答えなんて、無くていい。
「お前は、渡瀬優の、何なんだ?もちろん、関係あるんだろう?」
俺は不躾に女に質問を投げかける。俺には知覚できているが、どうやら夕奈には見えていないらしい。まずそれが何より異常なことだ。逆は幾らでもあるだろうが、俺にしか見えない事なんて、まず無いのだから。
「いきなりですか~?じゃあ、お答えしますね~私は、ゆの、渡瀬優乃、って言います~。」
渡瀬、優乃だと?渡瀬……?
「あなたは?」
「……朝奈……夕真、だ。」
「夕真、さんですね~。」
「夕奈に夕真に優に優乃……ねぇ……」
「似てますよね~?」
「ああ……そうだな……偶然だろ?」
「たぶん、そうでしょうね~。」
「……お前は、誰なんだ?なんで俺と会話できるんだ?」
「……私も、同じこと、聞きたいんですよね~……」
実はここまでで、不思議なことがもう一つ起こっている。
俺の意識や記憶などは、大体において夕奈と共有だ。また大本は夕奈のものになる。たとえば夕奈が見ていないものを俺が知識とすることは基本的に出来ない。もしできるとしたら夕奈自身が忘れているが俺が憶えているというパターンだ。まあそういう場合は俺が夕奈に思い出させることによって共有することになる。祖父の死や学園祭の日などはこれに近いケースだ。
だが、今俺がこいつと話していることは、なぜか夕奈に伝わっていない。それは、夕奈がこいつ、優乃を知覚していないからだ。大本の人間が知覚していないんだから認識できるはずがない。俺が優乃の存在を語ったとしても見えていないものを本心から受け入れることは理屈上無理だ。幽霊がいると信じることは出来ても実際に見えるのとそうでないのは別次元だからだ。
だが、なぜか俺はこいつを知覚し、あまつさえ会話までしてしまっている!?こんなことは、ありえないのだ。
もともと俺は存在しない。夕奈にだけ見える架空の存在。それが居るかどうかを議論するのも正直おかしな話だが、そいつが別の誰かと会話をするなんて更に非常識極まりない状態だった。
「いつから、お前は、居るんだ?」
少しずつでも会話するしかない。なんだったら俺の妄想という結論が一番適当かもしれない。
「6年前、くらいでしたね〜」
「そうか、じゃあ、そっちの方が年上だな。」
「じゃあ、私の事、お姉ちゃんって呼んでもいいですよ〜?」
「俺は1年ちょっと前くらいからだ。」
「じゃあ、一緒の時期ってわけじゃないんですね〜」
「個人差がある、って事だな。どうして、誕生した?」
「……それ、正確に答えられます〜?」
「難しい、か。俺も難しい。夕奈は俺であって俺でない。なぜそうなったかは、夕奈自身もわからないんだろう。だけど俺なりの見解は、自分一人じゃ心が折れそうだったから、自分じゃない存在を生み出した。多分それが正解だ。」
「そうですね〜私もそうだと思います。」
誕生した経緯はお互いおんなじようなもの、か。問題は何故それらが互いを認識し合っているのか。
「なんで、女、なんだ?渡瀬優にそういう願望でも?」
「夕真、さんで、いいですよね〜?じゃあ夕真さんが男なのはそういうことなんですか〜?」
……違うだろうがわざと聞いた。夕奈にそんな願望はない。渡瀬優もそんな風には見えない。
「夕奈に関してなら一つ、仮説がある。夕奈は自分の存在に対してただならぬ嫌悪感めいたものを持っていた。だから自分とはなるだけ違う存在を作り出したのだと。その違いの一つが性別だった。」
「じゃあ、私も一つ仮説あります〜。」
「聞かせてほしい。」
「あちらにいる、夕奈さん。ずっと、優さんの事を想っていたんじゃないですか〜?」
その通りだ。まぁ、自分の中の真実を捻じ曲げていたとはいえ、渡瀬優に対して想っていたのは変わらなかった。後悔だったのか慕情だったのかの差ぐらいか。
「優さんも、そうでした。自分が彼女を支えられる人になるまで会いに行くまいって思ってもそれでも気持ちなんて止められませんよね〜。ずっと、逢いたいって想ってたんですよ〜?」
「言いたい事が見えてきた。強く互いを想っていたからその相手と同じ性別になった、という事か。」
「その方が、ロマンティックじゃないですか〜。」
……それでいいなら、否定はしない。どっちにしたって正確な答えなんて浮かばないし分からない。だったら、相手がいいと思う方でいい。
「渡瀬優は、お前の事、知っているんだよな。」
「はい~知ってますよ~。生み出した本人ですし~。」
「やっぱり、相談事を聞いたりか?」
「ですね~。後、さりげな~く、アドバイス、したり~?」
アドバイス、誘導、じゃなくてか?
