ふたりとひとり
優くんの手紙を開く。あのころの暖かさが、そこには残っていたように思えた。
・・・・・・・・・
そこには優くんの想いがつづられていた。どっちの結果が出てもいいように手紙を二つ用意していたこと。自分の力がまだまだ足りなかったこと。だけどそれでも、私と一緒に居たことで、助けられていたという事。そして、転校してしまう事。それを、どうしても口で伝えることが出来ないという事。悲しくて悲しくて、どんな伝え方をしても私を悲しませてしまうであろうこと。だからせめて、自分が頑張ったところを見せて、安心させてあげたかったという事。
……優くん、私の事ばっかり。
「だけど、これで、諦めたりしません。離れていても、先輩に届くような絵を描いてみせます。だから、僕は離れてしまっても、頑張り続けて、先輩の支えになりたいです。だから、先輩が頑張っている時、ちょっとでも僕の絵が先輩を助けられたら、そう思って、僕は絵を描き続けます。か。なるほど。俺の百万の言葉より、この手紙見せれば一発だったのかもしれないな。」
夕真、そんなことないよ。この手紙だって、素直に受け入れられるのは、夕真のおかげじゃない。
「ふう、やはり渡瀬優にはお前の事、御見通しのようだな。」
?
「不思議だった。彼を傷つけたのはお前の勘違いなのはわかっていたが、向こうからも連絡がないのがな。」
アドレスとか、変わっちゃったんだよね。私の事をもう思い出したくないから、そうしちゃった、のかなって。
「ふむぅ。なあ、もう一回。調べてみないか?」
優くんのこと?でも、ネットで調べても出ないんじゃ、ね。
「お前は渡瀬優を甘く見ているようだ。こんな情熱的な手紙を書くほどのやつが、息詰まるとは思えなくなってきた。」
そう、かも、しれない。けど……
「渡瀬優は、絵を描き続けている。お前と別れた後もずっとだ。」
たぶん、ね。
「なら、成功しなかったのだろうか?」
……そう、思いたくはない。けど、ネットにもかからないんじゃ、成功しなかったのかも……
「奴の想いが本物ならば、もう一つ考える余地がある。」
もう、一つ。
「Yuu Watase で検索してみようじゃないか、外国の検索エンジンで。」
ッ……私は、完全に失念していた。芸術は日本だけじゃない。世界中に存在する。日本で見つからないからそれで止まっていた。本当に夕真の言うとおりだ。私は優くんを信じていなかった。過小評価していた。でも、優くんなら、あるいは。
私は、外国のサイトを調べていく、そして。そこに。
「……どれどれ、ビンゴか?」
優くん、かな?
「俺にはそう見える。」
あはは……私にも、そう見える。
「世界を相手に戦っていたのだな。」
……すごい、すごいよ、優くん。
「まだ世界的に、というほどではないだろうが、なかなか頑張っているように見える。」
そうだね。あ、この絵、この風景……
「たしか、夕奈と一緒に出掛けた場所だったか?」
だね。
「それに、そこそこ最近の絵だ。今でも、夕奈の事を。」
あはは、それは、流石に都合、良すぎじゃないかな。
「ま、そうかもな。でも、絵の題材に選ぶくらいだ。大切な、想い出なのは確かじゃないか?」
……だったら、いいな。
「嬉しいか?」
もう、分かるくせに。夕真が意地の悪い事を言う。でも、嬉しい。
大切な人が頑張ってるんだって分かると、嬉しいね。
「周りも、そうだったんじゃないか?」
周り?
「夕奈の周りもだ。夕奈が頑張ってるところを見て、自分も頑張ろうって思えたんじゃないかってことだ。今の夕奈のように。」
目標も無いのに?頑張ってるフリみたいなものなのに?
「見る側からしたら、な。」
私の悩みって、くだらないなって、思った?
