小さな花
「カエリースタトス。有意義な話し合いになる事を願っている」
『三葉司令。貴女はマスターの生命を握る人間です。私に逆らう意思はありません』
「……そうか」
真っ黒な銃は何を勘違いしているのか、渚を人質に取っていると思っているようだった。人質どころかお前のマスターが大切な姪を骨抜きにしたと言いたい。警備軍の異能者なのに、万が一の時は誰の味方に付くか明らかに思える。カエリーの首根っこ、まあ首が有ればだが、思い切り掴んで問い正したい三葉だった。
「お前にはマスターと敵しかいないのか?」
『それ以外に何があると? 例え違えても、何の支障もありません。危機に備えるのは非常に重要です』
何度か話したが、人に例えるなら精神病質者だろう。所謂サイコパスだ。良心の欠如、他者に冷淡、罪悪感が皆無、口が達者で表面はある種魅力的。恒常的に嘘をつくだけは該当しないが、些細な問題だ。
常識的に考えて、未成年の女の子に近寄らせる存在では無い。つまり、渚に返却するのを躊躇して当然だ。それが益々カエリーの不信感を買っているが、考えを改めようとは思わなかった。
「渚はまだ未成年だ。敵だけが全てじゃない。親、兄弟姉妹、友達、恋人、どれもが大切なんだ。お前の知識量ならば其れくらい分からないのか?」
無駄と知りながらも我慢出来ない。
『十八歳では? 情報では警備軍に志願出来る年齢です。この世界ならば成人と殆ど変わらないでしょう。更に加えるならば、マスターはマーザリグ帝国第三遊撃隊所属の異人で……』
「もういい。この件はお前と話しても無駄だ」
『残念です』
全く残念に思ってない癖に、飄々と返すカエリースタトス。三葉はケースごと窓の外に放り投げたい気持ちを頑張って抑えた。
「司令、我慢して下さい」
「ああ」
情報士官の花畑多九郎がその怒りを見事に察知し制した。経験の成せる技……三葉を怒らせる事に関しては警備軍屈指だ。
「カエリーさん。早速質問しますね」
緑色の線が明滅した。多分了解の意味だろう。
「貴女は試作型との事でしたが、つまり量産されている武器と言う判断で間違い無いですか? その、カエリーシリーズは」
『間違いありません』
「一般的な武器、マーザリグ帝国では、ですが」
『多少語弊があります。確かに珍しい武器ではありませんが、扱う者は少数派です』
「何故でしょう?」
『魔力の保有量が少ない兵士、其れ自体だからです。そして魔力の弱い者は直ぐに死ぬので、カエリーシリーズは戦場によく転がっています。しかし拾う者は殆ど存在しません。大半の兵にはゴミですから』
「ゴミって……我等からしたら、異常極まり無い銃ですよ……では、弱者である貴女達が変形するのは擬態ですね? 非捕食者特有の」
『擬態に関しては肯定します』
「カエリー、お前もゴミだと思っているのか?」
横から挟まれた三葉の声は暗く沈んでいた。
『私の性能はマスターの異能に支えられ、突出した命中力を発揮します。相性と表現すれば良いでしょう。反してマスター以外の者が扱えば、汎用のカエリーと変わりません』
「如何にもな答えだな。我々が何を聞きたいか理解していると、そう言いたいのだろう」
『其方が本題に入らない事を、こちらの責任にしないで下さい』
つまり、全てを理解していると言う事だ。
「ふん、花畑」
「はっ。では本題に。カエリーさん、我々は貴女を量産したい。無論貴女自身の存在は難しいと理解しています。ですが、狙撃銃として持つ性能の幾らかは代替出来ませんか?」
『答える必要を感じませんが、此処はマーザリグ帝国ではありません。回答します』
感じると言う言葉に三葉は反論したくなった。お前に感情や心情の機微などあるのかと。それも我慢して続きを待った。
『不可能です。魔力のカケラも無く、技術も育まれていない。魔弾の生成どころか、カエリーの最初期型の製造も出来ないでしょう。私を分解して調べても未知の物質の残骸が残るだけですから。仮に其れを行うならば自壊します』
「残念です。しかし以前の証言で、PLやレヴリにも魔力がある事が分かりました。利用が可能では?」
残念と言う言葉を意趣返しに使ったが、反撃を受けたはずのカエリーは全く気にしない。
『面白い発想です。魔力とは何か。マーザリグ帝国すら辿り着けていない根源的な答えを求めて彷徨う事になるでしょう』
「魔力を、マーザリグ帝国が?」
『逆に質問します。何故世界が在るのか、形造られているのか、答えを持っているのですか? 魔力とは、そういう存在なのです』
まるで哲学の問答に思えて三葉達は黙った。同時にカエリーシリーズの生産は当面不可能と分かった。魔力とやらを研究する事をやめないが時間が必要だろう。期待は特に無かったが、やはり残念ではある。
