独りと一人はようやく歩き出す
自分が死にたい理由、そこにさえ、夕奈は願いを込めた。
「願い?」
そうとも、願いだ。
「私の、死にたい理由。それは、自分自身の、醜い部分にもう耐えられないから。それに、私には、未来がもう、ない。」
だが、だんだんそれは揺らぎつつある。そうだろう?
「そう、だね。正直、そうかもしれない。」
けど、それじゃあまだ半分。半分なんだ。夕奈。お前が本当に望んだ願いは、この問答の先にある。
「半分。私がここで踏みとどまったとしても、また私は同じことを繰り返すかもしれない。そういうこと?」
……だんだん、俺と思考がリンクしつつあるような気がする。もともと自分なのだから、それは本当は当たり前なはずなんだけどな。
そういうこった。引き留めるだけなら、正直簡単なんだ。でも、そんなの一時的なもんだから、それじゃあ駄目だ。夕奈は自分自身の心に疑いを持ちつつある。それに納得のいく答えをだすところまでが俺の目標だ。
「でも、確かに私は迷いつつある。けど、それでも、生きて、いいの、かな?たとえ私が生きることを選択しても、私のように心の中に悪魔を宿している人間がいることは、いいのか、な。」
相変わらず拗らせた高校生みたいなこと考えているな。そんなのみんなとっくの昔に答えを出して進んでいるんだがな。
見た目や頭脳は成長しても、心の成長についてはまだまだ幼いもんだ。
俺は、お前だ。だから俺がお前に説得するってのは、あくまで自分が自分を認めさせる行為だってことはよく分かっているよな?自己弁護だ。みんなやってることだ。けど夕奈はそこに平等を求めたいんだろう?なら、これから俺が言う事が平等性を欠いているようなら、それは否定しろ。そうじゃなくちゃ平等じゃない。そうだろう?
「それでも、夕真は私にとって夕真なんだ、よ。」
分かってる。それでも、だ。
俺は一言言ってやる。
生きてて、いいんだよ。いいに決まってる。
「嘘吐きでも?」
ああ。
「自分の事しか考えなくても?」
ああ。
「誰かを、傷つけても?」
ああ。
「……平等、じゃ、ない。よ。」
じゃあ、夕奈が嘘をついた分相手に嘘を言われれば平等か?他の人が自分の事しか考え無くなれば平等か?誰かが夕奈を傷つければ平等か?
「そう、じゃない、けど……」
ま、確かにそんな単純じゃないわな。夕奈はしてしまったことの分償わなくてはいけないと思っているんだろう。けどそれが出来ないから苦しんでたんだろう。でも、やっぱり答えなんか出せないだろう?
お前はどう思うかしらんがな、多かれ少なかれみんなやってることだろう。嘘ついて、たまには自分の利益を優先して動いて、誰かを傷つける事も誰だってやってきたことだ。
最初に言っただろう。もっと適当に生きろって。お前は、自分が周りと違うと思ってるけどな、いっしょだよ。
だいたい、お前がそれで死のうとしてるってんなら、周りの同じことしてるやつだって死ななくちゃ平等じゃないだろうが。違うか?
「周りは、そんなに悪く、……ない。」
それは嘘だ。平等じゃない。悪い事なんてな、笑い話でいいんだよ。もっと軽く生きろ。そんなんで死なれちゃたまらない。
「私は、本気なのに……本気、だったのに。」
俺だって本気だ。お前が本気で悩んでることなんて、絶対に周りからしたら何でもない事なんだよ。けど、一人で抱え込んだ結果がこんなことにさせてしまった。それをどうにかしたかったから俺が生まれたんだろうに。結局それでも今日みたいなことになってしまったわけだけどな。
「私の、未来は、目指すところ……は。」
それは流石に自分で考えようぜ。
「30年経って、まだ、見つからないのに?」
そんな奴だっているさ。それに、そのための準備だってしてきただろう?
「じゅん、び?」
お前がここまでやってきた理由の一つじゃないか。もし自分が夢を見つけた時、それに向かっていけるように頑張っていこうって考えたんだろうよ。
夢に向かうことも大事だけどな、何もなくても頑張る気持ちってのが夕奈にはある。いつそれが見つかっても大丈夫だ。見つからない不安より、いつ見つかってもいいように準備しているのはお前なりの努力じゃないか。
「そういう、見方も、出来るかも。ね。でも、夕真は、私に甘いね。」
お前のいいところ悪いところ全部知っている。お前の努力褒めてやれるのは今のところ俺ぐらいだろうしな。まあ、あんまりほめ過ぎると自画自賛しすぎで平等じゃないっていうかもしれんか。
「ふふ、そうだね。平等じゃないね。」
じゃあ、俺を消すか?たぶんできるだろう?
「夕真のばか。消さないよ、消せるわけないよ。」
平等なんて、難しいだろう?
「うん、難しいね。」
お前のおじいさんは、優しかったか?
