19.週末の王宮で
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週末のエレナとの逢瀬は、急遽行われた生徒会で中止になった。
エレナ宛にはチャラ影を通して手紙を渡したけど……チャラ影には『りょーかいっす!お嬢から返事は受け取りませんから!』と返信をもらえる機会を潰された。くそぅ。
逢瀬が中止になったのは夏季休暇明けの対応と予算編成が必要になったからだ。
エレナとの逢瀬がないまま休日になり、モチベーションが下がったままでヤル気なし。
執務の量も多くないから午後から始めよう、と朝は部屋で本を読んだ。
午後から執務をするために執務室区域へと移動していると、侍女に付き添われている黒髪の女性の姿。
宰相の執務室へ向かっているの、か?
この時間は会議で不在のはずだけど。
付き添っているのは侍女のミア……?
距離を保ちながらエレナが向かう先を確認すると、やはり、宰相の執務室だ。
扉をノックして部屋から出てきたのはレイ、か。この距離なら風魔術で声を拾える。
《エレナ、どうして王宮に?ここへは来ないようにと約束しているだろ》
《お母様と来ましたの。お兄様、お父様は?》
《会議で席を外している。部屋で待つか?》
《お母様が待っているから遅くなると困るみたいなの。クッキーを焼いたから休憩中に食べてね》
《あぁ、ありがとう。ここは危ないから直ぐに帰りなさい。母上は何か用があるのか?馬車停まで送るよ》
《ミアさんが案内してくれるから大丈夫よ。お母様のところへ寄ってから帰るわ》
《そうか。いいか、くれぐれも、男の人について行ってはいけないよ。連れて行かれないように気をつけるんだ。特に、瞳が紫色の男は危ないから注意しろ》
《それはシオン殿下のこと?危ないの?》
《危ない、とても危ないんだ。オオカミになるからな。ここは魔窟みたいな所だ。早く帰りなさい》
《はぁ〜い》
…………変な擦り込み教育してないか?
あの言い方だと邸でも相当、僕に近づくなと教えられているのだろう。
それもあっての警戒心?
執務室区域から居住区の方へ移動している途中、声をかけた。ここで出会すのは変ではないだろう。ミアも、普段、僕が使う場所を通ってくれたし。
「エレナ?」
「あっ……シオン様、えっと、」
「畏まらなくていい、いつも通りで」
「はい」
エレナに頭を下げさせるつもりはない。
放課後の逢瀬がなかったから逢えて嬉しい。例え、宰相とレイへ会うために来ていたとしても。
「こっちは居住区になるけど?」
「あの、お母様が王妃様のお茶会に招待されていて私も来るようにと、お声がけ頂いたのです」
「へぇ。母上がねぇ」
ウェスタリア侯爵夫人と、居住区内で会うような間柄なのか。
「それなら案内するよ。場所は聞いている?」
「ありがとうございます」
王妃専用の庭園で茶会って、身内しか招待しない場所だろ。
で、エレナはレイの言いつけを護れずオロオロしている感じだ。ミアは満面の笑みで、してやったりと、顔に出ている。
エレナをエスコートして庭園へ到着すると、母上がウェスタリア侯爵夫人とお茶をしていた。本当に、ここに招待していたのか。
息子の自分も招待されたことがない場所だよ。
「母上、こちらの庭園に客人を招待をするなんて珍しいですね」
「まぁ!珍しい子が来たわ。あら、そう、ふふっ」
僕がエレナをエスコートしている姿を認めて珍しいものを見た顔をしている。口元は扇子で隠しているけど。
「シオン殿下、お忙しいのにエレナに付き添ってくださり、ありがとうございます。エレナ、いらっしゃい」
スルリ、とエレナが腕から離れる。
ウェスタリア侯爵夫人も、僕とエレナが仲良くするのは良く思っていないのだろうか。
