02.入学式と挨拶
朝は早くに目覚めたので執務をこなした。
他にすることないから、空いた時間は執務しかしていない。
執務の後に軽く食事をし、その後、真新しい制服に袖を通す。
ノブル学園の制服は貴族の令息令嬢が着用するので品質は問題なし。デザインも数年に一度、見直されているが伝統に則った形だ。
普段、ご令嬢のドレスは足首まで隠れるが、制服になると膝下は五センチ下から脚が見えている。『それがいいんだ!綺麗な脚なんて滅多に拝めない!』と話していた奴がいたな、王宮の食堂に。
学園の卒業生で騎士をしている者は、この時期になると思い出を話してくれるから聞いていて面白いと思うことが稀にある。うん、稀に。
制服に着替えた後も残りの書類に目を通す。今日は学園は午前で終わりだから午後から他の書類に目を通して、騎士団の訓練を確認、その後は魔術師の研究の報告を受けて……書類仕事が出来なさそうだ。
昨夜、ショーンが話していた小説は『華舞う国で少女が微笑み癒しの華を咲かせる〜王子様と少女の真実の愛〜』という長くてダサいタイトルで無理矢理、持たされたから持ち帰った。
販売元は平民街で下位貴族でも話題になっているとか。
王子様は女除けのために婚約した令嬢がいるけど、猫撫で声で擦り寄ってくることに嫌気がさしていて好きになれず真実の愛を知らない。で、元平民の男爵令嬢と出逢い真実の愛を知る。そーですか。婚約者が嫉妬して男爵令嬢に数々の嫌がらせをして卒業式で断罪ですか。
悪役令嬢って言うの?侯爵令嬢を?え、婚約破棄するの?お妃教育したのに?なんで処刑する?そんな重い罪じゃないだろ。侯爵家没落?いやいや、そこは馬鹿やった王子が廃太子で生涯幽閉だろ!なんだこの本、馬鹿馬鹿しくて笑えない。
でも、ここまで狂うほどの愛を知ったから手に入れた女性の地位を確実なものにしたくて、やり過ぎたんだろう。
元平民の男爵令嬢じゃ、何の後ろ盾もない。
後ろ盾がないなら確固たる地位を確立させる、そのために婚約者を悪者にした。
目眩し程度にはなったから勢いで婚約と婚姻まで持ち込んだのだろう。
でも現実では無理がありすぎる。
この侯爵令嬢の父親の王宮での地位は高く発言力もある。
婚約を破棄すれば報復は免れない。
国を二分する覚悟がないと破棄は無理だ。
くだらない、と本を閉じる。
でも、狂うほどの愛を知った王子を羨ましくも思う。
入学式だからという理由で早く出るわけでもなく、丁度良い時間に到着するよう、護衛を務める魔術師団長のアレンが指示を出していた。
護衛ってことで馬車内はアレンと僕の二人だ。
「魔術師団長としての職務もあるのに護衛してていいのか?」
「本日は私が担当します。明日以降は近衛騎士が担当です」
「そうか」
僕は興味なさげに窓から外を見る。景色見てもつまらないけど。
子爵家次男のアレンは魔術に優れていて若いのに魔術師団を任されている。
十三歳の頃にアレンから魔術を学び始めて、漸く、僕の魔術の腕も上がり魔術師としても申し分ない程になった。
「アレンとレイでは魔術が得意なのはどっちになるんだ?」
魔術師の長としてアレンの実力もそれなり。魔力量も多い。レイは精霊魔法が使えて魔力量が多い。純粋にどちらが魔術を得意としているのか疑問に思った。
「それは難しい質問ですね。もし私とレイが決闘をすれば高確率で私が負けます。戦い慣れていませんから。レイは剣の腕もあります。ただ、防衛魔術は私の方が得意です。魔術の得意さは何で測るかで変わります」
「剣と魔術を使う騎士がいると現場の指揮も変わるのかな」
剣と魔術のどちらを取るかで悩んでいるなら両方できる騎士になればいいのに。そういった制度設計が必要か。
「騎士と魔術師の二つを担えるなら橋渡しもしてくれそうですね。魔術師は戦いに向かないものも多くて、よく、騎士と意見が合わずに揉めますから」
「お互いを尊重して欲しいね」
溜息をつきながら今の騎士と魔術師の関係性を思い出す。考え方もやり方も違う両者の間に入れる組織があれば国としても防衛に長け互いに向上し合うことで魔術や権能でも上がるだろう。
防衛以外の魔術の発展にも繋がりそうだ。
ま、今、僕が考えることでもないか。
「到着しましたよ」
さて、ここから王太子でもするか。
アレンが扉を開けて先に出る。
その後、馬車から降り立つ。
すっげぇ見られている。
ジロジロ、と。
この時間にいるなら同学年となる新入生達だろう。
新入生は社交界デビュー前だ。大体の家は在学中にデビューさせる。
だから、王太子の僕を見るのが初めての生徒も多いのだろう。
こちらを見ている生徒たちへ笑顔を見せるのも仕事だ。
