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独りと一人は  作者: ライト
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ある夏の日の罪と罰

さて、ここから俺はしばらく登場しないな。当然か。

しかしだ、当時お前は全て独りで抱え込むしかなかったわけだが、今は状況が違う。


俺がいる。


だから客観的に、そして俺の私見も交えつつあの過去を追体験していく。

そうすることで見方を変えていこうというのが俺の目論見だ。無論わかっているな?


夕奈は頷きこそしないが、一応の同意の意志を感じ取る。


・・・・・・・・・


情景が浮かぶ


25年前の8月16日、当時5歳か。

頭の中に甦る、幼少の頃の夕奈の姿。

あどけなく、明日のことなど考えず、ただ純粋に笑顔を浮かべている。

「かわいいね」

先に断わっておくんだが、当時のイメージはだいぶ補正かかっているからな?身も蓋もない言い方だがこのくらいの年子は大体可愛いしだなぁ。


……分かっている。外見の話ではないのだろう。心とか、そういった見えない部分に対してのコメント、ではあるはずだが。

こんな状況にあっても、微妙に図々しい面が未だにあるのだな。

数%程度だろうが自分の容姿に人より多少ぬきんでた部分があるという気持ちが見え隠れしている。

そういえば常に容姿に関しての自己評価は決して低くはなかったな。

今になってみればその自己評価の高さは別に容姿だけに限った話でもなかったのだが。


だが、そのにやけた面をもっと外に出せていたなら、と思わずにはいられない。

はたから見たら、容姿に自信があり自己評価の高い嫌な奴だっただろうが、それでもよかった。今よりましだ。


さあ、まずはお前の口から語るんだ。当時のお前がどう考え、そしてなぜ現在に至った要因を

押しとどめてきた心の闇を、すべて解き放つがいい。


「暑い、暑い日だったね。朝から友達と当てもなくただ走り回って。本当に楽しそう。」

ちなみに、共に遊んだ友達の名は?

「覚えてないよね。」

ふう、そういうところであろうが。脳の容量は延々と繰り返す悩みの為でなく、名前を覚えるためにあるのだぞ。

「よね。」


「お昼になって、誰の家だったか忘れたけれどご飯を頂いて、そのあとその子の部屋でビデオを見たり、おままごと?をしていたんだっけ。そんな時よね、電話がかかってきたね。その子の母親が私を呼び受話器を手渡してくれた。ちょっと暗そうな顔してたかも。」

相手は、母だったな?

「うん、おじいちゃんがね、私にたくさん良くしてくれたおじいちゃんがね、危ない状態にあるからすぐ戻ってきなさい。って。あんまり正確には覚えてないけどそんなニュアンスだったはず。」

5歳程度でも、入院していてそれがどういう状態にあるのか分かる程度の知恵はあったのだな?

「まあ、多少は。ただ意味としては分かっていても、心はわからないよね。子供だもの。」

それはその通りだ。


「その子の家から家までは走って10分くらい。送っていきましょうか?と言われたけど断って私は家に向かった。はずだった、よね。」

そのはずだったな。現実は違ったわけだが。


「おじいちゃん、最期に、どう思ったのかな。」

……

「嫌な孫を持ったものだよね。」

そんなの本人じゃなくちゃ分かるはずがない。


「お母さん達は少し苦手なイメージだったみたいだけど、少なくとも私にはいつも優しかったな。」

……


「その一年前くらいのこと。友達といつも集まる大きな木の下に一人でぷらっと行ったんだけど、天気予報なんて見ないもんだから突然の大雨、雷も鳴って、独りっきりで怖かった。」

夕奈が嫌な思い出以外で覚えているくらいだ。よほど心に深く根付いているに違いない。日付までは覚えていないだろうが。


「ずーっとしゃがんで俯いてた。雨の音と雷の音しか聞こえなくて。死んじゃうのかなって思った。」

大げさだ、と吐き捨てるのはナンセンスだな。確かにそう思ったのだ。


「でもおじいちゃんね、来てくれた。きっとたくさん探してくれたんだね。暖かく抱きしめてくれた。私をだっこして車に乗せてくれて。その後は寝ちゃったね。よく覚えてない。けどたぶんお母さんやお父さんに怒られたんだと思うけど、逆におじいちゃんは怒らなかったな。あんまり表情は変わらないから何を考えていたのかは分からないんだけれどね。」


十分だ、十分だ。お前にとっての暖かい思い出がそこにある。それは確かなことだ。それでいい。


・・・・・・・・・


お前が何を思っているのか俺にはもちろん手に取るように分かる。

暖かすぎる思い出が大切すぎるからこそ傷は深いのだろう?


