな。例の物は?」
「こちらに」
ミアから受け取ったのは、宝飾店で急いで用意させて造らせた物だ。
「アレン、忙しいのに悪いね。ミア、いつもの時間に戻すから」
強引に始めた週末の逢瀬がエレナにとっても楽しみな時間であれば僕としては嬉しいし、時間が短い事で物足りなさを感じてくれていると尚嬉しい。
王族でもなければ婚約者でもない、ただの侯爵令嬢を王太子が寵愛しているというだけで護り切るのは簡単なようで難しい。
手を出しすぎると他の貴族家当主からの反感も強くなるだろう。
宰相なら、政が面倒になりそうなら適当に婚約者をあてがって僕との距離をとらせそうだ。
エレナを護るために必要なことをーーーー




