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偽り

 




 (なきざ)はカエリースタトスを構えて二発の射撃を行った。いつもと同じ、何の緊張も力も入っていない。無表情のままバスの上から降りて来ると、下で待っていた陽咲(ひさ)土谷(つちや)に告げる。


「こっちに来て」


 二人を促し、先程銃を向けた()()を見るよう指示をした。


「集合住宅が見える? 二つは崩れてる」


「うん、見えるよ。土谷さんも大丈夫ですよね?」


「ああ、あの濃い茶色のだろう?」


「そう」


 国や自治体が建てたマンション。まるでコピー&ペーストをした様に全く同じ四階建てで、其れ等が連なる様に並んでいた。全部で何棟あるのか、側面には数字が書かれている。多分何号棟だとかを示しているのだろう。


 まだずっと昔、異界汚染地(ポリューションランド)に堕ちる前は沢山の家族が暮らして居た。しかし今、人は居ない。雑草の中に埋もれた其処は、まるで映画のセットかハリボテだ。


「二人なら約二時間で着く。途中のレヴリはさっき殺した。目印にもなるから真っ直ぐ向かって」


「ちょ、ちょっと渚ちゃん! まるで別行動するみたいに……」


「まるでじゃない。私は此処から見てるから」


「どうして……もう少し頑張ればPLは抜けるし、一人残してなんて私は認めないからね」


 確固たる意思を乗せた視線を渚に向け、動かないからと鼻息を荒くする。


「理由を教えてくれないか? 此処で別行動なんて非効率に過ぎるだろう。陽咲ちゃんの言う事も分かる」


「……陽咲、私を見て」


「え……? う、うん」


 見て良いと認められた方が恥ずかしいと陽咲は気付いた。でも折角だから渚をじっくり観察する。やっぱり綺麗だなと内心呟きながら。


「見た通りの筋力しかない。接近戦なんて無理だし、足手纏いになる。だから、私にしか出来ない事をするだけ。二人は集合住宅に巣食うレヴリ達を倒して欲しい。足の速そうな連中だから、先に殺した方がいいと思う。此処から援護するから」


「レヴリが? 姿は見えないが」


「私の力、少しは知ってるでしょう」


「……ああ」


 三葉(みつば)司令が言っていた。天使の異能の一つは常識を遥かに超えた視力だろうと。


「じゃあ、後から合流するって事? 街まで一緒だよ?」


「うん」


「そうか。キミの狙撃の腕は嫌ってほどに理解してるし、戦略的に正しいと思う。信じていいんだね?」


()()()()()()()()()()()()()。昨日約束した」


「陽咲ちゃん、此処は彼女の言う通りにしよう。俺達みたいに接近戦をさせる訳にいかないからね。それに、これ以上の心強い援護なんてないよ」


「……分かりました。ねえ、渚ちゃんが戻るまで私は帰らないよ? ずっと待ってる」


「千春みたい」


「え? 聞こえないよ?」


「何でもない。油断しないでって言っただけ」


「うん。あのさ、渚ちゃん。その銃が何だか光ってるみたいだけど」


 真っ黒な銃に血管の様な緑色した線が走っている。さっきから明滅を繰り返して、どんどん激しくなっていた。陽咲は何か必死で抗議をしてるように感じて、思わず聞いたのだ。


「気にしないでいい。飾りだから」


「飾りって……」


 益々激しくなった。まるで会話を理解して反論してると錯覚する。


「さあ、早く。()()()()()()()


「渚ちゃん?」


 その問い掛けには答えず、渚は再びバスの上へと戻って行った。


「陽咲ちゃん、行こう」


「あ、はい」




 そして陽咲は酷く後悔する。


 苛立ちと情けなさ、恋した人を理解していなかったと嘆くのだ。もっとしっかり話していれば、彼女の思い違いを問い正す事が出来たなら、と。


 それは僅か数時間後のことだった。











 ○ ○ ○






「見えて来たね」


「はい」


「油断しないで。打ち合わせ通り、陽咲ちゃんは防御に意識を向けて欲しい。いいね?」


「分かりました。何か有れば指示を下さい」


 渚が指摘した集合住宅は既に視界にある。一度立ち止まり、最後の確認をしているところだった。


 途中に合計三体のレヴリの死体が転がっていた。狼とダチョウ擬きだ。間違い無く二発の射撃だったはずなのに、擬きは二匹重なる様に死んでいたのも驚いては駄目なのだろう。確かに目印となり、迷う事なく目的地付近に到着したのだ。


「右側から回り込もう。正面は遮蔽物が殆ど無いし」


 草に覆われているが、恐らく元は駐車場か。錆に染まった車が数台並んでいる。しかし、それ以外は何も無い。土谷にとっては広い方が戦いやすいが、防御面では不向きだと判断した。鍛え上げた発火能力(パイロキネシス)ならば広範囲を焼き尽くす事すら可能だ。しかし、陽咲の念動(サイコキネシス)はまだ未熟で、防壁も張れない。


「俺の前には出ない様に。火炎に巻き込まれるからね」


「了解です」


「よし、行くよ」


 足音を殺し、二人はゆっくりと進んだ。最初の一棟目の壁に体を寄せて気配を探る。今のところ物音一つしない。大半のレヴリは知能が低く、発見するのも難しくないのだ。勿論スライムなどの厄介な例外もいる。


