第2話 Lie to cover up another Lie 前編
クレーム来ても「すいやせん、コイツまだ学生なんでっ」って言える学生特権は便利なものです。所長はおそらくクレーム言いそうな客だったので降宮を使ったと思われます。
午後2時、依頼人は現れた。スーツ姿の中年男性と若い女性は、薫の案内で応接ソファーに座り薫とテーブル越しに向かい合う。
「本日から期間限定でインターンを務めています、降宮です。他の者は多忙を極めていますので、どうかご理解を。」
薫は頭を下げた。上司らしき中年男性が顔を上げるよう促す。
「田辺です。隣りの部下は、」
「美沢と申します。」
美沢は上司の言葉を割り入って自分の名を紹介した。2人は仲が良くないらしい。
「降宮さんの推理力はテレビで拝見致しました。我々も安心です。」
それを聞いて、薫の表情は少し明るくなった。
「依頼というのは?」
美沢が頷く。書類をいくつか出す。薫は2人の顔を一瞬見る。
「我が社で何か怪しい動きがあったのです。私は田辺上司に相談して独自に調査しました。
私はある会社に異常な額のお金が動いている事を発見しました。
その情報から田辺上司は、それの犯人、協力者と思しき社員を特定しました。」
田辺はパソコンの画面を薫の方へ向けた。6人の顔写真が写っている。名札に印刷されている証明写真だ。
「どなたも全く違う部署です。この中の誰かのはずなのですが、全員これといった証拠が見つかりませんでした。」
田辺と美沢は頭を下げた。
「1週間で証拠を見つけて頂けませんか?」
薫は足元を見つめた。
「承知しました‥質問にいくつかお答え願えますか?」
「はい。」「良いでしょう。」
薫は怒りなのか悲しさなのか分からない表情をしていた。
「美沢さん、貴方は経理部ですか?」
美沢は頷いた。
「はい、そして田辺上司は本当は私の部の上司ではありません。営業部の上司です。」
「危機協力という物です。」
薫はだから敵対していたのか、と納得した。再び、足元を一瞬見た。
「美沢さんは、貴方の上司に相談せずに田代さんに相談したのですか?」
「はい。私の上司に相談していません‥」
「何故?」
「私の上司も関わっているからです。この左上端の写真は上司です。」
薫は美沢への質問を辞め、田代へ質問をする。
「田代さん、貴方は何故美沢さんに協力しようと思ったのですか?基本営業部と経理部は仲が悪いですよね?」
「会社の為、と言いたい所ですがこの案件には上の方も関わっているらしいです。」
薫は目を大きく開いた。
「と、言いますと?」
「これを挙げれば私は上にのし上がれます。それは美沢さんも同じだと思いますが。」
美沢は苦虫を潰したような顔をした。
薫は一度柔らかい笑みを浮かべ、すぐに無表情になった。
「田代さん、何故この人達全員が関わっていると知っているのですか?」
田代は驚いた顔をした。
「全員?私はそんな事言っていませんよ?」
「いえ、貴方は“全員”これといった証拠が無かった、と。では何故そう思ったのか気になるのが自然です。証拠があるから怪しいんですから。全員、本当は探れば証拠があるみたいではありませんか?」
田代は大笑いした。乾いた声が響く。
「ハハッ‥何を根拠に。」
薫は足元に持っていたスマホの画面を見せる。田代は表情を硬くする。額に脂汗が滲んでいた。
「事務所の情報屋が調べたそうです。全員、金品を運んで渡す画像がカメラに写っていました。今頃逮捕されてます。」
「良かったです。」
薫はいやいや、と呟いた。
「逮捕された者は皆、運び屋でした。何か弱みを握られているのかも知れませんねーーーこんな部署の部長まで動かしていますから。
全員運び屋、つまり頼んだ‥お金を用意した指示者がいません。」
汗を顎から垂らした田代は震えた声を出した。視線はおぼつかない。
「指示者は誰なんですが?」
薫は右掌をクイッと田代に動かした。指を指さないのは優しい薫ならではだ。
「田代さん、貴方です。理屈も証拠もありますが、まずは理屈から話しましょう。」
田代は対抗しようと何かを言おうとするが、声にならず口をパクパク開けた。
「貴方は上部も関わっている事を何故知っていたのかーーーそれは、教えた人がいたからです。でないと解りませんよね?探偵でも無いのに。こうして僕を頼ってますし。」
薫はスマホのとある写真を見せた。
「ーーッ!アイツ、裏切ったな!」
薫は澄ました顔をした。
「あれ?もう少し粘ると思ってました。この人を知っている、つまり関わりがありましたよね?」
田代は立ち上がる。
「違う!違う!!」
「この人は黒蜥蜴、蜥蜴兄弟としてハッカーをしていた片割れです。黒蜥蜴は未だに犯罪行為を繰り返す危険人物です。」
田代はヒューヒューを喉を鳴らす。汗はダラダラだ。
