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黒のナイフ

 




「以上の事より、コードネーム[天使(エンジェル)]から詳細な情報を入手する事が必要かと。また、警備軍下へ組み込む事は効果的と思われます。彼女の様な狙撃手は世界中を見渡しても存在しない。ましてや現在、彼女は私達の()()()にありますから」


 全てを話し終えると、花畑(はなばたけ)三葉(みつば)に視線を送った。


「ご苦労。此処までで質問はあるか?」


「良いですか?」


土谷(つちや)か、構わんぞ」


 隣に座っていた陽咲(ひさ)は不安そうだ。


「ありがとうございます。まず一点、なぜ彼女はレヴリの弱点を知っているのか。そして、その馬鹿げた殺傷力。更には身元も異能の出所も不明と言われました。警備軍として、クリア出来るのですか?」


 どちらかと言えば反対的な意見に陽咲は不満を覚えた。異能者である土谷ならば、自分に味方してくれると勝手に思っていたからだ。


「それについては私が答えよう」


 三葉が返す。つらつらと続けた。


「最初の質問は分からんな。だからこそ情報を欲している。身元不明や年齢に関しては法的に間違いなく引っ掛かる。警備軍入隊には身辺の洗い出しが当たり前だ。まあそれに関しては私に任せてくれていい。異能に関してはこれから調べる」


 越野は椅子に預けていた背中を起こした。


「馬鹿な言葉遊びは沢山だ。何一つ答えになっていない。分からない、不明、調べる、まるで三流の政治家だな、三葉」


「お偉い政治家先生に叱られるぞ、越野。我が師団は国民の血税により運営されているのだ。言葉に気を付けろ」


「ふん、ならば有意義な回答をしろ」


「ああ、耳が痛いよ。御意見はしっかりと吟味させて頂く。さて、残る質問があったな。馬鹿げた殺傷力、だったか」


 やはり当然の疑問だろう。


「其れについては、そこで哀しそうにしてる花畑に再度ご登場願おう」


「……はい」


 演技でなく、本当に悲哀を感じる。まあ同情は湧いて来ないが。


「非常に、ひじょーに残念な事に、スライムを大量に駆除した武器が見つかりませんでした。目撃者も多く、その威力や精度も素晴らしい黒い銃が……うぅ。あれさえ研究出来れば革命を齎したでしょうに。やっぱりスライムに食べられたのかな……はぁ。唯一残されていたのは此のナイフだけです……はぁ」


 ゴトリとテーブルに置かれたケースは金属製。上部カバーは強化ガラスで、中を見通せる。ナイフと言っても小剣に近い長さで、極端に薄い刀身も束も全てが黒い。まるで黒曜石から削り出したかの様だった。


 どうでもいいが、花畑の溜息が鬱陶しいと三葉は腹が立っている。


「厳重なのは越野さんからのお願いですね。触るのも禁止されてます」


 ガクリと態とらしく首を倒す花畑が其処に居た。誰も助け舟は出さない。


「なぜ彼女の武器だと断定出来るのですか?」


 参加者の一人が思わず聞いた。


「発見時に握り締めていました。その点は処置した越野さんが詳しいです」


「ふん、簡単な理由だ。右肘まで熱傷があり、掌の溶けた皮膚がナイフと合わさっていた。恐らく、スライムの内部に其れごと突き入れたのだろう。煮立つ化学薬品に手を入れた様なものだな。他には頭部の打撲と裂傷、左足首の骨折、()()()()は多過ぎて数えてない」


 余りに凄惨な状態に質問者は勿論、全員が押し黙る。陽咲だけは睨んでいたが、それを理解した越野はあっさりと無視した。


「まあそう言う訳です。因みにですが、このナイフはスライムの影響を受けていませんでした。調べてみたいんですけど……」


「駄目だ。理由も分かっているだろう」


 許可しない越野が立ち上がり、三葉を見る。


「……ああ、お前の番だ」


「漸くか。では始めさせて貰おう」


 ヨレヨレの白衣を靡かせ、全員の資料を配る。そして、端的に結論から言った。


「私からの意見は簡単だ。()()()()少女のガワをした奴、お前たちが言う天使。名は(なぎさ)だったか……まあどうでもいい。あの女を」



 ()()するんだーーーー



 越野の冷たい声が届いて、陽咲はもう一度拳を強く握った。










 ○ ○ ○



「駆除? 今、駆除と言ったのか?」


 流石に我慢出来ず、三葉が問い詰める。渚を自由にするなと要求して来るのは予想していた。勿論警備軍に入れるなど許さないだろうし、下手をしたら幽閉も辞さないと警戒もあったくらいだ。その理由も理解している。ついさっき花畑が取り出したナイフの存在だ。


 しかし駆除とは……どれ程不審な人物であろうと、人に対して使う言葉ではない。


「聞き間違いではないぞ。改めて具申するよ。駆除を求める」


 ずっと我慢していた陽咲が椅子を倒し、ガチャリと鳴った。憤怒の表情を隠しもせずに、越野に視線を合わせる。


「そんな事、誰が認めるものですか! 貴女は何を言っているか分かっているの⁉︎ まだ幼さを残す女の子を殺すなんて……三葉司令! こんな協議に意味なんて……」


(あかなし)陽咲(ひさ)。キミの許可など求めていないよ。勿論決定権は三葉司令にある。だから言っているだろう、意見、具申と。さて、続けて良いかな?」


「……陽咲、座れ。越野、それだけの大言を吐いたんだ。巫山戯た理由ならば許さんぞ」


「当然だ。先ずはショーケースに並んでるナイフからだな。まあ装備類に関しては専門ではない。適当に聞いてくれ」


 そしてスクリーンに一枚の写真が映る。分かっていたが、それでもザワザワと騒がしくなった。


「見ての通り、この黒いナイフを撮影したものだ。PLやレヴリは電子機器では撮影出来ない。その全てが闇に沈み、このように真っ暗な影だけ。つまり該当の少女が持っていたコレはレヴリ、或いはその一部で間違いない。花畑、補足はあるか?」


