01.学園入学前日
お月様の『僕は婚約者を溺愛する』の番外編でも同じ内容を公開しています。
婚約者が決まらないまま、明日は学園の入学式を迎える。
リズタリア王国の王子として生まれ一人息子である僕は立太子したことで次期国王となることが決まっている。
本来は学園へ入学するまでに婚約者を決める予定であったが、決まらなかった。
僕が選り好みしているとか、女性と遊んでいるとかではない。
貴族の子息と一部の優秀な平民が特待生として通うノブル学園へ入学する前に婚約者を決めておくことで、学園内で揉め事を減らす目的があった。
婚約者候補が王太子である僕に会えるのは王宮で開催する王妃主催のお茶会だけだ。
学園へ入学すると僕は今まで以上にご令嬢達を自分で遇らう必要が出てくる。
とても、面倒だ。
僕が婚約者候補から婚約者を指名しないことで、自分にも機会が巡ってくると考えて接触を図るご令嬢が出てくる可能性がある。
さらに言えば、念のために、と、娘の婚約者を決めない家が多く婚約者不在の令息令嬢が多くいるので学園内の風紀が乱れないか不安視されている。
現に数回、婚約者候補が入れ替わっている。初めから残っている令嬢もいるが。
王妃に、将来の国母に相応しいと思われる女性はいる。陛下の命令なら僕も彼女でいいやと思うが寵愛する事はないだろうと断言できる。
ーーーーーー狂う程の愛とは、どのような感情なのだろうか
「シオン、めでたく婚約者が決まらないまま入学式がくるな。俺としては、助かっているけど」
再従兄弟のラスティはモリアーティス公爵家の嫡男で王位継承権二位で宰相候補だ。僕の婚約者とは違うタイプのご令嬢と婚約する予定だからラスティも婚約者を決めていない。
第二の王家と呼ばれるモリアーティス家は、数代に一度、王女が降嫁する。王家に第二王子がいる場合は臣下としてモリアーティス家に婿入りすることがある。
そうして王家の血を濃く継いでいる。
「面倒ごとを先延ばしした自己責任だよ。付き合わせて悪いな」
筆頭公爵家であるモリアーティス家の嫡男までも婚約者がいないことで学園で同じように面倒が増えるラスティには申し訳ないと思いつつ手元の書類に視線を移す。
「いいや、俺はまだ婚約したくないから助かってる。シオンの婚約者を決める手助けをしろとは言われているけどな。女性の好みとかあるか?」
「……ないな。あるのかな?お茶会で疲れて誰でも良くなってきた」
「それならメッゼリッヒ公爵令嬢に決めちゃえよ。二つ上だから来年は卒業だぞ。卒業後にお妃教育だとシオンが卒業する二年とその後は婚姻まで最短一年で計三年はある。根を詰めてやれば間に合うだろうしな」
メッゼリッヒ公爵令嬢は能力が高い。
高位貴族へ嫁ぐために高度な教育を施されたのだろう。
能力や素養は現王妃に似ている。
間違いなく彼女は王妃、国母に相応しいだろう。何度も言うが寵愛されるかは別として。
「でもなぁ……」
「シオンの婚約者がメッゼリッヒ公爵令嬢になる可能性が高いから俺の婚約者はマイペースみたいでさ。母親と似ているタイプとか、どうなんだろうな」
「ラスティの婚約者候補って?」
「有力なのは侯爵令嬢。何度か顔合わせはしてる。本人は婚約者候補だって知らないし彼女の父親も嫌がっている」
ラスティが婚約者候補と顔合わせをしているとは想いもしていなかったので驚き、どの侯爵家の令嬢か考えてしまう
筆頭公爵家の婦人は王家に次ぐ高い地位だ。それを嫌がる令嬢は珍しく興味が湧く。
