25.誕生日の夜会③密室で
普段は体験できないから、この際、下位貴族として振る舞い楽しむことに決めた。
王宮での夜会は挨拶や社交でゆっくり出来ないけど、今は気楽。僕に挨拶してもメリットがないから誰も近寄ってこない。
美味しい食事とお酒を堪能させてもらうことにして、暫しジャックとは離れて過ごす。
クラスメイトが来ているらしく、僕は下位貴族の生徒を知らないから離れていた方が互いのため、といったところか。
高位貴族もいるけど、挨拶不要は楽。
認識阻害が効いているか確かめるために近寄っても存在無視されるから、恐らく効いている。
ウェスタリア家の夜会の食事は和泉皇国の料理もあって珍しくて、つい食べてしまう。
「あ、これ美味しい」
豆腐のようだけど海鮮の味がする。お酒に合う。うーん、この辺のは酒の肴だよな。
ついつい、肴が美味しくて飲みすぎた。
今の僕はご令嬢だったら壁の華、なのだろう。壁にいるの楽だわー。マジで。
王宮でも食事取りながら壁際にいたい。
遠くで社交をしているエレナを眺めながら、何杯目になるか解らないお酒を口に含む。
今の僕じゃ見ることしかできない。
身分差の恋ってこんな感じなのか。
我慢も疲れた。落ち着きたくて会場から出て、会場から少し離れた場所にいた使用人に休憩室の場所を尋ねると、奥にある部屋を案内された。
部屋に入り一人になってから上着を脱ぎシャツを楽にしてソファーに腰掛ける。
エレナの姿を見て満足した。それで帰ればよかったんだ。同じ空間にいて話しかけることも出来ないなんて、苦しいだけだ。
でも、エレナが他の男に取られないか不安で離れられなかった。
どのタイミングで帰宅するか考えていると鍵を閉め忘れた部屋の扉が開いた。
「こんばんわ」
入室したのは黒髪のご令嬢……エレナだ。
驚き目を丸くして扉を見ている僕に笑いかけて『名前はレオン様だったかしら?』と問う。その顔は悪戯をしているように妖艶で……。
「今夜の主役がここに来ていいのか?」
だから僕も演技をしたまま。
「疲れてしまったの。楽しんでいただけました?」
「えぇ、とても」
入室したエレナは水差しの水をグラスに注ぎ僕へと手渡す。誰を相手にしているのか解っているのだろうか。
『レオン』に対して好意を示していたら……それは自分で自分に嫉妬する。
「ありがとう」
グラスを受け取り礼を伝える。間違えて、この部屋へと入室したのではないのだろう。
「男と二人で部屋にいて問題ないのかな?」
グラスをテーブルに置きエレナの手を取る。この部屋には侍女はいない。
続きの部屋には、恐らく寝台がある。
「大問題です」
解ってて部屋へ来たのか。
「この部屋へ来たんだから同意していると受け取るけど?」
「同意はしません。確認をしに来たんです」
「何かな?」
僅かばかりの沈黙。
見つめ合うが表情は変わらない。
「シオン様?」
「違うと言ったら?」
「違わないです」
「王太子の寵愛を受けているのに下位貴族の男と部屋に二人きり、大問題だね」
手を引き抱き寄せる。
体勢を崩したエレナが僕の上に身体を預ける。仰向けになり上にはエレナ。
「男を押し倒したお嬢様、に見えるかもね」
頭を撫でると身体が震えているのを感じた。
髪の毛から甘い香りが漂う。
黒い髪の毛にピンクダイヤモンドが良く映える。来年はドレスを贈ろう。濃い紫色のドレスを。
「あ、の」
「どうしてもエレナに逢いたくて、一目見たら帰るつもりだった。女神のように美しくて、他の男と話している姿に嫉妬した」
エレナは僕の胸元に顔を埋めている。
心臓が早鳴る。聞かれていると思うと、更に早くなる。
「そ、れは」
「社交は貴族のお仕事だからね。仕方がないけど嫉妬はするよ。女神を一人に出来なくて遠くから見護ってた」
エレナに近づく男は全員、名前と顔を覚えた。遠くからでも不埒な目でエレナの姿を追っていた男も全員。
「見られていたのに気付いていました」
「そうだったのか。気づかれているかは微妙なところだったから」
エレナの背中から腰へと手を這わせる。
時折、身体が反応していて胸元のシャツを握っている。上着を着ていないせいでエレナの身体が近く感じる。
「逃げないんだね」
「嫌、じゃないの」
「男の上に乗るのが好きなのか」
ん?
