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接敵

 




 目的地まで距離がある。


 そのショッピングモール跡はこのPLのほぼ中心だ。カテゴリⅤとして知られていたが、赤いレヴリの急襲と新種だろう発見によって脅威度は跳ね上がる事になる。問題の多くが最近に集中していることから、何らかの変化が起きていると推測出来た。


待ち伏せ(アンブッシュ)、そう考えるべきですね」


 以前送った調査部隊が壊滅した際、正体不明のレヴリは計算した様に一斉の攻撃を行った。水溜りに隊が入り、暫くは何も起きなかったらしい。つまり、タイミングを見ていたのは間違いない。


「厄介な相手だ。見え難い上に知能まで高いならばな。まだ巨体に任せてくれた方がマシか……あの"赤鬼"のように」


 陽咲(ひさ)達が襲われ、(なぎさ)が現れなければ生還者はいなかった。コードネーム"天使"の存在はまだ不明瞭なときで、対処らしい対処も出来ないだろう相手がカテゴリⅢのレヴリだ。


 約100m程度の円で散開した200名程度の中隊がゆっくりと進む。大隊以上の戦力で物量にモノを言わせたいが、PLでは逆効果になりやすい。機動性が失われる上に、厄介なレヴリを呼び寄せる餌になり得る。過去の経験から小隊、多くても中隊が適していると考えられていた。そしてその戦力を埋めるのが"異能者"の存在だ。


 無論、PL完全奪還の際は例外となる。


 発火能力(パイロキネシス)のリーダー、土谷(つちや)天馬(てんま)三葉(みつば)と会話を重ねていた。


「分かっているならもっと下がって下さい。せめて陽咲ちゃんのいる辺りまで」


「馬鹿か。新種を()()ために来てるのに、離れてどうする」


「三葉司令が来るまでは時間を稼ぎますよ。今回も待ち伏せされたらどうするんですか」


「だからだ。稼いだ時間分だけ()()()()。秒だって惜しい」


 厳しい声色に反して隊の犠牲を最小限にする為だと三葉は言う。指摘したら全力で否定するだろうが。


 楕円形に展開した部隊の先端近く、其処に三葉はいた。杠陽咲は約20m後方だ。彼女も心配そうに此方を見ている。


「……貴女は変わりませんね」


「貴様、最近調子にのってないか? 陽咲の呼び方といい、考えを改める必要があるな」


 胡乱な視線を背の高い土谷に突き刺す。


「動体探知が使用出来れば良かったですが」


「……PL内だ。仕方が無いだろう」


「分かってはいます。でも、例えば精神感応(テレパス)などがレヴリに通じたら良かったと。思考を読めれば安全性は格段に上がるでしょう。あっ、因みに調子にはのってないですよ? 何時も通りです」


「ふん。お前は奴等の頭の中を読みたいのか? 精神感応を持つ者達は大半が酷く苦労する。人と言う同じ種族の思考でもだ。私は何人かと接触したが、長生きしている者は極々少数だよ。哀しいが其れが現実だ。心とは広く深く、そして灯りと出口のない迷路……ある人が言った言葉だ。つまり、軽々しく精神感応者に触れるな」


「……分かりました」


「例えそんな奴がいても、我が師団で運用はしない。戦争とは相容れない異能だ。穏やかな空気、人の少ない場所、其れが彼らの居場所なんだ」


 何かを思い出したのか、三葉の瞳に悲哀が浮かぶ。土谷は其れに気付いたが、指摘する事も質問をぶつける事も出来なかった。


「見えましたね」


 蔦や罅割れ、一部は崩壊してもいる。そんなショッピングモール跡を見下ろす形になる此処は元の高級住宅地だ。煌びやかな家々の大半が廃墟と化し、他は荒地か小さな林と変貌している。見渡せば、過去にあった人々の営みが幻となって現れた。レヴリやPLが存在しなければ、武装した警備軍が此処に立つ事も無かっただろう。


 目的地まで半日進めば到着するが、三葉はそうしなかった。


「よし、夜営の準備を始めろ。監視要員は予定通りに。各隊は報告を、気を抜くなよ」


「「はっ」」


 危険は承知だが、疲労は考える以上に悪い影響を与える。また俯瞰してモール跡を確認する事で新たなプランが出る場合もあった。


 休息中に攻撃されては拙いが、当然に三葉達は素人ではない。PL内での夜営など飽きるほどに行ってきたのだ。全員が慣れた様子で動き出した。


「明日、か」


 三葉の独り言が夕闇に溶けていった。











 ○ ○ ○




 懸念したレヴリの襲撃も無く、朝焼けが眩しく感じられる。爽やかな空気漂う朝だが、此れからより危険な中心部へと接近するのだ。全員に適度な緊張と誇りが垣間見えて、三葉も土谷も胸を撫で下ろした。


「よし、行くぞ」


 号令が発せられ、中隊はゆっくりと住宅跡地から離れて行った。報告のあった駐車場横、池に近い水溜りも遠く視界にある。あれから日が経っているが干上がっていない。恐らく地下水か元の水道管あたりから漏れ出しているのだろう。


 車も、バイクも、電車やバスも走っていない。一部バイクなどはPLでも稼働するが、そもそもの道路が草木に覆われている。整備されないと僅かな年月で使い物にならなくなってしまう。加えてエンジン音はレヴリを誘う可能性が高く、リスクと見合わない。


