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瞳の色

 







「国家警備軍第三師団。送った似顔絵は其処から入手したものだ。儂からしたら、どうして商談相手の代理人でしかないキミを探すのか分からんが。心当たりは? ふむ、無いか。確かにレヴリの取引は違法扱いだが、厳格な法規制は無い。しかし国家権力に目を付けられては困るだろう? キミもバイト感覚なら辞めた方が良いかもしれん」


 (なぎさ)に驚きは無かった。陽咲(ひさ)とは目の前で会ったし、似顔絵作成もあり得るだろう。別に敵対するつもりも無い訳で、一定の距離を保てればよいのだ。


 だから、問題は其処では無い。


「何故私の似顔絵だと? 一度も会ってません」


 当然に渚は分かっているが、遠藤の出方を知る上で丁度いいだろうと投げ掛けた。


「勿論最初の取引でキミを追っていたからだ。無断撮影をお詫びするよ。曲がり角から消えた時は皆が驚いていて笑ったな」


 あっさりと暴露する遠藤に渚は少しだけ警戒を強める。


「街で見知らぬ人から声を掛けられました。その似顔絵、そして捜索依頼者の名は遠藤です。どういうつもりでしょうか?」


 此れはやられたとばかりにペチぺチと白髪頭を叩く。遠藤の演出だろうが、中々の演者だ。


「恥ずかしい話だが、レヴリが欲しくても一応違法だろう? 念の為にキミの身辺を調べていた訳だ。そんな時に警備軍のちょっとした知り合いから似顔絵を見せられた。詳しくは知らんが、この者を見付けたら知らせろ!と言われて……」


「怖くなったと?」


「その夜は眠れなくてね。それはそうだろう? 老い先短い老人が国家権力に目を付けられて平気ではおれないんだ。なので何とか天使と接触したくてね。あれやこれやと手を尽くしていたら混乱の極みだ。誠に申し訳ない」


 やはりあっさりと頭を下げて、そのままの姿勢だ。渚が声を掛けるまで動かないつもりだろう。


「……頭を上げてください」


「天使は心が広い。ありがとうよ」


「では取引の中止を話すために此方に声を掛けたわけですか? 態々会う必要を感じませんね」


 レヴリを材料に更なる情報を入手したかった渚からすれば全く面白くない。ましてや警備軍に慄いている老人には不可能な事だろう。時間を無駄にしたと思い、早々に立ち去ると決めた。


「ん? 何故取引を止めるんだ?」


 まるで分からないと遠藤は首を傾げる。先程と違って胡散臭い仕草だ。


「国家権力が恐ろしいと言ったでしょう」


「ああ、それなら大丈夫だ。国家はとても強い力を持つが、段取りと手続きがあるからね。抑えるところを知っていれば何ということもない。最初にレヴリの取引に厳格な法規制はないと話しただろう?」


 少しだけ混乱を覚える渚は、冷静さを取り戻すのに数秒の沈黙を要してしまう。


「天使よ、どうした?」


「……ならば何故」


「キミは儂を許してくれたではないか。老人には優しくするものだ」


 つまり全部が演技で、渚を相手に言葉遊びをしていたと言っている。先程から警告を繰り返すカエリーの念話が今更に響いて来た。この相手は信用ならない、早く離脱しろ、と。感情は表に出さないが、精神がザワザワと蠢くのを感じる。遠藤は動揺を誘うか、怒りを覚えさせる様に話しているのだ。


 隠しても仕方が無いと、渚は深呼吸をした。少し伏せた瞳を再び上げると、遠藤を見る。


 ーー此処は戦場なのだろう、と。


「ほう……やはり年齢に見合わないな。会った事は正しかった様だ」


 遠藤が最も愛するのは、有能で飛び抜けた才能を持つ人間だ。其処には性差も年齢の区別もない。取引やレヴリ、花畑の情報。様々な理由はあっても、最大の動機は天使に会いたい欲求だったのだ。そして其れは正しかったと遠藤は喜んだ。


「では取引を。此方が欲するのは情報です。其方は?」


 最早レヴリの残骸すらどうでも良いが、遠藤は天使を懐に収めたくなった。それは自身が驚くほどの強い願望だ。目の前に佇む少女は、知識こそ拙いが老練な心を持っている。しかも並ぶものはない一流の狙撃手なのだ。


 今は繋ぐ時だな。細い糸を結び、少しずつ太くする。気付いた時には逃げられない様にしてやればいい……そう考えて、遠藤は無難な返しをする。


「そうだな。もう少し大きなレヴリが欲しい。出来れば死骸そのものだが……重過ぎて運べないか。カテゴリⅣは近郊にない、ではカテゴリⅢのレヴリは手に入るかな? 雇い主に聞いてくれると助かる」