身体を動かして少し上に移動して僕の肩に顔を埋めた。
そこ、エレナの吐息が……首に……!
「ち、がう。シオン様の香りと温もりが好き」
エレナは僕の首からボタンの開いた胸元まで指を這わせる。
そ、れ、たっちゃうから!
え、なに?試してるのか?
我慢の試練ってなに??
部屋に押し入られて我慢させられるってなに?
「今、男を誘っているって気づいてる?隣の部屋へ行こうか?」
「へ?となり?」
あ、誘ったわけではなく無意識ね。
無意識は罪深い。
「っきゃぁ」
エレナと場所を入れ替えた。
あわあわにているのか、逃げ出そうとしている。
顔を近づけると何をされるか察して瞼を閉じた。受け入れてくれるのか?
ちゅぅっと、喰むように口付けていると、ゆっくりとエレナの手が僕の腕から肩へと這う。深く口付けて舌を絡めると腕が首に回された。
初めて受け入れられたように感じた。
今までは押し離そうとしていたのに、僕から離れないように腕をまわした。
「エレナッーーーー」
嬉しくて名前を呼ぶと口付けての合間にエレナも名を呼んでくれる。『シオン様』と呼ばれるたびに歓喜する。
このままだと自制が効かなくなる。
だから、ソファーに座り直し、エレナを膝の上に座らせる。跨がるように座らせると恥ずかしそうにしていたが、口を塞ぐと抵抗をやめた。
口付けている最中、何度も背にある紐を解きドレスを脱がせたい衝動に駆られたが、なんとか理性を総動員させて欲望を抑え込んだ。
その代わり、いつもより激しい口付けになり、貪る時間も長かった。
あぁ、でも、我慢できなかった。
ドレスの胸元を少しだけ肌蹴させ、その白い肌に吸い付いた。
たわわな胸の誘惑には打ち勝てた。
ただ、白い肌の誘惑には打ち勝てず舌を這わせた。エレナから甘い声が漏れたのは、ぎゅぅっと抱き締めて意識を逸らした。いや、逸らし切れていないが。
一頻り堪能し、エレナがポゥッとし身体の力が抜けたところで頬を撫でる。
僕の手が心地良いのだろうか。頬を撫でている手に顔を擦り寄せる。
「遅くなったけど、誕生日おめでとう」
「ありがとう、ございます」
「好きだ」
そうしてもう一度、軽く口付ける。
気持ちを伝えても愛を伝えてもエレナからは返ってこない。代わりに、困ったように微笑まれる。いや、その時によっては嬉しそうに微笑むこともある。
「何か望みは?」
「望み?」
「何をしたらエレナを僕のものに出来るんだ?」
言い方を間違えたようだ。
エレナの目が伏せられた。
「手に入れた後、何を望みますか?」
手に入れたあと?エレナを手に入れたあと……?
……愛したい。無理だと啼いても愛し続けたい。僕の子供を孕ませたい。一人じゃない、何人も孕ませる。
僕がいなければ生きていけないくらい溺れさせたい。
「エレナの全てを。いいや、僕の全てをエレナに捧げたい」
エレナが欲しい、けど、それ以上に僕の全てを受け取って欲しい。
僕の持ち得るもの全て、何もかも、エレナに捧げたいんだ。
「僕の精を全てエレナに受け取って欲しい。僕の人生の全てをエレナのために捧げたい。エレナがいるなら地位も名誉も財も何もいらない。でも、エレナを幸せにするために必要なら、今以上のものを手に入れてもいい。この大陸の全て、いや、他の大陸も手に入れる」
本気なんだ。どうしたら伝わるんだ。




