32.夏の休暇④付き纏い犯罪者予備軍?
「王族の特権でヤリ放題だろ。好みの女に身体の相性の良い女、魅力的な女に金のある女、権力のための女、政略で充てがわれる女、閨のためだけに何人もの女を誰にも咎められずに抱けるんだから男としては羨ましいよ」
ジークの顔は、とてもじゃないが羨ましいなんて表情じゃない。大切な従兄妹の他に娶る女がいるなんて言わせない、と、圧をかけている。
後ろで控えていたネイトが護るためだろうけど、一瞬、殺気が漏れた。いや、殺気を漏らした。
主に不敬な発言をしたのだからネイトの行動は咎める必要はない、が、辺境伯家は敵に出来ない。
僕は手を上げ後ろのネイトに殺気を抑えるよう合図する。
「エレナの他には娶らない」
「エレナちゃん一人で満足できるのか?」
「ここでの私はどんな男なんだよ」
ラストゥール辺境伯領でも王太子の噂は流れているらしく、西方にあるメッゼリッヒ公爵領とは違っていた。
王太子は女好きの色狂い。
毎夜、寝室に女を連れてお盛んだから、そのうち御子ができて国も安泰。
ただ、身分のある女性が食い物にされ、用が済めば修道院へ入れてしまうから捕まった女にとっては一夜の夢を見られるだけ。
いやいやいや、それ酷い男だよな?!
後ろに控えているラスティとカイが笑いを堪えているし、レイなんて腹を抱えて笑って、大爆笑だ。
「違うのか?そんな男のところにエレナちゃんは嫁がせられない。それなら俺の友人の嫁にした方がいいな。子爵だが優しい男だ」
「まてまて、その噂は事実ではない」
「うちの侍女に手を出すなよ?寂しいなら娼館へ行け」
「だから、誤解だ。私は寝所に女を連れ込まない」
「ほぅ。寝所以外でするのが好きなのか」
「まてコラ」
揶揄ってる顔してるけど、この揶揄いはダメだろう。笑いを堪えながら酒を飲むな。
「冗談ですよ。シオン殿下がこちらに来ることになって噂は所詮噂だと思っただけです」
「それまでは信じていたのかよ」
「まぁ、七割ほど。修道院送りにしたのは事実でしょう?」
「それ、噂とは違う。私と関係があったと嘘を吐いたから修道院へ入ってもらったんだよ」
「敵にまわすと怖いなぁ」
敵に回らなきゃいいだろ、と思うが言葉にしない。どうせ解っているだろうし。
誤解が解けているならいいが、ラストゥール夫人も噂を耳にしているだろう。そうなると、明日の面会で噂は誤解であることから説明が必要だ。
「シオン殿下は、エレナちゃんと出逢ったのはどこなんだい?あの子、邸から出る時はレイが付き添っていたし、殆ど、領地で過ごしていただろ」
「母上が王妃の茶会で王宮へ連れて行ったけど殿下は会っていないらしい」
「へぇ、アメリさんも娘が大切なんだねぇ」
学園でも疑問に思われているのだろうか。エレナが話していたように、存在を知らされていなかった令嬢が王太子に気に入られるなんて小説の世界だけだろうし。
それでも、あの壇上でエレナに見惚れて心を奪われたのは事実だ。
「学園の入学式の日に壇上からエレナを見つけた」
あの日、ラスティの隣で微笑むエレナから目を離せなかった。ラスティへ向ける微笑みが羨ましかった。初めてラスティに嫉妬したのだろう。
「ラスティの隣で微笑むエレナを、自分のものにしたいと思ったんだよ。そこまで思うのは初めてだった。黒髪黒目でレイを思い出して縁戚だろう事はわかった。まさか、妹だとは想定外だったね。面倒な父親と兄を、どう相手するか本気で悩んだ」
大切に育てられているのはエレナを見て一目でわかる。それと同時に、彼女に悪意を持って接する事は赦されないのだと思わされる。
「へぇ。あれ?それって侯爵に似ているよね。アメリさんに一目惚れして、今の陛下の忠告を無視して付き纏い犯罪者紛いのことをしていたとか」
