悪人狂想曲
夕奈、3月8日に起こった事、それはたしかにお前の口から語られた通りの顛末を辿った。
学校を後にする同級生をみんなで見送るための日に、クラスメイトが屋上で雨晒しになった。そしてお前は同じ事ような事を二度と起こさせないように決意を新たに目標を持つ運びとなった。
ここに嘘はない。お前にとっては大したことのない一幕だ。普通の人間がこの話を聞いたところで説得力は生まれやしないだろうが、お前は無理矢理認めさせてしまった。力でねじ伏せた。
「成績もいいし、素行もいい、そして見た目も悪くない私が話せば、まるで美談のよう。笑っちゃう?」
インパクトはあったかもしれん。ちょっとした事件みたいなものなのだ。ただ是非はともかく、それ以上の事はない。
では重大な綻び、それが分かるか?
「分かるはず、ない。私にとっての認識はそれなんだもの。そうだよね、夕真」
それでも俺は、本当は自分自身で正して、受け止めて欲しいと思ってる。
「同じだよ。例え私が正したとしても、夕真に正されたとしても。そうでしょ。」
乾いた笑顔のまま、首をちょいと傾ける。夕奈のいつもの狙ったあざといポーズだった。
「正される事なんて、ない。これが私の正解。私の理由。」
同じ、かも、しれない。いや、それに関しては、お前の言う通りなのだ。けど……それでも……違う、きっと違うんだ……少なくともそう信じている。
お前は全てを語っていない。
「すべて、すべてってなに?夕真が言うすべてって?何時何分何十秒に何があったとか?そんなの覚えてないよ。」
お前が語った話には情報が多く不足している。あまりに不明瞭な話としか言いようがない。
「必要最低限って言うことではないのかな?」
お前はそれで終わらせたいんだろうがな。その話に更なる真実を加えるだけで見方は大きく異なってくるんだ。
「私は、この想い出と共に、消えたいの。この日が、私にとってのスタートだったんだから。」
たかだか30年程度の人生で何を語ってやがる。そんなもんで何が分かる。
「絶望だけじゃ、死にたくなるけど、ただそれだけなんだって分かったの。もしそれだけで死ぬって、怖くない?意識を失うその時まで絶望しかないなんて、どれだけ恐ろしいかな。思わない?」
考えたらそうかもしれんが、ンな事考えねぇだろ普通。
「その時を選べるなら、準備をしっかり整えて、そして死にたいの。」
訳がわからん。この辺りの考えは理解しようとしたら負けな気がする。俺が理解できないなんて本当にどうかしている。
「夕真、分かってくれるよね。だって、夕真なんだよ。夕真が一番、分かってくれるはずじゃない。お願い夕真、私を……死なせてよ。」
……このバカめ……他人からは一生理解されぬ異常者め……
いいさ、死ぬがいいさ……夕奈。
「夕真。」
夕奈は、薄く安堵の表情で俺に微笑み返す。
全てが終わったその時にな。
「夕真……」
夕奈の期待は一瞬のものだった。またもその表情に落胆の色を落とす。
俺の問いに答え続けろ、夕奈。そいつが全て終わった時、それでも命を断ちたいならば、そうしろ。だがこの俺とお前の対話を途中で放棄する事は出来ない。分かっているだろう。何より、お前がそれでは納得しないはずなのだ。
「夕真は、何が聞きたいかな?」
何を考えているか、読みづらくなりつつある表情は一言めを切り出した。
3月8日、お前がどう行動したかがあまりに語られずにいる。まずは、朝の登校について話すがいい。
「登校なんて、何か語ることがあるかな。ただ普通に学校に行った。それだけ。」
なぜ両親の車での送り迎えを断った?
「たまに、断るよ。そんなことあるよね。」
そうかもしれん。たまに断る。そしてお前の「たまに」には規則性がある。お前は何らかの行事やイベントの日が雨だった場合、必ず断る。
「……そうかもね。」
学校に着いてからお前はどうした?
「教室に行ったよ、いつも通り当たり前に。」
真っ直ぐ教室にか?
「そうだね、屋上に行ってから、真っ直ぐ教室に向かったよ。」
屋上に行く?なぜ?そんな異常な行動を?
「いつも行ってるよ、いつも行ってるから異常なんかじゃない。日課だよ。夕真も知ってるだろうけど、屋上のドアって中側からしか鍵をかけられないんだよ。
外にもし誰か居たら、恐ろしいでしょ。だから朝に、屋上に行って、誰も居ないのを確認して、鍵を閉めて教室に行く。それが日課。おかしくなんかないよね。」
……夕奈に心底ゾッとする。そんな不可解な行動を当たり前の理由に出来てしまうのは、俺ですら理解にとても苦しむ。
分かった、お前は登校して、屋上を見た後に教室に向かった。では次だ。その日の放課後のお前の行動を話せ。
「放課後か、そういうこと。」
正直、俺と夕奈との認識にズレが生じつつあるようで何を理解したのか分からないが本人は何らかの納得をしたようだった。
「放課後はその子のお見舞いに5〜6人で行ったよ。大丈夫そうだった。」
その時どんな事を話した?
「私は、あんまり深く聞かなかったけど、他の子達は色々聞いてた。何があったの?とか。」
お前は何を聞いた?
「……」
どうした、答えたくないのか。相変わらず目を背けたいのか。だが、答えないなんてお前には許されない。そうだろうが?
