天の御使い
コーヒーカップをコトンと置いた三葉はそのまま耳を傾けるようだ。それが合図のように、特務技術情報官花畑多九郎は陽咲に言葉を投げかけ始めた。
「この赤いレヴリをどの様に倒したのか、杠さんが言葉に窮するのはよく分かります。似た様な経験をした者もかなりの数に上りますし、何が起きたかすら理解していない兵もいますからね」
「それは……最初から分かっていたのですか?」
「いえ、正確には僅かな疑いがあった、そんな感じです。貴女の念動なら可能性は充分にありますし、同行した白石隊長は歴戦の兵士ですから。打倒せしめても驚きません。しかし、三葉司令からお呼びが掛かりました。多分間違いない、と」
「司令……」
「私が悪いとでも? 最初からあった事実を報告しない陽咲に責められる謂れは無いわ」
「う……すいません」
確かにその通りだった。陽咲は叔母である三葉に何処か甘えていると自覚する。
「頭部の破壊は念動、心臓部へのダメージはその後に近距離から撃ち込んだ。そう無理矢理考える事が出来なくはない……ですが、三葉司令は違うと仰いました。杠さんが頭部の破壊後に態々行う可能性は低い事、そして」
「全部よ。銃創もおかしいし、何より弾も破片も身体に残っていなかった。他の箇所には見つかるのに、一番ダメージがある心臓部付近には存在しない。ウチの検査で直ぐに分かったの。陽咲、普通は銃による痕跡を隠すなんて不可能なの。だから、見る人が見たら簡単に事実は割れる。報告は正確にして頂戴、いいわね?」
「は、はい! 申し訳ありません!」
三葉はそれが言いたかったのだろう、再び花畑に視線を振った。
「杠さん、これを見て下さい」
今迄同じ画像が映っていたが、別の絵……いや動画に切り替わる。
酷くぼやけている上に短い動画で、恐らく遠方から撮影した物を拡大しているのだろう。リピート再生されているのが分かった。
ストレートポニーテール、色は分からないがフード付きのパーカー、細めのパンツとスニーカー。ビルの屋上らしき床に身体をベタリと投げ出している。両脚は軽く開き、両手には不思議な形の銃らしきモノ。誰が見ても明らかな狙撃手がする体勢だ。
対象物が少なく分かり難いが、身体のサイズと柔らかなラインから女性と思われる。或いは少女か。
顔は影になっていてよく分からない。
「右上に時間が表示されています。覚えておいて下さい」
画面が更に切り替わる。
「半年前、カテゴリⅢに侵入した部隊がありました。異能者を中心として、ある作戦に従事。内容などは割愛しますが、作戦は失敗に終わり皆は窮地に陥ったのです。証言では迫る三匹のレヴリの頭が順次破裂していったそうです。音もなく、一方的だった。彼らは一流の兵士達ですから狙撃だと分かったのですが、肝心の姿もなく、そもそもそんな仲間はいなかったのです」
段々と興奮している自覚があるだろうが、花畑自身も止める気はない様だ。
「もうお判りだと思いますが、彼女がその狙撃手です。時間も一致し、後の調査で場所も方角も確定しました。驚くべきはその距離、ざっと2000メートル! 命中させた世界記録は3540mですが、それはレヴリに対してではなく、しかも観測手の助けを借りて。レヴリ相手には間違いなくダントツで世界一位です。と言うか奴等をこれ程の遠距離から狙撃するのは非常に困難ですから」
此処で三葉が口を挟んだ。
「これ程の距離になると、地球の自転や風も考慮しないとダメなの。風と言っても2キロ近い先、中間1キロ辺り、銃口付近の風すべてよ? しかも短時間に三匹連続……どう考えても異常だわ。全く未知の異能、或いは銃の性能か。まあ少なくとも銃の性能は普通じゃない」
「銃の……」
「それに異界汚染地はご存知の通り、衛星や光学機器の助けは期待出来ません。先程の映像では彼女の持つ銃がよく見えないのが本当に残念です。画像が粗いのはPLの直ぐ外だからですね……あと十メートル離れていてくれたらとつい考えてしまいます」
陽咲は事の大きさが何となく分かって来てブルリと震えてしまう。只者ではないのは当たり前だが、見た目は綺麗な女の子でしかなかったのだ。普通に会話したし、態度とは裏腹に優しかった。
次の画像に変わる。簡単な表だ。
「彼女の存在を掴んでから、半年の間に関わった可能性のある全てを網羅しています」
場所、時間、状況、体験した者、そして確度。低いのは30%、高いもので95%だ。因みに先程の狙撃が95%で唯一にして最高値だった。
陽咲の様に命を救われた者。報せる為だろう近くに着弾……慌ててそちらを見ると気付かなかったレヴリの姿を発見した。それ以上進むなと警告らしき銃撃で実際にレヴリの待ち伏せが判明。確度が低いのはお報せだ。偶然と片付けてもおかしく無いものが多い。
「とにかく神出鬼没。未だに人相も不明で、恐らく女性だろう位しか判明していません。用心深く、頭もいい。カメラに映ったのは最初の一度だけです。ですので今日の様に証言を集めています。彼女、ではアレなので……便宜的に名前を付けました。天使、コードネーム天使です」
不穏なコードネームに三葉の視線はまた厳しくなる。確かに少女らしき彼女に大の男が天使呼び……普通に気持ち悪い。陽咲は三葉の視線を理解した。