「いえ、ありません」


「この正体不明のレヴリを持つのが理由の一つだ。何処の世界にレヴリを武器として持ち歩く人間がいるんだ? 入手経路は不明で、しかも銃は見つからない? おかしな話だろう」


 此れには陽咲も答えられなかった。しかし、だからと言って渚を殺す理由にはならない。


「武器がどうであろうと扱うのは()()()()です。あの子が今まで警備軍に齎した結果を知らないんですか?」


 敢えて名前で呼ぶ。あの子は可愛らしい女の子だと。


「ふん。キミとヤツが接触したあと、三葉が言ったらしいな。仲間のフリをして懐に入るのは古典的な手法だと。確かに使い古されたやり方だが、効果は証明されている。対象には心優しく、人を疑うことを知らない者を選ぶんだ。ああ、言い方を変えようか。つまり甘い奴だよ、杠陽咲」


「……全部想像でしょう。何の証拠もない」


「ほお……此れは読み間違えたな。怒り狂って来ると思ったが、謝ろう」


「越野、余り虐めるな。悪い癖だ」


 三葉の言葉に肩をすくめ続けていく。


「確かにレヴリを何匹も殺し、幾人もの兵を救ってくれた。だが、それは信用を勝ち取る手段でもある。実際にキミの心を捕らえ、しかも第三師団中枢の此処に入って来てもいる。意識を取り戻し、本来の目的を実行したらどうする? たったそれだけで師団は混乱の極みだし、ヤツの能力ならば簡単だ」


「越野、言わんとしている事は理解出来る。だが弱いな。第三師団を攻撃したいなら土谷や陽咲を殺すのが手っ取り早い。しかしチャンスは幾らでもあった中で実行していないぞ。いや、私だって簡単だな」


「これを見ろ」


 いきなり遮り、そしてスクリーンの写真を切り替えた。其れを見た三葉は絶句し、土谷は息を呑んだ。残る皆も写真から目が離せない。


 そして陽咲はガタガタと震え、絶望を瞳に映した。


「ナイフだけがレヴリじゃない。彼女こそがレヴリなんだ」


 其処には正面から撮影された渚の顔がある。しかしあの美しい(かんばせ)は……冷たくも綺麗な瞳は漆黒に塗り潰されている。遠藤(えんどう)征士郎(せいしろう)の屋敷でも判明した事実だ。


「本当に恐ろしい……酷く怖いヤツだよ。これは八枚目だ。つまり全ての撮影で写る訳じゃないんだ、コイツは。何らかの妨害をしているか、擬装方法があるのか……正体を隠蔽する動機を思い付くなら教えて欲しい」


 誰も、誰一人反論出来ない。レヴリを駆除する事が警備軍の存在意義なのだから。


「反論は? これでヤツの異能も説明出来る。まさかバレるとは思っては無かったんだろう。恐らく千里眼(クレヤボヤンス)あたりと混同するつもりだったか。因みにだが、首から下は間違いなく人間の女の子だ。考えたくも無いが……少女を捕らえてレヴリを寄生させたんだ。意識的か無意識かは関係ない。実際に儚い容姿は私達の懐に入るには役に立った訳だしな」


「う、嘘よ……写真なんて幾らでも加工出来るじゃない! こんなの、こんなの渚ちゃんな訳が」


「私が少女を殺す為に偽証していると? 杠陽咲、またもお前が証明したな。レヴリの目的は達せられている、甘ちゃんを篭絡出来た事だ」


 余りの怒りに念動を使いそうになった。手元のボールペンがカタカタと揺れ始める。それを認めた三葉が急いで止めた。人に向ける攻撃性の高い異能は厳禁だ。


「陽咲!」


 ハッとした陽咲がガクリと腰を落とす。そして頭を抱えて蹲ってしまった。


「言うまでも無いが……人間の生活圏に入ったレヴリは駆除されなければならない。例外は実験や調査の場合だが、やはり法的にはハードルが高い。つまり、生きたレヴリが街中にいる事を許すのは我が日本国に対する明確な反逆だ。私としても駆除は惜しいが、危険は冒せない。殺した後、身体は情報部に渡すよ。反論があるなら聞こう」


 警備軍はかなり厳しい法律によって縛られているのだ。圧倒的な軍事力を持つ以上当然の事で、三葉でさえも有効な反論が用意出来ない。


「答えは出たな。失礼するよ、早い方が良い……」


 その時だった。


 機械染みた、まるで合成した音。何とか女性だろうと判別出来る、明確な知能を感じる、そんな声が全員に届いた。それは短くて、誰にも分かり易い意志の発露だ。


『反論を。マスターは間違いなく人間です』


 ケースに収められた黒いナイフに緑色した線が走った。まるで血管の様に波打ち、脈動する。遮蔽物があるのに、何故か声が届くのだ。


 誰もが言葉を失い、黒色に沈んだナイフを見る。


『私はマーザリグ帝国軍製汎用カエリーシリーズ、第四世代試作型()()()カエリースタトス。そこに埋め込まれた人工精霊です。マスター、つまり渚はレヴリなどではありません』


 まるで飴細工の様にグニャリと変形し、瞬きした時にはナイフは消えている。


 出来損ないの狙撃銃みたいな、それかパーツを継ぎ足したハンドガン……そう陽咲が例えた渚の武器、其れが在った。








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