30.夏の休暇②精霊の湖
ラストゥール辺境伯領に到着し、直ぐに領主城へと向かった。
王宮とは違う城の佇まいは威厳さが感じられる。敵から護り籠城も可能な作りだから窓は小さめで門が高い。
領主城へと入り馬車を降りるとラストゥール辺境伯と夫人が出迎えてくれた。
ラストゥール辺境伯はウェスタリア侯爵夫人の兄で黒髪に黒い瞳、どことなく雰囲気はレイと似ているが厳つさがあるから、レイの優しい雰囲気はウェスタリアの血なのだろう。
夫人は金髪に茶色の瞳で騎士爵家の娘だったらしく気の強そうな雰囲気だ。
「シオン殿下、遠路遥々お越しいただき光栄にございます」
「私の方から面会をお願いしたからね。受け入れ感謝する」
と、奥に視線を移すと、前ラストゥール辺境伯と夫人が頭を下げていた。
頭を上げるよう声を掛けると、夫人と目が合った。ウェスタリア侯爵夫人とエレナは、ラストゥール夫人によく似ている。
エレナが可愛らしいとすれば、ウェスタリア侯爵夫人は妖艶な可愛らしさがある。ラストゥール夫人は妖艶という言葉がよく似合う。
年齢を重ねているはずなのに、異国の雰囲気と幼い顔立ちで、とても若く見える。
エレナも年齢を重ねても若く見えるのだろう。今でも、ウェスタリア侯爵夫人は他の夫人に比べて、いや、母上よりも若く見えるからな。
「シオン殿下、孫娘のことのために私のところへ来てくださり、ありがとうございます」
頭を下げた夫人は、少し、嬉しそうに見えたのは気のせいだろうか。
「こちらこそ、話を聞かせてくれるのを楽しみにしていた」
夕刻近くの到着になったから挨拶の後は部屋を案内され、話は明日、聞くことになった。
領主城に他にも客人がいるのか、侍女たちが慌てているようで、夫人には『見苦しくて申し訳ない』と謝られたが、何があったのだろうか。
領主城の裏に『精霊の湖』があるようだから、晩餐の前に見に行くことにした。
ラストゥール辺境伯騎士団の護衛を一人借りて、ラスティとカイ、ネイトと湖へ向かう。
森の奥へ進むと、視界が開けたところに湖があった。
陽が差し込んでいて濃い青色で煌めいている。光が瞬いているようで幻想的だ。
歌声が聴こえている?幻聴?
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『時を超えて出逢えた喜び』『貴方に出逢えてよかった』『貴方の肌を感じたい』『私の全ては貴方だけのためにある』『貴方の全てが宝物』『失うのが怖くて素直になれない』と、誰かを想い歌っている。
その歌声が心地良くて聴き惚れていた。
歌声がどこから聴こえているのか探していると、岩に座り湖に脚を入れている女性の姿が目に入った。
白いワンピースに黒い髪……ラストゥール辺境伯の娘、だろうか。
僕たちが動いたことで視界に入ったのだろう。気づいてこちらを見た顔は……え、エレナ?
「エレナお嬢様っ?!」
ラストゥール辺境伯騎士団の男が驚いて声を上げると、エレナは僕たちに気づいて動き出し、岩の上にうまく立てなかったのか滑って、えぇっ?!湖に落ちるとかベタ過ぎだろっっ!!!
