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変わり行く世界

 


 解散を宣言し、参加していた全員が退室する。第三師団司令と兵装科特務技術情報士官を除いて。


 三葉(みつば)花畑(はなばたけ)は向かい合ったまま動かず、小さく息を吐いて力が抜けたようだ。


「察しはつくが……言ってみろ」


「無論天使、(なぎさ)ちゃんの事です。PLを調査するのに彼女ほど最適な人間はいないでしょう。負傷による戦闘が出来なくとも、何より異能です。隊の安全性も担保されますし、負担も大幅に軽減されますから」


「ああ、その通りだ」


「問題は(あかなし)さんが居ない事ですが、広義に見れば守る事に繋がります。その辺りを説得の材料にすれば……」


 特例を除き、通常新人はカテゴリⅤしか潜れない。だからこそ花畑は手を考えるべきだと進言する。該当のPLは最近カテゴリⅢに改定された。


「お前にとっては一つ残念な報せが……いや、当然知っているか」


「はあ。何でしょう」


「そもそもあの子は正式な軍属じゃない。警備軍で管理云々はその場凌ぎの適当な嘘だ。分かってる癖にどうやって軍に従わせるつもりなんだお前は」


「其処は杠さんに上手いこと頼んで」


「アイツはもっと役に立たん。もう病気だ、陽咲(ひさ)は」


 恋の病は陽咲を蝕んでいるのだ。しかし、渚に笑顔を浮かばせる力は侮れないから無下にも出来ない。将来的にとんでもない効果を齎すだろう。魔力の存在が判明しただけでも計り知れない恩恵なのだから。


 其れを知る三葉は花畑に冗談染みた答えを返したのだろう。


「マジ、ですか……」


 ガックリした花畑の背中に哀愁が漂っていた。


「渚に煙たがられてもお構い無しだからな……あそこまで嵌るとは、私も見通せなかったよ」


 千里眼(クレヤボヤンス)にも見抜けないのが人の心なのだ。無論陽咲が特殊である可能性もある。


「しかし司令も当然お考えでしょうが、異界汚染地(いかいおせんち)が所謂魔力の影響下にあるならば……渚ちゃんの異能により全てを明らかに出来る。もしかしたら、新たなる警備軍の強化に繋がる事も……」


「ああ、だからだよ。イヤラシイ考えなのは自覚しているが、渚の力は想定を大きく超えていた。流石異世界産の異能と言うべきか……陽咲が寄り添ってあの子の心を開く事が出来たとき、何かが変わるだろう」


「ならば尚更……」


「言うな、花畑。勿論分かっているさ。だが……カエリースタトスを渚に返す事が正しいのか、そこが問題だろう。それに、身体は未だ癒えていない」


「其れは、確かに……」


 その通りだと花畑も思ったのか、肩から力が抜ける。あの真っ黒な銃が持つ精神性は決して良いものでは無い。同時に、許可なく預かり続けて良いのか、それすら答えはないのだ。


「全てを伝え、渚が応えてくれるなら……私から話そう。だが、もしあの娘に何かあったら、私達は地獄の業火に焼かれても償い切れないな」


「そう、ですね」


「もう行け。お前はお前の役目を果たせ」


「はっ」


 花畑を見送ると、三葉も立ち上がり自室へと帰って行った。結局女の子に頼らなければならない自分を情け無く思いながら。











 ○ ○ ○




 念動(サイコキネシス)を使い、廊下や曲がり角を凄まじい速度で駆け抜けた。シャワー室の扉を遠方から先に開く。やはり念動による結果だ。歩きながら装備類を外して行き、シャワーの前に着いた時には下着姿になっている。脱ぎ捨てたモノはフワフワと宙に浮かび、予め置いてある籠にポテポテと落ちた。