「思ったとしても、関係ないさ。お前にとっては大事なことだったんだから。悩みなんて、そんなもんだろう?」
夕真が、私から生まれたなんて、信じられない。どうして、そんなに私と違うように考えられるの?それに、優しすぎるよ。
「そんなの簡単だろうに。俺が思ってることは、心の中で夕奈が思ってることだ。人なんていろんな考えを持ってるもんだ。気持ちを一つなんかに絞れるほど簡単じゃないだろう?たぶん、平等を基準にした時の気持ちが夕奈の気持ち、夕奈が感情に従った時の気持ちは俺が出してるんだと思う。俺と夕奈はきっと、そういう関係なんだ。優しいのは、そりゃあ、俺もよく分からないな。でもたぶん自分自身だからだ。というか別に優しいつもりは更々ないけどな。別にいいんだよ。自分自身なんだから、いくらでも頼れ。これからも。」
夕真…
なんだか、色々嬉しい事を、言われている。けどなんだか、言葉にしようとすると、難しいな。だから一言、返した。色んな気持ちを込めて。
ありがとう、ね。
夕真だから、きっと、全部伝わるよね。
「……おう。」
さて、私は私で、頑張らないと。今まで通り。
・・・・・・・・・
それからまた数日、ふと私は思った。
うーん。優くんって、私の事、知ってるのかな。
「ん?どうだろうな……知ってそうな、気はするがな。芸能人ほどじゃないだろうが、まあ有名人な方なんじゃないか?社長だし、外面は美人だし。」
美人だもんね。えへ。なんて。……逢いに来て……なんてくれないよね。
「悩みが解決したと思ったら今度は次か、やっぱり人の悩みは尽きないもんだな。ま、生きるか死ぬかの悩みに比べれば乙女な悩みで結構。」
誰かと、付き合ったり、してるのかな。
「結婚してるかもしれん。」
!!!!!
「平等、だろう。付き合う機会も、結婚の機会も。まぁあんま期待しない事だ。夢なんて儚いもんだ。」
……デリカシーはどこに。でも、そうだよね、優しいし、絵も上手だし。いじいじ。
「その時は慰めてやろう。」
くすん。じゃあ予約しておくね、うう……
「外に出さないとはいえ30でそのキャラは。」
デリカシー!!!
……分かってはいた。立ち止まっていた私と違って、優くんは進み続けていたのだから。立派だな。努力した人には、それに見合うだけのものが与えられるべき。それは私の信じる平等だ。
もう、優くんはとっくの昔にしっかりした自分の人生を歩んでいたのだ。なら、きっとこれから優くんには、素晴らしい未来が待っているに違いなかった。
そこに、私は、いない。
ううん、いては、いけない。
それが、私の平等。私が進まなかった、結果。頑張った優くんの隣にちゃっかり居座るなんて、そんな事、出来ない。私にそんな素晴らしい未来が与えられる資格は、ない。
……はず、だった。んだけどなぁ……
ああ、なんでだろうか。自分がずるいって分かっているのだけれど、私はその申し出を断れなかった。申し訳なさの前に私は余り有る嬉しさを感じずにはいられなかった。
私が私の中での一大決心をしてから更に1年と半年くらい経った頃、ニュースとともにそれは訪れた。優くんが、世界的に有名な賞を取ったというニュースだった。
その頃の私は、とにかくさらに上へとのし上がるために毎日自分を磨いている日々(のつもり)を送っていた。
分かっていても、やっぱりあんまり真実を目の当たりにしたくないというか、まあとにかくそんな思いがあったからあえて優くんについてそれ以上は調べなかった。ただ、こんな大規模なニュースとなれば耳に入るのは当然のことで、それは私にも当然飛び込んできた。
私は、とにかく嬉しかった。芸術という分野は、なかなか実りがたいものだと分かっている。でも、優くんは遂にそれが認められたのだ。頂点を志す人、誰もが頑張っているのは分かっている。だからそれを比べることは出来ない。だから私が知っている私の大切な人が賞を取った。それだけで、いい。嬉しい。
