寄り添えぬ心
「夕奈が話し終え、二人は観覧車を降りた。会話は無い。」
……
「夕奈は自己嫌悪に陥っていた。いつもならば、辛い事や悲しいことがあっても誰に悟られることもない作り笑いも流石に浮かべることは出来なかった。99%、分かっていた。決意していたこと、そしてその結果が自分にもたらされること。自分が何より強く信じている、平等、なのだ。」
それなのに、あんなに苦しいこと、結局覚悟してても、駄目なものなんだって、そう思ったのは初めてかもしれない。降りてから大したことない2,3分の時間が、とても永くて、どんどん自分の心を傷つけていた。
「今のお前の心と、それはよく似るかもしれない。」
ははは、じゃあ今は夕真が優くんの代わり、なんだね。
「はぁ、俺にはあんなにいかした事も出来んし言えん。」
夕真、ごめん、ね。
「けど、止める。それだけは忘れるな。謝るくらいなら踏みとどまってくれ。」
ごめん、ね。
「最初に沈黙を破ったのは、渡瀬優だった。夕奈にとってはきっとどんな言葉であろうとそれが自らの心をさらにボロボロにする呪いの言葉だという風にしか思えなかった。傷ついた今、何の覚悟もできてやしなかった。」
「彼は言った。もう一度、もう一度、観覧車に乗ってほしい、と。」
もう、半分、どうだってよかった、よね。もう、全部が終わってしまったんだもん。
「夕奈は半ば放心状態でもう一度観覧車に乗りこむ。乗り込んでからまたしばらくの沈黙だった。夕奈はもう彼の顔など見ることは出来ず、ずっと外の風景をぼーっと眺めていた。」
私は、ズルいな。私は、何にも考えてなかった。傷ついた自分の心に精一杯。でもこの時優くんは、勇気を、振り絞ろうとしてくれてたんだよね。
「観覧車が最高点に達するかどうかというところで渡瀬優は、夕奈に、謝ったのだ。ごめんなさいと。」
こんな空気にしてしまってごめんなさい、もしくは、もう、私とは関わりたくないです、ごめんなさい。あたりかなって、思った。
「お前を、夕奈を悲しませて、苦しませて、ごめんなさい。だ。」
うん。そうだね。あのときばっかりはもう次の言葉なんて何にも思いつかなかった、ね。
「お前がどんな人間であれ、彼から映ったお前はとても苦しんでいた、という事だ。いつも笑顔を絶やさないお前が、あんな沈んだ表情をしたのだ。お前が苦しんで、それでも打ち明けてくれたこと、渡瀬優は理解したのだ。」
ちょっと、優しすぎだよ。
「なかなか骨のあるやつだ。そんなお前の告白を、すぐに受け止めてあげられず悲しい思いをさせてしまったことを奴は詫びた。お前の告白より、それをしたお前が悲しんでいた方がよっぽど辛かったんだろうんな。そして奴は、お前に再度問いかけた。まだ、答えを聞かせてもらっていないです。とな。」
私は、さっき話した通りの人、だよ。君が、思っていた、人なんかとは全然違うんだよ?
「はい、全部聞きました。夕奈先輩が全部話してくれて、嬉しかったです。だから、答えを聞かせてください。」
そんな私なのに、君は、私なんかを好きでいられるの?
「確かに、今まで見ていた先輩と本当の先輩は違うのかもしれません。嘘もつくし、たまにはいたずらみたいなことしちゃうのかもしれません。でも、そんなの誰だって、します。それに、先輩の嘘で、みんな悲しんでるとは思いません。みんなみんなその嘘で、救われているんです。」
救われて、る?
