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傷だらけの守護者

 




「アイツには私達が見えてない。遮蔽物を利用しながら離れよう」


「うん、了解」


 守るべき相手が恐慌に陥ってないと分かり、(なぎさ)は安堵した。見上げる程に巨大な生物が近くに居れば、恐怖の余りに動けなくなってもおかしくない。


 チラリと後方を窺うと、青色した恐竜らしき生物が周囲を見渡している様だ。先程の咆哮や振り回した尻尾には慄いたが、それ以降動き出す様子は感じられない。何かを待っているのか、それとも習性か……


「渚ちゃん、狙撃は難しいの?」


 陽咲(ひさ)の疑問へすぐに返す。


「見えないだろうけど、分厚い魔力障壁があるから。カエリーじゃ抜く事も不可能だし、物理的な現象も無効化されてしまう。念動(サイコキネシス)で何かをぶつけても駄目」


 破壊するにはアレを上回る魔力をぶつけるしかない。つまり、渚には不可能な事だった。


「……教本で習ったの思い出した。"カテゴリⅠ"のレヴリには核兵器すら効果が無かったって。熱や衝撃も通らないのは魔力の所為だったんだね」


「多分そう」


 ひたすらに脚を動かし、少しだけ距離を取った時だった。二人がレヴリから離れるのを待っていたかの様に、戦車隊による滑空砲が竜へと着弾する。爆音と揺れる地面、正確な狙いは一発残らず命中した。


「凄い……」


 此処まで凄まじい射撃を見た事が無かった陽咲が呟く。あれ程の攻撃ならばもしかしたらと思って暫く眺めた。


「今のうちに行こう。今なら少々急いでも見つからない」


 だが、渚は確認する事もなく陽咲の手を引っ張る。そしてモクモクと立ち昇った土煙が風に運ばれると、全ては先程の言葉通りだったと諦観が襲った。全く効いていない。いや、其れどころか何かしたのと首を傾げる仕草も見える。それでも、次々と襲う砲弾に流石の竜も怒りを覚えたのか、鬱陶しそうに青色の巨体を捩った。


「拙い……」


「え? 何、渚ちゃん」


「伏せて、早く」


 訳が分からない内に陽咲は頭を抱えて蹲った。その上から渚が覆い被さったのが感じられて、幸せと同時にやるせなさも襲う。お姉ちゃんは私の方なのに、と。だがそんな葛藤も刹那の一瞬で消え去ってしまう。


 まるで弾道ミサイルの発射音の如き凄まじい音が大気を震わせたのだ。続いて直下型地震が起きたかの様な揺れが陽咲達を襲う。衝撃波が来る事を考慮して頭を上げたりはしなかった。それは日々の訓練の賜物だったが、それも意識から消え去る。身も凍るほどの冷気が肌を舐めたからだ。


「もう起きていい。走ろう」


 急いで立ち上がり、視線を地平線に合わせる。


「……な、何、一体何が……?」


 景色は一変していた。


 視界の全てを白が覆う。崩壊した街も、念動で壁にした瓦礫も、全てが崩れて凍っていた。思わず渚を見ると口元から吐息が溢れるのが()()()。まるで真冬の朝のように、ピンと張り詰めてしまった。


 竜の吐息(ブレス)と名付けられている"カテゴリⅠ"のレヴリ、竜の一撃だった。陽咲は見ていなかったが、渚は竜の口蓋に魔力の収束を確認していたのだ。青色の鱗に見合う、氷の吐息。その一撃は一直線に遥か彼方まで届いていて、隕石が落下し地面を削ってしまったと錯覚する。


 戦車隊の砲撃は完全に沈黙した様だ。その理由を考えたくもない。


「未だ気温が下がる。動けなくなる前に逃げよう」


「……うん」


 余りに低温なのか、形を保っていた建造物すらグズグズと崩れ落ちて行った。絶望的な破壊力、核兵器すら無効化する魔力障壁、膨大な質量を誇る体躯。全てが"災厄"と呼称される"カテゴリⅠ"の存在をまざまざと見せつけてくる。