と、そんな感じで一人密かに喜んでいるだけに終わるはずだった。そのニュースの日の夕方頃だった。私のもとに、いや、秘書を通して、連絡が舞い込んできたのは。私も一応社長という肩書を持つのでよく分からない相手からの連絡などはある程度シャットアウトしなければならなかった。それは平等ではない、かな。ただ、名前を聞いた途端、私はすぐさまその相手とコンタクトを取ることを選んだ。
渡瀬優、その人。優くんだった。
いきなりの事過ぎて、何一つ心の準備もできていない私は、とりあえず後日(2日後)会う約束をメールを通したやり取りで行った。その文章は十数年ぶりに交わすものにしては非常に事務的な会話になってしまって、ああ、ちょっとやり直したいと何度も反省した。
ただ、優くんは、昔とあんまり変わっていない文章だった。あの頃の、ままのように感じた。
・・・・・・・・・
そして当日、私は自室で待機中。緊張やら頭が真っ白やらなんやら、いきなり私の部屋で逢いたいなどと、ちょっとぶっ飛び過ぎな、もし特定の誰かが居たら誤解されるんじゃないかとか、兎にも角にも久しぶりの対面には似合わないであろう場所を提案してしまった。
……私、優くんに対して昔より奥手になってないかな……っていうか、勝手に空回りしてるだけかもだし、そもそもなんで連絡してきてくれたのとか……久々に仕事が手につかないというありさまだった。
と、とりあえず、おめでとう、とかから、だよね。うん。そうだ。これが32才になる女性の心境ですか。あまりにも精神異常を拗らせてしまったが故の因果応報ってやつなのかな。辛い、辛い。
そもそも人を部屋に呼ぶこと自体、無い。外で出歩くならともかく、こういうのはとにかく慣れてない。
人が脳内でどたばた会議を繰り広げているその時だった。コンシェルジュから連絡が入った。訪ねてきた人がいるのでご確認くださいとのこと。
えーっと……モニターモニター、優くん、だ。だよ、ね?テレビで見た感じと同じ。優くんのはず。
私はコンシェルジュに、部屋までお通しくださいと連絡する。
これ、もし勘違いだったら、どうなるんだろう。もしかしてこれってドッキリ?でも芸能人ならともかく社長相手にドッキリとかある?テレビも色々なやり方を模索してるしアリっちゃアリ?えーっとえーっと。もうすぐ、来ちゃうんだ……あー!
「夕奈……だいぶテンパってるな。」
そりゃテンパるよ!
「だよな、ま、慰める準備は出来てる。だから安心しろ。」
そんな安心のさせ方ッ……
――チャイムが、鳴る――
ハッ……
「……覚悟、決めろ。」
わわわ、分かってるもの。大人大人、平常心平常心。
「平常心、ねぇ……しかし、ちょっとおかしい、な。」
おかしいって、何?私が?そりゃおかしくもなる。
「いや、そうじゃなくて、雰囲気が……ま、いい、出てやれ。」
うう、ううん、うん。
私はパタパタとあわててドアを、一息ついてから、開けた。
・・・・・・・・・
そこには、誰も、居なかった。
・・・・・・・・・
「嘘つけ、現実から目を背けるな。」
はい、嘘です。優くん(?)が、居ました。
「……夕奈先輩。」
優、くん?
「はい、その、久しぶりです。あはは……」
その笑い方。その控えめな感じ。その包み込むような優しさ。私の時が、一気に進みだした気がした。
久しぶり、だね。優くん。
私は、嬉しくて嬉しくて、でも、なんだか泣きそうにもなりそうだった。それに至る感情はもう混ぜこぜで、自分自身わけわからないものだった。覚悟していたつもりだったのに、やっぱり、面と向かって話すと、感情が抑えられない。
えっと、と、とにかく、中に、入って?
やっと絞り出せた言葉はそんなものだった。
「あ、はい、お邪魔します。」
私は優くんを家に招き入れた。これから、いったい何を話すことになるのか……もうそんな先のことなど考えれないほどに頭はいっぱいいっぱいだった。
・・・・・・・・・
夕奈は渡瀬優とどうにか会話しようとしているようだった。まあ、あっちはあっちでなんとかなるんだろう。それはいい。
俺の疑問は、いや、この違和感は、明らかに異質だった。
「………………どうなってんだ?お前は、誰だ?」
俺は、二人から少し離れたところに居る、そいつに話しかける。
「どうも~、はじめまして~。」
その女は、のんきに俺に挨拶を返してきた。




