異変
「おい、B-412だ。413、414、あと559も」
「なんだ?」
「画質を上げたか?」
「いや、そんな報告は聞いてないが……カメラの更新かもな。ちょっと待て」
分厚いファイルを棚から引っ張り出して該当箇所を探す。各設備の不備、更新、その進捗を都度残していて、引き継ぎが行われる。其れを二度確認して答えた。
「B410から420までカメラの更新は二か月後だな。559は終わったが、もう半年前だ」
「じゃあ何であんなに鮮明なんだ?」
「分からんな。何か外的要因が……」
「どうする?」
「日報には書いておこう。遅番の連中に再度確認させて、変化が無ければ上に報告だな。大気とかの現象だったら笑い話だ」
PLの監視は非常に重要だ。
人が生活する街とは離れているが、時にハグレが侵入して被害を齎す。大半はダチョウ擬きや獣型のレヴリだが、一般人や女子供にとっては最悪の相手となるだろう。カテゴリによって多少の違いはあるが、全てのPLは監視されている。
監視所には複数のモニターが配置され、二十四時間チェックされていた。ハグレの発見は数日に一回はあるため、気は全く抜けない。
会話を交わした男達が見ているのは、PLに程近い破壊された街並みを映すカメラだ。真っ直ぐにPLを見ると暗い影しか見えないから、かなり高所から撮影している。異界汚染地から近い場所は撮影の画質が落ち、粗くなったり乱れたりするのだ。
其れが記憶より鮮明に見えていて、違和感を持ったのが会話のきっかけだ。
綺麗に映って悪いことなど無いから、実際に報告が上がるのは三日後だった。
定例の会議、一種の報告会が第三師団内の一室で行われていた。
「以上が本PLのハグレの侵入頻度と種類です。ご覧の通り、総数は減少に転じました。二年ぶりの事ですが、続いて欲しいものです」
「時系列にすると明らかだな。特にこの半年は顕著だ。何か想定出来ることは?」
「はっ。先ずはPL内駆除数の大幅な増加です。警備軍で把握していない死骸も相当数発見されており、自然死を除いても異常値が出ています。別紙のグラフを確認頂ければ分かりますが……ええ、色違いの部分です」
第三師団司令の三葉花奏もペラリと書類を見た。半年前から少しずつ増えている。勿論驚かない。レヴリを殺して回った天使が活動を開始したのがその頃だからだ。そして、発見された死骸も一部でしかないだろう。
「この件に関しましては兵装科の情報部が詳しく調査しておりますので、割愛させて頂き……三葉司令、宜しいでしょうか?」
「ああ、構わない。そのまま続けてくれ」
「はっ! では次の要因ですが、昨日正式にカテゴリⅡと決まったスライムども、更にはカテゴリⅢの赤鬼、此れ等が雑魚を狩ったのも大きいと考えております。ご存知の通り、奴等は一種の食物連鎖の関係を築いていますから」
此れも知られた事実で、逆にそうでなければPL内のレヴリは増加して行く一方だ。奴等が共喰いするからこそ人はレヴリと拮抗していられる。当然野生動物も餌となっているが、其れも連鎖の中に組み込まれたのは間違いない。
「スライムも赤鬼も駆除済みです。減少が鈍化する可能性も考慮する必要があるでしょう」
三葉はコクリと頷き、報告した士官へ労いの視線を送った。そして小柄な身体に似合わないズシリと響く声を届ける。
「ふむ、よく分かった。引き続きスライムへの警戒は怠るな。カテゴリⅢとなったが、それすらも暫定と考えろ。反転に転じ再び被害が増加するなら、周辺の街を捨てることも必要となる。だが逆に、減少の波を続ければ奪還の可能性も拡がるだろう。PLに堕ちたエリアは本来我等の土地。いつ迄も薄汚いレヴリに預けておけないからな」
「はっ!」
「では、最後の報告です。おい」
「は、はい! あ! すい、も、申し訳ありません!」
ガタリと椅子が鳴り、足の当たった机が揺れた。
初めての参加で酷く緊張している。それは誰の目にも明らかで、周りの者は自身の過去を思い出して内心悶絶した。皆が通る道とは言え、思い出したく無い過去だ。
「PLでは勘弁してくれよ? レヴリが集まってくるからな」
緊張を研ぎ解すため、隣に居た先輩が茶化す。大きな音を冷やかしたのだ。それを知った全員が笑い、場の空気は柔らかくなった。
「は、はい! そ、それでは報告致します! モニターをご覧下さい」
話すうちに落ち着いたのか、耳馴染みの良い声に変わる。モニターには静止画が左右に分かれていて、以前以後と説明の文字が記されている様だ。
「PLの東側、撮影された監視カメラの画像です。少し分かりにくいと思いますが、画質が向上した様に見えると思います。特にコチラ……この横倒しの自販機などが分かり易いかと」