「あの……人相も不明って」
「そうなんですよ。全く姿を見せてくれませんし、声も聞いた者がいませんからね」
「天使、いえ、彼女に何を求めているんですか? まさか逮捕、いや補導とか?」
「逮捕⁉︎ まさか‼︎ 私の任務は新たな対レヴリの武器の開発です。あの威力!精度!恐らく軽量!どれを取っても、世界を見回しても見た事がありません! あの銃の開発者を知りたい、じっくりと調査したいだけです! それに天使は間違いなく一流の狙撃手ですから、此方も是非ご一緒に!」
三葉がギリリと拳を握ったのが陽咲に見えたが、興奮した花畑は気付かない。一体どんな調査をするつもりだ、と。
女性二人は目線を合わせて頷く。例え見付けても銃はともかく、女の子だけはコイツに渡さない……
そして三葉が引き継いだ。
「私は正直半信半疑よ。他国のフェイクの可能性だってあるし、日本の情報精度は残念ながら低い。未だにアメリカの力を借りなければまともな情報は降りて来ないくらいだからね。そもそも隠れる理由が分からないわ。私達を助けるつもりなら逃げ回る必要を感じないし、何らかのメッセージくらい残してもいい筈でしょ? まるでヒーローごっこじゃない、見た目も子供みたいだし」
直接会った事のある陽咲は理由が何となく分かった。あの子は人を拒絶している。間違いなく若いが、まるで老人の様に全てを諦めている様な瞳。まともな会話すら殆どしていない。そもそも名前も言わないし、礼を受ける気持ちも存在しない。三葉の言うようなヒーローごっことは到底思えなかった。
……どうしたら
この期に及んで悩んでいた。花畑の言う事が事実なら、自分は初めて天使を見て、しかも会話までしたのだ。あの冷たくも美しい容貌も、小さな身体も銃の形状と特徴すら記憶にある。人相書きも可能と思える程だ。
何で私に姿を見せたんだろう?
陽咲の頭に疑問が擡げる。別に秘密にしろとも言われてないし、あんな近くで顔も隠さなかった。
そもそも名前だって知ってたみたいだし、あの子は陽咲にとって何より大切な愛する姉すら知っている様子だった。だが記憶の中にあんなに綺麗な女の子の知り合いはいない。もし居たら直ぐに気付くだろう。
「陽咲?」
思考を深めていた陽咲に気付いたのか、三葉が怪訝な顔をしている。
拙い……慌てて表情を引き締めたが、当然に叔母でもある女性には通じない。
「貴女、まだ何か隠してる。小さな頃から見てきた私を侮らないで欲しいわ。その誤魔化し方も変わらないし。陽咲、キリキリ吐かないと酷いわよ?」
「ひっ」
もう駄目だ……目の前の上司である司令をよく知る陽咲は諦めるしかない。こうなった三葉は本当に怖いのだ。
「まだ何か知っているんですか⁉︎ マイエンジェルについて!」
もっと気持ち悪くなった花畑だが、二人は完全に無視している。陽咲は恐怖で、三葉は陽咲しか見ていない。
「あの、実は……彼女を見た」
「み、見た……今、見たと言いましたか⁉︎ 凄い!遂に二度めの目撃例です。距離は⁉︎ 顔は判別出来ましたか?」
花畑の興奮は最高潮に近づく。だが、彼の想像を軽く飛び越える現実があの日起きたのだ。
「距離は……2、いや3」
「キロメートルじゃないですよね。ま、まさか300mとか……」
プルプルと震え出す花畑。三葉は何かを悟ったのか厳しい表情に変わるのが分かった。
「その……一瞬だけなら、この位……」
陽咲は右手を空中に伸ばした。肩を掴もうと近寄ったから間違いない。触れる事は叶わなかったが。
「陽咲」
首を傾げる花畑を無視して、三葉が声を出した。其処には怒りが篭っていて陽咲は身体が固まる。
「あ」
「三葉司令。どう言う事ですか?」
三葉は鋭くなった視線を隠さず、つらつらと話した。
「この娘は直ぐ間近で見た、違うわね、会ったと言ってるのよ。私に報告もせずに」
「は?」
「まさかと思うけれど……天使と会話した?」
「……しました」
今まで動きの無かった残り三人の兵装科の男達も思わず立ち上がり、陽咲を見開いた目で見つめている。そして絶句し石になった花畑。だが、三葉は驚く事もなく般若の如く怒りを露わにする。もう陽咲は動く事も出来ない。
「貴女、私を舐めてるの? いや、同行した白石達を馬鹿にしてるのかしら? 大勢の命を使って手に入れた貴重な情報をこの四日間無駄に温めて、もう天使は遠くに行っているでしょう。陽咲、レヴリを引き上げる時に調査だって出来たわ。あの能力や武器が解明されれば、どれ程の犠牲者が減るか想像も出来ないなんて。念動なんて幾ら強かろうとも、共に戦う者として私はアンタを認められないわね」
顔面から血の気が引いて涙が滲む。渚も思った通り、陽咲はまだ未熟だ。
「泣くな! 此処は学校でも家でもないぞ!」
ビクリと震えて益々涙が溢れていく陽咲を見て、漸く正気に戻った花畑が二人の間に立った。
「三葉司令、落ち着いて下さい」
「花畑……これは私の師団の問題だ! 黙ってろ‼︎」
「同時に私の任務に関わる問題です。杠さんの持つ情報はこの花畑の管轄。違いますか?」
「……ちっ、好きにしろ。陽咲、後で性根を叩き直してやる。懲罰も覚悟しておけ」
「はい……ご、ごめんなさい……」
グジグジと泣きながら、涙を拭う。
暫く陽咲の涙は止まらなかった。