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点と線

 




 見事な屋敷の廊下を案内され、純和風の客間に通されていた。


 此処に着く前も池や庭が目に入り、縁側でお茶でも飲みながらのんびりしたいと国家警備軍兵装科特務技術情報官の花畑多九郎(はなばたけたくろう)は思ったものだ。


 床の間には季節に因んだ掛け軸と生け花。床柱、違い棚、欄間。さり気無い飾りのある障子と予定調和を外さない。典型的ながらも随所に遊び心があって、畳もい草の香りがして落ち着く。


 花畑はやっぱり自分は日本人なんだと確認出来た。だからなのか、今日はソフトモヒカンをやめて流しただけの髪型だ。


 きっかり10分待つと、襖がスイと開いて屋敷の主人が姿を見せた。花畑は腰を引き、座礼を行う。座礼には9種類あるらしいが相手は其処まで煩い人間ではない。


「遠藤さん、お時間を頂きありがとうございます」


 顔を上げ、朗らかに声を出す。遠藤は渋い顔を隠してないが、花畑は全く気にはしていないようだ。そもそも図太くなければ遠藤や三葉とやり合えない。今日も楽しいなぁと花畑は思った。


「花畑、貴様よく敷居を跨げたものだな。もう顔を見なくて済むと清々していたのだが」


「はっはっは。遠藤さんは冗談がお好きですね。僕は今日を楽しみにしてましたのに」


 座敷机を挟んで腰を下ろした遠藤は鋭い視線を突き刺したが、その相手は飄々と返すのだ。


「何が冗談なものか。約束したレヴリの情報はどうした? 期限はとっくに過ぎているぞ」


「はて? 期限は早ければ、でした。覚書を確認致しましょうか?」


「ふん、下らない言い訳はよせ。貴様が用意した覚書に何の意味がある。録音した(げん)を書き起こしても良いのだぞ」


「此れは手厳しい。遠藤さんに信用されていないとは……泣きそうです」


 態とらしくハンカチを取り出し、目頭に当てる。チラリと遠藤の様子を窺うのが腹立たしい。当然涙など溢れてはいない。


 慣れたもの、いや遠藤は慣れたくなどないだろうが溜息一つで済ませた。掴み所のない男だが、同時に技術者として情報官としても優秀なのは間違いない。遠藤は基本的に人間が好きで、特に愛するのは特出した能力を持つ者達だ。レヴリに拘るのも、逆説的に異能者を知る近道と知っているからだった。


「先ずはお礼を。先日も大変な予算を付けて頂きました。表立って感謝を表せないのが本当に残念です。大臣からも必ずお伝えする様にと」


「ふん、儂に礼など要らん。貴様は国を守る為に身命を尽くせ。金など泡沫(うたかた)の夢と同じ、其れに善悪など無いのだからな。要は使い途よ」


「はい、常々仰っているのは良く存じています。しかし礼を尽くすのもまた人の慣いでしょう。僕は遠藤さんに心から感謝していますから」


 花畑の本心なのだろう。先程までの巫山戯た印象は消え、真摯な態度が伝わる。漸く遠藤も聞く態勢になり、お茶を一口。


「で? 今日は何だ?」


「はい。お金の無心です。特務に、或いは僕個人でも構いません」


「……」


 台無しだった。


 約二分もの間、沈黙が客間を支配する。動かない遠藤、ニコニコ顔の花畑。その花畑の後ろに"お花畑"が見える。三葉が言った様に、蝶でなく蝿が大量に飛んでいた。


「つまり……半年前の約束も未だ果たされず、つい最近渡した金の礼を一言で済ませ、次に出るのが更なる金の無心。そういう事か?」


「更なるは語弊がありますね。今回は国ではなくほぼ個人宛ですので」


 完全な詭弁を遠藤に臆せず語れるのは、日本広しと言えども花畑だけではないだろうか。此処に三葉がいれば、右ストレートを股間に見舞うのは間違いない。


 だが、相手も只者では無かった。普通なら腹を立てて追い出し塩を撒くところだが、遠藤は逆に冷静になった。人柄はともかく花畑の()()()()は認めるところなのだ。


「ならば儂を説得してみせろ。面白くなければ冗談が吐けない様にしてやる」


「恐ろしいですね。それでは僕が余りに不利なので……面白かったら色をつけて下さい。来週のドームの試合が見たいです、最前列で」


 三葉が居たら蹴り飛ばしていただろう。


 再び、沈黙が支配した。








 鹿威しのカポンという軽やかな音が届き、花畑は動き出した。


 鞄からタブレットを取り出し、外の門をくぐる時にされた封を切って電源を入れた。通常身体検査と同時にスマホやカメラ、タブレット等は没収されるが、特例で持ち込みが許可される。その際は一度剥がすと二度と貼れない特殊なシールでカメラと電源ボタンを封印されるのだ。