「どうして、屋上になんて居たの。」
ほう、お前はそう尋ねたのか。
「別におかしくないでしょ?普通の質問。私から尋ねたのはそれだけ。あとはほかの人の話に相槌を打ったりそのくらいだけ。」
なるほど。その問いかけにその子はなんと答えたのだ?
「その子は、隠れる場所を探すのに屋上に行ったんだね。屋根もあるし、雨風が大したことなさそうならそこに居ようとした。だけど言っても3月だし、思ったより寒くて、やっぱり戻ったんだって。けど、戻る途中で転んじゃったのかな。雨で床が滑りやすかったのかもしれないね、って。」
その子が、そう語ったのか?
「大体は、そう、だよ」
大体、ねぇ。ワザと、なのか?
「?」
何を言っているのか本心から理解していないようだ。やはり、夕奈は、異常になりつつあるのかもしれない。あるいは既に……
お前自身がその質問をした事だ。
「私自身?」
その質問はお前としては避けたい話題のはずだ。万が一にもボロが出るかもしれないような事、なぜした?
「分からない。何が?」
周りの人間は気づかなかった、いや、お前が気づかせないように立ち回ったんだ。
「夕真って、回りくどいね。」
嫌味のない話し方で夕奈は俺に言う。
お前の口から、話してくれるかもと、俺は期待している。人に全て暴かれるのと、自分から認めるのは全然違うんだ。
「夕真が言いたいこと、分からないから、私は夕真が聞いてくれた事には答えるくらいしか出来ないもん。」
お前が、見舞いに行った時点では、その子が屋上で見つかった事を知る機会はなかったはずだ。
「知る機会、ほんとうに無かったのかな?夕真はどう思う?」
あるとしたら?
「担任の先生から聞いた。ね?おかしくない。」
担任がそれを話したのは、見舞いの翌日だ。
「どうかな、そこまでは覚えてない、かな。」
担任も含め、教師たちは当事者の生徒に何があったか聞いたはずだ。だが、まだ精神的に十分に回復していないこともあり詳しい話を聞くことは出来なかった。病み上がりの生徒に無理やり話を聞くというのは教師としてはナンセンスな行動だ。
「しょうがないんじゃないかな。何があったかわけわからないのは。私だって同じ状況ならそうなっちゃうよ。」
改めて次の日にでも状況を確認し、ただの不幸な軽い事故だったと、本来ならばそれで済むものであった。
ところが、事故が起こった当日とその翌日の間のわずかな時間、学校側には懸念事項が生まれることとなってしまったようだ。
万が一ではあるが事件性があるかもしれない。学校側ではそういう可能性も考慮に入れての考えを要求される。もしそうであるならば全てを公にするのは良くない面が大きい。本当に事件だったならば不明確な情報を流布して生徒たちを混乱させてしまうし、運悪く学校以外の、メディアなどにまで話が広がってしまうのは百害あって一利なしなのだ。最悪この件について発表するにしても事実関係がはっきりしてからに越したことはない。
ここまで慎重な対応を取らざろう得なくなってしまった経緯としては、倒れてしまった生徒の記憶が混濁していることに起因する。これは見舞いに行った時の夕奈の記憶からの情報となるのだが、倒れた本人の記憶と発見された自分の状況の食い違いが余計に話をこじらせてしまう原因となっているのだった。
「夕真には何でも分かるの?分からないよ。夕真はその子の記憶を知ってるわけじゃないもの。それに先生たちがどう考えたかだって、夕真の憶測部分がほとんどだよね。夕真にとってはそう。私にとっては違う。そういうだけの話なんだよ。夕真がどう思っても構わない。私がどう思っても構わない。そうじゃない?」
話を戻そう、彼女が屋上にいたことをお前が知り得るチャンスは、お前の記憶上は存在しない。
「夕真、でもそうだとしても実際に屋上に居たんだし、言った私の記憶に誤りがあるのかもしれない。もしそうだとしても大したことじゃないし、それならおかしくない、ね?」
人の話を聞かないんだから、と言いたげではあったが、そこは流れを尊重して俺に合わせてくれた。
「私、うそはついてないからね。でも記憶に誤りはあるかもしれない。それは人間だから、しょうがないと思う。」
ふぅ、そんな言い方で逃れられるなんて思ってないだろうに、誰が聞いてももう答えなんて明らかだろうが、お前が、屋上に運んだのだから。お前が知っていたのは当たり前だ。
「屋上に、かぁ。」
お前はたいてい直接否定はしない、だからこそ、その返答はお前にとって実質の肯定宣言なのだ。お前が運んだ。
「……重かったかもね。うん。」
記憶の混濁の末、屋上で転んでそのまま意識を失い、雨の中横たわることになってしまったという結果で片づけられたはずだ。だが、真実は、屋上から室内に戻りそこから下の階に降りる階段で足を滑らせ転んだ、というのが俺の見解だ。
「もしそうだとしたら、よく無事だったよね。」
幸いだったのは高い場所から落ちた割には大した怪我などもなかったこと、ただ、不幸だったのはそれを発見したのが他ならぬ、夕奈だったことだろう。
「何か起こるとしたら、そこ、でも、それは本当に偶然だった。私が最初に見つけないかもしれないし、もしかしたら、他の階段や他の場所で何かが起こっていた可能性だってあった。きっと1%にも満たない偶然だね。」
だが、夕奈は、まさにそれを、待ち望んでいたのだった。
誰にでも潜む悪の顔、俺は今、夕奈の腸を抉り出し、これを悪魔と呼称する。
悪魔の口はまだ、開いたばかりなのだった。