「あっ、お前っ!それを言うなっ!!父上に口止めされているんだぞ!」
「んなこと言っても、陛下は酔うと仲間内に話すだろ?親父がイライラしながら聞いていたのを覚えているよ」
ほぅ。
あの宰相が付き纏い犯罪者紛いのことをねぇ。ふーーん。
僕の口元が笑ってのを見てレイは気まずそうな顔をする。にっこり微笑むと、微笑み返された。
「とても、参考になる話を聞けたよ。宰相が付き纏い犯罪者紛いのことを……」
「きっとシオン殿下も同じように付き纏い犯罪者紛いの行為はしてるでしょ?姉さんの時も今の旦那が同じことしていたよ」
「あの顔立ちは付き纏い犯罪者紛いの男を引き寄せるのか。殿下、付き纏いはやめてください」
「まてコラ。私は付き纏い犯罪者ではない」
エレナの母親に従姉妹も今の旦那に付き纏われていたからって、僕まで同類扱いはやめてもらいたい。
後ろに控えていたラスティが肩を震わせて笑っている。それを見たレイは自分の隣に座るよう促し、拒否するラスティを無理やり座らせて酒をお酌する。
「シオン殿下は付き纏い犯罪者紛いだよな?せっかく我が家で頼んだ婚約話まで台無しにするほど」
「いや、どうだろ?」
ラスティの好みとは違うみたいだから乗り気ではないよなー。つぅか、付き纏い犯罪者紛いの下は否定しろ。
お酌されたお酒を飲んでもラスティは僕を見て肩を震わせている。それを見ているジークやレイは上機嫌だ。
「で、本当のところはどうなんだ?シオン殿下は付き纏い犯罪者かい?」
ニヤニヤしながらジークはラスティに尋ねる。
「付き纏い犯罪者かはわかりませんが執着はしているでしょうね。あの時、まさかエレナ嬢を追いかけるために生徒会室から出ていくとは思わなかったし」
その時のことを二人に話すもんだから、二人の中では僕が付き纏い犯罪者扱いだ。
「そういえば、目当ての令嬢が結婚したら付き纏い犯罪者はどうなるんだ?エレナ嬢には、今のところシオンしか付き纏い犯罪者はいないみたいだけど」
そう、今現在、エレナに付き纏って……じゃなくて、アプローチしているのは僕だけ。
王太子が寵愛しているんだから他の男は声をかけられないだろうし。
顎に手をあてて考えていると、レイとジークも同じように考え込んでいる。
「姉さんに付き纏っていたのは……今の旦那だけ、だったな」
「母上に付き纏っていたのも聞いた話では父上だけ……」
「え?一人に一人の付き纏い犯罪者なのか?エレナ嬢は王太子のお気に入りだから他の男が付き纏うのは難しいけど、その二人も?」
なんで?とラスティは疑問に感じているようだが、僕もそう思う。
あんなに魅力的な子を他の男が放っておくはずもないのに。
「……殿下、他の付き纏い犯罪者に何かしましたか?」
「してないし他にいたかなんてわからない。それより犯罪者言うな」
「じゃぁアレだ!一人だけ惹きつけちゃうんだよ。エレナちゃんも変な男に捕まって可哀想に」
「お前達、私が王太子だと忘れてないか?」
不敬な物言いも度が過ぎると呆れるしかない。この二人、絶対にわかっててやってんだろうけど。
僕が二人を見ると、レイとジークは顔を見合わせてニヤニヤして僕に視線を移す。
その、ニヤニヤした顔はソックリだな!!
「「いやいや、家族になりたいみたいだから多少は赦されるだろと思っている」」
二人の声が重なる。
いや、本当、お前らは僕とエレナを引き離したいのか家族になりたいのかどっちだよ!!
それから暫くは付き纏い犯罪者の心得を説き伏せられた。なんでも、姉の旦那が常日頃、心得としていたことらしい。
いらねぇよ。
最後は領地や王都の流行り事の話になって話のネタとしては収穫があった。
まぁ、アレだ。
飲み過ぎたかもしれない。