悲しみの記憶は雨の日に
この日は、どういうお前の記憶なんだ?
知っていながらそういう聞き方をしてやる。面倒でもそれが会話するっていうものだ。これを会話というのかは全く持っておかしな話なんだがな。
「この日はあいにくの雨だった、登校中も結構寒かったね。冬の雨って心まで冷やしてしまうよう」
ついでに言うなら夕奈は中学校には歩って通っていた。いつもなら雨の日は両親のどちらか空いている方に車で送ってもらうのだが、とある理由からその日は傘をさして登校したのだ。
「いつも通り教室に着いたけどその中はいつもとはだいぶ違っていた。折り紙で作った飾り物や輪っかやら、黒板に誰かが書いた色とりどりの絵や、今までの感謝を伝える言葉。」
お別れ会、か。
「誰のだかわからないけど」
だろうな。お前はそういうやつだ。
「その日に、あれは起こった、ね。」
起こった、ねぇ。なるほど、お前も大概だな。
「朝の会から1時間目の授業の間始まったお別れ会。先生の言葉やら私の言葉やら、それからゲーム大会になった。」
この会、企画したのは夕奈、お前だ。司会進行もお前だ。
「別に面倒くさくなんてなかった。みんなも協力してくれたし、正直なところ多少メインで物事を行っただけで細かい部分は他の子に引き受けてもらっていたね。いつものやり方。」
信じられないかもしれないがこの頃夕奈は学級委員長に加え生徒会副会長を務める、パッと見は非常に出来の良い先生や同級生たちからも受けの良い理想的な中学生だった。内面を知ったらそんな評価は180度ひっくり返るんだろうが。
「みんなで一つのことをやるっていうのが大事なんだよ。そして成功しても自分の手柄にしない。失敗したら自分のせいにする。これが大事。なんでもそう。」
お前なりの哲学だな。要は相手に花を持たせるってことだろう。聞こえはいいが、その実無償の奉仕とかそういった精神はもちろん夕奈にはない。
夕奈は他人からの信頼や評価を欲する行動を最優先に考えるような人間だった。小学校高学年頃、はずみで学級委員長を引き受けることになり、内心億劫だと思ったが、しばらくするにつれなぜみんなやりたがらないのだろうという思想に至る。自分にできる程度の仕事が与えられ、それをこなすだけで周りからの評価を得られ非常に効率のいい役目だと思ったのだ。
「でも本当に大事なのは、周りに頼ること。自分ひとりでやるという状況を絶対に作らないこと。」
自分が携わっていない作業の辛さなんてなかなか分かりやしない。ましてや小中学生にそんなもの求める方が間違いだ。だから夕奈は一人でできそうな事であっても必ず誰かを誘った。
「どんな作業だって時間は使っちゃう。それだけは変わらないし、そこは嫌な部分。」
それに目を瞑りさえすれば割のいい仕事か。まだ年端もいかないくせに、よくそこまで打算的になれるもんだ。
「えへへ。すごいかな。」
ああ、すごいとも。別に間違ってない。ただひたすらに打算的であるというだけだ。
「ゲームの企画はクラスのみんなにアンケートを取って選んだ。ただ、雨の可能性も考えて室内と室外のゲームをそれぞれ決めてあった。」
実際雨だったわけだが、その時のゲームはビンゴ大会。あとはドッチボール、校内かくれんぼだったか。もう一つぐらいあったはずだが……正直覚えていない。
「うん、覚えてない。そっちはたぶんどうでもよかったはずだから。あれが起こったのは校内かくれんぼの時。室内外どっちでも出来るゲームだったからちょうどよかった。」
何があった。
「クラスの一人の女の子が見つからなくなってしまった。放送したり、他のクラスの先生たちも探してくれていた。だんだん大ごとになってきて、私たちはクラスで待機させられていた。流石にお別れ会というムードでもなくなり、外の雨脚だけがどんどん強くなっていた。みんなが暗くなっていると先生が戻ってきた。2時間目の途中頃だった。」
その女の子はどうなった。
「見つかったって。」
・・・・・・・・・
「死体で」
・・・・・・・・・
はぁ、たちの悪い冗談はよせ。そういう話じゃないだろうが。性格の悪いやつ。
「うそ、ほんとは生きてた。だけどだいぶ衰弱しちゃっていたみたい。頭を打っていたみたいで、見つかったときは呼びかけても返事がなかったから保健室に運ばれて、しばらくしたら意識も戻って普通になったみたい。ただその日はその子は途中で早退した。何があったかその時は詳しくわからなかったけど。」
ちなみにどこで見つかったんだったか?
「屋上。屋上には屋根みたいなものがあってそこに横たわっているところを先生が見つけてくれたみたい。」
冬の雨の中ずっと外にいたら、子供の体力では厳しいものがあるだろう。
「一応屋上は立ち入り禁止になってはいたけれど、絶対入れないってわけじゃなかった。入ろうと思えば入れてしまう程度には。」
中学生ぐらいならそのくらいでも十分なはずだったんだろうな。
「後日、屋上にはそれ以降出入りすることができなくなってしまった。そんなことがあったら仕方ないのかも。」
教師にとっては災難な話だ。
「自由にさせてあげたいけど、自由すぎると自分の手に負えなくなっちゃうし、大変だよね。」
それをお前が言うか、というか、もしかしてそれで終わりか?
