終わらぬ戦い
僅か二十四時間。
此れが暴走を開始したレヴリ達を駆除した時間だ。
総数は七千匹を数えたが、十分な準備を終えていた第三師団には敵わなかった。
初撃の空対地ミサイルと戦車による砲弾だけで、約三割を削った。過去に起きた暴走では、有り得ない成果だ。事前に察知さえすれば、如何なレヴリと言えどもひとたまりもない。通常警備軍は体制を整えるだけでも難しい場合が多いが、其れは迫り来るレヴリの群れを見て初めて気付くからだ。
しかし、今回は違った。
予め時間と場所が判明しており、待ち構えるだけだったのだ。
更には異能者の存在が大きい。
多くの異能は矢張り効果的で、高位の連中に至っては劇的な戦果を上げる事になる。まだ集計も終わっていないが、もしかしたら記録に残るかもしれない。発火能力の土谷天馬、そして念動の杠陽咲はその筆頭だ。
「三葉司令。此れは歴史に残る圧勝です。第三師団発足以来初めての事でしょう」
「皆のおかげだ」
三葉達司令部の者達は、戦場だったところまで来て周りを見渡していた。
膨大なレヴリの死骸、まだ消えていない炎、あちこちに転がる瓦礫の山は念動の結果だろう。スライムなどの生き残りが居ないか、全員が一列に並びゆっくりと前に進んで行く。討ち漏らしがあったら合図が送られて、異能者が駆け付けた。暫くすると発砲音や異能が放つ轟音が鳴り響く。そしてまた少しずつ前へと進むのだ。
「負傷者の収容は?」
「既に九割が完了しております。重傷者は既に此処から離れました。念動の威力、汎用性、しかも負傷者の運搬までこなすとは……希少であるのも当然かもしれませんな」
誰もが三葉の姪と知っているとはいえ、其れを理由にお世辞を言った訳ではない。歴然たる事実だからだ。それ程の戦果と軍への貢献だった。間違いなく勲章ものだろう。
「ああ、戦略の幅も広がるな。攻防一体の異能は珍しいが、専用の部隊編成も考えるのもありか」
今も次々とアイデアが浮かんで来る。早い方が良い……そう思った三葉は指示を出した。何故か、少しだけ嫌そうだ。
「兵装科の花畑多九郎を此処へ呼べ。奴の事だ、どうせ近くに来てるから直ぐに見つかる筈だ。私の許可があると知れば飛んで来るだろう」
「はっ」
実際目にしながら話した方が早い。悔しいが、奴の頭を利用しない手はないのだ。やっぱりムカつくが。
「陽咲の成長は凄まじい。司令としては嬉しい誤算だが、叔母として喜んで良いものか……」
有能は異能者は幾らでも欲しい。使えるならば使うのが当然だが、同時に危険も増すのだ。ジレンマは何時もの事であっても目を逸らすなど出来ない。
「三葉司令!」
「ん? 早いな、花畑。貴様何処に居たんだ?」
背後から聞き慣れた声が聞こえて三葉は振り返った。兵装科の変人ではあるが、流石に戦場には入らない。幾らなんでも到着が早過ぎて不思議に思い、しかも汗を垂らし走り寄って来たならば尚更だ。その表情は焦りに染まり、掲げた手には一枚の紙切れがある。
「ハァハァ……三葉司令、此れを」
膝に手をつき、紙切れを渡して来る。少し汗に湿って気持ち悪いが、三葉は気にせず受け取った。花畑は色々と問題がある男だが、職務には忠実で有能でもある。その彼が真剣に渡して来た報せが無意味である訳が無かった。
「……此れは」
三葉の視線が厳しさを増す。
それはカラーコピー用の艶々したA4サイズの紙だった。質感は写真に近い。しかしそんな事が三葉の意識を奪ったのでは当然ない。
「どの辺りだ?」
「ハァ……高度は約3000メートル。撮影したのは丁度第一師団が展開している東側の監視所です」
息を整えた花畑はそれでも少し苦しそうに答えた。
用紙の半分以上は真っ黒に染められている。PLを撮影したならば珍しい事もなく、問題は青い空の映った三分の一程度の範囲だ。魔力は地表だけでなく、当たり前に空中にも広がっていて、航空機やヘリが飛べない理由でもある。その魔力の広がりの縁、ボヤけた境目付近に何かが居る。
そもそもかなり拡大した筈で、それ自体がボンヤリしている。パッと見は黒い十字架だろうか。その十字架が幾つも空に浮かんでいた。
「どう見る?」
「三葉司令と同じです。またしても……」
「新種か。スライムに続き」
「はい。しかも非常に拙い」
「ああ……」
レヴリが現れて約三十年経過するが、凡ゆる全ては地上を歩む奴等ばかりだった。此れは日本に限らず世界でも言える。スライムも、赤鬼も、獣型も、全てだ。
「飛行型のレヴリ。恐らく間違いありません。此処から肉眼では見えませんが、今も魔力渦の中心辺りの空を舞っているのでしょう。しかし、下に降りて来るのは確定です。上空に餌などないのですから」
