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独りと一人は  作者: ライト
13/18

一人

ここからしばらく俺の独白になる。夕奈には、伝わらないことだ。


夕奈は結局、渡瀬優が居なくなってからどうなったのかと言えば、彼と出会う前に戻っただけだった。

目標も見いだせず、ただ己に残った偽りの平等だけを掲げながら、生き続けた。

夕奈はとりあえず進路は、偏差値の高い大学へ行く、という高校を選ぶときとまったく同じ進歩のない選び方をした。そのために勉強をして、そして大学へ入学する。周りからは称賛の言葉の嵐だったが、夕奈自身そんなものは苦痛でしかなかった。


悲しいことに、そんな生き方を大学生活の全てそうしてきてしまった。夢、目標、見つかるだろう。などと言う他人任せの考えを持っているものには、見つからない世の中だった。


結局同じことを繰り返した。次に選択した道は、なるだけ有名な大きな会社に入ることだった。大手外資系のIT企業という、まあ名前を聞けばいかにも凄そうなところをとりあえず選んだわけだが、これだって勧められて流れで受けることに相成ったに過ぎない。


相当困難な入社試験だったはずだが、夕奈はしれっと突破してみせた。一番難しかったのは間違いなく面接だろう。恒例ではあるが、心にも思ってないことを本心から思っているように見せなくてはならない。何の熱意も目標もないのだから余計に難しい。もっとも、そういうところは昔から上手すぎた。綺麗ごとを並び立てるのはいつもの事だったのかもしれない。胸は痛むかもしれないが。


自分の学んでいた分野とは離れたものを選んだが、それでも入社してから周りに後れを取ることなどはなく、むしろ専攻していなかった事を驚嘆されるほどだった。そんな周りからの評価もどんどん上がっていき、入社して3年後、あるプロジェクトのリーダーを任されることになったのだった。思えば、それなりの成果を上げられるかどうかの一種のテストのようなものだったのかもしれない。


夕奈は自分でどうこう発想をするよりも、周りをうまく誘導して、いい案を出させるやり方を学生時代同様行った。もちろん、手柄は相手に譲りつつ。そうすることで周りの自分への評価を上げ、モチベーションを上げさせることで更にいい案を出させようという非常にしたたかなやり方である。


その頃の夕奈はもはや、大人の女性として完成されつつあった。スラリとしたスタイルに綺麗な長い黒髪。与えられた仕事は手早くこなしそれでいて愛嬌もあり、仕事とプライベートのメリハリも使い分け、上司部下問わず周りかも慕われる。誰がこんな環境に不平不満を言うだろう。そんなの当の本人だけである。


結局プロジェクトは想定されていたよりもはるかに良い結果を出す事になる。その結果を受けてすぐさま夕奈は昇進、実に実力主義の外資系らしいものだった。それからも新たなプロジェクトや、時には思いがけぬトラブルなどなど、まあ細かいことは割愛するのだが、それらに対して夕奈は目覚ましい功績を上げ続ける事になる。


そして現在の夕奈の地位は、世界有数のIT企業、東京支社の社長、である。若くして、まだ30歳にして、夕奈はそこまで登り詰めた。こんなもの、周りから見ればとことん出来過ぎた人生。勝ち組というやつだ。


だが、信じられるだろうか。そこまで登り詰めたような人間が、未だ、何の目標も、道も、何も見えていないことを。なにも、変わっていないのだ。中学から高校、高校から大学、その間の期間ですら恐ろしいものを、30歳という年齢になるまで、ずっと、そのままなのだ。本人からすれば、もはや、絶望だった。


流石に夕奈自身が、おかしくなり始めてきたのは1年前ぐらいだったはずだ。誰かと一緒に居る時、自分以外の人間がいる時、「独り」でないとき、夕奈は完璧な振る舞いをすることが出来た。ところがもう、独りになった夕奈は、壊れかけだった。マンションの自分の部屋に入ることがそのトリガーだった。


ひとたび部屋に入ると、始まるのは、後悔、嘆き、苦しみ、自己嫌悪、そんな負の感情を背負って自問自答を繰り返す。そして何の答えも出ない。そんな生活を繰り返し続けたとある日のことだ。