・・・・・・・・・

まだ途中だな。お前の口がすべてを語り終えたら、お前に本当に伝えたい言葉を与えようではないか。

さあ続けよう。


「……なんで、あの時まっすぐ帰らなかったんだろう。私はむしろ家とは反対方向へと足を運ばせた。」

残念ながらそちらは病院方向でもなく、近くにある土手の方向へと夕奈は向かっていったのだ。


何故だ?何故家に帰らなかった?何が幼い子供にそれ以外の選択肢を与えさせたのだ?


分かってはいる、だが俺はそれでも敢えて問いかける。


「川の近くに、私はしゃがみこんでしまった。少しだけのつもりだったはずが、多分数十分以上座り込んでいたようで、私は少し焦り始めた。」


そう、焦った。でもそれは急いで家に戻って病院に行かないと、という焦りではなかった。


「怒られる、なんですぐ帰ってこなかったのか。」


子供だな。実に子供だ。


「私はその場で転んだ。自分の納得いくまで。そして砂利のような場所で肘や膝を擦らせた。」


これで叱られずに済む、か?


「そうだね、そう思った。本当に歩くと痛い程度に擦り傷を作ったし、実際心配されたぐらいだった。帰る途中で転んでしばらく座り込んじゃった、ごめんなさいって言ったらそれ以上は無かった。」


むしろ、怪我をおしてでも駆けつけたい祖父想いの子供であると言う印象すら与えていたように思えてくる。流石にそんな事狙ってはいなかったろうがな。


「だったね。かわいい子供。」


でも汚い子。


「結局それからすぐ病院に向かったけど、タイミング悪く、死に目に立ち会うことも出来なかった。自分だけならまだしも、お父さんお母さんまでそんな目に合わせてしまったね。」


悪意と呼ぶほどの事ではない。間が悪かったのはそうかもしれんがな。


「みんなおじいちゃんの死を悲しんでいた。だけど、私は」


その頃からだったか、何をするにも罪悪感がチラついて子供らしい無邪気さを無くしてしまったのは。5才のくせに。周りがキャッキャ笑っているのだから同じくしていればよかったのだ。


もっとも所詮は幼い頃の出来事だ。きっかけであったとしても、それが致命的なものになったわけではない。


もう後が無いような人間を思いとどまらせるには、焦ら話をじっくりと時間をかけ全て聞き、そして一本一本絡み合った糸を解いていかないと思っている。


人間の心理なんて理解不能だし、自分自身ですら分かりやしない。みんなそうなんだと思いたい。


お前は祖父が危ないと聞いたにも拘らず、病院には向かわず、自分の保身のために両親に嘘をつき、挙句優しくしてくれた人の死に目に自分どころか両親すらも立ち合わせられなかった。


それ以上語ることはあるか?


「ううん。」


全て吐露した様子で、諦めと自虐を混ぜたような笑みを裕奈は浮かべた。


「くだらなかった?」


まあな。


俺的にはくだらない理由だ。少なくとも自らの命を断つ理由なんてのには値しない。


でもな。いいさ。くだらない理由結構。


くだらないと切り捨てた先にあるのは目覚めのない闇なんだろう?


大したことはない小さなとげのようなもの、だが、古くからのものであるが故にその根は深い。


しかし、この後にまだまだ控えている杭を思えば、こんな程度で苦戦なんてするつもりはない。一気に引き抜かせてもらう。世間知らずで融通の利かない不器用で頑固な愚か者。


そんなお前だがなぁ、俺は見捨てない。見捨てないさ。万人にとっての正解なんてないなら人それぞれの正解ってのがある。


お前を救う答えってのはみんなが呆れてしまいそうな、どうということもない答えなんだろう。


独りじゃなければ、きっとお前はここまでならなかった。


独りであり続ける限り、この悪夢から覚めるのはきっと困難だ。


だけど、困難であろうがなんだろうが、俺は、やり遂げる。それが真の望みなのだろうから。


始めるぞ。いいな?


お前の心の楔を引き剥がす。


物言わぬ瞳が、表情を変えずに、それでも、それでも、俺には何かを懇願しているように、感じられた。

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