03.生徒会の引き継ぎ初日に
コホンーーーー
見すぎたのか言葉が詰まった。
その後は、なんとか挨拶を済ませた。
艶のある黒い髪に黒曜石の黒い瞳、ピンク色の唇に白い肌、初めて見たご令嬢だ。
ん?艶のある黒髪に黒曜石のような瞳……既視感。
漆黒のような黒い髪に黒曜石のような黒い瞳……
レイだ!
レイ・ウェスタリア!!!
ウェスタリア家の親戚?あの髪の色ならラストゥール家?いや、ラストゥール辺境伯家には歳の近いご令嬢はいないはず。
ラスティの知り合い?
…………婚約者候補のご令嬢?
…………腹立つな。
壇上から降りた後、チラリと彼女の方を見ると前を向いているから横顔しか見れなかった、残念。
入学式が終わり教室へと向かう。ラスティが横に来たので先程のことを聞いてみた。
「左隣のご令嬢は争奪戦に勝った子か?」
「あ、やっぱ見てただろ。俺を見ているのかなと思ったけど目が合わなかったから気にはなってた」
「で?」
「争奪戦が激しくなりそうだったから友達と一緒に席を探していた子に隣空いてるよって声掛けたんだよ」
「知り合い?」
「まぁね。興味ある?」
「いや……」
「嘘つくなって。見た瞬間、声が詰まって咳で誤魔化しただろ。婚約者候補だよ」
「決まりそうか?」
「シオンが決まるまでは決めないよ。それに妹みたいで、な」
やっぱりラスティの婚約者候補か。自然に笑っていたから知らない者同士ではないと思ったけど……ラスティが妹としてみているなら……。
「名前知りたいか?」
「自分で調べる」
教室へ入ると懐かしい顔があった。
「シオン!久しぶり。あ、ここではシオン殿下かな?」
「グレイ、久しぶり。シオンでいいよ。グレイに殿下と呼ばれると他人みたいだ」
「良かった。公式の場以外はいつも通りにさせてもらうよ」
「領地経営をするために下働きをしていたんだろ、どうだった?」
ジャルダン領は西にあり王都からは馬車で三日程度とそれほど遠くはないが、この三年間、一度も王都へは来なかった。
『入学前にみっちり修行してくる!』と張り切っていたグレイも一回り以上成長して王都へ戻ってきた。将来、僕の側近として務めるのに領地経営や下働きを知らないと散漫になるだろうからと、自ら進んで修行したのは素晴らしいと思う。
「役場で雑用や小間使い、書類整理を担当するまで数ヶ月かかったよ。三年間、充実したね。戻ってきたら婚約者くらいは紹介されると思ってたのに」
「残念、なかなかね」
「王都から離れるとメッゼリッヒ公爵令嬢が婚約者だという噂が真実として流れているぞ。実際はどうなんだ」
西の方にはメッゼリッヒ公爵領があるから領主の娘が次期王妃になると風聴しているんだろう。
「春夜会ではエスコートしたんだろ?」
「は?」
「え?春夜会と誕生日には王太子自らエスコートしたって」
教室内にいる高位貴族の令息も友人と話しているようで話していない。僕とグレイの話に聞き耳を立てている。
ここで適当な返答をすると僕がメッゼリッヒ公爵令嬢を婚約者に指名したと噂されそうだ。
「馬鹿なこと言わないでくれよ。彼女は婚約者候補であって婚約者ではない。夜会でエスコートはしていないし、会場で腕に抱きつかれたんだよ。丁重にお断りしたからダンスもしていない」
「ダンスしていないのか?」
「メッゼリッヒ公爵令嬢とダンスしたら他の婚約者候補ともダンスする必要があるだろ。他に候補ではなくても高位貴族の令嬢を全員相手にするのは無理だ」
メッゼリッヒ公爵令嬢だけを特別扱いしないためには他の婚約者候補ともダンスが必要になる。一体何人と踊るんだよ。
メッゼリッヒ公爵家も娘の年齢を考えて今年中に婚約者に収めたいのだろう。令嬢も積極的な行動が増えてきたから注意が必要だ。
教師が来てからは学園の施設の説明、科目の説明があり、皆の前で僕が生徒会長になると報告された。
ラスティは副会長でメッゼリッヒ公爵令嬢も生徒会役員を務めるそうだ。
同じクラスのライオネル侯爵令息も生徒会役員か。
説明が終われば今日の授業も終了。
それなのに生徒会室へ行くようにと。