「珍しいな。誰?」
「秘密」
「何だよそれ」
ラスティの婚約者か。
まぁ所詮、僕に直接的な関係はないからいいか。
モリアーティス家へ嫁がせるのを嫌がるなんて侯爵家でも王宮内含めて地位が安定して領地経営も上手くいっているんだろう。
だから娘を僕の婚約者候補にしないのか。安定していて更なる地位を希望しなければ王族と縁付くなんて面倒でしかないからな。
「明日の入学式では領地で暮らしていた令嬢もいるから、代表の挨拶をしながら見てみれば?」
「ご令嬢を見るために代表の挨拶をする訳ではない。領地で暮らしていたご令嬢なら爵位は低いだろ」
「侯爵令嬢や伯爵令嬢、辺境伯令嬢がいるだろ」
「ジェラール辺境伯令嬢か?あそこは娘しかいないから婿入りする令息を探すと思うけど」
でもまぁ、三姉妹だという噂だから一人くらい嫁に出せるのかもな。代わりに誰かを婿入りさせる約束でもすればいいのか。
「ならもう決まりだな。メッゼリッヒ公爵令嬢で」
…………そう、だろうな。相応しいかどうかで考えるなら彼女なのだろう。
だけど彼女だと一人でいる時以外は王太子でいなければならない。僕自身を受け入れてくれるようには思えない。
でも、まぁ、それが僕の使命だ。
彼女の好きなシオン・リズタリアを演じることで理想の夫婦に見れるなら受け入れるか。
愛や恋なんて平民に許された贅沢だ。
王侯貴族は国や民のために婚姻して愛を育む。その愛が親愛だとしても。
「なぁ、愛を知らない王の治世ってどうなるんだろうな?」
ふと、自身が王になる時代を想像する。
過去には愛を知らずに生涯を終えた王族がいる。王に即位した者もいるが。自分もそうなるんだろうなと想像してしまう。
「……歴史通りじゃないか?可もなく不可もなく、発展することもなく衰退することもない、現状を維持できる。動乱の時代なら英雄王だろ」
何百年も前、愛を知らない王が英雄となった。それは愛を知らないことで残酷になれたからだ。
「僕が即位したら可もなく不可もない治世になるだろうね」
現状を良くしたい程の理由もない。やる必要がなければ民にとって無難な王になるのが一番だ。
「そうなったとしても俺は隣にいるよ」
お前は優秀だから王宮内の権力闘争を鎮圧するだろうしと言われても嬉しくない。
コンコンコンーーーー
「どうぞ」
「失礼します」
僕の執務室へ来たのは漆黒の髪に黒曜石の瞳を持ったレイ・ウェスタリア侯爵令息で宰相の息子。ついでに、ラスティと同じく宰相候補で既に宰相補佐をしている。
ラスティ次第では僕が即位する頃にはレイが宰相になるだろう。
「決済をいただきたく、書類をお持ちしました。あと、昨日、宰相が戻りましたので差し戻しの書類もお持ちしています」
二週間の休暇を取得して領地へ戻っていた宰相は帰宅してすぐ王宮へ来て書類を整理していたのか。
「差し戻し?」
「平民向けの政策の懸念事項が数点」
「考慮漏れだな。見直して明日には提出する。今回は領地から夫人も戻っていると聞いたが」
北東、やや北寄りのウェスタリア領は王都からも距離があり領地へ戻るだけでも時間がかかる。数代前の爵位は辺境伯で北東の要であった。陞爵してからも辺境伯時代と変わらず領地内に武に長けた騎士や魔術師を配置している。ここ数年、夫人は偶に王都へ来るが一年のほとんどを領地で過ごしているらしい。
夫婦仲が悪いのだろうか。
「えぇ、母上も戻ってます。数年は王都を拠点にします」
「領地へ戻らないのか?」
あれ?意外と仲が良かった?
