淡い「それ」
最後に告白されたのは、いつだったのだろう、ただ、久しぶりだとは思った。
「夕奈が1年の時の当時3年の生徒会長に告白されたのが最後だ。それからは夕奈の忙しさを知ってか、あるいは高嶺の花だとでも思われていたのかは定かではないが、そういうものは鳴りを潜めつつあった。」
正直に言うと、これまでの告白で、一番、断りたかった。
「明るくて、真っ直ぐすぎたからか。自分と比べて。」
臆面には出さないけど、内心、ね。
「だからと言って、その気持ちを押し出すことは、平等ではない。だから、今回もコインに託すことにした。流れなんてものは存在しない、毎回平等だ。しかし結果はここまで7連続裏。そのことを一人知る夕奈は、ほんのちょっぴり、裏が出ることを願った。」
表だったけど、ね。
「7回連続裏だったのは、本当に偏った偶然なだけだった。とうとう表が出たのだった。」
優くんも、私なんかを尊敬している人の一人だった。
「渡瀬優の申し出は、今度一緒にデートしてください。というありきたりのものであった。先輩の事がずっと好きでした、という愛の告白を添えて。彼からすれば、とても勇気のいる行動だったであろうことは今ではわかる。彼から見える夕奈は自分よりも何もかもが上の憧れの存在だったのだろうから」
相手に好意を伝えることは、本当にリスクばかりが大きい。そこに懸けた想いが強ければ強いほど、真っ直ぐであればあるほどに、それが無為に終わってしまった時のダメージは計り知れない、のだろう。私は自分からそういうことをしなかったから、あくまで想像でしかない。が、おそらく間違ってない。はずだ。
「間違っては、ない。だが、そんなのは偏った見方だろうが。傷つくことなんて、みんな考えない。後先考えないなんて言い方をすることだってできるかもしれない。だがそうじゃない。失敗したときのことを考えるぐらいなら、その気持ちすらも成功させるための気持ちに振りたい。全力で当たりたいのだ。別にそれは渡瀬優に限ったことじゃない。それまでに告白をしてきた全員、きっとそんな気持ちだった。そこに理屈を挟むのは、不正解なのだ。理屈が絶対でない世界。その一つが、恋愛だ。お前だって、知ったはずだ。」
……優くんの想いがコインの目をとうとう捻じ曲げるほどに大きかったのかと思ったが、結局はただの偶然、だった。それを運命とも取れるし、そうでないとも取れる。だけど、私には当人じゃないから分からない。気持ちの強さなんて。そこに優劣だってない。だからこそ、絶対に平等なやり方を選んだのに、それでも、夕真の言葉を聞いて、間違いに、目を背けているズルい自分が、居た。
「6月の初め、1つの想いが小さな形で成就する。その本人にとっても、夕奈にとっても初めてのデートが次の土曜日に企画されることになる。渡瀬優がどうであったか知るべくもないが、夕奈自身はいつもの他人とのコミュニケーションの延長程度にしか考えてはいなかった。ただ特定の相手といつもより長い時間を過ごすだけ。そんなことはこれまで皆無だったが、何らかの失敗をするようなイメージはありえなかった。」
たくさんの人を相手にすることができるなら、1人の相手をすることは難しくない。はず、だったよね。
「この時夕奈は、思い違いをしていた。自分が相手するのと同時に、自分もまた、相手される側だという事を。夕奈はこれまで相手に与え続ける生き方をしてきた。持っている者は持たざる者に与える事でで差を縮める。そうすることで周囲のレベルを引き上げ、間接的に自分の利に繋げてきた。」
表向きの平等感。それでも最後は自分の元に帰ってくる。
「そんな夕奈にとって他人から与えられるという事は殆ど意識の外だった。」
初めてのデートは、今でも、記憶に鮮明。公園で待ち合わせ、それから歩きながらお話をして、洋服を見たり、本を見たり、レストランで食事をして、その後映画を見て、家まで送ってもらった。
「ちなみに夕奈は服屋で少し露出の高い服をワザと試着して渡瀬優に感想を尋ねたりしていた。」
相手が喜ぶかどうかはともかく、優くんはそう言った事で私を嫌いにはならないだろうと思ってた。ましてや私のことを……私なんかを好きになってくれたんだもん。そこまで悪い感情は与えない、かな。ね?