夕奈は遂に、この俺を、誕生させるのだ。


8月20日


死を決意させる1年前の事だ。


心理学などはちょっとよく分からないが、イマジナリーフレンドとかいうものらしかった。医者に診てもらったわけじゃないからこれは全て俺の空想に過ぎない。


おそらく夕奈は自分自身で何も決められなくなった。自分の問いに答えを出してくれる人を求めたのではないだろうか。だが、夕奈の心を知り、理解し、受け止められることのできる人間など、可能性があったのは、当時の渡瀬優くらいなものだ。夕奈は、見下すとまでは言わないが、周りの人間では自分を理解できない、とそう思っている。そうなると、誰なら自分にふさわしいのか。


それはもう、自分以外居なかった。自分なら、これまでの経験を共有しているし、優秀な自分ならば自分の問いにだって答えを出せるはずだ。そんな逃避したい気持ちが、俺という人格を生み出したのだと思う。


もちろんそれは、自分と同じ価値観を持つものではだめだった。それでは全く同じ自分が2人いるだけだから、何も変わらない。


だから俺は、もう一人の夕奈なのだが、俺はかなり独立性のある特殊な人格を与えられているのだ。


多重人格と呼ばれるそれとはまた違うものだった。夕奈が意識ある時に俺は少し離れてそこに存在している。夕奈にしか見えない透明人間のようなものなのだ。


俺は夕奈本人と同じだけ夕奈を知っている。どんな考えを持ち、どんなふうにこれまで生きてきたのか。そんな俺は、ずけずけと夕奈にあれこれ講釈を垂れる。


1つ不思議なのが、せっかくそういった架空の人格を作るのだから、自分に従順なイエスマンみたいなものを作った方が良かったんじゃないだろうか。俺は夕奈の考えなどを大体否定する。それはそういう風にするよう俺が形作られたからそうしているんだ。あんまり俺の意志どうこうじゃなく人格形成の段階でそうなっている。


それもまた、平等、なのかもな。自分に都合のいいものを作るなんて、これまでの自分のしてきた事の対価としては平等じゃない。ってか、夕奈なら言いそうじゃないか?


それに夕奈は、否定してほしいから、俺を作ったのかもしれない。夕奈は、叱られたかったのかもしれないな。自分の言っていることやっていることを夕奈は間違っていると思っているんだ。ところが周りは夕奈のそういうところを褒め称えるのだ。内と外のギャップの差に苦しみ続けてきた結果なのかもしれない。


とにもかくにも俺は誕生した。1年前の8月20日。それから俺は夕奈が部屋に戻るたび本人以外には意味のないような質問に自分の思うまま返答していった。自分自身なのだから遠慮などもちろんなしだ。


根っこの部分は変わらないにしろ、夕奈の表側の苦痛は少しずつだが和らいで行っているように感じた。俺にとっても自分自身が少しでも元気になるようならこれ幸いなことだった。


ただ、それでも俺が不安だったのは、夕奈の認識が、夕奈自身によって歪められ始めていることだった。

自らの祖父の死んだ日、クラスメイトを屋上に運んだ日、渡瀬優と最後にすごした日。

俺と同じ知識を共有しているはずなのに、それだとしてもあまりにも認識がずれ始めていた。

緩やかに、夕奈は、死に、向かおうとしていたのだ。

結局俺がいたところで根っこの絶望は絶えることなく夕奈の心を疲弊させていたのだ。


一度死にたい、などと思ってしまえば、頑固な夕奈は引き返さない。ある意味、初めての目標、と言い換えることもできるのかもしれない。初めての目標が、死ぬことだって?そんなバカな話があってたまるものか。


俺は、もともと存在しなかった。だから消えることなんて、怖くない。

だけど、夕奈が死ぬ必要なんてない、とても満たされているっていう事を知らずに死ぬなんて、おかしい。


夕奈がたとえ邪悪でも、嘘ばかりで、夢などなくても、俺からしたら、だから、なんだ。だ。


そんなもの、みんな多かれ少なかれそうだ。表に出さない感情なんて、見えないものだ。持ってるかもしれないし、持ってないかもしれない。そんな不確かな事を気に病んで死のうとするなんて、本当に不器用な大馬鹿だ。


俺は、夕奈を守りたい。だが、しょせん夕奈の心の中のみに生きる人格だけの俺に、何ができる。俺には話す事しかできない。どうすれば死に至る歩みを止められるのか。死ぬなと一言言えば、もしかしたら止まるかもしれない。でもそんなの一時しのぎだ。そんなことを何十何百回も続けるのではなく、絶望の根を、絶つのだ。そうすれば、夕奈は、歩き出せるのだ。


……夕奈ができる事、それは、俺にも多少は出来るのだ。

相手の心理を会話によって誘導すること。


夕奈は既に自分の記憶を改変しきっていた。それを死の理由にあてがっていた。

時間は現在の8月20日へと戻る。時間旅行は終わりだ。

俺と夕奈が対話を始める数時間前、日付が19日から変わってすぐの事。俺は、夕奈に賭けを持ちかけた。


・・・・・・・・・


夕奈、今日か?


