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絡む糸

 







 まだ二度目とは言え油断は出来ない。


 全く同じロッカーに全く同じスポーツバッグ。中身こそ微妙に違うが以前と態とらしく合わせた。こういったのは馬鹿らしい位が丁度良いと(なぎさ)は思っていた。阿呆だと思われた方がやり易いのだ。


 違うのは見張る場所だ。


 前より近づいて、しかし見付からないであろう距離。約500m離れた商業施設の中にあるお店でコーヒーを頼んだ。無駄にデカい窓が目の前にあり、真っ直ぐ先にあのロッカーが見えるのだ。他の客に紛れて景色を眺めている風に溶け込んでいる。


 手元にはスマホがあり、如何にも感じだろう。服装はやはりオーバーオールだが、中に着込んだシャツの色は変えている。出来るだけ目立たない様にお店の店員の勧めるままに買った服だ。注文は動き易い様にと伝えて、後はお任せした。


 最初は何やら色々と勧められて困惑したが、余りに無愛想な渚に諦めたのだろう。最後あたりはほぼ無言だった。


 以前のプリペイドスマホは処分済みで、此れは新たに手に入れた。相手には既に伝えている。


 カエリースタトスはナイフ形態にして、背中に仕込んである。触れていれば念話は可能だし、そもそも戦う気などない。


 ーーなんだ?


 大恵と名を送って来た初老の男だが、妙にキョロキョロとしている。以前にいた見張りらしき奴等も周囲には見えない。前回の取引が無事に済んだから油断している? いや、それは無いか……視線はどちらかと言えば遠くや高い場所を……


 気付かれた? しかし辿り着ける情報など渡していない。


『マスター』


 ーー勝手に繋がないでって言った。


『挙動が不自然です。狙撃しますか?』


 ーーする訳ない。


『手紙らしき物を入れました。明らかに此方を意識しています。挑発行動とも取れるでしょう」


 ーー煩い。


 冷めたコーヒーを喉に通し、暫く様子を見る。確かに今更手紙を入れるなどおかしな話だ。最初から入れてあるべきだし、事実最初はそうだった。だが理由が分からない。只のレヴリの身体の一部を売っているだけで、渚には心当たりがないのだ。


『取引を中止しましょう。マスターの正体が露見した僅かな可能性も考慮すべきです』


 その時、テーブルに置いてあるスマホがブルルと震えた。間違いなく大恵だろう。操作し、メッセージを確認する。


『先日の似顔絵。最近身辺を探られていないか、ですか。詳しくは手紙を見る様に。マスター、やはり此処を離れて狙撃して下さい。罠です』


 ーー煩い。


『では、どうしますか?』


 ーー取りに行く。欲しいものがある。


『何を?』


 ーー情報。


『マスター、十分にご注意を』


 ーー慣れてる。カエリーは知ってるでしょう。


『勿論です。しかし同時にマスターに弱点は多いのです。()()()()()()()では下から数えた方が早い、そんな弱兵である事を忘れてはいけません』


 ーー分かってる。


 私は千春とは違う……念話を切り内心で呟くと、渚は伝票を持って立ち上がった。あの男を尾行する必要があるからだ。話をするにしても、先ずは相手をよく知る必要があった。それからでも遅くは無い。


