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月夜

 






 (あかなし)陽咲(ひさ)が今、最も多く行う仕事は街中に溢れてきたレヴリの駆除だ。


 大抵は警備軍の監視によって予め警戒されていて、手前で駆除される。しかし当然に全てではなく、毎年何人かの犠牲者が出るのだ。子供なども時には狙われて痛ましいニュースとなっている。陽咲は通報されたレヴリを退治するべく、昼夜を問わずに対応するのが今の主要な仕事と言っていい。同時に訓練の意味も含まれるが、それは公然の秘密になっている。遺族にとっては気持ちの良いものではないだろう。


『先に駆除してしまえば良いのでは?』


 カエリースタトスの何時もの合成音が声となって(なぎさ)に届いた。


 陽咲を警護するべく最近街に到着した。異界汚染地に侵入する場合なら情報は仕入れ易いが、突発的なレヴリの発見は中々に難しい。そのため常に気を張り、目を離さない様にすると決めている。


 渚が最も苦労しているのが情報の収集なのだ。何か良い手段があればと悩むが、アイデアは浮かばない。映画みたく情報屋でもいれば良いと、半分本気で考えたりしている。当たり前だが国家や軍の情報などその辺に転がってはいない。


 手に入れた資金を元に異界汚染地、通称PL(ポリューションランド)に程近いマンションを借りた。PLに近い為に借り主は非常に少ない。その為に不動産屋もブローカー染みていて、渚の様な素性の知れない人間にも部屋を提供するのだろう。1年以上の一括支払いを求められたが、金さえ有れば文句は無い、そんな連中だった。


 渚の知る日本では無くなった一つの例だろう。PLや治安の悪化、そして武器の所持など。自衛隊も明確な軍に形を変えているし、PLやレヴリはその最たるものだ。後から分かったが、ある年齢に達したら銃すら所持可能だった。


 そして此処も御多分に漏れず治安は悪く、そして汚い。あちこちにゴミが散乱し、開いている店などごく僅かだ。だが渚は一切気にしなかった。寧ろ人が少なくて都合の良い場所と思っている。


 何より背の高い建物が多いエリアは探していた条件に合っていたのだ。今いる屋上からも街を見渡す事が出来た。


「駄目」


『なぜ?』


「陽咲自身も強くなりたいと願っているから」


『よく分かりません』


「なら気にしないで」


『マスターの目的は彼女の護衛です。危険を取り除くのが最適と判断します。この世界の敵性対象は何故か魔弾を弾く障壁が張られていません。簡単に』


「煩い」


 カエリーを抱き抱え、壁面に身体を預けた渚が遮った。


 渚は説明も面倒とカエリーを黙らせる。人の心を理解出来ない()()()()に何を言っても無駄だと分かっていた。陽咲を守るのはただ身体が無事なら良いと言う訳ではない。彼女自身が強くなりたいなら、それを助ける事も重要だと思うのが渚だ。千春ならそうするだろうからと行動を決めている。


 何より、永遠に側に居る訳ではないのだから。


「帰った」


 陽咲は小柄な女性と食事を終え、今自宅に到着した様だ。オートロックを解除して姿が消える。ここ最近は訓練が多く、殆ど出動はしていない。行動範囲も限られていて渚には都合が良かった。流石に四六時中監視など出来ないし、死角や行動に制限もあるのだ。だからこそ陽咲自身にも強くなって欲しかった。


 自分なぞ不用品になるのが最も良い事なのだと渚は思っているし、それを疑いもしない。


『ではマスターも休息を。睡眠量が足りません』


「分かってる」


 錆び付きギシギシと鳴く非常階段を降りて階下へと向かう。夜景は中々のものだが見向きもしなかった。


 渚は部屋には戻らず、そのまま薄暗い路地に降りた。


『マスター。此処は違います』


「買い物」


 外灯も割れていて機能していない。漏れ出る建物からの僅かな光だけが頼りで、足元は全く見えないと言っていい。夜目が効くとかのレベルを超えて、視界は黒く塗り潰されているだろう。


 しかし渚は躊躇なく歩いていき、汚い水溜りも見事に避けている。そして立ち止まった。


歪め(ディストー)


 カエリースタトスはハンドガンへと変形し、緑色した光がほんの少しだけ路地を照らす。


「何度も言わせないで。次は撃つ」


 真っ暗な狭い路地の向こうに冷たい声を響かせた。暫くは無音だったが動かない渚に痺れを切らしたのか、二人の男が姿を見せる。薄汚れた服装で、髭も剃っていない。近づけば鼻の曲がる匂いがするだろう。


「嬢ちゃん、待ってくれよ! もう悪さはしないって!」


 一際大きな男が声を上げた。彼らが頭に付けたライトを灯し、漸く路地が明るくなった。


「近づくな」


 距離は約10m。それ以上なら二人同時に殺せないかもしれない。接近戦では素人同然と自覚する渚にとって当たり前の警告だった。筋力も見た目通りで、近接戦闘の才など無いと分かってもいる。


 一昨日の夜、御約束の様にちょっかいを掛けた男達だが、持っていた酒瓶を一瞬で砕かれたのだ。灯りに照らされた姿こそ可愛らしい少女だが、無表情に銃を向けられては震えてしまう。


「本当におっかねぇ嬢ちゃんだ。頼むから銃を下ろしてくれよ」


 下手に出る彼らは女の子が銃を収めてくれると思って待つが、渚は全く動かない。銃口は変わらず真っ直ぐに前を向き、ブレる様子もなかった。その手慣れた姿勢は危険な匂いを嫌でも感じさせた。