 建物に囲まれた空間をそっと観察しても、やはり生き物の姿は無かった。土谷はハンドサインで移動を報せて、陽咲も頷きタイミングを見て走る。


 二棟目、三棟目、そして四棟目に辿り着いてもレヴリは居ない。見付けたのは小鳥とカラスくらいだ。


「……いない? それとも移動したのか」


 呟きは土谷自身にしか聞こえないが、違和感は拭えなかった。


 天使の異能に疑いの余地は無いし、途中倒れていた死骸が証明もしている。その彼女がレヴリの存在を示唆したのだから間違い無く居る筈だ。


「土谷さん」


「ああ、おかしいな」


 追い付いた陽咲が問い掛け、土谷も返した。


 腰を落とし、見える範囲を観察する。あるのは風に揺れる雑草とキーキーと唸るブランコの残骸だけ。


「もう少しだけ進もう。あの向こう側なら視界が開ける筈だ。何か分かるかもしれない」


 首を縦に振り陽咲も肯定を返す。表情も引き締まり、油断も無いと土谷は安心した。新人の異能者だが、日々成長しているのが感じられるのだ。きっと将来、有数の兵士へと到達するだろう。自分さえも超えて。


 足を踏み出そうとした時、まだ先だが気配を感じた。しかもかなりの数だ。土谷は再度ハンドサインを送って後方の陽咲へ伝える。当然に彼女も気付いており動いていない。一気に緊張感が高まり、同時に異能へと力を注いだ。いつでも発動が可能だ。


 此方に向かって来る。


 警戒はしているが、恐らく奴等は気付いていない。奇襲も視野に入れて息を殺した。だが、次いで聞こえて来た声に、土谷も陽咲も思わず腰を上げてしまう。


「あの先だ、確認しろ。此処を早く片付けて防衛ラインを敷くんだ」


「叔母さん?」


 間違いなく三葉の声だ。昨日別れた第三師団司令で陽咲の叔母にあたる女性だった。


「三葉司令!」


「……む、土谷か! 陽咲は⁉︎」


「此処にいます!」


 小さな身体から力が抜けたのが分かる。撫で肩が揺れて安堵が全身を駆け抜けたのだろう。


「二人とも、よく無事でいてくれた。危うく撃ち殺すところだったぞ、全く」


 増援を加えたのか、再び中隊規模へと戻った警備軍の面々もいる。多くの仲間達と再び合流出来た事で、陽咲達も思わず溜息が出た。しかし、そうなると新たな疑問が頭に擡げてくる。


「司令、レヴリは? この周辺に潜んでいる筈です」


「何だと? 今のところ発見していないが、確かな情報か?」


「其れは間違いなく。天使の指示のもとで此処に来たのですから」


「渚の? あの子の姿が見えないが」


「援護すると。約二時間前に別れました。レヴリを殲滅して再度合流する予定で……」


「二時間前か、方角は?」


「彼方です」


 土谷が僅かに見える丘を指差し、三葉も其方を見る。


「詳しく話せ。渚は何を言っていたかを」


 陽咲がアタフタと話し、土谷が捕捉して漸く伝わった。眉間に皺を寄せ、三葉は矢継ぎ早に部隊へ指示を出す。


「半径五百メートルだ。再度レヴリを探せ。それと目が良くて体の軽い奴を一人上に。追跡が無いかも確認しろ」


「はっ」


「渚が見間違えるとは思えないが……振り返るな、か。何か引っかかる」


 僅かな時間で報告が届く。第三師団の練度は日本有数だ。ある意味で予想通り、レヴリの姿は発見されなかった。鳥の囀りすら耳に入って此処がPLだと忘れてしまいそうだ。


「司令はなぜ此処に? 偶然にしては出来過ぎでしょう」


「簡単だ。スライムを迎え撃つ為に此処に布陣する。皆の力でマーキングした以上、生かさない手はない。予め奴等の動きが判れば、戦い様はあるからな。それに、PLの外には出せない。あんな連中が街に侵入したら被害は最悪だろう」


「スライムですか? つまり、此処に?」


「確実とは言えんが、付近を抜ける。丁度良い、もう一度確認しよう」


 そう言うと三葉は押し黙った。千里眼(クレヤボヤンス)を使ってスライムを見つけるのだ。その異能に捕まったならば、逃走は不可能と言っていい。


「……まさか」


 そして三葉の顔色が明らかに悪くなった。その表情を見た陽咲は何故か酷く嫌な予感がしてしまう。昨夜見た渚の涙が頭に浮かび、焦燥感が湧き上がってきた。


 三葉が渚がいる筈の方角を睨んだから……


「馬鹿な……いつの間に!」


 三葉の珍しい叫び声が空間を貫く。予感は確信へと変貌し、認めたくない陽咲が震える唇で問うた。


「嘘だよね……?」


「何て事だ……何故そこまでして陽咲を」


「叔母さん! 答えてよ!」


「重なってる。スライムと渚のマーキングの位置が……それに意識も……陽咲! 待ちなさい‼︎ くそ‼︎ 土谷、追うぞ!」


 陽咲は一人駆け出した。


 爆発的な念動が身体を押し出す。通常の速度を簡単に上回り、愛する姪の姿が小さくなっていった。確かにその様な使い方がある念動だが、まだ陽咲には不可能だった技術だ。愛する人を想う力が新たな才能を開花させたのだろう。


 辿ってきた道なき道を、渚が佇んでいた小さな丘へ。陽咲はひたすらに走る。





「渚ちゃん……!」


 何故なの……?


 溢れて来る涙を拭い、怒りを声に乗せた。


「何で囮なんて……一緒に街に帰るって、合流するって言ったじゃない!」












第四章終わりです

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