「観察、調査は私の唯一の取り柄。逃しはしない」


 異能を駆使し、渚は早足で歩き出した。














 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○






「花畑、もう一度言いなさい」


「何度でも。一気に話が流れ始めました。遠藤(えんどう)征士郎(せいしろう)天使(エンジェル)を知っている様です。今は監視を付けてますよ」


「根拠は?」


「僕の勘……冗談です、怖い顔しないで下さい」


 ギロリと睨む三葉(みつば)陽咲(ひさ)と会っていた人間とは別人の様だ。今花畑の前に居るのは間違いなく第三師団の司令、三葉(みつば)花奏(かなで)だった。


「下らない話なら帰れ。忙しいんだ」


「似顔絵を見せました。身元を確認したくて。基本データには居ない女の子ですからね。蛇の道は蛇、遠藤さんなら時間も掛からないでしょう」


「ふん。遠藤氏は国士だが善人ではないぞ。対応は慎重にしろ」


「分かっているつもりです。それで根拠ですが」


 つらつらと花畑はあの日の事を伝える。脚色の無い話だが、三葉なら当然に理解するだろう。


「……お花畑の前で其処まで思わせ振りな態度は確かに不自然だな。あの方なら幾らでも隠しようがある。ならば花畑に、いや警備軍に知っていると報せる意味があるか」


「そう思います。監視も気付かれている可能性がありますが、泳がせているのでしょう。あの人は遊びが好きですから」


「久々の玩具が手に入って楽しんでいるな。困ったものだ」


 あ、お土産です。そう言いながら花畑は包装紙に包まれた小箱を三葉に差し出す。コーヒーに合う色々なフレーバーの角砂糖らしい。おかしな事に、商品名や店の名前が印刷されていない。


「何処の店だ?」


「さあ? 遠藤邸で目についたので貰って来ました」


 暫く無言の時が流れていく。大臣級も時には席を共にする遠藤の家から貰って来たと花畑は言っているのだ。グニグニと眉間を抑え、三葉は思考を放棄する。


「情報を貰わなかったのか?」


「ご存知の筈。あの方には対価が必要です。司令がマーキングした事や、杠さんの情報を求められるでしょう。寧ろそれくらいの話でないと、まともな交換にもなりません。伝えても構いませんか?」


「いや、まだ駄目だな。思わせ振りな態度はその為だ。此方から寄って来るのを待っているんだろう。監視は付けているんだな?」


「はい。変わり者ですねぇ、遠藤さんって」


 お前が言うなと視線に乗せたが、花畑はしみじみと呟くだけだった。


「しかし、何処で知ったんだ?」


「それは残念ながらサッパリ。大恵さんと二人でムフフと笑い合ってましたよ。全く……いい歳したオヤジ二人が少女に懸想するなんて、世も末です」


 ハァと溜息すらついた花畑に視線を……


「お前が言うな!」


 流石に視線だけでは足りないと三葉が声を荒げた。


 心底意外だと吃驚顔の花畑を殴りたくなったが、ふと気付く。


「大恵?」


「僕を一緒にしないで……あ、はい。大恵さんもです」


「ふむ」


 遠藤がする様に三葉も顎を摩る。大人の真似をする子供みたいだ。


「どうしました?」


「監視は何処に?」


「勿論屋敷と遠藤さんにですが」


「大恵氏の最近の行動を探れ。直ぐにだ」


「監視でなく、ですか?」


「屋敷につけてるなら構わん。期間は、そうだな……一カ月程度前からでいい」


「分かりました」


 疑問など差し込まず、花畑は瞬時に肯定する。三葉の判断は全てより優先させるべきと知っているからだ。だが、三葉から答えが齎された。


「恐らく対価を用意しなくても良くなる。其の時は私も同席するからな。急げ」


「はい」




 花畑が司令官室から出たあと、土産の包装紙をビリビリと破く三葉の姿があった。最初は丁寧に取り除いていたが、上手く出来なくて諦めたのが分かる。プレゼントを貰った子供そのものだ。


 閉めたフリをして眺めていた花畑はニンマリと笑った。


 花畑は三葉を尊敬しているし信頼も固い。しかし何よりも偶に見せるギャップと可愛らしさが堪らないのだ。今日も良い物が見れたと楽しそうに歩き去るのだった。

















「旦那様、監視が増えましたが?」


「ん? ああ、恐らく花畑……いや三葉司令だろう」


「三葉司令とは。あの方を敵に回したくないのですが」


「最初から味方などでは無いぞ。あの女傑ならば驚く事でもないだろう」


千里眼(クレヤボヤンス)を行使されたら秘密も何もありませんぞ?」


「それは大丈夫だ。アレには条件があるからな。それに、そんなリスクを許容などしないし儂を怒らせる気もないだろう」


「旦那様……」


 不安そうに顔を歪める大恵に、楽しむ遠藤。


「どうした?」


「天使に追われ、三葉司令にも目を付けられたら寿命が縮みます」


「おお、そうだったな。どうだ? 天使は尾行して来たか?」


「それが全く分からないのが恐ろしいのです。間違いなく居る筈でしょうに……」


「だろうな。警備軍の連中にも気取られない凄腕だ」


「しかし、三葉司令の子飼いには天使が見つかるやも」


 その懸念を見た遠藤に、これ以上ない笑顔が浮かんだ。


 それを見た大恵はウンザリして、やはり……笑った。








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