 つまり、行軍は徒歩だ。


 斥候にあたる小隊が前を行き、警戒しながら進む。最精鋭と言っていい彼らならば僅かな異常も見逃さない。


「二時の方向、警戒」


「はっ」


「あの店舗跡だ。確認しろ」


 二人の隊員は音もなく命令を実行する。恐らくケーキ屋だったのだろう、割れた商品棚やケースから分かった。ずっと昔、家族や子供達の笑顔が溢れていたはずの其処は暗く土埃に塗れている。


 ハンドサインを繰り返し、素早く安全を確保していった。


「クリア」


「クリア」


 コクリと頷き中隊へと合流。


 酷く単調で疲労が蓄積していく作業だが、それを繰り返しながら近付いて行く。


 そして、三葉達の視界に巨大なモール跡地が見えて来た。何度か見たはずの景色なのに、まるで人を呑み込まんとする魔の城に思えてしまう。


「展開しろ。発火能力(パイロキネシス)持ちは待機。指示を待て」


 各隊長が簡単な命令を発する。三葉は何も言わない。細かな作戦は現場の皆こそが優れていると知っているからだ。


「着いたな」


 約150m先、濁った水そのままの"水溜り"が横たわっていた。


()()だけに気を取られるな。周囲の警戒を厳にしろ」


 立体駐車場は半分以上蔦に覆われている。モール跡地が城ならば駐車場は城壁か塔、そんなところか。


 作戦通りに散開。


 三葉を始め、全員が少しの異常も見逃さないよう集中し、同時に緊張感も高まっていく。そして、想定より随分早く発見へと至った。


「あれは」


 ある隊員が思わず呟き、即座にハンドサインを背後に送る。其れは間違いなく目標発見の合図だった。20m程度、原形を何とか保つワンボックスカーの背後だ。ドアも剥がれ落ちているため、向こう側を見通す事が出来る。


 恐らく子鹿だろう動物の死体が横たわっていて、食事中と思わられた。あくまでも想像だが。


「なんだアレ……」

「見えるか?」

「ああ、見える。自信はないが」

「三葉司令に急ぎ報せろ」

「分かった」


 視線を外さないままに腰を落として暫く後退し、そして素早く中隊へ合流する。


「三葉司令」


「どうした?」


「見つけました。恐らく、ですが」


「恐らく?」


「ご覧になれば判ります。此方へ」


「よし、良くやった。土谷、貴様も来い」


「分かりました」


 警備軍の誰よりも小さな体を前に進め、三葉は先導されて行った。土谷はすぐ後ろでどんなレヴリも近寄らせないと視線を配っている。彼の異能ならば前に出る必要もない。効果範囲は陽咲を大きく越えているからだ。


 走りはしなかったが、早歩きで待機している隊員の背後に回る。


「何処だ?」


「あのワンボックスカーの向こう側です。まだ居る。鹿の死骸が見えるでしょう。其処に」


 言われた通り、ワンボックスカーはすぐに見つかった。その先に転がる子鹿も。下半身は無く、つぶらだっただろう目に光は宿っていない。だが一見にはそれ以外の異常が見当たらない。


 三葉の整えた眉が歪み、思わず非難の声をあげそうになった。


「何処に……アレは……成る程な」


 だが、それも直ぐに消える。寧ろ見落とさなかった彼に賞賛を送らなければならないだろう。


「不可視、か。意識してなければ()()()()()()。厄介なレヴリだ」


「お前たち、見事だ。しかし、アレ一匹な筈がないな。皆に伝えろ。もし居るならばリーダー格を見付けたい。何らかの指揮系統を持つのは間違いないんだ」


 報告にもあった内容には、隊を誘い込む様子やタイミングの合った攻撃が記されていたのだ。無秩序に襲うような低レベルのレヴリでは断じて無い。


「はっ」


 走り去る姿をチラリと見送り、三葉は続いて土谷に視線を合わせた。


「どうだ? ()()()()?」


「何とも言えませんが、恐らく大丈夫でしょう。サイズも想像より小さい上に、動きも鈍そうです。大量に現れては困りますが。試しにひと当てしますか?」


「……いや、やめておこう。周りにどれ程いるか分からないままでは危険だ。パッと見はいないようだが……」


「確かに。しかし……この距離まで近づいても警戒らしい行動は取りませんね。鈍いのか、知覚する範囲が狭いのか」


「ああ。だが、気を抜けば視界から消えるぞ。ましてや水中や泥水の中では全く見えないだろう。そして、銃撃に効果が薄かった事にも納得出来る」


「はい」


 視線の先、初めてのレヴリ……新種で確定だった。日本どころか世界を見渡しても目撃報告はない。そして今日が明確に確認された初めての日となる。


 例えるなら水飴、いや粘性の高い液体の集合か。完全な透明では無いが、向こう側の景色が歪んで見える。まるでプールの底を眺めているようだ。カタチは決まっていない。グニャグニャとうねり、時にフルフルと震える。


 そして、だからこそグロテスクだった。


 子鹿がゆっくりと溶かされていく。半分ほどレヴリに埋まっていて、少しずつ溶解しているのだ。肉や骨、筋繊維や血液、内臓までもがドロドロと液状に変化する。


「食事中、か」


「あれは言うなれば……スライム、ですね……」


 土谷が呟いた単語、其れは後に警備軍が呼称する事になる新たなレヴリの名前だった。





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