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疑念

 





 コインロッカーにあるだろう金は後回しにして、(なぎさ)はゆっくりと歩く大恵(おおえ)を尾行している。尾行と言っても、200m以上の距離を保っているからまず気づかないだろう。曲がり角は注意が必要だが、再度探し出すのも困難ではない。


 ロッカーから離れるにつれ、人通りは減っていく。


 向かう先は住宅地、いや高級住宅地だ。しかし渚は詳しくないために郊外に向かっていると思っていた。


 街中では何人もの男達が渚を目で追ってくる。その視線一つ一つを瞬時に確認するが、全てに敵意は見えなかった。しかし疲れるのは間違いない。


 渚は自分を目で追う理由を理解している。化粧もせず、着飾りもしない渚だが、逆に目立ってしまうのだろう。心からどうでもいいし寧ろ呪うべき事実だが、確かに美しい相貌なのだ。そんな女を目で追うのは、ある意味本能なのかもしれない。


 それを理解していても全く嬉しくない。僅かだが近づいて来る気配を感じた時は距離を取る。人熱(ひといきれ)は恐怖ですらあった。


 人通りが減るのは尾行に悪影響を及ぼすが、渚には助かる事だ。


『マスター、アト粒子接続を。周囲に人間が多すぎます。監視の目を増やしましょう。奇襲を受けたら逃げ切れません』


 ナンパ目的か、或いは興味半分の男達を奇襲と捉えるカエリーだった。カエリーにとっては渚と敵、その二種類しか無いのだろう。"アト粒子接続"を行えば、カエリーは擬似的視覚能力を渚から受け取り、その思考すらトレースする。監視の目が倍になるのは確かだが、他人に内面を見られて喜ぶ者は少ないだろう。例えカエリーが人でなくても、だ。


 ーー気にしないで。


 雑踏を抜けるカエリーと渚は念話で言葉を交わす。


『せめてハンドガン形態にして下さい。ナイフなどマスターでは意味が』


 ーー煩い。


『近接戦闘はマスターでは想定出来ません。訓練していない(たみ)にすら勝てないでしょう。出来るなら人間の多い場所を避けて行動を」


 ーー人は減ってる。


『では、せめてアト粒子接続を』


 ーーカエリー、黙って。


 大恵は曲がり角を右に折れた。

















 大恵が緩やかな坂を登って行く。


 最早尾行の意味もないだろう。その坂の先にはたった一軒しか建物はない。渚は距離を取って高いビルを探す。あの辺りは住宅地なのか、数える程しか該当しない。


 嫌な感じを覚える渚だったが、もう遅いかもしれない。そう思い、このまま行動する事にする。


 念の為3キロは離れた商業ビルを選択。忍び込んで非常階段を利用した。不法侵入そのものだが、一階に守衛所が見えたからだ。そうして屋上に出て見渡せば、全体像が視界に入った。


 アレは建物と言っても、まるで時代劇にでも出て来そうな巨大な屋敷だ。敷地も笑える程に広く、母屋以外に何棟も目に映る。おまけに池や林の様な木々すらあった。母屋は平屋だが、武家屋敷の様なモノだろうか……渚は半分呆れて、同時に警戒を強めた。


「遠藤……」


 木製の表札に彫り込まれた名を読む。面倒臭いがアト粒子接続も行った。個人的感情など戦闘が近づけば無意味な存在でしかない。


『……接続確認。あの不審者が証言した者に間違いありません。聞いた特徴も一致します』


「分かってる」


『もう疑う余地はないでしょう。挑発と恣意的な行動も、此方を揺さ振る手紙も、マスターを誘い込む作戦です。相手は巨大で組織的な敵対勢力と判断し、戦闘行為は中止。至急の撤退を推奨します』


 庭師らしき者、雑事を行う男達、女性もチラホラと見える。渚の異能は敷地だけでなく、廊下や窓から見える連中も捉えていた。ぱっと見はお手伝いか家政婦などだが、それだけとは思えない奴等もいる。簡単に言えば荒事に慣れた空気を感じるのだ。監視カメラも大量で、神社かと思える門では入門手続きすらある様だった。


「日本で一二を争う資産家か」


 あの浮浪者らしき男が言った事だ。


 身元を探られてないかと思わせ振りなメールを送り、当の本人が似顔絵を配り渚を探す。完全なダブルスタンダードだが、能力を知らないならバレないと楽観していた可能性もある。そもそも取引を持ち掛けたのは渚の側だし、未だに此処まで拘る理由が分からない。レヴリのゴミ片を売買しているだけの間柄なのだ。


 つまり遠藤にとってレヴリはそれだけの価値があり、取引の材料に最適だと判断出来る。しかも、渚自身が実際の取引相手とは知らないはずだ、と。


 それが渚を此処に踏み止まらせる理由だが、流石の渚も一人の兵士でしかない。しかも未だ未成年の若き狙撃手だ。百戦錬磨の遠藤や経験豊富な三葉(みつば)などからすれば、未熟な個人でしかなかった。ましてや半分遊んでいる遠藤の思考など理解できるはずが無い。レヴリを求めるのは、高い能力をもつ異能者に間接的に近づく為であり、レヴリを差し置いても渚自身に興味を持つとは思っていない。警備軍士官の花畑(はなばたけ)から天使(エンジェル)としての情報を入手しているとは想像もしていないのだ。


