21.レイを攻略するのは難しい
エレナを困らせるのは本意ではない。
気持ちを伝えるのは僕の自己満足だ。エレナにはウェスタリア家の事情があるだろうし、そこには、ラストゥール家の事情も絡んでいるだろう。
「名残惜しいけど、そろそろ離れないと嫌われそうだ」
立ち上がり、エレナの手を引く。
ドレスについた芝生や葉を払い落とし乱れた髪を整える。
「き、らいでは……その、、、気持ちを伝えられなくて、ごめんなさい。もう少し待って欲しいの」
「どのくらい待てばいいかな?待たされ過ぎると…「それなら気持ち伝えないでください」
僕が言おうとした事に反応したのか勢いよく言葉を被せた。ギュッと目を閉じて顔を背けて辛そうに。
きっと、エレナの気持ちは僕にある。
最後の一歩を踏み出せないだけだ。
「待たされ過ぎると強硬手段に出るよ?」
意味が理解できないのか首を傾げて目をパチクリさせている。『強硬手段?』と口にしているが、本当に意味がわかっていないらしい。
「僕の寝室へ連れて行く、とかね」
と耳元で囁くと、赤くなった左耳を手で押さえて後ずさる。そんな可愛い反応しなくてもいいのに。
「だから、あまり待たせないでくれ」
「はいっ!」
随分と長い時間、ロイヤルガーデンにいたようで、戻るとミアが心配していた。念のためエレナの貞操は無事だと伝えると安堵していたが、手を出すと思われていたなんて心外だ。
「あ、シオン様」
「なに?」
「実は……これを渡したくて王宮に来たのです」
手渡されたのはラッピングされた袋。これって、さっきレイが受け取っていたのと似ている。
「クッキーを焼いたの。その、猫ちゃんのお礼の気持ちです」
「エレナが作ったのか?」
「はい。クッキーは得意なんです。えっと……シオン様のために作ったのを知られるとお兄様が怒るから、お兄様とお父様にも渡したのだけど、シオン様のは紅茶の茶葉も使った特別な味も用意しました」
「ありがとう。この後の執務中にいただくよ」
約束していた気持ちの籠もったお礼をしてもらえるなんて思っていなかった。それも、エレナ自らクッキーを焼くだなんて。
貴族令嬢は菓子や料理はしないのにウェスタリア家では普通なのだろうか。
出来るなら、このクッキーをエレナに食べさせてもらいたい。もう少し仲を深めたらお願いしてみよう。婚約したら膝に乗せてクッキーを食べさせてもらう。
ウェスタリア侯爵夫人の元へと送り届け、次に学園で会う約束をして王妃の庭園を後にした。
執務室へ戻ると、書類が山積みになっていたのには驚いた。エレナから貰ったクッキーのおかげでサクサクとこなせて、あっという間に終わった。
王宮でエレナと逢瀬できたのが良かったのだろう。魔力に癒されたし心も満たされた。
暴れたい気分になったから近衛の鍛錬場で訓練に参加して一汗かいた。
最高に充実した。
鍛錬場で近衛師団長が僕が騎士と互角にやり合ったことで驚き、訓練規定を追加したのは騎士達に申し訳ないことをしたと思うが、護衛対象より弱いと話にならないから仕方がないだろう。
魔術師団へも顔を出して結界張りと転移訓練の確認をして、新しい魔術を編み出して披露したらアレンが魂抜けたような顔をしていた。
アレン、すまない。
あとはいいようにしてくれ。
数人の魔術師に捕獲されて魔術談義を楽しんだら、あっという間に夜になってしまった。
何事にも興味がなく必要最低限の用がない限りわ騎士団や魔術師団へ顔を出すことがなかった僕が一緒に鍛錬し魔術について語る、それが珍しいのか、直ぐ、僕に何かあったのではないかと王宮内で話が広まった。
翌日になると執務官達は僕の仕事が早くなったのと同時期であることも話に加えて広め、侍女や侍従は物腰が柔らかくなって話しかけやすくなったと広める。
必要最低限、話しかけられることもなかったのに、相談事や執務のことで訪ねてくる者が増えた。
今までは宰相補佐やラスティに話して僕の機嫌を伺ってからだったのも、直接、伺いを立てるようになってきた。
いや、仕事増えてますけど。
コミュニケーション取りながら働くって、こう言うことなのか。初めてかもしれない。
相手を気遣うって必要ないと考えていたけど、できてた方がスムーズだ。
心なしか宰相の当たりはキツさが和らいだように感じるのは、エレナとのことが暴露てなくて僕がしっかりと仕事をしているからだと思いたい。
エレナと会ったのは数時間だったのに、二日も充実するなんて、部屋いてくれたら仕事の捗り方が凄いことになるんじゃないか。
このまま、エレナとの逢瀬の余韻を残したまま過ごしたかったのに、面倒な奴が執務室に来ている。
「この二日、どうされたのですか?突然のことで王宮内で働く者が困惑しています。普段と違うことはしないでいただけると助かるのですが」
「相変わらず直接的だな。私が真面目に仕事をして人と関わるのは問題か」
「まさか!仕事が早く進みますし、私共としては良いことばかりですよ。新しい政策も宰相は文句のつけようがないと認められていましたし、陛下も、貴方の成長を喜んでいます」
「レイは違うようだね」
気づいた、のだろうな。
エレナは僕の魔力を纏っていて、そのことにレイが気付いて魔力の無効化を試みているが、全く消えないらしい。
それも、魔力が薄まっても定期的に濃く魔力を纏って帰っているようで、その度に、レイに何をしたのか問い詰められているらしい。
逢瀬で互いに魔力を融通しあっているのだろう。最初の魔力補助以来、意識的に魔力補助をした覚えはない。
アレンの話では相性が良いと無意識に魔力の融通、補助が行われるらしい。
「妹から貴方のものと思われる魔力が消えません。昨日は魔力が強くなっていました。会われましたか?」
「さぁ?」
僕の執務室でテーブルを挟んで向かい合わせで座る。ソファーに深く腰掛け脚を組み紅茶を口に含むとレイは態と嫌そうな顔をする。
「貴方は妹に相応しくない」
へぇ、王太子である僕がエレナに相応しくないなんて、そこまで嫌がられるとは思わなかったな。
「誰なら相応しいんだ?」
「貴方以外です」
「それは驚きだ。私以外が相応しいなんて、有能な人間は相応しくないと?」
「まさか。有能すぎるから相応しくないのですよ」
んなわけないだろ。
ウェスタリア家はエレナに爵位を継がせてレイに伯爵位を渡す考えもあるらしいから、エレナの婚約相手がラスティから別の婿入りできる男に変える動きもある。
ただ、王家は良しとしていない。
エレナの魔力をウェスタリア家に留めるのはいいが、入婿が誰かによっては国にとっては脅威になりかねない。
「私は神の力に興味はない」
「ご冗談を」
「神の力の血筋であること以外、王太子である私は知らないからね。興味の持ちようがない」
「知らないのですか、本当に?」
「全く。神の力の種類は知識として知っているが、誰がいつ何を発現させるかといった情報は知らない」
「知らないままでいいですよ」
この失礼な態度、嫌いじゃない。
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