 呆然としながら渚のポニーテールを眺めたが、何をしたら良いのか全く分からない。仲間は、三葉叔母さんは無事だろうか……そんな言葉達が遠くに感じる。


「陽咲、何も考えずに私だけを見ていたらいい。誘導するから」


 こんな非常識な現象を目にしても冷静で、渚の変わらぬ声が陽咲の耳をくすぐり現実に戻る事が出来た。


 陽咲は今頃になって愛しい人が左脚を引き摺っているのに気付く。銃を抱える右手は包帯に包まれ、泥に汚れていた。そして、澄ました顔色だが偶に眉が歪むのまで見えてしまった。間違いなく痛みが襲っているのに、心配させまいとしているのだろう。


 真っ黒な銃、カエリースタトスは言っていた。初戦の戦死率が八割を超える異世界の戦場で、三年もの長きに渡り生き残って来たと。自身の如何な強力な念動であろうとも、精神まで強化は出来ないのだから。目の前に居る少女は、誰よりも過酷な戦場を渡り歩いて来た歴戦の戦士なのだ。


「渚ちゃん。私がキミを運ぶから方向を指示してくれる?」


 フワリと渚を念動で包み、空中に浮かばせた。痛む脚を動かす必要など無い。いきなり宙に浮いた渚だったが、動揺も見せずに頷く。


「もう周辺に他のレヴリは居ない。多分恐ろしくて逃げ出したんだと思う。だから警戒はしなくていい。合図で思い切り走って」


「うん」


「行って!」


 竜が首を回し、反対側を見ている。其れを確認した渚が陽咲に伝えた。念動で浮かんでいるため全く揺れない。相当に丁寧な行使だが、今は誉めている暇もない。


 前方は任せて異能で竜の動きを追う。だから、渚は少しずつ近づく三葉達の姿を捉えていなかった。陽咲が彼方に立つ姿を視界に収め、安堵した仕草も。


「もう一度来る! 陽咲、隠れて!」


「分かった! 彼処に飛び込む……」


 数メートル先にある小さな崖を見て、陽咲は返した。だが、つい竜の方に振り返って確認してしまった。その顎と、縦に割れた眼が三葉達に向いている事を……


 それは無意識だったのだろう。


 渚を包んだままに更なる念動を行使した。周囲に散らばる瓦礫を寄り集めて、タイムラグなく射出。それは攻撃では無く目眩しだ。竜の顔面に向かい飛んで行った瓦礫は、魔力障壁に弾かれて次々と破裂する。大量の土煙が舞ってほんの僅かだけ視界を奪った。幸い竜の吐息(ブレス)は吐き出される事なく、牙の並ぶ口も一度閉じた様だ。


「あっ……」


 そして、ギョロリと爬虫類染みた眼が下を向く。縦に割れた瞳孔が左右に開き、小さな陽咲と渚を見つめた事も分かった。レヴリの感情など理解出来ないはずなのに、怒りを溜めただろうことも。


「陽咲、下ろして」


 念動が解かれ渚は地面に脚をつける。そして陽咲に身体を真っ直ぐに向けて言葉を重ねた。


「大丈夫、責めたりしないよ。陽咲は立派な戦士で、不思議だけど誇らしい」


「あ……ごめん、ごめんね……」


「前も言ったでしょ? 直ぐ謝るのはやめた方がいい。大丈夫、最期くらい一緒に居よう」


「うん、うん……‼︎」


 再び竜の顎が傾き、ヌラヌラと濡れた牙が見えた。続いて渚にしか見えない魔力の収束。小型の台風の様に渦を撒き、純度が高まって行った。足掻いても、走り出しても間に合わない。


「陽咲、抱き締めて」


「渚ちゃんも」


 二人の影は一つになって、互いの体温を強く感じた。何故か死の恐怖は現れず、世界は真っ白に変化して行く。両手は強く互いの身体を引き寄せ、最期の時を待った。













「……あれ?」


 痛みも、寒さも感じない。


「此れは……障壁? 陽咲の念動?」


 視界は全てが白く染まっている。しかし、竜の吐息(ブレス)は二人を避ける様に通り過ぎて行くのだ。


「え? 私じゃ、私じゃないよ? カエリー?」


『違います』


 まるで透明なドームが包むように、抱き合う二人を()()()()()。直ぐ側、一瞬で命を刈り取る冷気が走っているのに全く怖くない。音も衝撃も、温度すらも届かないのだ。竜がどれだけ続けようと、壊れたりしない強固な安心感があった。