「時間は取らせません。半年もの間お邪魔出来なかった理由も説明致します」


 アクセスコードを打ち込み、更に五本分の指紋と両眼の虹彩認証で起動する。


 予め用意していた動画を立ち上げた花畑は、画面を遠藤にも見えるようにした。


「……此れがなんだ?」


 つまらん動画だと遠藤は断じた。確かに全く面白くない上に、酷く荒い映像だ。僅か数秒をリピートしていて、動きも殆どないのだ。面白い訳がない。


 日付は花畑の言った通り、半年前を示している。


「では、ご説明致します」


 花畑は勝利を確信した様に笑う。


 其処には……コードネーム"天使(エンジェル)"が狙撃の姿勢を保つ映像。


 唯一陽咲(ひさ)だけが出会った、(なぎさ)の姿があった。













「眉唾だが、貴様がこの手の話で嘘は吐かないか」


「無論です。説明した通り、彼女の力は何としても手に入れたい。正に革命を齎すでしょう、日本だけでなく世界が待ち望んだ新たな異能かもしれないのです」


「しかし、何故隠れている? 異能は昔と違い闇に埋もれた力などでは無い。差別も迫害も受けず、寧ろ英雄扱いだろう。最近の若いのはタレントよりも異能者に憧れている者も多いと聞く」


「不明です。証言は一つだけありますが……」


「なんだ?」


「抽象的……いえ、感傷的と言いましょうか……」


 花畑自身も未だに雲を掴むような、霞の中を彷徨うような、輪郭が朧げなのだ。


「言ってみろ」


「唯一会話した者がおりまして、名を(あかなし)陽咲(ひさ)。念動の異能者です」


「今年にデビューした期待の星か。念動、しかも相当な才能を秘めていると聞く」


「はい。彼女は天使をこう説明しました。氷、雪、そして拒絶です」


「如何にも若い。普通なら一顧だにしないが、何かあるのだろう?」


「三葉司令です。杠陽咲の叔母にあたりますが、こと任務に関しては厳格。何より……」


W(ダブル)……予知(ブレコグニション)を内包した千里眼(クレヤボヤンス)、か」


「その通りです。あくまで異能は千里眼で、効果条件が限定的過ぎて役立たずと本人は言ってますけど……三葉司令は異能を無いものと見ても警備軍トップクラスの優秀な方です。その彼女が最初から天使に拘りを持たれた。見逃していた杠陽咲の件で、僕を呼んでくれたのも三葉司令です」


「拘るには十分な理由か」


「僕が半年前に追う事を決めたのも、三葉司令が"面白いわね"と一言溢したからですから」


 此処で漸く花畑は茶を飲む。美味いなぁと呟き、続きを話し始めた。


「残念ながら"天使(エンジェル)"を追っているのは特務の中でも少数派でして……割けるリソースが足りません。今日伺ったのは、お願いしたい事が二点あるからです。一点目は先にお伝えしましたね」


「厚かましい奴だ。金以外にも願いだと? 一度貴様の胸を掻っ捌いて心臓を見てみたいな。きっと毛が生えているどころか、覆われているだろうよ」


「ははは……照れますね」


 褒め言葉じゃ無いはずだが、花畑は嬉しそうだ。メンタリティが常人とは違う。変わり者と言っても良い。


「……もう一つは?」


「遠藤さんなら簡単なことです。天使の身元を洗って頂きたい。この件で警察を使う訳にもいきませんし、彼女とどうしてもコンタクトを取りたいのです。一流の狙撃手である事にも大変興味はありますが、僕にとっては何よりも銃。レヴリをロングレンジから殺し切る威力ですから」


「儂に依頼すると言う事は住民データに存在しないのだな? 聞いた年齢からは如何にも不自然な事だ。金の稼ぎ方も制限され……」


まるで何かを思い出す様な、そんな表情だ。


「……どうされました?」


「いや……気にするな。だが、流石にあの動画だけでは無理だろうな」


「似顔絵があります」


 タブレットを操作しようとする花畑を制し、秘書であり片腕でもある大恵(おおえ)を呼ぶ。何事も二度手間を嫌う遠藤の行動だった。


 そして、まるで待機していたかの様に大恵は間をおかず現れた。


「お呼びですか?」


「大恵、花畑から似顔絵と動画を受け取れ。他のデータも全てだ。身元調査だが、中々骨が折れる仕事だろう。情報屋も使ってよい。恐らく身分詐称だろうが、相手も只者じゃない筈だ。腕の良い奴を選別しろ」


「はい」


「因みに、此方がその対象者です。どうです? 綺麗な女の子でしょう?」


 画像を出し、クルリとタブレットを向ける。花畑は何故か自慢気だ。遠藤達は向けられた画面を一目見て、互いに視線を合わせた。


「ん?」


 花畑は怪訝な顔をした。二人の反応が予想と違ったからだ。


「花畑。この似顔絵は実物に近いのだな?」


「勿論です。杠陽咲からの聞き取りで作成しましたから。本人も太鼓判を押してましたよ」


「大恵」


「旦那様」


 遠藤はニヤリと笑い、大恵は深く頷いた。


「あの……そんなに綺麗でしたか?」


 女好きの遠藤を知る花畑は思わず聞いてしまう。些か年齢が低過ぎるのではないか、そう思って。


 勿論、遠藤達は幼さを残す美貌に喜んだのではない。つい最近面白い取引があり、用意した金を持ち帰った少女が似顔絵となって画面上に居るからだ。その少女はプロの追跡を見事に振り切り、姿を消した。


 狙撃手のミステリアスな点は結ばれていき、細いながらも線へと変わっていく。


「本当に、面白くなってきたな……」


 遠藤に、心からの笑みが浮かんでいた。















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