「そうですね~まあそうとも言えるかもしれませんね~。」
俺と、同じだな。俺は、夕奈のもう一つの本心だ。だから、俺がそうしたいことは、夕奈も本当はそうしたいという想いがあるという事だ。だが、夕奈にはそれを優先することが出来なかったから、他の人間にアドバイスされたからそうしようと思う、という体のおぜん立てが必要なわけだ。だから俺は、なるだけ本当に夕奈のしたいように勧めてやる。もっとも決めるのは夕奈だし、俺の言う事を聞かないことだって多々あった。
「夕奈さん、どうして、あなたが必要だったんですかね~?優さんは会いに行けなかったけれど、夕奈さんは会おうと思えば会いに行けたんじゃないですかね?それに夕奈さん、凄くいろんなことがうまくいっているようにも思えますし、そこまでになる原因が、分からないんですよね~。」
はたから見た夕奈はそんなふうに見える、か。だよな。俺もそんな風に普通なら見える。悩んだのはやっぱり夕奈が思いつめすぎただけだ。
「ま、なんというか、乙女には、色々あるんだろう。あんたも同じ女性なら、分かるだろ?」
適当に濁して返してやる。
「分かりました~。」
聞き分けいい、わけないよな。ただ、察してくれただけか。
「渡瀬優は、死のうと、したのか?」
「……?」
夕奈は、死から一時的にでも逃れるために俺を作り出した、渡瀬優もそう、なのか?だが、この反応は、ちょっと違うか?
「夕奈さん、もしかして、死のうと、したんですか~?」
察しが良い、まあ過去の話だし、いいか。
「それが、俺が必要とされた原因だ。」
「今は、大丈夫なんですよね?」
「ああ、まあ本人がどうにか立ち直ったんでな。」
「なら、良かったですね~。優さんも悲しみますよ、そんなの~。」
「渡瀬優は、何に苦しんだんだ?死、ではないのだろう?」
「うーん……これ、秘密ですよ~?いいですか?夕奈さんに、言っちゃだめですよ~?」
「……まあ、いいだろう。あんたと会話して手に入れた情報は夕奈に共有されないようだし。俺が口を閉ざせばいいのだろう。」
「芸術家って~、忍耐の日々の連続なんですよ~。」
察しはつく。実際夕奈が別れてから十数年経っている。その間ずっと努力してきたのなら、その分ずっと辛い日々が続いたに違いない。
「日々を生きていくのに必要なもの。」
「金。か。」
「そうです~、お金です~。お金がなくちゃ夢を追い続ける事も出来ないんですよ~。ただ、優さんは、貧乏って程じゃなかったですよ~?そこそこ普通に食べていけるレベルではあったんですよ~?本当ですよ~?」
別に疑ってない。
「夢がもう少しで叶う、って人の近くには、欲望が付きまとうんですよ。ようは優さんを取り巻く人たちですね~。たとえば、贋作作ってくれ~とか、少し黒いことに手を染めれば有名にしてあげるとか~!」
「それは、黒い一面だな。」
「もちろん優さん、そんな事一切してませんからね~!?だけど、優さん真面目だから、自分の中にほんの少しだけある欲望から、目を背けられなかったんですよ……」
「欲望ったって、金がある程度必要なのは、しょうがない事だろう。そんなの欲望か?」
「ですよね~。私もそう思うんですよ~。でも……優さんは、お金は必要、だけどそう思う欲望がある限り、自分は今より上には上がれない、って、思ってたんです~。」
……軽く、矛盾している。なんか、その辺の不器用さは、夕奈に似てるな。似た者同士か。
「そんな二律背反の思いを抱き続けて優さんは生きてきました。そして、遂に、私が生まれました。」
「少し、端折りすぎだ。」
「つまり~、お金を大切に思う心を引き受けたのが、私、渡瀬優乃なんです。そうすることで、優さんの心にはお金に対する雑念が無くなり、芸術に真っ直ぐ打ち込めるようになったわけですよ!」
「渡瀬優自身が、自らの意志で生み出したと?」
「いや~、たまたまというか、精神的な病気みたいなものから生まれたようなものですよ~?そこに至るまでのエピソード、聞きます~?」
「……長そうだから今度にしておくか。」
夕奈エピソードと同程度だとすると半日くらい潰れる。流石にきつい。
「じゃあ、今度聞いてくださいね~。とにかくそんな感じです~。」
なんだなんだ……じゃあ、離れていても、相手を想い、同じように苦しんで、同じようなものを生み出し、そして今とうとう再会を果たした、と。やっぱり変わった二人だ。
「それじゃあ、俺とあんたが、会話できてるのにも、一つ仮説が立てられる。」
「聞かせてもらえますか~?」
「これは、俺の幻覚だ。気のせいだ。」
「幻覚!?なんでですか~!私ここに居るじゃないですか~?」
……うそうそ。それはたぶんない。
「ジョークは得意なんだ。すまないな。まあ、確かめなくちゃ確実ではないが、俺の幻覚だとしたら、夕奈の知識内での事以外の事をあんたが話していてはおかしい。夕奈はその後の渡瀬優についてほぼ知識0なのだからそんな事語れるはずがない。」
「当たり前ですよ~!何より私がここに居るんですから~!」
まあ、それは、幻覚かもしれんじゃないか。
「俺とあんたが、同じ世界の人間、だというのはどうだ?」
「おなじ、世界ですか~?」
「例えば、な。霊界とか名前は何でもいいが、要は、互いに幽霊だからコミュニケーションが取れる、っていう事だ。」
「ん~……90%違うかなって思いますね~。」
「90%!?」
「残りの10%は幽霊がどんなものかわからないから確定できないだけでほぼ違うと思いますよ~。」
あ、そう?