「ちっ、次から次へと厄介な」
「では?」
「方角と高さを示せ」
「はっ」
三葉の横に立つと、花畑は腕を真っ直ぐに上げて空を指した。身長の違いから花畑は殆ど跪いた状態だ。それを気にもせず、三葉は千里眼を行使。視界は一気に拡大され、水色した空が映った。
「記録しろ」
鋭い声に花畑はペンを持った。
「見た目は蝙蝠。しかし顔や腕は蜥蜴、爪は長く鋭い。皮膜が腕全体から体に張っていて、脚は短く感じるな。眼は縦に割れているから、益々爬虫類らしい。滑空しか不可能に見えるが、見事に飛行して、滞空も問題ない様だ。そうだな……飛ぶタイプの恐竜、そんなところが」
スラスラと速記し、顔を上げた花畑は問う。
「プテラノドン、近いでしょうか?」
「古代の翼竜か? 全体は似ているが、頭部は鳥類に見えない。牙、鱗も見える。違うな」
「まるで空想小説に登場するワイバーンみたいですね、聞く感じ。弱点が有れば良いですが……」
「そのワイ何とかは知らんが、対処ならば思い浮かぶ。あの翼と皮膜、そして身体。恐らく飛び立つのは苦手か時間が掛かるだろう。つまり、一度地面に落とせば攻撃は容易くなる。反面上空に止まられては其れもままならん」
成る程……花畑はそう呟く。
「……餌を取りに来る瞬間を狙うしかあるまい。幸い陽咲ならば打ち落とす事も可能だろう。鷲や鷹の様に鉤爪で掴みに来るならば、動きも止まる筈だ」
「やはり、それしかありませんか……大変な戦いになるでしょう」
餌とはすなわち人だ。念動を守りつつ陽動を繰り返す。新たな戦略を練る時間も、避難先との距離からも打てる手は少なかった。
「遠距離から攻撃は?」
「勿論可能性はありますが、魔力の影響範囲から近すぎます。命中率も極端に下がり、成果は余り見込めません。PL外へ誘い出す事が出来れば別ですが……」
「其れは駄目だ。飛行体ならば他の街に辿り着いてしまう。被害が出るぞ」
PLの外ならば戦闘機も攻撃ヘリも、全ての兵器が息を吹き返すのだ。しかし同時に、人の生活圏にレヴリが侵入することになり、一般市民への被害は避けられない。しかも……
「スライムの様に柔らかいとは限らないですね……一般的な銃火器が効かない場合、非常に大変だ」
例えば赤鬼なりが街中に現れた場合、駆除までに相当な時間を要するだろう。それは明白だった。何より警備軍の存在意義に関わる。人や街をレヴリから守る、その為に在るのだから。
「避難先までは絶対に行かせない。何としても止めなければ」
「はい」
「お前は分析を急げ。それと、更なる避難の準備を始めるよう伝達。私の名前を使っていい」
「了解です」
立ち去る花畑に決意の色が見えたが、三葉は言及しなかった。奴ならば持てる手を総動員してでも何とかするだろう。
しかし……やはり簡単には終わらない。其れが答えだった。
「また消耗戦になる……」
周囲に誰も居ない事を知り、溢した。
全て順調だったのだ。レヴリの行動も予測範囲内で、兵や異能者の配置もハマった。陽咲の力は良い意味で裏切られたが、其れも嬉しいニュースだ。
化け物との戦争である以上、一定の戦死者は止むを得ない。しかし圧勝と言っていい戦果だったし、一般市民の犠牲は無かったのだ。
それなのに……
「また新種だと……?」
しかも、空を飛ぶ。
「……皮膜を破り、地面に叩き落とすしかない。陽咲の力が要るな。効果範囲から考えて、より危険な場所に身を置く必要があるが……レヴリに殺される前に、私は渚に撃たれて死ぬかもしれん」
あの美しい顔をつい思い浮かべたとき、三葉ははっきりと分かる怒りの表情へと変わる。足元に落ちていた石ころを掴み、魔力渦の中心へと放った。見た目通りの小さな身体で、人外の力など無いから直ぐ側に転がる。
「くそっくそっ、くそが!」
誰にも聞こえない、汚い言葉が吐き出された。複雑な感情をコントロール出来ない、三葉には珍しい行動だ。
そう、考えてしまったのだ。あの小さな狙撃手を、レヴリなどモノともしない救いの天使を。
渚ならば、空を飛ぶデカイ蜥蜴なぞ的にしかならない。それは確信で、同時に自分へと唾棄する。偉そうに戦場から遠去けたのに、今は近くに居ればと願う自分の何と卑しい事か。だが予感がしてしまう。あの娘は全てを振り切って戦場に舞い戻る、と。
きっとカエリースタトスは無感情に言うだろう。マスターにとって、あの様な下等生物など相手になりません、と。
「くそが……」
その呟きは、やはり誰にも届かなかった。




