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独りと一人は  作者: ライト
3/18

歪められた8月16日

つらつらと夕奈は語り終えた。次は俺のターンだ。


俺とお前の知識量はほとんどにおいて同一だ。それでも異なる部分が存在する。不思議だなぁ?


「そうかな、むしろ全部、何かも違っていて欲しかったかもしれない。」


世界から目を背けたのが悪い。お前と全然違う人間などごまんといる。俺では本来こんな役目は務まらなんだ。


「面倒くさい?ほんとは逃げたい?」


俺すらも遠ざけるようなそんな発言聞きたくねぇ。答えなんて言わなくても分かってるのになんで言葉を言いやがる?


己がイライラを隠す事なく夕奈に言葉を浴びせる。そうだよね、などと言いたそうな死んだ笑みを浮かべるばかりだ。比喩が直に本物になる。このままでは。


俺とお前の違い、ひいてはお前とそれ以外の人間の違い、認識だ。


有り体に言えば、お前が語った8月16日は色々歪んでいる。お前の認識によって作られた誤った記憶だ。


「そんなこと、ないよ、ぜんぶ本当だよ」


かもな、お前にとってはな。お前は嘘つきではない。お前にとってはそれが本当なんだからな。それに口を挟む人間がいなければ偽りの世界は完成してしまう。


目を背けてるわけじゃなく、心から、そんな紛い物を信じている。夕奈、お前は哀れだ。


「……おじいちゃん……」


ふん、逢いたいって気持ちがお前にバカな勇気を与えてるってんならそいつを奪ってやる。


お前は家にまっすぐ帰らなかった。


「だから間に合わなかった。子供は無邪気で何も考えない、子供の頃にやったことが今の私を苦しめるなんて、ズルい。私、知らないのに」


ふざけろ!無責任で、考えが足らない、大バカ者め。今のお前は5才の朝奈夕奈にすら届いてない!。あれから何も変わってないなんてレベルじゃない。ぜんぶ全部塗りつぶしてしまったのかよ。良いこと悪いこと全部全部!


その悩んでる内容がくだらなすぎることを理解しているからこそ俺の苛立ちはどこまでも天井知らずなのだ。


一万人に聞いたら一万人がそんなことで死ぬなんて馬鹿だって思われるような事で命を絶っちまいそうな愚か者が!誰の目に触れる事なく生涯を閉じようとしている。


もう助けようとするのは俺ただ一人。


その時、幼い夕奈が、何も考えなかったと本当に思うのか?


「子供だもん、子供にそんな合理的な考え求められないよ。」


お前は子供をどんだけバカにしている?


軽く舌打ちして俺は言葉を続ける。


子供だって子供なりに考える。悪いことをしたってそこにはちゃんとそこには理由がある。


夕奈は、祖父のお見舞いだと思ったんだろうがよ。


親からの電話で死にそうだから早く帰れなんて言われてねぇだろ?


お見舞いに、花摘んでいってあげたいな、って思ったんだろう?


「覚えてないけど、違うよ」


覚えてないのに否定できるわけないだろうが。真実なんだよ。


睨みつけるような鋭い目で、しかしそれでも迷いを帯びたような目で俺を睨む。少しも怖くない。


いつだか迎えに来てくれた木の下に咲いてる花を摘みに走った。


けどな、その途中で転んだんだよ。土手の近くでな。水で傷口を冷やすために川の近くまでよたよた歩って、そこで蹲ったんだ。


それからしばらくだ。流石に夕奈はもう家に行かなきゃ、と思った。痛いけど、おじいちゃんのお見舞いに行かなくちゃ、次の時には今回持って行けなかった分もお花持って行ってあげよう♪えへへ♪


違うかよ!?


「違うよ」


違わねえよ!俺が言ってるんだぞ!違うわけないだろう!?


おぼつかない足取りで帰る途中何べんも転んで全身擦りむいたんだろうが。


「たぶん、違うんだよ。」


話にならない。でも分かってた。いや、分かってる。


曲がってしまった真実を受け入れ続けるつもりか。


間に合わなかったのは、しょうがないだろうがよ。ンなもんはたまたまなんだ。


他の人はどうだか知らんが、死に目死に目に拘るよりそれまでにどう寄り添って来たかの方が俺にとっては大切だ。


その人間の最期、終着点。確かに大切だ。だからそれに立ち会えば十分だろう、なんて考えがまかり通るとしたら俺はガッカリだ。


大切なのは最期の時だけじゃない。誰かと過ごす1分1秒全てが大事なんだ。その時間をたくさん過ごすのが見舞いってもんだ。


もしああしてればとか、もう十分なんてどこにだって存在ないんだよ。いつまで過去に縛られるんだよ。過去を未来に繋げなくちゃいけないだろうが。みんなそうしてる。みんな少なからずそんな思いをしてそれでも進んでる。


「夕真」


卑怯者め…


呪いの言葉を吐き捨てる。


俺が大嫌いなのはよ……大切な思い出の記憶を……5才の夕奈の想いも何もかも勝手に塗りつぶして!なんで死ぬための理由なんかにしちまうんだよ!


