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抗う日

 



 轟音、地響きと少しの衝撃波。


 其れが今か今かと待っている兵士達へと届いた。其れは開戦の合図で、同時にレヴリへ肉薄するとこを意味している。戦車が放つ滑空砲が着弾すると、レヴリは左右に広がり此方へと迫って来た。


「通信途絶! PL影響下に入りました!」


 予想はされていたが、それでも早い。(なぎさ)とカエリースタトスにより明かされた魔力が周囲を包んだのだろう。


「あと一日だ! 住民の避難完了までこのラインを死守する! 我等が退けば無垢の人々が、子供が死ぬぞ!」


「足の遅い鬼は牽制だけでいい。先ずはダチョウ擬きと犬どもだ! いいな!」


「「「おう!」」」


「異能は出来るだけ温存しろ。スライムが見えるまでは突出しないよう確認を。赤鬼は皆で掛かる。陣形を崩すなよ!」


 各隊は念を押すように声を掛け合い、同時に士気を最高潮へと高めていく。アドレナリンが恐怖を抑えて本能が前へと、太古より受け継ぐ野生が蘇った。


「行けえーーー‼︎」








「始まった……」


 後方に控える念動(サイコキネシス)(あかなし)陽咲(ひさ)は、前に飛び出したい気持ちをグッと抑えていた。レヴリを駆除したいと言うより、自身の力で仲間達を守れるのではと思うからだ。


「結局……念動防壁は無理だけど」


 日々進化を続ける陽咲の異能だが、防壁は未だ完成しない。だが、コンクリートや転がっている車両の残骸などを運んで壁を作る事は出来る。地面を陥没させて奴等を穴に落とす事だって……そんな風に思いながら、不思議と恐怖は無い。


 渚の涙、一度だけ見た笑顔の花、愛する人。


 守るべき者が居る時、誰もが戦うのだろう。


「杠」


越野(こしの)先生⁉︎ こんな前まで来たら駄目ですよ!」


 声を掛けて来たのは医療班のトップ、越野(こしの)多恵子(たえこ)だった。何時もの白衣ではなく、全身を真っ白な衣服に包んでいた。


「直ぐに下がるさ。そろそろ負傷者が運ばれて来るだろうが、キミの念動には期待している。出来るだけ迅速に後方へと運ぶんだ」


「はい。其れは三葉(みつば)司令からも聞いていますから」


「そうだな。だがその前にもう一度確認だ」


「……分かってます」


「いや、誰もが理解など出来ない。いいか、運ぶ者をお前は決して判断するな。必ず我等の指示に従え。あの黒い銃の様に感情を消して機械になるんだ」


 トリアージはそもそも戦争で生まれた概念だが、未だ答えなど無い非常に難しい問題だ。命の取捨選択など、それこそ神しか出来ないだろう。目の前に血を流し助けてくれと叫ぶ人が居たら、冷静でおれる人は少ない。


「は、はい」


「嘆きや涙、後悔するのも帰ってからだ。お前は優秀な異能者だが、戦争では個人の感情が邪魔になる。何より、杠にとっての本番は此処じゃない。時が来たら……抑えた感情を異能に注ぎ、奴等に叩き付けろ」


 数々の死をその瞳に映して来た越野の言葉には、兵士にも無い重みがあった。だから、陽咲は深く頷く。


「私が投与した薬に必死で抗い、眠りにつくまで戦場に来ようとしていた。渚は意識を失う前、呟いたよ。"陽咲"と」


「……そうですか」


「では、また後で」


 渚の言葉を態々伝えに来てくれたのだろう。酷く冷たい印象のある越野だが、奥底には誰にも負けない慈愛があるのだと気付かされる。


 再び前を向いた陽咲は、自分の役割に徹すると誓う。三葉の命令を忠実に守り、一つの歯車となるのだ。其れが正しいと今なら分かる。哀しみを抱く最高の狙撃手からも教わった。戦士には向いていないと。


「出来る事をしよう。ね、渚ちゃん」


 呟いた陽咲の視線の先で、最初の負傷者が運び込まれた。脚と腕から出血が見える。恐らく獣型のレヴリに噛み付かれたのだろう。赤い液体が溢れるのが分かった。


「よし」


 そして、念動へと力を注いだ。










 ○ ○ ○





「第一師団より返答がありました! レヴリは少数。十分に支えられると」


「問題ないな。まあ第一なら律儀に防衛ラインから動かないだろう。公務員の鏡だ」


 堅物揃いの第一を思い浮かべて三葉は笑う。司令官以下、何処までもルールに準ずる連中と有名で、ある意味第三師団とは対極に位置する者達だ。だが、強固な信念と訓練の積み重ねは時に見事な結果を齎すもの。三葉は僅かたりとも驚かず、表情すら変化はしなかった。