 そして、その答えは直ぐ背後から聞こえた。


 凛とした、涼やかな声だ。言葉だけなのに、高い知性と強さを内包している。







「私の大切な()()を殺そうとしたわね。誰であろうと、許さない」






 抱き合う姉妹はゆっくりと振り返った。


 其処には一人の女性が立っている。


 長い黒髪は真っ直ぐに伸びて、ユラユラと揺れて。


 妹達よりも高い身長は細めだけれど、それも酷く美しい。


「……え?」


 陽咲の呟きにニコリと笑って応えた。


「よく頑張ったわね。もう大丈夫だから安心して」


 でも、身体中が()()()()だった。


 元は白かっただろう衣服はボロボロで血に染まっている。肩、横腹、脚に幾重も巻かれているのは、包帯代わりの布だろうか。それすらも赤が滲んで、見ている方が痛みを覚えてしまう。


「渚も。陽咲を護ってくれたのね。でも……はぁ、また怪我ばっかり。また無茶をしたんでしょ? 後で話を聞かせて貰うから覚悟してなさい」


 自分の怪我を横に置いて、当たり前のように話す。全てが信じられない渚は、見慣れた筈の愛しき人をポカンと見上げている。まさか異能が幻を見せているのか、と。


「う、嘘……だって、だってマーザリグで……」


「ふふ、私はお姉ちゃんよ。妹を護るのは当たり前。前から言っているでしょう?」


 だけど、渚の異能により見せられる幻に音は存在しないのだ。


千春(ちはる)?」

「お、お姉ちゃん?」


「間違いなく貴女達の姉、(あかなし)千春(ちはる)。幽霊なんかじゃない……まあ、傷だらけだけど」


 抱き合ったまま渚達は動かない。未だ周囲は白く染まり、現実感が薄かった。


「少しだけ待ってて。直ぐに終わるから。それと動いちゃ駄目よ?」


 可愛い妹二人から視線を外し、居るだろう竜へ向き直った。ゆっくりと左腕を上げ、手のひらを前に開く。陽咲は何が起きているのか分からない。しかし、渚にははっきりと見えた。果てしないと思われた竜の魔力、それすらも上回る膨大な魔力が。収束のスピードは魔力渦すら比べ物にならず、まるで機械の様に整った純度。あの世界でも最高の魔使い、その前では凡ゆる全てが無意味と化すのだろう。


「可哀想だけど、この子達を殺そうとした。諦めなさい」


 ボソリと呟いたあと、開いた手のひらをギュッと握り締めた。たった、それだけ。陽咲や渚の瞳にはそれしか映らなかった。


 だが、遠くから駆け寄ろうとしていた三葉には見えた。部下達の制止を振り解こうと暴れていたが、その動きも止まる。


「な、なんだ?」


 見えない、巨大な足に踏み付けられた。そうとしか思えない現象だった。青色の竜は頭から地面に押し潰され、更に小さくなって行く。プレス機に象られる部品の様に、丸く丸く……


 レヴリと言えど生物の一種だ。自身の容積より遥かに小さく圧縮されては生きておける訳がない。直ぐに竜の吐息(ブレス)は止まり、全ては幻だったのかと誰もが目を瞬いた。断末魔すら響かなかったのだ。


 続いて陽咲達が居るあたりから真っ直ぐな線が幾筋も飛び出した。行方を追えば遥か上空にギャーギャーと集まっていた飛竜達に命中する。まるでレーザーにしか見えないが、大気に邪魔されてあの様な威力など不可能な筈……しかしあっさりと飛竜は貫かれて絶命して行った。寸分違わぬ狙いは渚にも劣らないだろう。


 世界は沈黙に包まれた。余りの衝撃で……警備軍も、三葉も、直ぐ側で見守る二人の妹達も。


「……ふぅ」


 軽く肩で息をして振り返った。黒髪がフワリと踊り視線を奪われる。それに気付かない千春は笑ってしまう。そこには変わらず抱き締め合った妹達がいたからだ。そう、愛してやまない可愛らしい二人だった。


「お終い。もう大丈夫よ」


「……千春お姉ちゃん……お姉ちゃんだよね?」


「そうよ? さっきも言ったじゃない」


 陽咲は夢でも見ているのかと、頬は抓らず胸元にいる渚をギュッと抱き締めた。間違いなく柔らかな感触と温かな体温が在って何度も確かめる。もぞりと渚が動く気配も感じて夢では無いと知った。