「其れは大丈夫です。既に入った事があるそうなので」


「ほう! それは素晴らしい‼︎ 天使を遣わせたのは相当な御仁だな」


 遠藤は益々手に入れたくなった。互いに存在しない雇い主を元に話しているが、実際には目の前の少女が本人なのだ。躊躇なくカテゴリⅢに行くと、レヴリを殺すと言う。花畑の話した内容は全てが事実だった。


 一体何者なのだ。警備軍すら入念な準備と戦力を整えて挑むのがカテゴリⅢ。そこにたった一人で侵入し生還する自信がある。この若さでどれほどの修羅場を経験してきたのか……そう内心が叫び、今直ぐにでも捕らえて全てを吐かせたい欲求を抑え込むしかない。遠藤は小児性愛者ではないが、それは性欲にも近い感情だった。


 同時に一体どんな情報を要求してくるか。命を賭けたPL侵入との天秤なのだ。だが愛国者を自認する遠藤にとって、日本に不利益な情報は渡せない。上手く誘導するか、代替え案を作る必要がある。祖国に牙を向く存在なら、綱渡りの戦いとなるだろう。


「それで、情報とは?」


 そんな緊張を隠しつつも、遠藤は変わらなかった。


「此方の要求は……」













 ○ ○ ○ ○ ○





大恵(おおえ)さん!」


 大食堂に居る大恵はもう暫くしたら供する予定の昼餉を準備していた。相手は少女の為に何時もと違う洋食を中心としたものだ。温かいものは最後にして、食器の配置を吟味している。見た目こそ子供だが、彼女は警備軍が追う一流の戦士だ。遠藤からも手を抜かぬ様厳命があった。


 その為に集中していた大恵の耳へ、屋敷に似つかわしくない声が届いたのだ。


高尾(たかお)さん、声が大きい。今は来客中です」


 その大声の主は渚を案内した高尾と言う女性だった。


「す、すいません。でも大変なんです!」


 遠藤の屋敷に雇われている以上、高尾も有能な人間だ。時と場合を間違える様な教育はされていない。その慌て振りに大恵も真剣に聞く態勢になった。


「どうしました?」


「これを……これを見て下さい」


 高尾から渡されたのは数枚の写真だった。撮影対象にも意外性は無い。何故なら早朝に指示したのか大恵本人だからだ。


 其処には高尾の横を歩く美しい少女の姿がある。赤いニット、細いデニムパンツとスニーカー。真っ直ぐに前を向き、些かの感情も透けて見えない。大恵からすれば今更驚かない、コードネーム天使(エンジェル)と名づけられた狙撃手。遠藤に会うために屋敷を訪れ、つい先程撮影したものだ。


「5枚目を見て下さい、早く」


 時系列で纏められた数枚の写真の束だ。捲るにつれて屋敷内部へと進んで行く。高尾がチラチラと横を伺っているのは失礼に当たり、叱らなければならない事だ。


「これは……」


 5枚目を見た大恵は絶句する。慌てて残りをパラパラと確認すると異常は数枚に及ぶ事が分かる。正常な物も多く含まれている以上、カメラの不具合は考えられない。


「あの、お客様に失礼になるのは分かってます。でも、あの娘は何かおかしい。周りの景色や環境、横を歩く私も……全てに興味を示しませんでした。視線を外したら、消えた様に感じて怖いのです。あれではまるで……」


 その言葉は耳に入るが、大恵は写真から目が離せなかった。


「高尾さん、皆に召集を掛けて下さい。責任は私が取ります。それと貴女達は避難を」


 絞り出す様に、それでも写真を見ながら話す。


「大恵さんは?」


「勿論旦那様の元へ行きます。失礼は承知ですが、最早一刻の猶予もありませんから」


 懐に写真を捻じ込むと、大恵は早足で廊下に出た。庭の反対側に見える茶室は静かだ。


「だからと言って安心など出来ません」


 先ずは主人である遠藤を天使から引き離さなくてはーー


 大恵は先程見た写真を思い出しながら、駆け足に近くなっていった。


 5枚目には変わらぬ高尾と天使の歩く姿。しかしある一点だけが、4枚目までと違ったのだ。他の数枚にも同じ状態が見られた。今は懐の中だが、思い浮かべるだけで寒気が走る。


「レヴリはカメラに写らない。ならばアレは……」


 彼等が見た渚。美しい相貌を写す筈の其処には黒があった。


 口も鼻も、細く流れる顎のラインやポニーテールに纏めた髪さえも在るのに。


 少しキツめながらも綺麗だった天使の瞳と周りが……黒色で覆われていたのだ。それは影などでは無い。他の数枚にも同じ現象が写っている。


 レヴリの牙を見たあの時と同じ、漆黒の闇が両眼を塗り潰していた。








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