「エレナっ!!!」
慌てて転移で近寄ると、うん、僕も湖の中。
溺れそうになっていたエレナを抱き抱えて湖から上がり、護衛騎士の上着を借りてエレナに羽織らせた。
「エレナお嬢様、探していたんですよ。出掛けるのなら侍女をお連れください!!」
「けほっ……ごめんなさい。ちょっとだけ湖を見たくて直ぐ戻るつもりだったの。あと、シオン様、ありがとうございます。まさか、いらしているなんて思わなくて、この様なお出迎えとなり申し訳ございません」
「いや、気にしなくていい。大丈夫か?」
「はい。少し水を飲んだくらいなので、ご心配には及びません」
騎士団の男には濡れた事を謝罪され、一先ず、領主城へ戻る事にした。エレナは横抱きにしたまま。
「エレナ、靴は履かなかったのか?」
「足音で気付かれてしまうから履きませんでした。草の上、気持ちいいんですよ?」
「…………そ、うなんだ」
領主城へ到着すると騎士達が集まっていた。その中に黒髪の男が二人。一人は見慣れた男だ。
「……シオン殿下?!」
あ〜、いますよねー。
エレナを横抱きにしている僕を見てレイが驚き駆け寄ってきた。
二人ともずぶ濡れだと気付いて尚のこと驚いただろう。
「……エレナ、何処にいたんだ」
笑顔で怒っているレイの低い声は相手を怖がらせるだけだな。迫力があって羨ましい。
「み……湖にいました」
「窓からロープで降りたのか」
「はい」
え?最近の令嬢って窓からロープで外出するのか?
…………んなわけないか。
怯えて僕にしがみつくエレナと怒って僕に微笑むレイ。間に入っている僕って無関係では?しがみついてくれている役得感はラッキーだけど。
「殿下、エレナをこちらに」
レイは手を出し僕の代わりにエレナを抱くと申し出たが、当の本人は『ひぇぇぇ』と怖がり僕にしがみついて離れない。
「離れたくないようだから、このまま連れて行くよ」
「いいえ、反省させる必要がありますから」
と、ガシッと僕からエレナを引き離して肩に抱えた。荷物じゃないんだぞ。妹だろうけど、未来の王太子妃に何してんだよ!と言いたい。
肩に担ぎ上げられたエレナは叫んで脚をバタバタと軽く抵抗している。
レイが手を緩めるとエレナが少し落下した。
「きゃぁああああ!!」
「大人しくしろ。湖に入ったのか?風邪を引いたらどうするんだ」
「じめんじめん!地面が遠いいわ!こわい!」
「殿下、ここまで運んでくださり、ありがとうございます。エレナを湯に浸からせますので、御前、失礼します」
「まてまてまて」
エレナを担いでいる反対側の腕を掴んで引き止める。いや、失礼にも程があるだろ。
「何か?」
「物じゃないんだから担ぐなよ」
「これくらいしないと反省しませんから。殿下もシャワーを浴びてください。妹は浴場に投げ入れます」
「まてまてまて。お前が担いでいるのは未来の王妃、扱いに気を付けろ」
「了承も得られていないのに決めないでください。それでは失礼」
スタスタと浴場へと向かい歩いて行くレイを追い掛け、護衛たちが僕を追いかける。慌てて侍女も追いかけてくる。
終始エレナは『おろして!恥ずかしい!』と騒ぎ、レイと僕で言い合っている。
大浴場だとされる場所へと辿り着き、中へと入って行くのでレイの後を追いかける。
浴室にしては大きな作りで、複数人で利用できそうな場所だ。
バッシャーーーンッ!!!
本当にエレナを投げ入れた。
いや、妹大好きなんだよね?
過保護じゃないのか?
「昨日も言っただろ!一人で行動するな、窓から出て行くな!!」
「はぁーい」
「エレナ、反省していないだろ」
「だって、お兄様が構ってくれないから暇なんだもの」
「予定がある時は部屋で大人しくする約束だろ」
「買い物くらいいいじゃない」
「それで誘拐されかけただろ!一人はダメだ」
「えぇ〜、せっかく、お爺様のところへ来たのに〜」
「頼むから大人しくしていてくれ」
あ、誘拐されかけたのか。
って、おいっ!!
聞きたいことがあり過ぎる!
呆れたのかエレナの顔の高さに合わせるためにレイがしゃがんだ。
「うわっ!」
エレナがレイを引っ張り湯船に引き摺り込んだ。仲の良い兄弟、なんだろう。
「なっにすんだよ!!」
「お兄様のせいで恥ずかしいところを見られたので仕返しです。あ、シオン様も入ります?」
「入れんなっ!」
「エレナとレイは仲がいいな。レイ、話があるからシャワーを浴びたら話し合おう」
兄妹喧嘩だろうけど、未来の王妃(仮)への暴力は見逃せない。