 白かった周りは少しずつ晴れていき、あれ程巨大な竜は何処にも見当たらない。それが現実感を更に失わせるのだ。


 もう一度何か言おうと、陽咲が口を開いた時だった。


 大好きな女の子が自分の懐から飛び出して行く。温かった体温が消え、周囲のまだ冷たい大気が襲って寂しさを覚えた。


 渚は、痛む左脚も無視して数歩走る。そして誰よりも愛しい何にも代えられない人へと飛び込んだ。ポニーテールは揺れ、涙がポロポロと空に舞い落ちて行く。キラキラと光って綺麗だ。


「千春!」


「渚」


「千春? 千春だ……生きて、生きてた‼︎」


「心配させちゃった。でも、大丈夫だよ」


 身長差から渚の顔は千春の胸に収まったようだ。何度も確かめる様に、消えないでと両手を背中まで回しているのが陽咲にも見えた。千春も、同じように抱き締め返している。


 出逢ってから今まで殆ど声など荒げなかった渚だが、我慢出来ないのかワンワンと泣き叫ぶ。そんな子供の様な泣き声を初めて聞いた陽咲は、さっきまであった感触が消えたことを酷く怖く感じた。


 憧れで強かった姉までもが涙を流している。その雫を見た時、陽咲は自分が抱えている感情が何かを自覚してしまった。実の妹より先に千春が迎え入れた事ではない。いや、それも僅かにあるが、もっと強い激情と呼べる暗い気持ちだ。


 そう、それは嫉妬だった。


 何度でもキスしたい大好きな人が、自分以外の女性に抱かれている。しかも、これ以上ない幸せを噛み締めて。あんな気持ちを向けられた事がないから、益々複雑な心を整理出来ないのだ。


「陽咲?」


 じっと動かず、何やら睨む様に此方を見ている。それが分かって千春は首を傾げた。あの陽咲ならば我先に飛び込んで来そうなものだけど……そんな風に思いながら視線の先を確かめる。


「……成る程ね」


 態とらしく、胸元に居る渚の髪へキスを落とした。するとプルプルと震え出すもう一人の妹。それを見て更に追撃をかける。


「ね、渚」


「……何?」


 涙に濡れた可愛らしい上目遣いに少しだけ慄きつつ、真面目な顔をして返す。


「頬にキスして欲しいな。()()()()()でもしてくれた」


 ビクリと揺れる陽咲。確信を深める千春。


「うん、何でもする」


 あっさりと受けると、渚は踵を上げて背伸びする。やっぱり可愛らしい仕草だ。そのまま唇で千春の頬に触れ、それを数回も繰り返した。


 それを目の前で見せつけられた陽咲は、我慢出来なくなって早足で此方に駆け寄る。そして、渚の両肩に手を置いて曰うのだ。


「ね、ねえ渚ちゃん。お姉ちゃんも怪我してるみたいだし、そろそろ帰ろ? ほら、三葉叔母さんだって」


「……やだ」


 グニャリと歪む口と眉。それもしっかりと目撃した千春は我慢出来ずに吹き出すしかない。


「ふふっ……!」


「な、何よ⁉︎ 千春お姉ちゃん、くっつき過ぎだからね⁉︎ 渚ちゃんから離れてよ!」


「私が離れたくても渚がさ。仕方無いの」


 ニヤニヤと笑う千春と睨み返す陽咲。我関せずと千春の胸に顔を埋める渚。ほんの数秒だけ時間が経つと、もう一度だけ凛とした声音が響いた。


「陽咲も来て。早く貴女に触れたい」


 今度は悔し涙ではなかった。何年も彷徨い、探し続けた大好きな姉が、直ぐ目の前にいるのだから……


「……うん、うん、お姉ちゃんだ……千春お姉ちゃんが帰って来た……お姉ちゃん‼︎」


 三人の姉妹は抱き合い、一つになる。


 遠くで立ち止まった三葉は、その一つの影を見て……やはり涙が溢れて行った。それは間違いなく、幸福の雫だ。


 きっと、何かが変わったのだろう。


 そう思えた。












タイトル回収回でした。次回、最終話になります。

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― 新着の感想 ―
[一言] 傷だらけの守護者ってそっちかーーい と、いうよりどっちもですかね。 なんとなく生きてる気はしてましたが良かったです。 2人には幸せになってほしいですね!(あと1人は勝手に幸せになってそう…w…
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