「うん、今日、だね。」


俺の誕生日から1年だ。


「うん。おめでとう。今まで、ありがとう。」


誕生日に、俺を殺すなんて、どこがありがとうなんだ。


「あはは、ほんとに、ね。」


夕奈、これは、平等か?


「?何が?」


俺を生み出したのは夕奈だ。だから消されることは気にはしない。そこじゃない。死ぬんだろう?


「……」


でも、死なない確率も、存在するとは思わないか?


「0じゃ、ないかも、しれないね。ほぼ0だとは思うけど。」


死なない確率ってのは、お前にほんの少し残っている、生きたいという想いだ。もしそれが死にたい気持ちを上回ればお前は死ぬだろう。


「仮に、1%だとしたら死にたい気持ちは99%。ほとんど0だよ。」


それがお前がお前なりに掲げた平等の答えか?紛い物でもそれだけを支えに生きてきたお前はそれで満足できるのか?


「分からないよ、夕真。」


どんなに少なくても、それはお前の心の意見だ。その1%の意見を無視して、99%の意見を無条件で優先させるなんて、不公平じゃないか?


1人の意見と99人の意見がぶつかって人数が少ないから話し合うこともなく99人の意見を優先しようとしているんだぞお前は。お前が嫌ってきた事じゃないかそれは?


俺は夕奈を縛り付ける平等を、敢えて利用することにした。


「……今更、平等なんて、死ぬ前にどうでもいい。」


それこそ平等じゃない。死ぬときとかそんな状況次第で自分の意見を変えるのは平等じゃないだろう?

死ぬなら、真っ向から戦って、しっかり決めよう。99%が勝つのか、1%が勝つのか。


「……夕真は、私、私は夕真。最後くらい、二人の意見を尊重する、それが」


平等、だろう?


「……夕真、ふふ、いいよ。きっと変わらないよ。それでも、やるんだよね。」


変わるさ、だから、やる。


夕奈、お前は、今俺と交わしたこの賭けの内容を忘れろ。自分自身に嘘をつくこと、俺を生み出すことが出来るのだから今のお前にはそんなこともできるはずだ。


そして俺は、死を決意したお前を止める。止まれば俺の勝ち、止められなければ、夕奈の望むまま、共に消えよう。


「私は、手ごわいよ。私が言うのもなんだけれど。」


そんなの心配してない。俺はお前なんだから。


もう一つ、平等じゃない。


「もう一つ?」


お前が勝ったらお前の望みは叶って死ねる。だが俺が勝ったなら、それに見合う対価を求める。平等にな。

生き残るが、またしばらくしてまた死にたいって思ったりするようなら何の意味もない。


俺はお前が今苦しんでいる原因を全てぶち壊し、もう、二度と、死にたいなんて思わないようにしてやる。それが俺の望む勝利条件だ。俺は完全勝利しかお前に求めない。


「夕真……」


お前をこの苦しみから、絶対に救い出す。だから、俺と、勝負しろ。夕奈。


「……私は、死にたい。でも、でも、平等に言うなら、私にも1%だけ、生きたい気持ちは、ある。ただ生きるだけじゃ、きっと繰り返す。もう、自分じゃどうしようもない。夕真は、夕真は、私を見捨てない、の?」


お前本当にバカ。俺がお前を見捨てるわけないだろうが。お前のその1%の気持ちに言ってやる。もっと生きたいって絶対に思わせてやる。期待して待っていろ。ってな。


「……私の1%の心は、泣きながら、助けてって、言ってる。夕真、私の事、不器用で頑固でどうしようもない私の事。頼んでも、いい、かな。」


ああ。任せろ。夕奈。お前を、死なせやしねえ。


「……うん。」


そして夕奈は賭けの記憶のみを、なかったことにした。


・・・・・・・・・


俺は、着実に終わりが近づいていることを感じていた。きっとあの時の夕奈が望んだことは、もう、達成されつつある。夕奈も、自分じゃどうにもできなかった、だけど、どうにかしたかった。


もう、どうにかできるのは俺だけだ。最後の最後は自分頼み、か。それでいいじゃねえか。上等だ。

自分を助けるのは、やっぱり自分なんだよ。夕奈。

8月20日なんかじゃ、お前の旅は終わらせない。独りは、もう終わりだ。

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