「その日は、それで終わり。私たちにとっても、転校する子にとっても不本意な結果のお別れ会の幕引きになってしまったけどね。」
それがどうしてお前の歪みに繋がった。歪むならお別れ会の日にアクシデントが起こった転校する子か、外で雨ざらしになった子だろうに。
「計画したのは私だもん、それに、屋上はダメってルールもしっかり加えればよかった。私は、まるで自分がその子をそうしてしまったように感じられてしまった。そしてお別れ会をも壊してしまった。自分がそういう役を引き受けてきて初めてだったかもしれない。こんな明らかな「失敗」という事を体験したのは。そう思ったら、私は屋上で独りぼっちだった子に申し訳ない気持ちをいつも抱き続けることになった。」
優等生の初めての失敗ってわけか。
「だけどどうやら私が少し暗くなっているのを見かねて、クラスメイトは今まで以上に気を使って私に接してくれるようになってしまった。」
いつまでも引きずってるお前が嫌だったんだろうよ。一つ言わせてもらうが、お前一人が悪いなんてことなんてあるわけがない。不必要な罪悪感を勝手に持ち続けるのはお前の悪癖だ。
「でも、私はそのままじゃいけないって思った。何より気を使われるのは自分が居心地が悪かったから。私はそれまで以上に元気に、勤勉に、だけどみんなの事を考えて行動しようと心がけるようになった。それまでのように流し、流されるような生き方じゃまたこんなことが起こってしまうかもしれない。よく、学び、よく考えなくちゃいけないんだ、って。私に決意させることとなった。それが3月8日」
まるで絵に書いたような美談、とでも言えばいいか?
「実際、入試の面接や会社の面接でもこの話は私の成り立ちとして話したりするけれど、ウケは悪くないね。」
その一言でよく分かる。お前が歪みに歪んだ人間だってな。他人の不幸でも自分にとっては道具以上に意味を見出せないか?
「そんなこと、ない。悲しかったよ。責任だって感じた。でも、だからってこの話を利用に使っちゃダメなの?私は今後一生その話をしてはいけないの?」
……
「どんな経験だって活かせばいい。ミスは成功に繋げてしまえばいい。そして大きな失敗こそ、大きく飛躍するための成功に変えやすいものなの。私はそう思ってる。」
……
「悲しい出来事は、いつまでもその人の心を傷つけてしまうけれど、じゃあそのままでいいの?そうじゃないんだよ。傷を癒して立ち上がる。なんなら笑い飛ばせるぐらいにしてしまえばいい。」
……
「そうじゃないと……そう思わないと、耐えきれないよ。」
成功者は語る、でもやりたいのか?大したご高説だったなぁ。拍手でも送ってやろうか?悲しい失敗から経験して今の成功に至るまでのきっかけになるとある一幕ってわけだ。美談のように聞こえなくもない。
お前が語った内容が本当に真実だったとしたら、の話だがな。
「本当に起こったことだもの。真実だよ。私だけじゃない。みんな辛い思いをして、だけど立ち上がって立派に成長したんだよ。」
祖父が死んだ日の時と同じだ。お前の記憶の認識には決定的なズレが存在する。
「おじいちゃんの時と、おなじ。」
俺はお前を死なせたくない。だから存在する。でもそれはお前に優しくするのとはイコールではない。
この記憶にはお前の悪が潜む。それをお前は見ぬふりをしている。だからそれをお前に叩きつける。
「悪、だからそれは、私がもっと考えた計画やルールを定めなかったっていう事。私はそうは思わないけれど、夕真だって不必要な罪悪感って言った。過剰に罪の意識を持ってるだけだって言いたいんでしょう?」
ならなんでこれが死にたい理由になる?
「……」
なぜかこれを死にたい理由にお前は選んだ。だが実のところお前はそれとしっかりと向き合ってない。ただ表向きだけの悲しい話を利用しているだけだ。
俺はお前に生きて欲しい。優しかった自分も、悪を内に秘めた自分も、全部を受けとめて、そうして新たに歩き出して欲しいって思ってる。
だからこそ、逃げさせない。
「夕真、そこまでしても、生きなくちゃいけないって、私は思わないよ。死ぬほど辛く生きていく、死ぬほど辛いから死ぬ。二つに一つ。私は、後者。」
バカか、そんな両極端な答えしかなかったらみんな生きてなんかいかれねぇだろうに。
これで自分の事頭いいと思ってんだから本当に厄介者だ。
お前の心臓たる3月8日。剥き出しにしてやる。
生きて欲しい相手に俺は鋭利な刃を突き立てる事になる。だがそうして、その結果に生きる事を選択しなければ意味が無いのだ。
痛みを感じるなら、俺も一緒に感じてやる。さぁ。覚悟しろ。
ただただ虚しいだけの空間に再び「独りと一人」は相対す。