「貴方は騙されたんです。黒蜥蜴に使い捨ての道具として。証拠もありますよ。この写真とか、この書類とか、美沢さんが持っている盗聴の音声とか。」
田代は美沢を睨み付ける。
「‥はい。こちらに。」
美沢はバッグから小さめのパソコンを取り出し、画面をクリックする。
〔ーーーこの件で貴方は一気に上に駆け上がれます。この案件にこうして関われば、社長も夢ではありません。もちろん、私の名義を掛けてバレるような事はしません。
ーーーほう、そいつはいいな。〕
「辞めろ!ーー辞めろ!うわぁぁぁぁーー!!!!!」
田代は遂に逃走を図ろうとドアに向かって走る。ドアを激しく開ける。
「!!退け!どけ!」
田代は目の前に立っているトレンチコート姿のおじさんに唾を撒き散らす。殴り掛かろうとする手はその人に掴まれた。滑らかな動きで腹を地面につけ押さえ、手錠を付ける。
「イッテ!!」
その人は余った手で警察手帳を見せる。
「はーい、警察です!落ち着いて下さいねーー!くっ、まだ逃げる気か!」
「ぐががががが」
その瞬間、どでかくパトカーのサイレンが鳴った。音が近すぎるのでモモらへんでも流したのだろう。
サイレンを聞いた田代は力を抜いて、うなだれた。
⚫︎
「ありがとうございます。気づいて下さって。」
美沢は頭を下げる。薫は顔の手前で両手を振り、にこりと笑う。
「いえいえ、まだ終わってませんから。」
「黒蜥蜴、ですか?」
薫は首を振る。
「それもありますが‥まずは目の前の方から。」
美沢は首を傾げる。
「美沢さん、貴方はミスをした。貴方は嘘を吐いた。」
「ミス‥とは?」
薫はおぉーと呟く。
「粘る方ですねー。ではこれは、どう弁解しますか?」
薫はスマホの音声を再生した。
〔ー山茂部長、この多額の動き、どう揉み消しますか?
ーどうって、私も関わっていないという訳でも無いからネェ‥ーーーー 〕
「上司に相談してないなんて嘘じゃないですか。」
美沢は俯いた。
「皆して、“嘘”に“嘘”を重ねて。恥ずかしいとは思わないのですか?もっと褒められる嘘吐きましょうよ。」
美沢は薫を血走った目で睨んだ。立ち上がって薫の首根っこを掴む。薫は簡単に持ち上げられる。
「何アンタ‥さっきから。褒められる嘘って何⁈訳わかんないんだけど!私だって生き残る為にこんな事してんの!!チビには分かんないだろうけど!!!」
薫はチビ、に少しキレた。
「生き残る為に、自分や仲間を庇う為に褒められる嘘を吐くんです。多くの人が傷付かない嘘を。嘘が駄目なんて妄想狂が言う事です。でも、その嘘は多くの人を困らせる。」
美沢はキッと舌打ちをした。ポシェットからナイフを取り出す。
「糞ぉぉーーー!!!!!!」
ナイフは薫の顔に刺さると思われた。だが、
「⁈ー何?」
その手首は掴まれた。強い握力で握られてナイフは呆気なく床に落ちた。薫がすかさず遠くに蹴る。
「ありがとうございます。秘書?さん。」
秘書らしき人は舌舐めずりする。
「女の子がポシェットにナイフを忍ばせるなんてナンセンスよ?モモちゃんだけにしといて。ポシェットには男子に差し出すハンカチを忍ばせるの。」
美沢は唾を吐く。
「んだと○カマ!」
秘書はキレた。華奢な筋肉が膨れあがる。
「アンタ女の子ちゃうね!サイアクーーー!!!お逮捕よぉ〜!!!」
結局、同じ刑事に逮捕された。
「すいません。助けて頂いて。」
「いいのいいの。私をあんな目で見ないのは清々しいね。いい子確定。」
その人は、ユリアスと名乗る、おそらく女装家だった。声は本当に女性の様で、(胸はあるが)男性っぽい身体つきを疑いたくなる程だ。
魅惑のボディを面積の少ない白リクルートスーツで身を包み、フラミンゴカラーから濃いピンクへのグラデーションの髪を揺らしていた。長めの左側の髪で左目を隠し、右耳のスティックピアスがキラリと光る。
右側にチラッと見えるのは拳銃だろうか。
「私は秘書って肩書きだけど、これでも変装の達人って言われているし、武道も一流って言われている方よ?基本顧客管理はボーちゃんに任せきり。でも金勘定はしっかりよ?」
薫はボーの気持ちが浮かばれた。
「降宮 薫です、今日から3ヶ月間インターンをしています。所長に助手を嘆願されました。」
ユリアスは自分の唇に人差し指を当てた。
「期間限定じゃなくて、正社員でもいいのよ?」
⚫︎
その夜。取り調べ室には先程の2人が居た。共犯者と見られたからである。
「お前、しくじったのか!!お前まで!嗚呼、俺のエスカレーターが‥」
「大体アンタがしくじったからこんなっているんだろうが!!あーもう、いつ帰れるの?」
2人を捕まえた刑事は2人に笑いかけた。
「しっかり裁判をして、懲役期間しっかり反省したら帰られるぞ。」
2人は叫んだ。
「「だからいつ頃に!!?」」
長谷部所長は名刺を渡せば良かったのでは‥と思いながら書いてました。はい。( ̄◇ ̄;)