20.『この女性を伴侶に』
二人とも、僕を見ながら笑顔で話すのをやめてくれませんかね?気になる単語がありすぎて、何から質問したらいいんだよ。
「この国のためになる、とは?」
愛とか女の我儘とか切り返したらドツボにハマりそうだ。一先ず、国のためになるってところから疑問を解消していく。
「興味があるのは国かしら。それとも?」
「すべて、ですよ」
「欲張りなこと」
「それで?」
「神の力に関わることよ」
エレナの祖母であるアイカ・クドウ・ラストゥールの出身は魔術大国と言われている和泉皇国で、建国当初、優れた魔法と魔術を使えた皇帝と皇后がいたことで発展した。
和泉皇国は神の国と言われるほど魔力保持者が多い国で、『神の力』とされる魔法を発現させる人が多くいる。
他の国から見ると貴重な血筋だ。
特に、高位貴族はその血を濃く受け継いでいる。
リズタリア王国は魔術や魔法を使える人が多くなく、魔力保持者も少ない。
それによって他国に比べると小国と揶揄されている。
魔法使いや魔術師が多くいれば、できることが増える。だからこそ、その血筋は貴重とされている。エレナもその一人だ。
現に、レイは『神の力』とされる『精霊魔法』を行使でき、数人の精霊と契約を結んでいる。
「エレナも神の力を行使できる、と?」
「それは相手次第だわ。これ以上は、いくら王太子の貴方でも教えられない。知りたいなら認められることね」
ラストゥール夫人、エレナの祖母に認められないと教えてもらえない、か。
和泉皇国の高位貴族の令嬢だったから秘匿情報なども知っているんだろう。
「では、これ以上の詮索はやめておきます。認められる必要があるなら、エレナを薔薇園へ誘っても?」
「お好きになさい」
「ロイヤルガーデンの薔薇が見頃なんだ。エレナを案内したい」
王族居住区内にある特別な庭園へと誘う。手を差し出すと喜んで手を取ってくれた。
「いいのですか?お願いします!」
まさか、ロイヤルガーデンの方へ誘うとは思っていなかったのか、母上が一瞬だけ僕に視線を向けた。
エレナをエスコートし庭園を離れる前に釘を刺しておくか。
「お二人とも、夫への報告はしないでくださいね。私から話をする予定ですから」
まだ、陛下と宰相には知られたくない。
勘づいてはいても確定させる必要はない。
ロイヤルガーデンは王族のみ立ち入ることができる庭園で、多種多様な薔薇が咲いている。侍女は入り口まで付き添うが中には入れない。
王族ではないエレナが足を踏み入れる、その許可をした僕は『この女性を伴侶に』と伝えた事になる。
だから母上は本気だと気づき僕に視線を投げて確認した。それに微笑み返したことで肯定する。
エレナ本人は気付いていないだろうからロイヤルガーデンへ案内されたことを父親に話さないよう口止めする必要がある。
ロイヤルガーデンへ足を踏み入れると薔薇の香りに包まれる。
「わぁ……良い香り。薔薇の色も種類も多いんですね」
「ここは薔薇が多く植えられているからね。気に入った薔薇はある?」
「うーん、どれも素敵だわ。赤い薔薇もピンクの薔薇も、黄色も素敵ね。あ、」
「どうした?」
エレナの目線の先にあるのは濃い紫色をした薔薇。周りにも紫色はあるが他は少し薄い。
歴代の王太子をイメージして品種改良された紫色の薔薇だ。
「とても綺麗……他の薔薇に比べて色が濃いのね」
「うん、紫色の中では一番、濃い、かな」
「シオン様の瞳の色みたい。陛下の瞳を覗いた事はないけど……」
「僕の方が色は濃い、かな」
エレナの方へ顔を向けると肩に手を添えて背伸びをして僕の瞳を覗き込む。
そ、の、顔の位置、近い……!!