「赤鬼が接近! 間も無く第一のラインに届きます!」


「スライムは? 報告はまだか?」


 焦った声の報告だったが、やはり三葉に動揺は無い。


「まだです!」


「ふむ」


 慣れた手付きで、顎を摩った。考え事をするとき無意識にやっている。


「奴等は見た目に反して頭が良かった。あの大群の中には居ない。まあ斥候程度なら紛れているかもしれんが……そうなると」


 視線を上げて全体を俯瞰する様に()()。本来の千里眼(クレヤボヤンス)が持つ異能を使った。つまり、遠視だ。


「ふん、やはりな」


 渚やスライムに使ったマーキングは三葉の持つ力の一つでしかない。予知(プレコグニション)すら内包すると謳われる第三師団司令の小さな身体から、明確な指示が飛んだ。


「予定通りだ。東側放水路跡の部隊に伝えろ。間も無く粘液の川が通るとな。ついでだ、土谷(つちや)にも遠慮は要らんと言え」


「はっ!」


 来るとしたら其処だと確信していた。例え違っても群れの横っ面に突っ込ませる予定で待機させていたが、発火能力(パイロキネシス)の餌食だろう。左右をコンクリートの壁に覆われた放水路跡は、火炎の力を集中出来る。国内最高峰の土谷に焼き尽くされるか、逃げるなら()()のところ。つまり合流する。


「杠陽咲にも合わせて伝えるんだ。予定通り、そろそろだとな」


「はっ!」


 炎から逃れた先には、今や土谷にすら並び立つ念動の使い手が待つのだ。赤鬼も厄介だが、スライム共こそが最も手強い相手。正面から戦う気など三葉には最初から無かった。これで部分的な挟み撃ちが完成する。


「第二陣は私の合図で押し返せ。殲滅するぞ」


 これで勝てる。


 司令の言葉に皆が安堵したが、其れを許さないのも矢張り第三師団のトップだった。


「気を抜くな。あれ以降レヴリが増えてないのは予兆かもしれん。スライムも思ったほど数が見えないのも気になる。魔力渦は複数、そう考えて動け」


 張り詰めた糸は切れず、皆は再び動け出す。


 其れを確認すると、遠視を続けた。僅かな異変も見逃す訳にはいかない。三葉は自身にも発破を掛けた。


 すると東側から真っ赤な柱が立つ。それは同時に放水路を炎の川に変え、腹に響く音を響かせながら逆流して行った。


「相変わらずふざけた威力だ。遮蔽物の無いところでは土谷の独壇場だな。見ろ、スライムどもが逃げ出したぞ」


 普通ならば見え難い奴等だろうが、炎に追われて擬態する余裕がないのが分かる。恐らく統率者が死んで、混乱しているのだ。其れを狙わない土谷では無い。だから、渚でなくとも視界に捉える事が出来た。その逃亡先は間違いなく赤鬼達のところだ。


「だが、残念だったな」


 地震が起きたと誰もが錯覚する。其れ程の揺れが周囲を襲った。だが誰一人として驚いたりしていない。地面に大きく亀裂が走り、面白い様にスライム達が落ちて行く。続いて手榴弾と弾薬の雨が降り、まるで花火だ。


「効果範囲が随分と広がった。精度も申し分ない」


 小さな背中と、オリーブベージュに染めたショートボブを見れば誰の力か明らかだろう。陽咲の念動は開いた亀裂を再び戻す。サンドイッチの具材には余りに汚いが。あれでは生き残りが居たとしても、上がって来れない。


 土谷との連携も為されていて、まるでベルトコンベアの様に次々とゼリーが流れる。それに弾丸で味付けした後、地面でパックすれば完成だ。まあ誰も買わないだろうが。


「よし! 第二陣出せ!」


 まるでスタートラインに立つ陸上選手の様に、三葉の合図で全員が走り出した。土谷、陽咲と連続して合流すると、最も大きなレヴリへと向かう。


 初めてカテゴリⅢの赤いレヴリと遭遇した時、陽咲の力は全く歯が立たなかった。しかし今はどうだろう、一撃でとは言わないが効果的な攻撃を加えている。


 寄せ集めた瓦礫をグルグルと頭上で回している様だ。十分な回転速度に達すると射出。それは凄まじいエネルギーをレヴリに与え、質量も相まって結構なダメージだろう。遠くからでも怯んだのが見えた。


「予定を早めるぞ。歩兵は順次後退させろ。第二陣の異能者と入れ替わる様にと。混戦を減らして土谷達を間に入れるんだ」


「はっ!」


 伝令が走る。更には信号弾も。予定された作戦の為、警備軍は見事に動き始めた。もし頭上から見る事が出来たなら、一つの生命に見えただろう。


 其れを理解した陽咲は念動の運用を変更する。今迄は大ダメージを狙うか、出来るならば駆除を優先して来た。しかし今度は小さく、鋭く、正確な行使だ。


 追い縋る赤鬼の膝辺りに小型の重量物をぶつけ、時には走り回るレヴリの足元を小さく陥没させる。たったそれだけで、面白い様に奴等は転び倒れた。勿論すぐに起き上がるが、そのタイムラグこそが重要なのだから。


「巧い……」


 其れを見た土谷は思わず感嘆の声を上げた。小さな力だからか連発も、命中精度も格段に向上している。これこそが念動なのかと唸るしかない。当然良い意味でだ。


 暫くすると自分の目の前が広がって見えた。隊員達が後退し、視界が開けたからだ。これなら全力の異能を吐き出せる。


「でも、今はまだ負けてられないな!」


 近い将来、杠陽咲こそが国内最高峰の異能者へと至るだろう。今ですら有数なのだから。


 それでも、今日はその時ではない。


 混乱するレヴリ達は発火能力の赤い焔に包まれた。









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