そう、気を引き締めて笑顔を見せると女子生徒の黄色い声が響く。
「シオン、相変わらず王太子してるな」
「ラスティ、お前も公子殿下しろよ」
「嫌だよ、柄じゃない。グレイが戻ってきてるらしいから教室で会えるかもな」
「グレイと会うのは三年ぶりか。楽しみだな。その前に講堂か」
ノブル学園は紳士科と淑女科に分かれていて年頃の男女が同じ教室で学ぶことはない。
男女が授業で会うのは選択科目となるダンスくらい。それ以外は食堂や講堂だ。
左右に分かれている教室のある棟とは別に中央党には男女が共有で使う棟がある。
そこには食堂と講堂の他に夜会用の会場と運動をするためのホール、生徒会室や各活動室がある。外の運動場も男女共有スペースとなる。
地方から来ていて王都にタウンハウスのない令息令嬢は両住まいだ。これも男女で左右に分かれていて日常生活で不用意に敷地内で会わないようになっている。
婚約者同士が逢瀬をする際には中央棟にあるサロンを使用する。個室もあるから婚約者同士や恋人同士の生徒が利用する。
誰がいつ利用したかは記録され必要に応じて親へと報告される。
馬車から降りて紳士科の建物にある玄関から中央棟の講堂へと向かう。途中、チラチラと視線を感じるが、道を開けつつ僕とラスティを見ているのだろう。
「この見世物的な感じは何ヶ月続くかな」
「んーー、一ヶ月経たずに終わるんじゃねぇの?今日は午前で終わりだし、明日から本番だな」
「明日も午前だけだろ、科目と施設の説明、で、明後日には選択した科目の提出」
「シオンは何を選択するんだ?」
「決めてない、午後の授業だけ選択科目だろ?どーすっかな。もう全部学び終わってるのに何を学べって言うんだよ」
「それはお互い様。社交しに来てるんだよ」
「そーでした」
「シオンも何かに興味持てよ」
「ラスティは何に興味あるんだ?」
「俺は剣の授業をとる、卒業後に騎士団には入れないだろうから、少しでも続けたい」
「騎士目指してんのか?」
「魔術の講義も取る。どっちもやりたいんだよ」
「レイみたいだな」
「僕も魔術の講義はらとろうかな。新しい陣を学べるかもしれないし」
一通り学園で学ぶことは本を読んだしアレンや他の魔術師から学んだから必要ないのに。
講堂に着いてからはラスティと分かれて僕は壇上の方で待機する。
挨拶のために壇上へ上がれるようにすることと、他の生徒と同じ場所へ座り隣や後ろの席の取り合いとかで揉めないようにするためだ。
それ、ラスティが席に着くことで懸念していたように揉めてるけどな。
すげぇ機嫌悪そうにしてる、珍しい。
隣にいるのはグレイか。
グレイを見るとお互いに成長したんだろうな、と感じる。子供っぽさが抜けてきて青年になろうとしている感じだろうな。
ここからだと生徒の横顔になるから、よくわからないな。
在校生の歓迎の挨拶はメッゼリッヒ公爵令嬢。僕が入学するまでの二年間、生徒会長をしていた。今年、引き継ぎをしながら一緒に生徒会役員として活動する。
貴族達の中には生徒会の役員の仕事を通じて仲が深まれば婚約が確定するだろうと考えている者もいる。
仲深まるもんなのか?
メッゼリッヒ公爵令嬢の挨拶が終わり、壇上の中央に立つ。
春の暖かい日差しが差し込み、ちょうど良い明るさで生徒の顔がよく見える。
壇上に立つと女子生徒の黄色い声、熱い視線を感じる。
同い年の婚約者候補のご令嬢も久しぶりに見たな。
「本日は私たちのために、このような盛大な式を挙行していただき誠にありがとうございます。新入生を代表してお礼申し上げます」
手前の席に目をやる。下位貴族や平民の特待生だ。今年は二人の入学か。
「ノブル学園へは学業の他に人との関わりを学ぶ場でもあります。学園在学中に社交界へとデビューする方もいるでしょう。その時には学園での出逢いが繋がりとなり、新しい事業や領地のために必要なパートナーともなることでしょう」
中段の席を見ると子爵家から伯爵家、ちょうど、僕を見やすい中央の位置はラスティに侯爵家……
伯爵家以上となると見知った顔が多い。
あのご令嬢はジェラール辺境伯の娘だったな。数日前に珍しく王都へ来た辺境伯に挨拶された時に隣にいたのを覚えている。
ラスティの左隣は……
ラスティの隣の席を勝ち取ったであろうご令嬢が誰なのか確認しようと目をやると、知り合いなのか?ラスティが笑っている?
隣は、誰だ?
挨拶の言葉を述べながら、ラスティの方を見て微笑むご令嬢が気になって仕方がない。
ラスティに促されて僕の方へと視線を移した彼女と、ふと、目が合った。
あぁ、彼女から目を離せないーーーーーー