突然で顔が近くて目を見開いていたら、真剣に覗き込むから瞬きのタイミングがわからない。
「本当だ。シオン様の紫色は、とても濃いのね」
そ、こで、微笑まないでくれ。
僕の胸に手を当て、下から覗き込むその姿は可愛すぎて、誘っているようにしか感じられない。
僕へ近づかないよう教育するよりも、男への接し方を教えた方がいい、と、宰相とレイに教えたい、が、この状況、僕としては嬉しい。
り、せいを働かせるのは男として無理なわけで、、、、
少し屈んで柔らかい唇に口付けた。
ちゅっと唇から離れると『あっ』と声が漏れ聞こえ、上着の胸元をギュッと握られたのが離れていきそうだったから、後頭部に手を回して、もう一度、口付けた。
唇を何度も喰み、エレナが声を出そうとして口を開いた隙間から舌を捻じ込んで絡める。
歯列を舐め奥に逃げた舌をからめ取る。逃げようとする舌を吸い、さらに絡める。
何度か『ふっ…うっ…』と声が漏れる。
その声に唆られる。
口内を貪り唇から離れると、エレナの身体から、ふにゃりと力が抜けた。
腰に回していた腕に力を入れ身体を支えるとエレナの呼吸が荒い。
「しおん、さ、ま」
涙目で顔を赤くしたエレナは、さらに僕を誘うように縋り付く。
そう、誘っているのはエレナだ。
その場でエレナを押し倒し覆い被さって微笑む。顔の横に腕を置き、口付ける。
「愛している」
そう、耳元で囁く。
困ったように眉を下げているが、気にならない。その顔から、嫌悪を感じられないから。
「これから一生、エレナだけを愛したい」
もう一度、耳元で囁く。
いくら伝えても伝えきれない。
だから、何度も伝える。
耳元で何度も囁いていると、エレナが両手で顔を覆ってしまった。
「顔を見せて?」
「恥ずかしい……」
「なぜ?愛したいと伝えているのは僕の方だろ?」
「うぅ……伝えられるのも、恥ずかし……いのです」
指の隙間から潤んだ瞳で睨むように僕を見る。だから…………
「好きだ」
「うぅ……」
「口付けされるのは、嫌?」
柔らかい唇に口付けて、額や頬にも口付ける。今まで、口付けて抵抗されたり泣かれたことはない。拒絶できない程、怯えている様子もない。
拒絶されないから、何度も口付ける。
ちゅっ、ちゅっ、と、リップ音を態と響かせて意識させる。僕に何をされているのか、嫌でも意識させている。
「どうなんだ?」
「……い、や、じゃない……」
あと一押し?
いや、ここで焦って無理やり同意させたらダメだ。たぶん、エレナの心に不安が残る。
「そう感じてくれているなら嬉しい」
拒絶されない、それがこんなにも嬉しいなんて知らなかった。
一房とった髪に口付ける。
芝生の上から抱き起こし横抱きにして膝に乗せる。その間も、両手で顔を隠したままで。
「可愛い顔を見せて?」
「うぅ……」
「そんなに恥ずかしいのか?」
コクコクと縦に振る事で肯定を示すけど、明らかに気持ちを伝えている僕の方が恥ずかしいことをしている。
「エレナ、」
指の隙間からチラリとコチラを見るから微笑むと『ひゃぁっ』と隠れる。
「以前も申しましたが、手に入らないから興味を持っているだけです。私が他の方と同じように接したら嫌になります」
「うーん、前にも言ったけど壇上でエレナを見たときから好きなんだから、他のご令嬢と同じ事されても嫌にはならない。寧ろ嬉しい」
「ですがっ、興味を失くされます」
「言い切らないでよ。どうしてそこまで嫌がるんだ?僕と結婚して王太子妃になれば未来の王妃で国母だ。欲しいものは何でも手に入る。野心のあるご令嬢なら僕を操って国を掌握することも考えるだろうに」
僕を籠絡すれば実家へも十分過ぎるくらいの利益をもたらす事ができる。王宮内の人事も、多少は好きにできるだろう。
僕に寵愛されていれば欲しいものは何でも手に入る。
国が欲しいと言えば手に入れてプレゼントだってする。
「い……いらない!物なんて欲しくありません」
「うん、エレナはそう言うと思った」
物を欲しがらないからわからないんだ。
何をしたらエレナの心が手に入るんだ?