 其れを確認すらせず、陽咲はブラとパンツを脱ぎ捨て、一気にシャワーを浴びる。汗に濡れた身体に温いお湯が伝わって疲れも少しだけ流れて行った。


「汗臭いなんて思われたら死ねる。手抜きは禁止」


 誰も居ないシャワー室で独り言を呟きながらボディーソープを泡立て……目にも留まらぬ凄まじい速度だ。鍛えている以上なかなか引き締まった身体は短時間で泡に包まれた。


 実は少し自慢の胸、ちょっと気に入らない大きめのお尻、太ももだってもっと痩せた方がいい。渚ちゃんなんてどこもかしこも細いから、見られたら恥ずかしいな……


 そんな事を思い浮かべたから、一度だけ見た渚の裸体が瞼の裏に映った。あれだけ素早く動いていた両手が止まる。


「……へ、変なこと考えちゃ駄目」


 でも渚は消えてくれない。


 夕方で逆光でもあったから鮮明に見た訳では無い。それでも、全く隠したりしなかったから、小さくて細い全てが記憶に残っている。刻まれた意味不明な痛々しい文字、火傷や切り傷も……顔だけ綺麗なのは、その様に命令されていたと後から聞いた。だからこそ、両腕は傷だらけだったけど……いつか、心から笑ってくれるかな……そんな独り言は心内に響く。


「ううん、私が救い出すんだ。そう決めたんだから」


 言葉にしたら、止まっていた両手は動き出してくれた。オリーブベージュに染めたショートボブを洗い終えると、此処に持って来るのを忘れたバスタオルを念動で運ぶ。いつの間にか効果範囲が広がっていたが、陽咲は気にもしていない。頭に浮かぶのは一人だけ。


 適当に肌のお手入れをして、髪を乾かして、薄くてもメイクだけは手抜き出来ない。此れから会う愛しい人は誰が見ても美人さんで、視力は計り知れないのだ。


「よし、OK!」


 再び念動を発動すると、シャワー室は無人へと戻っていった。






「渚ちゃん、起きてるー?」


 前髪と服装を整えると、陽咲はノックもせずスライド扉を開く。広がった視界には大好きな少女と白い部屋。カーテンが揺れているのは窓が開け放たれているからだろう。サイドテーブルにお茶の紙容器がちょこんと立っていた。


 ベッドの上で上半身を起こしていた渚は、読んでいた本から顔を上げて陽咲を見返す。表情に変化は無い。


「陽咲」


「うん、私」


 軍の医師である越野(こしの)多恵子(たえこ)の手により、渚の身体は少しずつだが変化している。マーザリグの屑に刻まれた異界の文字や、戦闘による傷などだ。全てを消し去る事は不可能だし負担も大きい。しかし、越野曰く渚がまだ若い事が幸いし、経過は順調らしい。


 だから陽咲は嬉しくて一日も欠かさず病室を訪れている。いや、渚の状態に関わらず日参しているだろう。惚れた弱み、それとも強みか。


「昨日も言ったけど、毎日来なくてもいい。陽咲だって訓練とか大変でしょう」


 その渚の言葉にニコニコ顔で陽咲は返す。堂々と。


「私が来たくて来てるの。早く好きになって欲しいし、渚ちゃんの声を聞いたら疲れなんて飛んでっちゃう」


「……そう」


 余りに明け透けな好意を向けられた渚は、微妙な反応しか出来ない。それどころか、突き放す筈だった二人きりの時間は、目の前の彼女を奮い立たせてしまったらしい。この病室で全てを曝け出した夕方、溢れた涙の雫は陽咲を強くした。


