不器用
君のおかげだ。夕奈先輩のおかげです。あなたのおかげです。
私は、そんな言葉をたくさん言われてきた。その言葉が、苦手だ。平等じゃない。
なぜ成功したことを私の手柄のように言うのか、裏を返せば、失敗したなら私のせいにするのだろうか。平等とはそういうものだ。だからこそ、その言葉を言わないでほしい。
お前のせいだ。夕奈先輩のせいです。あなたのせいです。
私のせいではない。失敗はいつだって自分のせいだ。そうじゃなくちゃ平等じゃない。
「平等、お前の言う平等は、いつもお前を苦しめているように見える。」
優くんに観覧車で告白された時、私は自らの価値観、平等についても全部を語った。
優くんは私の大切な人になった。だがそれでも、それでも、私は平等を貫こうとしてた。
「夕奈、お前はロボットじゃないんだ。感情に流されないなんて無理だ。現にこの頃のお前の平等はガタガタだった。特別な関係のあいてにより、尽くしたい。そんな気持ちは、お前の平等に反するのか。」
当時の私にとっては、ね。今は、なんだか分からないよ。私は、優くんに、窮屈な思いをさせていたの、かな。本当は後悔して、いたのかなぁ。
「そんな事、夕奈が分からないはずないだろうに。俺にだって分かる。渡瀬優は夕奈といっしょで幸せそうだったろう。お前だって、間違いなく幸せだった。ならそれが真実だ。」
心の中で平等を気取っていたけれど、実際のところ、その頃の私は優くんへの好きという思いが募っていくばかりだった。だからこそ、自分の意識が働くときは優くんからわざと離れるようにした。
「本当は傍に居たいって気持ちを抑えてまで、だ。」
私にとって、幸いだったのか不幸だったのか、優くんはそんな私の気持ちを推し量って理解してくれていた。平等と自分の気持ちの狭間で揺れ続ける私を、支えてくれていた。優くんはあくまで私の判断に任せていてくれた。私の気持ちを尊重してくれた。私自身の考え方が間違っていたとしても、優くんの優しさだけはいつまでも寄り添っていてくれていた。
「……そういう形も、あるだろうけどな。否定はしない。それで上手くいくならそれも一つのやり方だ。」
付き合うようになってしばらくして絵画コンクールに作品を出すという事を教えてもらった。私自身が優くんの絵を初めて見た時、素人目ながらも、まるで彼の心の中の暖かさがそのまま絵に溢れているような、そんな気持ちにさせてくれる絵だと思った。あれは風景画だったな。いつか一緒にその場所に行きたいという話もしたりした。その絵を見てから、私も彼の絵のファンになった。彼にアドバイスできるような絵の心得はなかったが、何か手助けできるなら何でもしたいと思った。
「渡瀬優は夕奈に度々絵を見せて、感想を尋ねていたな。」
素人的な観点でしか、言えなかった、けどね。それでも、以前よりは絵について学んだつもり。だった。何か、少しでも役に立ちたかった。
「そう、か。」
少し思うところがあるような表情をして夕真は相槌を打つ。
あんなに頑張っていたところを私は途中からだけど見続けてきた。報われてほしいと思った。
だけど、それは、贔屓。私は近くで優くんの頑張りを見ていたからそう思うだけ。他の人の頑張りを私は見ていない。酷な話だけど、どれだけ頑張ったかは、何の点数にもならない。その程度の事は分かってた。平等、平等。でも、確かにその頃私は、平等を信じ続ける事に疲れを感じていたと思う。いっそ、それまでの自分を捨てて、自分の感情のままに動きたい、と思わなかったわけではない、ね。
「自分の気持ちに嘘をつくのは、いつもの事、だな。」
結局、今まで通りだったわけだけど、ね。どっちの気持ちも持ったまま。学園祭の2日目、優くんがもし自分が、最優秀賞を取れたならお願いを聞いてほしいって言ったとき、私は、きっと、それだけの覚悟に相当するようなことを私にして欲しいんだと悟った。だから、彼の頑張りに報いるだけの事をなんでもしてあげるつもりでいた。それが、頑張った優くんに与えられるべき対価の報酬だもの。平等だもの。
「だが、現実は、ほんの少しだけ届かなかった。」
そう、だね。でも、賞は、取ったんだよ。それだけでも、凄かったんだよ。私にとっては、優くんの絵が最優秀賞だった。贔屓目なんかじゃない。平等に見ても、私の目にはそう見えたんだよ。だけど、そこは芸術の世界。点数が付くものじゃないから、しかた、ないんだよ。
でも、優くんは、すごく、すごく悔しそうな顔をして、私に、ごめんなさいって、あんなに協力してもらったのに、って。
「渡瀬優とて、絶対なんてない、そう分かっていたが、自分の為に、おそらくだが、ひいてはお前の為に、それでも絶対一番になりたい、そう思っていたように感じる。結局、彼がお前に何を聞いてほしかったのかは、俺も、夕奈も分かることはないのだがな。」
夕真なら、その時、私が、どんな気持ちだったか、分かる、よね?
「ああ、分かる。お前が今抱いている当時の気持ちは、俺には分かる。」
そうでしょう?わかる、んだよね。夕真は、そんな私でも、生きてほしいの?私はそれでも、生きなくちゃいけないと思うの?