「うん、優しかったよ。」
知っている。
夕奈、何回もお見舞いに行ったな。そのたび、幸せそうだったな。死を目前に控えていたとしても、あんな風でいられたら本望だろうな。
「おじいちゃん、最期、幸せだったかな。」
当たり前だろう。
「おじいちゃんでもないのに、分かるの?」
意地悪そうに聞いてくるが、それでも俺は分かるさ。
「なんで?」
なんでもだ。
「ずるい。」
俺だからな。夕奈には伝えないが、俺だって、嘘はつける。嘘をつくなら突き通す、か。そうだな、突き通した嘘なら真実に限りなく近い。それで相手を救えるなら、俺だって嘘をつきとおそうじゃないか。
屋上の子や転校した子とは今でも交流があるんだろう?
「そりゃ、あるよ。」
それは悪い事をしたからという負い目からか?
「……なんだろうね。」
人の縁とはそういうもんだ。
「夕真って、本当に適当。適当なことばっかり。」
俺はお前だろう。お前の中にだって適当な部分がある。それを俺が担っているだけだろうに。
「そこまで適当じゃない、と思うけどな。」
ずうずうしい。
「優、くん、は?」
渡瀬優、か。少しでも、逢おうとはしなかったのか?
「……ほんの少しだけ、逢いたいとは、ううん、本当は凄く逢いたいって思ったけど、実際あったら何を話したらいいのか。」
逢えよ。逢っちまえよ。
「どうしてそんなにストレートにデリカシーないの!」
悩んでるなら逢っちまえ。
「連絡先、分からないもの。」
調べりゃいい。
「調べるっていってもなぁ。」
昔ネットで検索したことあったろう。
「……出なかったもん。同姓同名の芸能人とかしか。」
そうだったか。そうかもしれん。まあ、いいだろう。そのうちな。
「何がそのうち!?もう、本当適当。」
お前の悩んでたことなんて適当に処理できる程度なんだよ。
「もう、何それ。」
自分を許してやれるのも、やっぱり自分だろ?みんなそうやってるなら、夕奈もそうしなくちゃ、平等じゃないだろう。
「か、な。」
ああ。だから、もうよそう。お前はもう、強くなったろう。
「強く?」
お前が込めた願いは、私は本気で死ぬつもりだけれど、もし、もし、それを越えて生きようと思えたなら、死のうと決意した自分よりずっと強くなりたい。そうだろう。
お前は本当は自分を縛ってる罪悪感を乗り越えようとした。ようは、死にたくなかったんだ。でも、凝り固まったものは簡単に拭い去ることなんてできない。だから、死、という大きなファクターを利用することでそれを克服しようとしたんだ。もちろん、分の悪い賭けだったがな。当然本気で死ぬつもりじゃなくちゃそれは達成できないのだから。そんなの一人じゃ無理だ。
「だから夕真が必要だった。の?」
自分で考えたことだろうに、本気で死のうとしている頑固者を引き留めるなんて本当に骨が折れた。
死すら利用するというのは強かとも言えるかもしれないが、やっぱり不器用なもんだ。そこまでしなくちゃ過去を乗り越えられないなんてな。
「そんなこと、私が、思うのかな。最初から、夕真がそう言っていたら?」
いや、聞かないだろ?お前は本気で死ぬ気なんだから。俺が何を言っても聞き入れない。平等じゃないって。これまでの罪悪感が生きることを許さないだろう?
「夕真に、うまく、丸め込まれた。」
自分自身に負けるとは、まだまだだな。はっはっは。笑っちまえよ。
「……今度ね。」
今度、ね。いつだ?
「……きょう、以外。」
はいよ。
「嘘つくの、やめない。」
やめろなんて言ってない。俺は、お前の嘘は、みんなを助けてきたとも思ってるぜ?だいたいその嘘をつきとおすために、努力してきたじゃねえか。嘘を真実に変え続けてきた。だから今のお前の形があるんじゃないか。お前の周りの人間は不幸な顔してるか?
「して、ない。ようには、見える。」
それを守り続ければいい。これからもずっとずっと努力だな。
「嘘つくのは、得意だから。」
案外そう思ってるのは自分だけかもしれんぞ?
「それはない、得意なの。」
不器用な嘘吐きってのは、なんともね。
「嘘、つきとおす。ずっとずっと。みんなには悪いかもしれないけど。」
楽しいくせに。
「楽しい。」
悪いやつ。でも、それを全力でつきとおそうとするんなら、それはそれでいいと思う。
「私は悪い人」
知っている。
「夕真、これからも一緒に居てくれるよね。」
拒否権ないしな。必要とされる限り。
「そっか。」
平等は、どうする?
「平等は、二人で決めよう。」
あ?
「私一人で、平等は決められない。これからは、夕真と話し合って、平等を決めようと思う。」
お、おう。
「どう?」
す、素晴らしい、んじゃないか?俺だけじゃなくてもっと人数を増やせばさらに素晴らしいと思うが。
「分かった。平等。」
夕奈、やっぱりバカなんだよなぁ。融通きかないというか。でもまあ、いいか。
お前と一緒になる男は大変だ。一人の時はこんなイミフな女なのに外で被る面はいかにも出来る女なんだものな。ギャップに苦しむ。
「そんなものだよ。」
はぁ。そんなものですか。夕奈こんなんだったのか。死を乗り越えてもそこからはまだまだ道は長いんだなぁと常々感じることとなった。
そんな俺の拍子抜けした想いに呼応するように鴉がカーカーと鳴く外はもう夕暮れの風景と変わっていた。




