10.ヒロインと悪役令嬢、エレナはどちら?
「どうして席が近いの?」
「近くでエレナを感じたいから」
そう伝えて笑顔を作ると口をパクパクさせてる。その表情も可愛い。もっと沢山の表情を見せて欲しい、それを僕だけに。
「揶揄わないで!」
揶揄ってないのに。
エレナには転移のことを聞かれたから話した。明日以降に報告することになっているから誰にも言わないで欲しいと、お願いした。
宰相すら知らない事だと伝えると困っている。
転移の事でレイが執務室に乗り込んで来そうだけど、魔術の事で協力していけるならアリかな。
兄妹仲が良いようで、レイとの話をしてくれる。レイの意外なところが知れて面白い。妹離れをさせるのが大変そうだ。
他の令嬢と違うのは話した後に僕に振って、聞き出そうとしてくれるところだ。寧ろ、自分の話は少しで、直ぐに僕に話を振ってくる。
ご令嬢に自分のことを話すのは初めてだ。
適度な相槌もくれるし、何より、僕を知って欲しくて必死に話していた。いつもの僕を知っている人が見たら笑うだろう。それか驚くだろう。
「シオン様は、お仕事がお好きなのですね」
仕事が好き?好き、ではないような。
「どうして?」
「お仕事の話が多いから」
……趣味、とかないしな。
読書も仕事に関わるものしか読まないし。
「女性が喜ぶ話、というのを考えた事がなかったな」
「女性が喜ぶ話?」
「次は楽しませる事が出来るようにする。エレナが楽しいと思うことを教えて欲しい」
「お仕事の話も楽しいですよ?私はずっと領地にいたから王都の話は新鮮です。王宮の話も、他の領地のお話も」
気を遣って、ではないだろうな。
婚約者がいないから観劇やコンサート、流行りの店にも行かない。一人で行ってもいいけど、家族できている人に見つかって娘をあてがわれると面倒だし、かと言って婚約者候補と行く気にもなれなかった。
全員と同じ観劇、コンサートに行く必要があるから嫌だった。
「あ、そういえば流行りの小説があるらしいね」
「流行りの小説?」
首を傾げて考えた後、『あぁ、あの小説』と興味なさげな反応をした。この話はダメか。
「王子様だと気になるの?」
「王子様?」
「シオン様は本物の王子様でしょう?」
「まぁ」
「魅力的なヒロインを待っているの?」
「はい?」
「ヒロインが現れたら婚約者は邪魔ですもんね」
「まてまて」
いやいや、だから婚約しないわけじゃないから。
「違うの?」
「違う違う。婚約者を指名していない理由は……」
違わないや。ヒロインを待っていたわけではないけど、狂う程の愛を知りたいとは思った。抗っていたんだ、愛を知りたいと。
あの小説の王子と同じ、だな。
婚約者を指名していない理由は言えず、エレナは『不敬かもしれないけど』と小説を読んだ感想を話してくれた。
「悪役令嬢は嫉妬していたんです。自分を見て欲しかった。でも行動を間違えたんです。それに悪役令嬢にとってはヒロインの方が悪役です」
「ヒロインが悪役?」
「小説に出てくる男性は皆、婚約者がいて高位貴族で将来が約束されています。下位貴族との恋愛話はありませんでした」
「だから?」
「ヒロインは狙ってやってます。女性の好みが違うはずの男性を侍らしているんですよ。男性ごとに、その人の好みになるよう演じていたんです。自分より身分の高い女性から男性を奪うなんて、とても気分が良かったと思いますよ。それに、彼女は王子として見ていた。事あるごとに王子は、王子はっ言うなんて彼の身分にしか興味がないみたい」
夢物語として読んでいたから、そこまでは考えていなかったな。目線が違うのか捉え方なのか、でも、エレナの説明だとヒロインの言動に納得できる。
「確かに女性の好みが違う男達を籠絡して侍らしていると考えるなら演じている可能性は高いね。なら、そうした理由は?」
「一番身分の高い王子に近づくためですよ。王子の側近に取り入って良い印象を与えて口伝えで王子の耳に入れるんです。人の噂は信じたくなりますから。良い印象を与えて王子の庇護下の後は、弱者を演じて助けを求めるんです。わかりやすい生贄を与えて」
「その生贄が婚約者の令嬢?」
「はい」
エレナの推察からしばらく考えた。
恐らく、エレナに出会う前の僕がヒロインのような女性に出逢ったら……純粋だと感じてヒロインに囚われていた。
「悪役にされた令嬢は、王子を心から愛していたんですね。そうでなければ嫉妬しません。ヒロインは王子に見せかけの愛を捧げた。だから聴衆の面前で残酷な事ができた。身分の高い者が落ちていく姿を見てほくそ笑んだと思います」
人によって違う愛の形と表現が招いた悲劇、か。愛されていないと誤解した王子の瑕疵は大きいな。
物語の二人は真実の愛だと信じて過信した。王子は廃嫡されるだろうし真実の愛だと思った相手は逃げるだろう。
エレナの考察、考えたらわかる事だろうけど愛に溺れたら……愛って怖いな。
「メッゼリッヒ公爵令嬢や婚約者候補の方々からすると、私は王子を横取りしたヒロイン」
「えっ?」
「似ているでしょう?存在も知らされていなかった娘が突然現れて王子を横取りした、と、捉えられても可笑しくない」
メッゼリッヒ公爵令嬢からすれば身分が下のご令嬢。彼女が直接に手を下さずエレナを陥れる方法は……。そうか、だから長期休暇明けに……なら、こちらも準備をするまでだ。
「ヒロインも悪役令嬢も愚かだ。悪役令嬢が王子個人を見ていたとは限らない。プライドを傷つけられて王子に固執したかもしれない、破棄されたら当主に何をされるか解らない、居場所を失う可能性がある。一番の愚か者は浮気した王子だ。正妃を娶ってから側妃として迎え入れ国母にしてあげれば良かった」
僕は手を取りテーブルの上で握り真っ直ぐとエレナを見る。
「物語に続きがあるなら、その王子は廃嫡され子を成せない身体にされて王籍から抜かれ平民となるだろう。その時、ヒロインは隣にいるかな」
「ヒロインが王子を心から愛していたら、いるかもしれません。でも、あの小説のヒロインは隣にいないわ。きっと、他の男性に助けてもらう道を選ぶ」
そうだろう。男に媚びた女は一人では何もしない。悲劇のヒロインであり続けるために王子を捨てる。『私のために彼は身を引いた』とでも言うだろう。
「エレナは?」
「秘密です」
「秘密?」
「もう帰る時間だもの。それに、一度で全てを得られると思わないで」
「来週には教えてくれる?」
「気分が乗ったらね」
「その気にさせるよ?」
「 」
耳に唇が触れそうなところで囁き、僕の手に手を添えて妖艶に微笑んだ。
『ご馳走様』と、離れていくエレナの背を見送る。
…………心を全て奪われた
この小説を書いているうちに「あれ?このエレナって立ち位置的に悪役令嬢物のヒロインっぽくない?ヒロインが籠絡しなくても攻略対象が勝手に落ちることもあるのね」なんて思ったり。