その自販機は横になり、割れ錆びている。誰もが知る有名な企業のロゴがはっきりと見えた。以前ではボヤけているからだ。
「二度確認しましたが、カメラの更新やソフトウェアなども変わっていません。つまり、変化があったのは」
「PL……異界汚染地か」
「はっ。恐らくレヴリの減少だけでなく、PLそのものも小さくなったと考えられます」
「おお……!」
「朗報かもな」
「現地調査を直ぐに行おう」
「素晴らしい」
明るいニュースに殆どが喜びの声を上げた。幾人かは天使、つまり渚の働きを知っているため、それが良い影響を与えたのだと感謝を贈る。
PLに近い程に電子機器は悪影響を受ける事は周知の事実。画像が綺麗になったなら、即ち影響下から遠のいたと判断出来るからだ。奪還への希望すら見えて、会議は良い意味で紛糾した。調査部隊の編成、他のPLの再確認、今後の作戦への影響などだ。三葉は黙っていて、あちこちで会話が途切れない。そして奪還に関する具体案が出始めたとき、一人の男が立ち上がった。
「お待ち下さい」
突然の声に室内がシンとなった。普段余り師団内に居ない人間のため、多少の忌避感もある。立ち上がった姿勢のまま三葉へと視線を向けた。
「発言の許可をお願いします、三葉司令」
「ああ、許可しよう」
三葉も同じことを考えていたから渡に船だった。彼は色々な意味で有名な為、殆どの者が眉を顰めたようだ。因みに、当の本人は気にもしていない。
「ありがとうございます。第三師団の皆様、兵装科の花畑多九郎です。まず、監視所による詳細で迅速な報告に情報官として感謝致します。その上で、PLの縮小が齎す危険を皆様にお伝えさせて下さい。非常に稀な上に未だ証明はされておりません。そもそも事例は一つだけですので。世界にある[カテゴリⅠ]は四箇所。この日本にはありがたい事に存在しませんが……」
「花畑、時間も有限だ。端的に頼む」
「はっ! 欧州に発現した二番目の[カテゴリⅠ]ですが、Ⅳから変貌する際に、PLが縮小したと言う証言が有ります。未だに結論は出ておらず、残念ながら情報も少ない。しかし、万が一を想定すべきかと。その為、奪還よりも再度の詳細な調査を進言致します」
「具体的には?」
「カテゴリⅡ相当の部隊を出すべきかと。異能者も第一師団に応援を求めましょう」
「カテゴリⅡだと……何を馬鹿な事を。カテゴリⅡ相当の部隊に飽き足らず、第一に応援を求めるなど論外だ。ましてや全ては仮の話。調査した結果、カテゴリⅢどころかⅤでしたとなれば笑い草だろう」
直ぐに何人かの者が反論をする。それを眺めていた三葉も口を開き、何時もの様に両手を組み顎を乗せた。
「ふむ、一理ある。花畑、どうだ?」
「はて、笑い草の何が悪いのか。我等は日本の平穏の為に存在している組織。安全を確かめに行くだけです。何より万が一を許さないのが三葉司令の、第三師団の団是では?」
直ぐに反論が来る。
「詭弁だ。正論が全てを覆すとでも? 理想論ならば他でやれ」
だが、花畑は動じない。
「では、兵装科から正式に申請します。第一師団へは僕から連絡を。それなら、例え違っても笑われるのは兵装科で第三師団ではないでしょう」
「そ、それはそうだが……」
これで反論は潰えた。そして、三葉は結論へと導いて行く。
「赤鬼、そしてスライム。カテゴリⅤには不似合いなレヴリが連続で発生。そして直ぐPLが縮小か……考えてみれば、偶然と楽観視して良いか微妙だな」
「は、おっしゃる通りです」
三葉は言いながらも別の事を思い浮かべていた。
それは渚の存在だ。あの娘はマーザリグ帝国とか言う非道な国のある異世界から帰って来た。いや、カエリースタトスの言葉を借りるなら逆召喚か。世界を渡る事象が起きたのは約半年前。そして新たなレヴリの発生はその後に起き始めた。全てが繋がっている可能性を捨てる事は出来ない。
「花畑の話を鵜呑みには出来ないが、無視も愚かな話だろう。先ずはPLの縮小を確定させろ。同時に奪還、調査、両方の部隊の編成表を私に。第一と下話はしておく。最悪の場合、境界線を大きく後退させる……いや、緊急避難も視野に入れた案も作れ」
「「「はっ‼︎」」」
司令としての命令が出た。一人残らず緊張感を持ち、同時に使命感すら浮かぶ。
こんな時、小さな身体の三葉へ大きな尊敬の念が湧くのだ。その決断力と導く力は自身に無いのだから……花畑はそんな風に思った。
「三葉司令、この後宜しいでしょうか? 一点些細なお願いが」
「分かった、お前は残れ。では解散!」