 一流のプレイヤーであっても一流のマネージメントが出来る訳ではない一つの例だろう。渚には遠藤が理解出来ず、表層にある事実だけを見ていた。カエリーですら武器としての知能はあっても人の遊び心など範疇外だ。


 たった一度の取引で渚の存在を知り、僅かな期間の内に誘い込む為だろう手を打つ相手。厄介だが同時にこの街をある程度掌握している。あの浮浪者もそうだが、下手をしたら公僕にすら伝手がある。ならば求める情報へのアクセスも可能と考えてもおかしくない。


 危険だが、渚はただ陽咲(ひさ)を守れたらそれでいい。


 もっと強力で大量なレヴリを求めて来るならば、幾らでもPLに潜る。その代わりに警備軍の掌握している情報を入手するのだ。陽咲の行動だけでなく、PLも詳しく知る必要がある。陽咲自身に会うのは構わないが、彼女は国家組織の一員だ。渚にとって近寄りたい相手では無い。情報は他から手に入れるのが望ましいーー


『マスター、早く撤退を』


 そんな思考の海にいた渚はカエリーの合成音で我に帰った。


「いや、監視を続ける」


『取引には反対です。代わりとして振る舞えるとは言え、マスターの情報をこれ以上渡す事は悪手と考えます。接近すれば危険度が増すでしょう。貴女は()()()とは違うのです。障壁も張れず、()()も乏しい。戦闘力も継戦能力も比較にもならない程に低い事を自覚してください。あの日のマーザリグ城でもーー」


 アト粒子接続をしたままだったカエリーが渚の思考を読み警告してくる。ご丁寧に千春(ちはる)を引き合いに出して。だが人の心の機微を理解しないカエリーのよくある間違いだ。千春との能力差を明確に理解する渚には警告足り得ないのに。ましてや魔工銃(まこうじゅう)如きが軽々しく触れて良い千春(ひと)ではない。


「黙れ」


 アト粒子接続を切断し、渚はカエリーから手を離す。これで念話は不可能となり、肉声しか聞こえない。警戒行動中は滅多に声を上げないカエリーを知っての判断だった。










 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○






「旦那様!」


 珍しく声を荒げた大恵は、私室で寛ぐ遠藤を少しだけ驚かせた。先程天使との取引から帰って大した時間も経過していない。大恵に似合わないスマートフォンが手に有れば、自ずと答えは出る。


「来たか」


「此れを」


 画面を遠藤に向け、そっと預け渡す。指紋など皮脂が付いてないのは大恵が事前に拭いたからだろう。


 やはり予想通りの、天使からのメールだった。


「情報に興味あり、か。大恵、カーテンを閉めろ。何処から見られているか分からん」


「は、はい!」


 遮光性の高いカーテンにより薄闇に包まれる。だが直ぐに灯りはつき、画面の明度も落ち着いた。


「ククク。直接は会えない、似顔絵の女を中継に使えと来たか! これは面白い、天使自身は未だ偽餌(デコイ)のつもりだぞ! やはり見た目通りの子供かもしれん。こんな幼稚な誘いに乗るとはな」


「旦那様、それでも厄介な兵士である事に変わりはありませんぞ。私が会う事も出来ず、直接の交渉を求めています。自身は身代わりと言っておいて小癪なこと。どうなされますか」


「勿論会うに決まっておろう。天使は幾つもミスをしている。本人ではないと公称するなら儂の元へ来る事を拒否出来ないだろうさ。当然花畑の言う超常のライフルも持って来れまいよ。あんな嵩張るもの隠しようもないからな」


「なるほど。三葉司令にはお伝えしますか?」


 遠藤は馬鹿な事を言うなと笑い、スマートフォンを大恵に返した。


「折角のお楽しみに余計な茶々は要らないぞ。警備軍には報せる必要は無い。天使に直ぐ返信しろ。此処に来るよう急げとな」


「来ますか?」


「ふむ、そうだな」


 徐に遠藤は椅子から立ち上がり、私室を出て行く。そのままスタスタと縁側や廊下を歩き回り、態とらしく周囲を見渡したりもした。そして更に、大恵に指示を出す。


「当日は家の者を外に出す。それを確認してからでも良いと伝えてみろ。監視をしているなら逆手に取るんだ」


「はい」


 不慣れな手でスマートフォンを触る。


「返信が来ました」


「内容は?」


「敷地から離れるのが条件と」


「敷地、だな?」


「はい」


「監視しているのは間違いないな。今も此方を見ているんだ。設置したカメラの情報もなしか」


「はい、1キロ圏内では無いのかも」


 素晴らしい……そう呟く遠藤は笑う。すると大恵が続けた。


「此れを」


「ん? 警告する。()()は何時も見ている、か。石燈籠に注目?」


 蝋燭の灯り揺らめく石燈籠を遠藤達が見た瞬間だった。灯りを漏らす十字に飾られた石材に穴が開き、すぐに奥の蝋燭の明かりが消える。近付かなくても分かった。蝋燭が見事に撃ち抜かれパタリと倒れるのが。


「だ、旦那様」


「狙撃……天の御使い、だな」


「明日の朝に女を行かせる、だそうです」


 最後のメールを読み、大恵も遥か彼方へと顔を向けた。









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