「シャルロット、久しぶりになって申し訳ないわ。娘のエレナよ」
「えぇ、久しぶりに会えて嬉しいわ。幼い頃に何度か、この庭園へ招待したのだけど覚えていないわよね」
「えっと、申し訳ございません。幼すぎて覚えていないのです。ご挨拶が遅れて申し訳ございません」
ドレスを持ち略式の礼を取るエレナの所作、綺麗だから見惚れる。
数回、母上とは会っているのか……ますます、僕がエレナと会っていない理由がわからない。
「あのルーカスのせいよね。私と主人がエレナを可愛がってからアメリとレイとエレナを連れて領地へ篭ってしまうんだもの。なんとか説得してルーカスだけは王都へ戻ってきたから執務が滞らなかったけど。本当、憎たらしい」
「ふふ、ルーカスも必死なのよ」
ルーカスって宰相のことか。
ウェスタリア侯爵夫人の名前はアメリ、か。
へぇ、そんなことがあって領地にねぇ。
「母上、私もご一緒してよろしいですか?」
「あら、珍しい。普段はお茶会を嫌がるのに」
「そうでしたか?楽しい茶会は嫌ではありませんから」
クスクスと、意味ありげに笑う母上に対抗して王太子として微笑む。
エレナをエスコートして椅子に座らせ、隣に椅子を用意させた。ミアが用意したからエレナの近くにしてくれた。
側にミアも控えて、エレナの様子を伺っている。食べた物から好みを推察しているのだろうか。
「あら、エレナがしている首飾りって」
母上の言葉につられてエレナの首元を見ると僕がプレゼントしたピンクダイヤモンドの普段遣い用の首飾りが目に入った。
プレゼントした物を使ってくれるのは嬉しいし、この場にしてくれているのは王妃が気付くことだと理解してくれていると更に嬉しいのだけど。
「こ、れは……シオン様に頂いたのです……」
かぁっと顔を赤くして俯き『ブレスレットもいただきました……』と。母上の、にやにやが止まらない……!
「あらあらあらあら、ピンクダイヤモンドを、ねぇ。アメリ、ルーカスはこのことを知っていて?」
「ふふ、知らないわよ。もちろん、レイも。母と娘の秘密にしているわ。あの二人、過保護だからエレナのことになると煩いのよ」
「宰相とレイに知られていないのなら助かりました。エレナの誕生日が近いので贈らせていただいたんです。エレナ、使っていてくれて嬉しいよ」
ウェスタリア侯爵夫人はエレナの意思を優先してくれているようだ。僕に対しての嫌悪もないだろう。
「は、い」
一瞬、僕を見て照れ臭そうに返事をし両手で朱に染まった頬を隠している。
だ……抱きしめたいっ!!
「シオン、名前で呼び合うくらいなのだから、ちゃんと考えてはいるのよね?私たちは早くあなたに春が訪れることを願っているのですから」
「考えていますよ。ですから余計な詮索は不要です」
「まぁ!それは待ち遠しいわ。ねぇ、アメリはどう思う?」
「私はエレナの気持ちを大切にしたいわ。ただ、一人の女性を愛してくれる方にお任せしたいから難しそうね」
ーーーーーーえ?ここにきて反対?
目をパチクリしながらウェスタリア侯爵夫人を見ると、カップに口をつけていたところだったが、ニコリ、と、口元が弧を描く。
試されているのか?
「そうねぇ、女としては、いつ後宮の扉が開かれてしまうか気が気じゃないから辛いのよね。息子を勧めたくても、同じ思いをさせたくないから、お勧めするのが辛いわ」
「一人の男性に自分だけを愛して欲しいと思うのは女の我慢ですものね。でも、私の血は、そうでなければ国へ貢献できないらしいから」
「そうだったわね。この国のためになる方へ嫁がせた方がいいわ」
だんだんと二人が僕に向ける言葉がキツイものになってくる。
好きな子の母親と自分の母親にタッグを組まれると勝ち目なし、の、シオンです。