「結局、渚に頼らなければならないのか……レヴリの天敵として。くそっ」
カエリースタトスは答えなかった。
○ ○ ○
余り生産性の無かったカエリースタトスとの話し合いを終え、三葉は外の空気を吸おうと一階に降りて来た。何となく甘い缶コーヒーを飲みたくて、自販機の前に立つ。自室にコーヒーメーカーを置いているが、時々安っぽい味が欲しくなるのだ。
「ふむ」
やはりミルクティーにしようと硬貨をチャラリと入れた。電子決済は苦手らしい。
子供みたいな小さな手で、プシュリと開ける。そして一口飲み、もう少し甘い方が好みだなと愚痴を内心で吐く。缶飲料に溶け込んでいる、とんでもない糖分の量を知らないのだろう。
「ん?」
昨日も見た二人が此方に向かって来ていた。
「あっ、叔母さ……三葉司令!」
何とか気付き、陽咲は敬礼した。
「ああ、ご苦労」
車椅子にいる渚は特に反応していない。
「そろそろ手術じゃなかったか?」
「はい! 越野先生がお知らせしてくれるそうです」
「そうか。まあ越野ならば最善を尽くすだろう」
「あ、渚ちゃんも何か飲む?」
腰を落とし、視線の高さを合わせて聞いた。まるで子供に対する態度だが、愛の成せる技なのか。
「じゃあ……コーヒーを、ブラックで」
「なに⁉︎ 渚はブラックなのか?」
「そうだけど」
カフェオレでも頼むかと勝手に思っていた三葉が唸る。まさか、甘いコーヒーを飲む自分が少数派なのかと不安になったのだ。
ガタンと商品が落ちる音がして、三葉は我に帰った。そもそも何故こんな下らない事を考えていたのか分からない。
いそいそと缶コーヒーを運ぶ陽咲を見て、三葉は違和感を持った。ミルクティーに口を付けながら、何気に観察する。そして気付いた。
距離が近い。
「お、おい。陽咲、気を付けろ」
どうぞと渡す時、両手で包む様に渡したのだ。おまけに渚の小さな手を触った。心なしか、撫でている気がする。触れたなら過去の記憶を追体験してしまう、それをカエリーから聞いていたから慌てた。ところが陽咲は少し自慢気に叔母を見返してくる。
渚に拒絶感が無い。
「大丈夫、なのか?」
そう言いながら近づくと、渚は手を引いた。触るなと言う意思表示だ。少しだけ傷付いて陽咲を睨んだ。
「叔母さん駄目だよ。触っちゃ」
口調まで戻して注意される。
「どういう事だ?」
「えっとね。恥ずかしいけど三葉叔母さんには教えてあげる。私達昨日から付き合う事になって……」
「な⁉︎」
慌てて渚を見たら溜息を付いていた。何か嫌な予感がする。
「付き合ってない。何でそうなるの?」
「えっ……えっ⁉︎ でも昨日、私達……」
「陽咲、黙ってろ。渚、昨日何があったか教えてくれないか?」
「別に……」
「私は陽咲の叔母だが、小さな頃から共に過ごして来た。千春と一緒にな。色々と心配なんだ」
チラリと上目遣いで三葉を見て口を開く。千春の血縁者という事実が渚を動かしたようだ。
「病室の鍵を閉めた」
既に不穏だが、我慢する。
「ああ」
「裸になって」
「……くっ。それで?」
「陽咲はキスしたいって。抱き締めて眠りたいらしい。我儘で御免って言った」
陽咲は真っ青になっている。三葉の口内でギリギリと歯を食いしばる音が鳴った。
「私は」
「……私は?」
聞きたく無い。しかし、陽咲を監督する責任者として聞かなければならないのだ。
「沢山泣いた」
「な、渚ちゃん! 言い方、言い方が‼︎」
「……陽咲ぁ! お前、あれだけ犯罪は駄目だと」
「ひぃ⁉︎ ち、違うから! な、渚ちゃん、ちゃんと説明を……」
ギロリと鬼の形相に変わった叔母。青から紫に変化した陽咲の顔色。
「何てことを……無理矢理裸にして、泣かせただと? 怪我までしてる娘を手籠にするなど、許されないぞ……」
「手籠って古い……叔母さん、落ち着いて! 誤解、誤解なの‼︎」
陽咲の首を絞めて、ぐりぐりする三葉。お前を殺して罪を償わせると悲壮な表情になった。
「……ふふっ」
そんな二人の耳に可愛らしい笑い声が聞こえた。最初は信じられなくて、幻聴かと思ったほどだ。しかし車椅子の方を見れば、それは幻などでは無いと知る。
渚が左手を口に当て、淡い笑みを……小さな笑顔の花が咲いていた。
「渚ちゃん……」
「渚……」
「ふふふ……三葉司令、大丈夫。陽咲は毎日優しいよ」
それは凄く綺麗で、少し儚い。ひっそりと咲く小さな花だった。
「渚ちゃんが笑った……」
呆然として、その後満面の笑顔となる陽咲が渚に抱きつく。頬を合わせて喜びを全身で表した。
「やっぱり私達は付き合ってて」
「付き合ってない、勝手に決めないで。あと、鬱陶しいから離れて」
「ええ⁉︎」
レヴリもPLも消え去ってはいない。
渚の身体も、心だって傷だらけのまま。
それでも……何にも変えられない幸せを、笑顔を見た気がする三葉だった。