「長期休暇を取得して年に数回戻る予定ですが、私も領主代行を勤めますので二人で交代で戻る予定です」
「へぇ、領主代行が。宰相補佐もしているから忙しいだろうね」
「シオン殿下程ではありませんよ。ディアマント領の領主と王太子の方が仕事量は多いですし、これから三年は学生ですから使える時間も限られるでしょう」
「平日の拘束時間が長くて嫌になるよ。生徒会室で執務しようかな」
「生徒会の雑用は意外と手間ですよ。男女間の揉め事を起こされたら数日潰されます」
「面倒だな」
ノブル学園の生徒会は爵位の高い者が役員となる。必然的に入学後、王族は生徒会長を務めることになる。
生徒会役員は公爵家嫡男のラスティ、メッゼリッヒ公爵令嬢、あと二歳上に侯爵家の嫡男がいるから四人は確定。
同学年にも侯爵家嫡男がいて……あとは侯爵令嬢が二人とと辺境伯令嬢が一人、この三人は状況次第で生徒会役員か。
三年生になるメンバーを中心にして、来年、爵位の高い家の子息令嬢を生徒会役員にすれば仕事が引き継がれるからやりやすいだろう。
「レイに婚約者はいるのか?」
「私ですか?いませんが」
「何故だ?」
「王家からの要請です。シオン殿下の婚約者が決まれば私も婚約します」
「ラスティと同じか」
「いいえ、貴方のご友人のシャルダン伯爵令息に近いです」
あぁ、ここにも被害者がいたのか。
僕の婚約者候補から婚約者になれなかったご令嬢と婚約する可能性があるのか。
「謝ることはしない、つまらない役割を持たせているとは思っている」
「気にしていません。早く婚約者を決めてください。学園での面倒事が増えるだけですよ」
「知ってる。それよりレイは宰相を目指すのか?」
「いいえ、可能なら魔術師に。無理なら騎士になります」
「そうか」
神の力である精霊魔法が使えるなら魔術師が適正だろう。剣の腕もあるし、近衛隊長クラスだから直ぐに頭角をあらわすだろう。
決済書類と考慮事項漏れの書類を手直しして預けるとレイは宰相へ提出するために部屋を後にした。
ラスティも隣の執務室へと戻った。
久しぶりに外出するか。
僕は部屋を後にして平民街へと足を運ぶ。
平民街ではクロードの偽名を使い時と場合によって平民や貴族に扮して情報を集め貴族を処罰している。
王太子の仕事の一環だ。
「ショーン、久しぶり」
アイザック商会の実質の経営者となるショーン・アイザックとは十歳の頃に魔術で契約して協力者として働いてもらっている。
「よぉ、明日は入学式だろ?こんな時間に何してるんだ?」
「ショーンも入学式じゃないのか?」
「平民の学校は二日後だな」
「入学のタイミングは違うのか、それは知らなかった。ここ二週間の動きはどうだ?」
「モーリー男爵は黒だろうね。もう少し証拠を固めたい。報告書はいつも通りにしているから部屋へ戻ったら届いているかもな」
「それなら部屋で待っていれば良かった。他には?」
他にも懸念事項の調査報告を受けるが何も感じないな。適当に収めておけばいいか、と思う程度だ。
「そういえば、平民街で小説が流行っている」
「小説?」
「ヒロインと王子様の恋物語だよ。真実の愛を知った王子様が婚約者である悪役令嬢を捨ててヒロインと結ばれる。ヒロインは元平民の男爵令嬢だ」
「それは物語だから上手くいくのであって現実にはならない」
「でも、愛を知れるならヒロインに籠絡されたくなるだろ?」
「馬鹿馬鹿しいね。国のために結婚するのが仕事だよ。何より、元平民の男爵令嬢に王妃は務まらない」
「そうなのか?」
「国王の代わりに立つ覚悟がないだろ」
「確かに。平民の少女は王妃は贅沢な暮らしをして我儘が出来ると思っているからね」
「それが出来るのは下位貴族だよ。高位貴族でも頭空っぽなら贅沢してオシャレして浪費するだけとかならあるかもね。そんな妻は足手まといだ」
「クロードは相変わらずだな。愛する女性が現れたら何でも与えたくなるし贅沢させたくなるよ」
うーーん、わからない。
アレコレ貢ぐ男の話はよく聞くけど、自分がそうなるのは想像できない。
暫く平民街で情報集めと確認をして部屋へと戻った。明日からは学園か…………