「夕真」


逆だ……この記憶は、死ぬための記憶なんかじゃない!生きるための支えになる記憶なんだよ!お前は逃げる理由が欲しいんだろ?死にたいってのに世間体気にするなんて本当に愚かだぜ。


「夕真」


なんだ?


「もう、やめたい。ききたくないかな。」


安心しろ。やめることは出来ないし聴かないことも出来ない。なによりお前自身が本当は望んでいる。違うか?


「違うよ」


違わない。俺はお前を暴きたい。幼い頃は祖父想いの優しい子だったが、自分の死ぬ理由のためにその優しい子を悪者に仕立て上げるような卑劣なやつになったお前をな。


「違うよ、違うよ。悪いのは「私」なんだよ」


私?そう、お前が言う「私」は俺の目の前に相対している朝奈夕奈では無かった。過去の朝奈夕奈だ。


それって、ただの人のせいじゃないか。


紛れもなく今のお前が悪いんだよ。やっぱりお前はズルい人間だ。


「私は夕真の言ったこと、受け入れてないよ。でも、仮に、もし受け入れたなら、私はどうしたらいいのかな。それが夕真の望み?」


そうだ。ズルいお前を受け入れろ。それが俺の望みだ。よく分かってるじゃないか。流石夕奈だ。


「夕真は、私を、死なせたいの、かな?」


悲劇のヒロイン気取りで死ぬのは止めたいさ。まぁ他人はどうあれお前からしたらこんな理由があったら死んでもしょうがないって決意させたんだろう?


でもどうだよ?お前の悪しき心の改ざんをお前が認めたら、死ぬ理由なんて飛散しちまうぜ。


「そうしたら、次の理由を作っちゃうだけだよ?そうでしょう?夕真?……ふふふ……」


だいぶ本性が出てきたじゃねぇか。この、死にたがりめ。


「受け入れないよ。夕真だって分かるはず。」


ああ、もちろんだ。けどな、受け入れた時、絶対にお前の道は、変わる。違う死に方を探すとかそんなんじゃない。きっと変わる。


「夕真」


その目は、呆れか?諦めか?落胆か?絶望か?


けど俺には、俺だけには分かるんだよ。ほんの一筋の光、生の渇望。


確かに現段階でお前に本当の真実を受け入れさせることは無理かもしれない。根が深く。他の楔とも絡み合ってしまっている。お前の根底とも言える傷だ。


こんなどうと言うこともないものでそこまで深刻にしてしまうのはお前の歪んだ性格の賜物だ。それに付き合う俺の気苦労など分かってもらう必要もないが、ひたすら面倒だ。


「みすて」


見捨てない。見捨てないんだよ。バカめ。バカめ。

認めさせるにはもう少し新しい傷からどうにかしなくてはならないようだからな。


もう少し、遡ろう。次の傷は。17年前か。日付は?


「3月、8日」


まだまだ寒い日が続くとある日のこと。齢13の夕奈は、中学1年であった。冬休みを目前にみな楽しみを隠せずに学校生活を満喫していた。


朝奈夕奈もその例に漏れない。こうまで捻れてしまったのはもう少し後の話で、この段階では割と普通で、中学生にしてはやや大人びた容姿と、どんな事も臆せず向かっていく悪くない中学生であった。実際その行動力に付き従う友人も少なくなかった、ように思う。


「そんなに褒められたら、照れるなぁ。てれてれ。」


無表情で言うセリフかね。感情が1ミクロンも込もっていない。


そんな夕奈ではあったが、その仮面の下に隠す小さな歪みは着実に成長していたのであった。


さあ、またお前の番だ。お前の口から語るんだ。


「3月、8日……」


その前にひとつだけ、さっきの話、受け入れない、と言ったが。それでも、ひとつだけ。


祖父は、誰かに恨みを残したり、自分のした事を悔やんだり、そんな最期なんて迎えなかった。


心残りなく、この世を去ったんだ。なんだったら、お前やお前の両親に感謝の気持ちが届くようにと願ってな。死ぬ時まで自分では無く他人を想える優しい人だった。


それだけは、受け入れてやれ。


「そんなの、本人じゃなくちゃ、分かるわけないんじゃなかった?」


俺がそう思うんだ。なら本当はお前はより強くそう思ったはずだ。たとえ想像だとしてもきっとその想いは間違いじゃない。


「そんな都合のいいことばっかり。」


俺は、敢えて二の言葉を告げず、ただ夕奈を見つめ続け、返事を待つ。


・・・・・・・・・


「……うん、そうだね。」


しばしの沈黙の後、根負けしたのか夕奈は受け入れる。


今は、それで十分だ。本当に大切なものを汚してしまわないように、な。


17年前、3月8日に俺は向かう。


夕奈はほんの少し気を緩め、ちらと部屋の時計に目をやる。


ふぅ、もう1時間過ぎている。お説教は俺も夕奈も出来ればゴメンだ。


それでも過去をめぐる独りの時間はまだ終わりの形を見せはしない。

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