22.レイの攻略と夏のこと
「幼い頃に妹と会ったことはありますか」
脈絡ない意図の解らない質問って困るんだけど。レイにしては珍しい問いだ。
僕を伺うように、表情を読み取ろうとしている。
「そんな機会があったとでも?」
「少なくとも妹は二回、王宮で王妃に会っています。貴方が覚えていない、ということはありませんか」
「ないね。幼い頃にエレナに会っていたなら、その数日以内には婚約者として指名していただろう。エレナの魔力は心地良いから忘れるはずがない」
二回、王妃とあの庭園で会っていた。なのに何故、僕は会わなかったのか。誘われなかった理由は……。
レイの意図が掴めない。
「レイ、互いの考えを明確にしておこう。影を使っての情報戦もいいがエレナのためにならない」
父親である宰相は娘を大切に想っているから僕を受け入れるのには時間がかかる。
だが、レイは多少だが立場が違う。
父親と同じようにエレナの幸せを願っていても、エレナの自由までは奪わないはず。だから、影が好き勝手にしていても目を瞑り成り行きを見守っている。
チャラ影の動きには少なからずレイの意思がある筈だ。だから僕に接触させて情報を流している。
互いに視線を逸らさない。
数分後、クツクツとした笑みから目を細めて嘲笑い僕を見る。
「貴方はどうしたいのですか?」
「それは私が聞きたいことだ」
「私が願うのは妹の幸せです。ただ、相手を選ばなければ妹を失う可能性がある。それだけです」
相手を間違えたら失う、とは。神の力が関係しているのだろうか。
「幼い頃に妹が『紫色の瞳の男性と結婚すると幸せになれる』と言い出したことがあったのです。今はもう、覚えていませんが」
「は?」
「幼い頃ですから紫色の瞳は王族でしかあり得ない、なんて知りません」
「だから会ったことがあるのか確認したのか」
「えぇ。何故、そのようなことを言い出したかはわかりません。だから貴方に会った時に何か言われたのか、と考えたのですが、幼い頃は領地にいましたので貴方が極秘に避暑で来ていた事があったのかと」
ある程度の年齢になってから王族の瞳の色を知るらしいから幼い頃なら『紫色の瞳』の発想は難しいだろう。
「それだけで警戒されたくはないな」
「それだけではありません。これ以上は言えませんので」
それだけでは推測すら難しい。
想定以上にエレナを手に入れるのは難しいようだ。
「王族の方へ強要できないから、妹を嫁がせたくないのです」
強要……?
家格が下の婿を取れば強要も容易い?
強要して幸せになれるのか?
妹のために王族には強要できないことは……
「誓約魔術の行使か?」
レイは微笑むだけ。
誓約するのは……そうか、それは王族には求められない。
誓約したことを破る、それは、命と引き換えにる。王族は滅多な事がない限り命をかけて誓約はしない。王族として生きていることは国のために必要で義務だからだ。
「私も覚悟を決めるよ」
それで愛しい女性が手に入るなら。
そうだよ、そんな簡単なことで手に入るなら。
「馬鹿なことは考えないでください。臣下として申し上げますが、妹にはそこまでの価値はありません。それに、王妃に相応しくない。王宮内の女の中で居場所を作れるほど強くない」
「レイが思っている以上にエレナはしっかりしているよ」
レイに必要なのはエレナを信じることなのだろう。いつまでも可愛い妹ではない、ということを知る必要がある。認めたくはないのだろうけど。
話し合いを終え執務室に一人になる。
執務室の椅子へと座り直し書類を眺める。
そろそろ夏の予定を確定させる時期か。長期休暇の間、エレナとの逢瀬がなくなるのが辛い。その前の、誕生日の夜会も気になる。
はぁ……
深くため息をつく。
休暇が明けると騒がしくなる。
三年生は残り半年の学園生活になるから、この時期に身の振りを決めておかないと卒業後が大変だ。特に、婚約者のいないご令嬢は行き遅れになる可能性が高くなる。
婚約者のいないご令嬢は、無理をしてでも相手を決めるだろう。数人のご令嬢には注意が必要だし、僕も自分の身を護らないと。
ルイーザ嬢が編入してきたら淑女科の状況も把握しやすくなる。エレナと仲良くしてくれると助かるのだけど……。
「休み明けまでに下準備だけはしておくか」
夏の予定を立てラスティには陛下の許可を取るよう指示をする。この夏に動かなければ失うかもしれない。いや、アチラが待っているだろうから早めに挨拶をしておくか。
陛下の許可を取るのは数日かかる筈なのに、ラスティは直ぐに許可を取り付けて戻ってきた。
「珍しく許可が直ぐに降りたな」
「所用で宰相が席を外していたんだよ。で、陛下が宰相に確認させずに許可を出した。そうしないと行き先変更になるからだってさ。行き先は知られないように、と」
「へぇ、何するのか分かったのかな」
「わかったんじゃないか。最初で最後の機会だから物にしてくるように、だと」
「そうだね。そう何度も機会は巡ってこないし、今回が無理なら来年以降は会ってもくれないだろうし」
「護衛は近衛で俺は侍従代わりをするよ」
「警備内容は僕が確認する。宰相へは知らせないように」
「承知した」
警備計画と訪問先は他の貴族にも知られないよう極秘事項とした。良からぬ憶測から護る必要があるし、本人にも気づかれたくない。
「外堀から埋めるのか?」
「ご挨拶をして教えを乞うんだよ。知らなすぎは失礼だろ。父上と母上に聞いても教えてくれない。調べるか自分で動けってことだろうから」
「手紙ではなく直接、話を聞くのか」
「まぁね。礼儀を重んじる方だから自ら行かないと意味がない。そこで嫌われたら強硬手段しか残されない」
「出来る限りの協力はするよ」
「近衛は信頼できる騎士にするように」
「へぃへぃ」
少数で訪問することになり、近衛で護衛につくのは伯爵家次男のカイ・ヴィクトールと侯爵家嫡男のネイト・デクスターが同行者となった。二人とも魔術が使えるようだからアレンがいなくても良さそうだ。
今回の護衛に選んだ二人は剣の腕があり魔力もある。魔術の行使もできる。
剣を使いながら魔術の行使はした事がないらしいから、補助魔術くらいの利用だ。
魔術師が剣を扱うか、騎士が魔術を扱えるようになるか、両方できる騎士か魔術師がいると魔獣討伐で役立ちそうなのに、両方の適性者が少ない。そもそも魔力持ちが少ない。
レイもラスティも剣も魔術もやりたいらしいけど、どちらも出来たら役立つ、よな。
出来るなら僕も両方やってみたい。
夏の休み中に護衛の二人からも意見を聞いて、今後の士官学校について考えてみるか。