33.精霊との対話
昨夜は酷い目にあった。
付き纏い犯罪者扱いされるなんて思いもしなかった。まぁ、宰相が付き纏い犯罪者だと知れたのは良い収穫だ。
昨夜は遅くまで飲んでいたが、今朝はやけに早く目が覚めた。
二日酔いがあったが、酩酊状態を解消する魔術を使って、取り敢えず体調が良い。短時間しか効果がないが。
朝日が登り始めたばかりの早朝、外の空気が吸いたくなり外出しようと思い立ったが、扉の外の護衛、ラストゥール辺境騎士団の騎士を連れ歩くのもしのびない。
かと言って護衛を起こすのも面倒だ。
本来は護衛を連れ立った方が良いとはわかっているが、一人で外を歩きたいから窓から外出することにした。
きっと、昨日のエレナも僕と同じ考えだったのだろう。
風魔術で窓から飛び降り、ゆっくりと地面へ降り立つ。
多少の魔力行使なら魔術師にも気づかれないはずだ。
領主城の裏手にある精霊の湖へと足を運ぶ。
少し、湖の周りの魔力が気になっていた。
昨日はエレナが湖に落ちたことで魔力根元を確認することは出来なかったが、今ならゆっくり確認できる。
湖にたどり着くと先客がいた。
男と女のようで逢瀬でもしているのだろうか。木の幹に隠れて様子を伺う。
目を凝らしてみると黒髪の女性と黒髪の男……ラストゥール家の者かと思ったが、よくよく見ると女の方はエレナだ。
男の方は湖の上に浮いている。
浮遊魔術にしては陣の発動が感じられない。
《人間は面倒な生き物だ。何故、そこまで思い悩む必要がある》
《それは……》
《心のまま身を預ければいいだろ》
《……怖い、じゃない》
《何が?》
《愛されていても捨てられるかもしれないわ。それなら、初めから愛されない方がいい》
《アレはそういう男なのか》
《……周りが、他の女性を勧めるかも知れない。私は拒否できないもの》
《信じることで未来を変えられる》
あの話しだと僕のことだろう。
あの男は僕とエレナが一緒になることは気にならないのか、どうでもいいのか。
人間、ではないのだろう。
《紫色の瞳をしていたわ。何故、昔、あんなことを言ったの?信じてたのよ。それなのに……王族だなんて思わなかった》
その声は寂しそうに響いた。
王族でなければ愛を受け取ってくれたのか?僕を受け入れてくれるのか?
《そうか。それでも決めるのはエレナだ》
《うん》
《部屋に戻って休むといい。未来はエレナの行動で変わる。ただ、どの未来でも結ばれる相手は変わらない》
パチンッと指を鳴らす音が響きエレナが姿を消した。転移で部屋へと戻されたのだろう。
「よく来たな、一応、歓迎してやる」
「気づいていたのか」
男は岩の上に降り立つ。側へと近づくと顔がよく分かる。黒い髪に翡翠の瞳、人ではない魔力と気配をしている。
「リズタリア王国王太子のシオン・リズタリアだ。精霊か?」
「そうだ」
「名は?」
「主が付けるから名はない。エレナはクロと呼んでいるな」
「そうか。なら、私もクロと呼ばせてもらう」
「好きにしろ」
人間に加護を与える存在である精霊は僕より立場が上になるだろう。エレナと仲良くしている姿を見たせいか、すぐには敬う気持ちになれない。個人的な感情を優先してしまう。
「さっきの……クロは何を知っているんだ?」
「何を、とは?」
「何故、知っているように話す」
『結ばれる相手は変わらない』とはエレナの行動が変わっても僕と結ばれる未来は変わらないと捉えていいのだろうか。
「知っているからだ」
未来を知ることのできる精霊?
今までリズタリア王国では精霊の加護を受ける人間はいなかった。今のリズタリア王国ではレイだけが精霊の加護を受けている。
だから精霊については数百年前の書物しかない。王太子でも精霊が加護を与える存在だと言うことくらいしか知らない。
陛下は違うようだけど……
「クロは何を加護する?」
「我は時の精霊」
と、、、きの精霊?!
「過去現在未来、すべての時を垣間見ることができる」
「そ、れで知っているのか?」
「知っただけだ」
「エレナを加護しているのではないのか?」
首を横に振り否定するが、これ以上は教えないと断られた。
「お前が考えていることは全てが運命として用意されている。何を準備できるかで運命が変わる。どの道を選ぶかでエレナの幸福度が変わる」
「私が想定している、どの道でもエレナと交わる可能性があるのは嬉しい限りだ」
今回、ラストゥール夫人から否とされたら、強硬手段に出るつもりだ。
「一つだけ、お前達が運命を分かつ道がある。その道と最善の道は紙一重だ」
紙一重って危ういな。
確かに運命を分かつ可能性がある、が、その道は選ばないし選ばせない。
「欲しいものは必ず手に入れる」
「相変わらずだな、お前は」
「私のことを知っているのか?」
「知っていた」
「知っていた?」
「そうだ。エレナを不幸にしたら許さない。約束を守れ」
「約束する」
僕の返事を聞いて時の精霊ーークローーは姿を消した。
時の精霊が何を知っていようが、僕が進む道は一つだ。複数の運命があるとしても、望んだ道はただ一つしかない。
クロが消えた後の湖の周りからは厳かな空気が消えた。
小鳥のさえずりが聴こえて朝日が湖に反射している。
ここでエレナと二人になりたかった。
ラストゥール領を訪れたことでエレナの意外な一面を知ることができ、精霊と話す機会を得られた。
時の精霊には嫌われてはいないだろう。
古い書物には、人間と同じ身体を持ち実体化して人前に出てくる精霊は籠を授けることのできる貴重な存在とされている。
その中でも精霊王はあらゆる加護を与えることができるが、滅多に人前には姿を現さないとされている。
クロに精霊王について教えて欲しかったが、アイツはあまり話をしたくはないだろう。
僕と話している時にも途中で小さくため息を吐いていたのは見逃さなかった。
『シオン殿下』
「なんだ?」
護衛はつけていないが影は起きていたのか。しっかりと僕の護衛をしてくれているみたいだ。流石、僕の行動はお見通しか。
『先程の件ですが……どなたと話されていたのですか?』
「見ていたんじゃないのか?」
『見ていましたが、私にはお一人で話しているようにしか聞こえませんでした。エレナ様も突然、姿を消されましたし』
時の精霊ーークローーの姿は影には見えていないのか。
「相手は精霊だ。害はないし、エレナは精霊が部屋へと転移させた」
『お教えくださり、ありがとうございます』
「精霊の件は陛下へ報告はしないように」
『御意』
基本は僕つきの影だから陛下への報告は待ってくれる。僕が離反を企てたら別なんだろうけど。
「湖の周りはどうだった?」
『特に変わった場所はありませんでした。一瞬、空気が変わったように感じたのは精霊の影響でしょうか』
「そうだ」
湖の周りを散策した後は、来た時と同じように窓から部屋へと戻った。転移陣を発動するとレイに気づかれる恐れがあるし結界に弾かれると厄介だから窓から入った。
昨夜は飲み姿から食事は昼近くに取ることにした。昼を過ぎたらラストゥール夫人と会う約束がある。
それまでは、部屋に用意されているラストゥール家所有の本を読んで時間をつぶす。