「な、なあ」


「用が無いなら消えて。5秒だけ待つ」


 冷たい、余りに冷めた声音に本気だと男達は知る。


「ま、待て!」


「5」


「違うんだって!」


「4」


「情報だ! な?」


「3」


「分かった! 言うよ!言うから!」


「次は2からスタートする」


「ひっ……」


 そして、やはり銃は下さなかった。


「お前達はずっと誰かを探していた。見ていたから分かる。探していたのは私?」


「そ、そうだ」


 何故分かるんだ、何処から見ていたんだと男達は震えた。目の前に居るのは少女の皮を被った何かだと今更に気付いた。


「何故?」


「これだ。見てくれたら……」


「近づくなと言った。此方に向けてくれたらいい」


「だが」


 距離は約10mで、ほぼ灯りのない路地だ。男達が頭に付けたライトも助けにはならないだろう。A4の用紙に描かれたのは似顔絵だが、見える筈がない。そう思ってのも仕方が無かった。


「……それは?」


 しかし、渚は一目で其れが自分だと分かる。はっきりと見えるのだ。


「仲間内に出回ってる。見付けたら金が貰えるらしい」


 渚は答えない。


「出所は遠藤家(えんどうけ)だそうだ。隠す必要も無いと聞いてるよ」


「遠藤家」


「有名だから嬢ちゃんも知っているだろう。日本で一二を争う資産家で、この街に居を構えているからな」


 全く知らなかったが、勝手に説明されて質問する必要も無くなった。


「連れて行けば大金になると思ってたが止めておくよ。な、情報を出したんだから銃を仕舞ってくれ」


 開き直ったのか誘拐に近い本音を暴露する。そもそも何の交渉にもなっていない。


「場所は?」


「遠藤家か? なあ、銃を……」


「2」


「分かった‼︎」


 流石に住所は分からないようだったが、敷地も広く有名な屋敷の為に説明は簡単だった。直ぐに見つかるだろうと渚は判断し、消える様に促す。


「もう二度と姿を見せないで。カウントダウンはしない。それと、腰に隠したナイフの手入れが甘い」


 間違い無く見ている、そんな警告を含ませて。


「や、約束する!」


「消えて」


「ひっ」


 転びそうになりながら、二人はドタドタと走り去って行く。暫く動かない渚だったが、カエリーを背中に収め、そして何も無かったかの様に歩き出した。まだ買い物をしていない。彼らへの尋問はおまけでしかないのだろう。


 そうして、暗い路地を抜けた。












 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○





「そろそろ伝わったか?」


「どうでしょう。幾つか情報は寄せられましたが、眉唾ばかりです。しかし何故似顔絵を?」


「アレは花畑から齎されたものだ。儂達は協力者に過ぎない。態々撮影した画像を出す必要もあるまいよ。何も敵対したい訳ではないしな」


「中には強硬手段に出る者も現れます。どうなされるおつもりで?」


「その程度なら其れ迄。それに、花畑の情報通りならレヴリすら苦にしない凄腕だ」


「悪い癖ですな、旦那様」


「そうか?」


「本物なら牙を剥きますぞ? 既に見張られているやも。御遊びも程々にして下さい」


「くくく、堪らんよ……警戒網は敷いたか?」


「勿論でごさいます。御指示通り1キロ以内の高い建物にはカメラを設置済みです。同時に取引も続けますが、よろしいですか?」


「うむ、硬軟織り混ぜていこう。相手が一つだと知ったら天使は驚くだろうからな。反応が楽しみだ」


「怒りを溜めるのでは?」


「感情を露わにする者は御し易い。それが怒りだろうと歓喜だろうと、な」


「なるほど」


 遠藤は笑みを浮かべ、縁側に出る。


 日本有数の庭師に造らせた其処は、池や石灯籠が見事に配置されている。時には鯉が跳ねる水音がチャポンと届き、此処が街中であると忘れさせるのだ。


「夕餉はどうなさいますか?」


「今日は軽くで良い。此処に持って来てくれ」


「はい。暫しお待ちを」


 立ち去る大恵(おおえ)を視界から外すと、月を見上げる。


 縁側に風が通り、庭木がサワサワと葉擦れの音を奏でる。月と風、水音。風流をこよなく愛する遠藤は動かずに夜に身を任せた。


「天使か。早く会ってみたいものだ」


 年甲斐もなく興奮しているのを自覚して呟いた。花畑の話によれば、天使は凄腕の狙撃手。ならば遙か彼方から観察していても不思議ではないのだ。この呟きも拾ってくれたら良いと本気で思って、態と遠くに向けて口を開いたりしている。


「旦那様」


 台付きのお盆に茶と貝汁、漬け物と少なめの麦飯。質素だが、それぞれが最高の品質を持つのは当たり前だ。大恵は盆をそのまま縁側に下ろすと、立ち去らずに佇んだ。


「どうした?」


「どうやら当たりです」


「ほう……」


「今連絡がありました。目撃情報に()が含まれています。間違いないかと」


「似顔絵だけだったな。流した情報は」


「はい」


「この家の場所も聞かれたと」


「大恵」


「取引はそろそろですな」


「ならば手紙でも入れておけ。最近身辺を探られていませんかと。情報を売ると書いておけば反応があるだろう。ついでに歩いて帰って来い」


「旦那様、尾行されて私に死ねと?」


「下らない冗談を言うな。殺されないし死にもしない。此処に案内するつもりでゆっくりと歩けよ。天使は小さな女の子だからな」


「そして類稀なる狙撃手です」


「なんだ、本気で怖いのか?」


「当たり前です」


「それは面白い。伝わる様に目一杯恐怖していろ」


「そんなご無体な」


 大恵は笑いながら時代劇の様に答える。遠藤は変わり者だが、その片腕も当然に同類だった。


「明日は晴れるな」


 雲一つない星空を眺め、天使も月を見ているかと遠藤も笑った。






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