「分かる。だが、それでも、全部、吐き出せ。夕奈の気持ち、感情、余すところなく、全部吐き出せ。俺が、全部聞いてやる。」
私はッ!悲しかったッ!大好きな人がこんな悲しい顔してるの、見たくない!なんで、こんな悲しんでるの!?誰の、せい!?……私の、せい?私の素人意見なんかを参考にしたから?私が、私が、もし、付き合ってなかったら、出逢ってなかったら?私が一緒に居たことで、絵に集中する時間を奪ってしまったから?私が付き合ってるのに、自分の感情を優先するばかりに彼を無理させてしまったから?こんな悲しい顔させてるの全部、全部、私の、せい。
私は、私は、初めて、明確に、失敗した。私のやったことが、こんなにも裏目に出るなんて、信じられなかった。信じたくなかった。それが最も大好きな人にそんな事を……もう、最悪だった。
優くんの、せい、だよ。
「そう、言ったのだな。」
逃げたかった。自分のせいだなんて、思いたくなかった。大好きな人をこんなふうにしてるのが、自分だなんて、そんなの耐えきれなかった。自分の事なんだから、自分のせい、なんだよ?って。あんなに私みたいな人を優しく支えてくれた人に、なんでそんなことが言えてしまうんだろう、ね。私はやっぱり、自分しか、大事に出来ないんだ。
夕真は、どんな目で、私を見てるんだろう。とても、見られない。見たくない。
私は、自分の胸に掲げた、見せかけだけでも私の心の支えだった平等を、自分を守るための道具に使ってしまった。もう、そこに平等なんて、言葉以上の意味も何も残りは、しなかった。こんなことの為の平等だったのかな。違う、違うはずなのに。
「渡瀬優は、それでどうした。」
……そんなこと言っちゃったから、そのまま出てっちゃった。はは、当たり前だよね。私が、凄く傍に居た私にそんな事言われたんだもの。辛い時こそ、寄り添ってあげなきゃいけなかったのに。それなのにッ……
「それが、お前が渡瀬優と交わした最後の時間に、なってしまったわけ、か。」
優くん、次の日から、学校に来なくなってしまって、それからしばらくして、転校した事を担任の先生の口から聞くことになった。
「会いには、行けなかった、か。」
行けないよッ……そのまま私は消えてしまいたいってずっと思ってた。でも、消えてしまったのは優くんの方。私が彼の居場所を、消してしまった。
嘘をついて、自分の為に誰かを傷つけても、心の中では、それを良しと思っている私が、ただただ、後悔しかなかった。でも後悔しても、何にも戻ってこない。あんな事、言わなければよかったのに。なんで、なんでなの……
「お前にただ一つ残ったもの、それは、もはやハリボテとなった、平等という心だけだった。」
もう、それがどんなに口だけで何の価値もないものだと分かってても、それでも、私には、そんなものしかなかった。それすら無くしてしまったら、もう、何にも出来ないんだもの。見せかけの思いと見せかけの笑顔。全部偽りの、空っぽのもの。
おじいちゃんが死ぬ時ですら、自分を守るために動き、クラスメイトの不幸すら自分のために利用し。大好きな人が苦しんでる時ですら自分を守る。そんな人、みんながどう思うか、分かるよね。夕真。
ふふ、いっそ、全部、みんなに何もかも言ってしまってれば、良かった、ね。でも、そんなこと言う勇気もなかったね。彼がいなくなっても、私はそのまま、居なかった時と同じ。また、夕真の言う、独り。
「夕奈よ、お前の考え、よく聞かせてもらった。確かに、死にたくなる。自分がそんな人間なんだとしたら。」
夕真は、優しいね。優くんの時と同じなんだ。私の事を本当に思ってくれてるんだって、分かる。よ。
「あの時お前は、渡瀬優に応えられなかった。ならば、今、俺に応えてはくれないのか?後悔しているんだろう?また同じことを繰り返すつもりなのか?」
夕真、ありがとう。でも、うん。私は後悔してる。それでも、また、繰り返しちゃうんだ。
「また、平等、かッ……自分を苦しめる平等なんて何の意味があるんだ!?」
優くんを苦しめた過去を捨てて前に進む。それをしていいのはあの時、自分が傷ついていたらの話だよ。私は傷つくことから逃げた。だからずっと、傷つかなくちゃいけない。優くんの痛みは、私に裏切られた傷は、こんなものじゃないもの。
「これが優等生だってんだから笑わせる。融通の利かなさは間違いなく劣等生のそれだろうが。なら死なないでずっと痛みに耐え続けなくちゃいけないんじゃないのかよ?」
はは、そうかもね、私、ズルいんだよ。
「ズルいっていうか、筋が通ってないんだよ。バカ夕奈め。ならいいさ、お前を縛り付けてるその罪悪感、全部をはぎ取ることは出来ないかもしれないが、傷をつけることぐらいできる。」
傷を治すために傷をつけるの?それっておかしいかも。
「悩むポイントがずれてるんだよ。本当に悩むべきことがなんなのか、教えてやるさ。」
……夕真は、自信満々だ。私が、絶対に最後には思い直すって信じきってる。私に、こんな信念、あるだろうか。もし自分が、そんな風になれたなら、あの時だって優くんの支えに、なんてプラスな感情が浮かびかけたが、刹那で捨て去った。
私に今更そんな資格、あるわけないのだから。