「じゃぁグレイ、また明日。今度、うちに来いよ」
「シオンの家は王宮だろ?誘い方が気安いな!王宮図書室を使わせてくれるなら行くよ!」
「私は図書室のオマケか?」
「オマケだね。付属品、図書室の鍵!」
「相変わらずな言いようだな、考えておく」
出逢ったのは王宮の図書室で僕と仲良くなろうとしたのも図書室に出入りするためだった。本好きのグレイからは面白い本を紹介してもらえるし読んだ本の感想も参考になる。
生徒会室に到着すると在校生の役員が待っていた。
生徒会長のメッゼリッヒ公爵令嬢、副会長のクレクト侯爵令息、と、その他のメンバー。
簡単に挨拶を済ませ、生徒会の引き継ぎを受ける。今いるメンバーは、メッゼリッヒ公爵令嬢とクレクト侯爵は続投、他も判明には続投してもらうことになっている。
明日からも引き継ぎながら仕事を覚えていく。
で、メッゼリッヒ公爵令嬢の距離が近い、近すぎる、お茶会でもこの距離はなかった。
役員の令嬢はニコニコとしているし、令息は目を逸らすしラスティは面白そうにしている。
「あっ、書類を職員室に忘れたみたいです。アリティア様、どうされますか?」
引き継ぎで使う書類を職員室に忘れるって、何やってるんだよ。引き継ぎするまでに時間があったんだから確認しとけよ。
「それなら私が取りに行くよ」
一人になりたくて席を立ち職員室へ向かう事を告げるとメッゼリッヒ公爵令嬢に腕を引かれる。やめてくれ。
「それなら私も付き添います。シオン殿下自ら行かれるのですからお供しますわ」
やーめーてー。
伯爵令嬢!嬉しそうにするなっ!
そこっ!『やっぱり内々に婚約者に指名されている噂は本当なのね』とか僕の知らない噂を信じるな!
イラッとしながらも絶対零度の笑顔でラスティを見るとビクリと肩が動いた……けど目を逸らすなっ!!お前クビにするぞ!
コンコンコンーーーー
「どうぞ」
微笑ましくみられている中で突然のノック。扉の近くにいた伯爵令嬢が開けると、現れたのは黒い髪……!
思わずメッゼリッヒ公爵令嬢の腕を引き離した。僕が強引に腕を引き離すのは初めてだから目を大きくして驚いている。
「失礼します」
「まぁ、どなた?貴方も生徒会役員になる方かしら」
僕に腕を引き離されて機嫌を損ねたメッゼリッヒ公爵令嬢が入室した令嬢を睨んでますけどー。
「お忙しいところ申し訳ございません。職員室で教師の方に生徒会の書類を届けるよう仰せつかりました。こちらをお持ちしました」
近くにいた伯爵令嬢へ手渡した書類は、恐らく、これから取りに行く予定だった物。
「はぁ……貴方は新入生?余計なことを」
その言葉にビクリと身体を震わせている。そりゃそうだ、言い方、声のトーンに棘があったもんな。仲裁しようと声を出そうとしたら
「今年入学しましたエレナ・ウェスタリアと申します。ご挨拶が遅れて申し訳ございません。余計なことでしたら職員室へ持ち帰らせていただきます」
制服のスカートの裾を掴み、とても、見惚れるほど綺麗な礼をした彼女に目を奪われた。
「ご苦労様です。お帰り頂いて結構よ」
その言葉を聞いて『失礼しました』と部屋を後にしようと背を向けた。
「あぁ、そういえば貴方が宰相の娘なのね。宰相に娘がいるなんて数日前まで知らなかったわ。不義の子なんでしょうけど」
次は伯爵令嬢かよ。
ここのご令嬢は気が強いのしかいないのか?
被っている猫ちゃんが何匹か逃げてますよー。
不義の子って……愛人の娘?髪色からすると侯爵夫人の浮気相手の子供?だから夫人は領地にいたのか?
ご令嬢のやり取りに呆れてため息をついていると、彼女はが振り返ってこちらを見て微笑んだ。
「その噂は初めて聞きましたわ。私は父親と血が繫がっています。失礼なことを言わないでください」
あ、意外と芯が強かった。
でも、あの微笑み……悲しそう。
最後に『ラスティ様もいらしてたんですね、ご挨拶が遅れて申し訳ございません』と頭を下げて僕のことを見ずに部屋から出て行った。
あれ?無視された?
書類の引き継ぎはラスティに任せて僕は急いで部屋を出た。
待ってーーーーー!!