「そもそも夕奈さんや優さんと意識を共有なんてことが出来てる時点で、そういった違う意識を持つものとはかけ離れてると思いますよ~?あくまで私たちは夕奈さんと優くんなんです。それは確かだと思いますよ~。」
「……まあ、幽霊ってのはあくまで便宜上の名前で、ようはそういうことが出来る人格とでも言えばいいのか。それらは実は夕奈たちの生きている空間と少しずれたところに存在していて、俺たち二人はそこの住人だという……」
「そんなの、都合、良すぎますよ~」
……まあ、そりゃそうだが。
「私は、きっと、相手と繋がりたいって気持ちが、私たちをそういう風に作ったんだって思います~。」
……それの方が都合良すぎると、思うんだが……
・・・・・・・・・
……でも、それでもいい。か。
「かも、しれん。」
「本当ですか~?やっぱり、その方がロマンチックですよね~。」
「かも、しれん。」
「……私、優さん以外と喋れるの、ちょっと嬉しいかもです~。」
「俺は……夕奈の為にいる。さみしいとかそんな事は、思わない。」
「夕奈さん…夕真さんがさみしくないようにって、私を作ったとしたら。」
「違うな。あんたはあんただ。渡瀬優のイマジナリーフレンドだ。理屈は分からんがイマジナリーフレンド同士で何故か会話してる。ただそれだけだ。」
「そうです、ね〜。理由なんて別にいらないですよね〜。もし、理由があったとしても、それが必要になった時、改めて考えればいいですよね〜?」
夕奈に言ったこと、もう少し適当でいい。俺もそれに準じよう。
「何故、優さんなのだ?あんたのキャラ的には優くんじゃないのか?」
一転どうでもいい事を聞く。これで最後にしよう。
「……優くんって、呼んでほしい人は、夕奈さんだからじゃないですかね〜。私はそう思ってますよ〜。」
「そんなに想われて、夕奈は幸せ者だ。それと、一つ、礼を言いたい。」
「?」
「俺は、夕奈の、あんな笑顔を見たのは、初めてだ。渡瀬優が居てくれたから、夕奈は幸せだ。だから、渡瀬優を守ってくれた事、ありがとう。」
「……ふふ、なんですかそれ〜?そんなの、お互い様、じゃないですかね〜。」
向こうでは、二人抱き合って何やら嬉しそうだ。俺も、嬉しい。
「幸せそうで、良かったですね〜……」
「本当は、もう、俺は必要ないのかもしれないな。」
「いやいや!いりますよ!せっかくお互い喋り相手が出来たんですからもっと話しましょう〜?夕真さん……」
内心、悪くないとも思っている自分がいる。俺にも自我がある理由。俺には俺の幸せが、って事なのだろうか。ロマンチストだな、でも夕奈なら、そう思うかもしれん。
それでも夕奈、俺はいつでもお前の側にいるし、お前を想っている。それだけは変わらないからな。
「さあさあ夕真さん〜色々喋りましょう〜?有る事無い事〜。」
俺は俺とて、新たな、相談相手が出来たわけか。それもまた、夕奈の為に繋がる事だろう。
今日という日が、夕奈にとっても、渡瀬優にとっても、渡瀬優乃にとっても、俺にとっても、大きな変化をもたらした日になった。明日は、今までより、より一層輝くだろう。
俺はそんな輝かしい未来を見据え、語り始める。幸せ最前線の二人には今となってはいい想い出の二人の馴れ初めを……
「私もよく知ってますよ〜?」
……もちろん、夕奈視点で、な。