「お風呂はまだ入れないんだよね? 汗とか気持ち悪いだろうし拭いてあげ……」


「さっき終わったから大丈夫」


「え? な、なんで」


 渚の異能に予知(プレコグニション)は無いが、陽咲の台詞は読めていたから既に潰している。


「何で陽咲が驚くの? 看護師でも無いのに」


 ガクリと顔を伏せた陽咲。


「だって、早く近くに行きたいし」


「今も隣に居る」


「物理的な距離じゃなくて!」


「物理的な距離も近過ぎ。少し離れて」


「ええ⁉︎」



 その時、三人目の声が部屋に響いた。


「……貴女達、惚気も大概にしなさいよ? 此処は病院なんだから」


 惚気と言われて嬉しそうな陽咲。ウンザリ顔の渚。此方を見た二人の女の子を視界に入れながら三葉は病室に入る。


 廊下まで響いていたし、ノックも無視されたのだ。勿論渚は気付いていただろう。グイグイくる三葉の姪を叱って欲しい一心だった。


「三葉司令、ちゃんと手綱を握っていて」


「訓練も手は抜いて無いと報告が来ているわ。プライベートは陽咲の自由だし、任務に影響が無いなら二人の問題ね。但し、他人に迷惑を掛けない様にして」


 残念ながら味方では無く、其れを知った渚は口を噤んで溜息を吐いた。


「叔母さん、それでどうしたの?」


「なに? 邪魔かしら?」


「そ、そんな事ないよ!」


 折角の二人きりなのに。そんな内心はあっさりと叔母に伝わる。そもそも隠し事は苦手な上に、相手は千里眼(クレヤボヤンス)の三葉だ。そう思い当たった陽咲は強い視線から逃れるべく、大好きな渚を見たりした。


「犯罪は駄目よ、陽咲」


「……馬鹿な事言わないで」


 ついさっき、少女の柔肌を拭きたいと言った事実は存在しないらしい。


「まあアンタも居るなら丁度いい。渚、頼みたい事があるの」


「なに?」


「貴女達が入ったPL、スライム共が現れたところだけど、調査に入りたいと考えてる。同行して貰えないかしら?」


 前置きすら無く、突然の話に陽咲は思わず反論する。


「ちょっ……渚ちゃんは入院中よ⁉︎ それなのに」


「勿論分かってる。情けない限り……でも、その力に縋りたい。嫌な予感がするのよ」


「嫌な予感? 叔母さんがそんなこと言うなんて……」


 予感なんて言葉は三葉に似合わない。予知の異能すら否定している程だからだ。


「説明するわ」


 少しだけ俯くと、黙ったままの渚に全てを伝えていった。


 カテゴリの変更、新たな調査部隊の編成、スライムなどのレヴリの発生、そしてPLの縮小。何よりも[魔力]の存在。渚の持つ異能に頼りたいと。


 最後まで黙って聞いていた渚は、視線をそのままに返す。


「三葉司令も行くの?」


「ええ。私の異能も少しは役に立つ。異変が有るなら実際に見る必要があるの」


「そう……」


「渚ちゃん?」


 長い睫毛を纏う瞼が閉じた。そしてゆっくりと開く。


「協力する」


 三葉は千春の叔母。渚にとって護るべき対象なのかもしれない。


「……ありがとう」


 黙って聞いていた陽咲は、我慢出来なくて声を上げた。


「ちょっと、叔母さんも渚ちゃんも分かってるの? まだ怪我だって治ってないし、まともに歩けないのよ? 何かあったら……」


「陽咲」


「な、なに?」


「勿論貴女も同行よ? 渚を負担なく移動させるには念動(サイコキネシス)が一番だから。あの日、連れ帰ったでしょう」


 大怪我を負い、意識すら無かった渚を運んだのは陽咲の念動だった。優しく包み込む様に、小さな身体を街まで……次々と新たな力に目覚めて行く陽咲は、今や世界でも稀な念動の使い手になりつつある。


「其れはそうだけど……」


「渚にはお願いだけど、これは命令よ。貴女は渚を丁寧にPLへ連れて行く。そして」


「そして?」


「必ず、()()の」


 三葉の短い言葉を耳にした時、陽咲は身体中に沸き立つ熱を感じた。それはお腹の底から迫り上がり、喉を通って吐き出される。誓いの声となって。


「はい! 必ず!」








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