34.神の力とは
時間になりラストゥール夫人の待つ部屋へと通された。
和泉皇国では一般的な畳を使った部屋のようで、入ると植物の香りがした。
嗅いだことはないのに、どこか懐かしい、それでいて寛げる空間だ。
襖絵というのを開けると、衝撃的な光景ってやめてくれっ!!
これが『土下座』なのかぁ。
ラストゥール夫人が婚姻のためにリズタリア王国へ来て、王宮の謁見の間では土下座の態勢から声をかけるまで頭を上げてもらえず『面をあげよ』と言ったら、やっと顔を上げてくれたが床に手をついた座り態勢のままで話をしたらしい。
父上は居た堪れなかったと言ってたが、今ならわかります。僕も居た堪れません。
「シオン殿下はこちらの一段高い場所へ」
ラストゥール前辺境伯に勧められた場所は、奥の一段高い場所。
「いやいやいやいやいや無理だって!」
「そうしないと妻が納得しませんので、ぜひ、お願いします」
「いや、困る。向かい合わせにしましょう。私はここに座ります」
「ですが」
「王太子命令ということで、お願いします」
言い合っていたが、なんとか了承してもらいラストゥール夫人の正面に座る。
「顔を上げてください」
あげられた顔は、エレナとよく似ている。
妖艶な雰囲気と異国の雰囲気はエレナよりあるけど、この雰囲気は嫌いじゃない。
異国の雰囲気が懐かしく感じる。
エレナを初めて見た時に感じたのは、この異国の雰囲気だ。
改めて挨拶をし、ラストゥール夫人が婚姻に至った経緯や和泉皇国の話を聞かせてくれた。
エレナとのことで赦しをもらおうと考えていたが、その話をするタイミングが掴めない。
一息ついたところで出された茶を飲む。
紅茶とは違う味は苦味?がある。
「シオン殿下はエレナを大切にしてくださいますか」
可愛い孫の相手としてではなく、僕の本気を試している。
和泉皇国での思い出話が多くあったが、家族愛の強い国なのか身内に対する情が深い。
「大切にします。エレナだけを妃にする準備を進めています。愛しているんです。他の男と婚姻させるなら、私はエレナを殺して自害します」
エレナを連れて国外へ出ることは容易い、が、僕はよくてもエレナは家族を想い涙するだろう。
それよりも、エレナの生を僕が奪うなら、それ以上は苦しませることはない。
僕はエレナの瞳に映る最後の人間になれて幸せを胸に命を絶てる。
好きな女性の生死が自分の手にある事で全てを手に入れられて幸せを感じる。
「そこまで想ってくださるのなら信じても良さそうですね。お話しします、血筋のこと、エレナのことを」
アイカ・クドウ・ラストゥールは、和泉皇国の魔法公爵家の長女に産まれる。
和泉皇国の初代皇后は浄化魔法を発現させた女性で、工藤家はこの血を継いでいる。
浄化魔法は光の精霊の加護を受けることで得られる力となり、工藤家以外で発現することはない。
魔力を持たない娘が子を産むと魔力の無い若しくは魔力の少ない娘が生まれ、孫にあたる娘が多くの魔力を有して生まれる。
その孫にあたる娘に近い親族に精霊魔法の発現者が生まれることで条件が揃い浄化魔法の発現可能者となる。
孫にあたるのはエレナで、血縁者であるレイは精霊魔法を行使できる。
浄化魔法を発現させるために必要な条件が十分に揃っている。
発現可能者に留まるのは、条件が揃っても発現できる可能性を有するには相思相愛の相手に処女を捧げることだ。
捧げてから数日以内に浄化魔法の力を発現させる。
そこで重要になるのが愛された男の方。
浄化魔法を発現させた女性に愛された処女を奪った男は時間魔法の発現可能者になる。
心の底から、その女性ただ一人を愛すること、さらに条件を一つクリアすることで時間魔法を発現させる。
そう、あの、湖で出逢ったクロから加護を与えられる。
工藤家では浄化魔法の発現可能者を皇帝一族に嫁がせていたが、六回、時間魔法の発現に失敗し、そのうち三回は浄化魔法の発現者が命を落としている。
あのクロから加護を受け時間魔法の行使者になれれば国の発展に繋がるだろう。
今現在からの未来を知ることができる。
和泉皇国の初代皇帝は時間魔法を発現させて、発展に貢献した。
和泉皇国が他国に比べて技術が発達している理由でもある。
その時代では未来予知のできる皇帝がいる、と、噂になっていて五カ国同盟を結ぶ際は予知した未来に必要な主要五カ国が同盟を結ぶと話題になったようだ。
特にリズタリア王国の王族は、その噂を信じている。
僕は『未来に必要な主要五カ国の一つ』と教えられていた。
リズタリア王国は他国に比べて魔力を持って生まれる人間が少ない。魔術の行使者が少ないと発展に遅れをとる。
少ない魔術師達が未来に必要な国を護るために協力し合ってくれたからこそ、いまのリズタリア王国がある。
和泉皇国の皇帝は浄化魔法の発現可能者を欲している。その娘のことではなく魔力を。
だから本気で愛して嫁に迎え入れる男以外には嫁がせたくない、と。
力だけを欲すれば、必ず、その娘が命を落とす。娘だけではない。精霊魔法の行使者が魔力を暴走させる可能性がある、と。
いまのリズタリア王国でレイが魔力を暴走させると、アレンでも止められるかわからない。暴走に精霊が力を貸せば国がなくなるかもしれない。
時間魔法は七百年の間、発現していない。
三代目の皇帝が最後らしい。
精霊魔法は行使者の死後、五十年後には次の行使者が産まれる。
稀に男が浄化魔法を発現させることがあるらしいが、それは発現条件が違い、精霊の気まぐれとされている。
精霊魔法の発現だけでも国に大きく貢献できる。
水の精霊の加護があれば雨が降らず日照りが続き作物が枯れるのを防げる。
その精霊の力だけでも凄い魅力的だ。
それに、僕にとっては時間魔法よりも浄化魔法の方が魅力的だ。浄化魔法が使えればリズタリア王国の汚染されている土地を浄化して人が住める土地へと生まれ変わらせることができる。
そうなれば利用できる土地が増えて盛んな交流も期待できる。
浄化魔法は魔術や魔法の無効化もできるから解術や呪術、回復や治癒術を行使できる。
人のためになるのは浄化魔法の方だろう。
「シオン殿下は時間魔法に興味がないのですね」
「全くありませんね。発現条件を知ったら尚のことです。大切なのは時間魔法の発現よりもエレナです」
「そう……そう言ってもらえるのなら、私がこの国に来て子を産んだ意味があったのかもしれません」
「今までリズタリアは神の力を発現させた者はいませんでしたから時間魔法の発現がなくても国を発展させます」
「エレナのことはシオン殿下にお任せします。ですが、決めるのは本人です」
「可能な限りエレナが私を好いてくれてから婚約の申し込みをする予定です。ですが、時と場合によっては王家から申し入れをして受け入れてもらいます」
僕としてはエレナが手に入ればいい。だから相思相愛にならず浄化魔法を発現させなくても構わない。
他にも工藤家に伝わる神の力について教えてもらった。ウェスタリア邸に和泉皇国の書物があるらしく婚約したら見せてもらえるかもしれないらしい。
また、エレナのことを知れた。
今回の訪問の目的は達成できた。
エレナ達には別れを告げ、王都へと戻る事にした。いつまでもいると、気を遣わせる事になる。エレナと離れるのは寂しいが、致し方ない。