「ちなみに夕奈は食事の時、普段なら頼まない量を頼み、デザートまで完食した。」
いやぁ、はははは。遠回しにね、嫌いにならない程度に引いてほしかったの。だからほんの少し(?)私は私のイメージを崩して見せた。
「だがそれすら、彼にとっては魅力的な一面として映ったのだ。」
そう、だったんだろうね。優くん、楽しそうだった。
「夕奈、お前は、どうだったのだ。」
ふふ、知ってるくせに。
「そうか。」
夕真は薄く笑ってくれた。
私は学校で過ごす優くんの姿を見て、どれだけ優しく、強く、私と似ていて、私と決定的に違うのか、よく分かってた。だがその優しさを羨ましいと思うつもりはなかった。私の強さは彼の強さとは違った方向性だ。だけど、ううん。だからなんだろうか。私が、優くんに惹かれたのは。
「俺は、俺は、お前の側にいるのが、渡瀬優だったなら良かったといつも思う。俺などではなく、彼が。」
夕真は、そんな悲しいこと言う。そういうの、だめ。
初めてのデートの後から、私たちは何度も逢瀬を重ねた。誘ってくれたのはいつも優くんだった。たくさん色んなところ行ったり、楽しい事たくさんした、なぁ。
「まだその頃、夕奈はこれを恋、だとは、気付いていない。例えデートしてもそれはプライベートだけの話だ。独りになればひとたびいつもの自分だ。」
少し、少しだけ、優くんを目で追う回数が増えてることに気づいたの。私は、贔屓しちゃダメって。平等、じゃなきゃって。
「夕奈のはそういう答えを出した。そういう相手を逆に厳しく遠ざける。でもそれは、渡瀬優が、特別な相手になりつつある事の何よりの証明であった。だろう?」
……よね。逆に見ないように意識して、そうするほど、頭の中を優くんが占めてしまった。
「色恋というのは、それが楽しいのではないか、なぁ。」
優くんには、いつも甘えるフリをしていた。喜んでもらえるように。楽しんでもらえるように。周りからすれば私は頼り甲斐のある完璧な人間というキャラ、そんな私が甘える、というギャップを見せる事は効果的に働くはずだった。それが、いつからかな。フリ、じゃなくなったのは。
「恋とはいつのまにか落ちているものだ。」
少しずつ、優くんは私の奥底に、近づきつつ、あった。だから私は、恐ろしくなった。私の心の病み、深淵に立ち入られる事を。彼とこれ以上懇意になったらば、そう思ったが最後、隠し通せる自信が初めて揺らいだ。
「夏休みか、お前が、初めて、自分に潜む本性を誰かに晒したのは。」
7月28日、優くんに遊園地に誘われた。私は、もしかしたら何かあるかもしれないと想定して、ある心構えをしておいた。
「定番中の定番コースだが、夕奈にはそういうのが一番効果があったのだな。」
優くん、だから、だよ。当時の私の気持ちとそれは重なった。
「いつも通りの、二人の時間だったが、ラストのこれまた定番の観覧車で、渡瀬優は再び告白した。今度は、恋人になって欲しいと。」
……そういうことも、あるかもしれないっては、思っていた。はず。だけど。だけど。それなのに私の胸はきゅーっと、なって、暖かくて、ドキドキした気持ちはもう、いっぱいいっぱいだった。嬉しい想いをそのまま優くんに受け止めてほしかった。
「だが、そのためには夕奈には、必ずやらなければならないことがあった。あらかじめ、そう決心していたはずだ。」
私の、本当の姿を、見せなきゃいけない、よ。それは、私にとって大きなデメリットしかない、これまでだったらそんなリスクの高い事をしようとは思わなかったし、何より、これまで誰ひとりにすら見せたことが無かった私の黒い悪。それがどういう結果を出すことになるのか、想像はし難い。
平等を胸に掲げておきながら、私は優くんに平等ではなかった。優くんは真っ直ぐ全てを晒して私を好きでいてくれた。そこに偽りはきっとなかった。私は、どうだろう。
優くんが描いている理想的な私は、本当の私ではない。それを知っていながら私は優くんと過ごしていた。
私が想いに応えるためには、平等であるためには、この想いを受け取ってもらうためには、私も、偽っちゃだめ、なんだ。
「不器用、め。お前はやっぱり、不器用だ。」
私は覚えている限りで、一番の勇気を振り絞る。それで嫌われたとしても、彼にはもう、何も偽りたくない。私の中に、ほんの少しでも残る純粋な気持ちが、私にそうさせた。
私は、自分が本当はどのような考えで生き、周りをどう見ているのか、なぜそれに至ってしまったのか。そして、自分には本当は目指すべきものがない事。そんな自らの醜い部分を、全て打ち明けた。
……本当は、それでも、それでもなお、私の事を、好きでいてくれたら。なんて淡い、薄い期待を持っていた。話せば話すほど、そんな期待は泡と消えていくように私は感じていた。空気で、分かる。彼の抱いていた気持ちが、消えていく。憧れは、消えていく。全てを話し終えた時、観覧車はもう、一回りを終える頃だった。