「嘘だって、それを本気で信じられるなら、きっと本当になります。先輩は、そう信じさせてくれるんです。先輩の頑張りは、嘘じゃないんですよね。嘘をついてもその嘘を本当に変えようと誰より努力してるのは、他ならない先輩自身です。嘘でそんな、その、魅力的な先輩でいられない、じゃないですか///」
優、くん。
「先輩は、優しいから、さっき自分の事を話し終わったとき、あんなに辛そうな顔してたんですよね。あ、私はそんな優しくなんかない、とか言っちゃだめですよ?」
あ……まさにその言葉を言おうとしてた。
「ほんとに悪い人だったら、あんな辛い顔、しないですよ。すごくなんでも出来るように見える先輩だって、辛いとき、たくさんあるんだって、だから、そんな時に、寄り添えるような、そんな風になりたいんです。だから、答え、聞いていいですか?」
私は、涙声寸前で、彼に聞く
「質問……なんだっけ……?」
そうしたら、優しい笑顔で
「僕と、付き合ってくれませんか?」
私はもう、涙を抑えきれなかった。ただただあふれ出る感情とともに流れ出る涙。嗚咽しながら私はただ一言だけ。
「はい。」
と答えた。
「二人は、この日、特別な関係になった。か、……確かこういうやり取りだったか?」
うん。そう。ありがとう。
「甘い……甘すぎる……青春ってこういうものだ。なぁ?」
あはは、懐かしい。あの瞬間が一番、嬉しかったな。
「俺はこの瞬間が一番恥ずかしいかもしれない。」
夕真。
「この頃の幸せ、忘れてはいないだろう?月並みな言い方だが、お前が死んだら、渡瀬優も悲しむとは思わないか?」
……やっぱり、そうなるよね。正直に言うけれど、確かにもし、優くんが悲しむなら、うん。私、死なないかもしれない。
「そうか。」
でも、優真なら、分かるよね。
「……まあな、ここが幸せの絶頂期だ。お前を見て本当に幸せだと思う。自分の悪いところもすべて受け止めてくれる相手ができて、お前はこの時、本当の意味で独りじゃなかった。だからこそ思う、この幸せがずっと続いてくれていれば、と。」
仕方、ない。よ。
「……その日から、二人は清い交際を始めることとなった。それからの夕奈は、というと、恋にかまけて他がおろそかになるかと思われたがむしろ逆にこれまで以上に精力的になった。さらに二人の交際についても周囲も知ることとなり、皆が二人を祝福した。」
隠すのは、なんだかね。二人で決めて隠さないことにした。
「当時、誰からも注目の的の夕奈と付き合うことになったわけだが、それによって渡瀬優の周囲が悪い方向に変化することもなかった。多少冷やかされたりするようなことはあったが、その辺の人付き合いも夕奈に似てうまかったのだ。」
優くんだけじゃない。みんな、優しかったんだね。
「渡瀬優は、お前がみんなに与えてきたものがこうして祝福の形として帰ってきたのだと言っていたな。」
優くんたら……
「頬が赤い。まんざらでもない様子だ。さて、大抵の事柄において優秀な夕奈ではあったが、ただ一つ、明確に渡瀬優に及ばないと思うものが存在した。渡瀬優は、絵を書くのを趣味としていた。夕奈も知識や技術など学ぶことで得られるようなものは十分持っていたが、そこ止まりではあった。」
私には、あんまり芸術のセンスがなかったからね。そこそこは描けても優くんみたいに、あんな優しい絵は、描けないな。
「そんなところも夕奈が惹かれた理由の一つだろうな。交際が始まってしばらくの事、渡瀬優はとある絵画コンクールに作品を出展するつもりでいた。かなり有名なコンクールで美術に心得のあるものならば誰もが名前を知るものだ。」
優くんは未来輝く夢をしっかり持っていた。頭もよかったのに、すごいな。
「渡瀬優は高校に上がって、初めて、そのコンクールに挑戦する事を決める。それを決意させたのは、夕奈の存在だったのかもしれない。大切な存在ができ、夕奈同様、熱意はより一層のものとなったと思えてくる。」
……
「誤解するな。お前のせいじゃないだろう。」
そう、かな。ううん。私の……
「記憶では9月11日がコンクールの締め切りだった。余裕をもって9月4日頃には応募したはずだ。」
そうだね。締め切りまで私も何度か絵の感想を聞かれたり、したね。
「2週間後に1次選考を突破し、最終選考まで残ったことを共に喜んだ。渡瀬優は、先輩のおかげで、ここまでやれたのだと……」
うっ……くっ……ゆ、夕真、もう、この話、やめ、たい。やめよう、よ。
「やめない。やめはしない。お前が、話せないならば、俺が話し続けるだけだ。最終選考の結果発表は更に一週間後、奇しくもその日は夕奈の高校の学園祭の日でもあった。3日間に渡り開かれたわけだが、その三日目だった。その日こそが、13年前の10月2日。寄り添っていたはずの二人の心が引き裂かれた日だ。」
わたしが、ひきさいた、から、だ、よね。
「違う、と否定するのは、夕奈が全てを語ってからにさせてもらう。」
夕真……わかった、よ。
学園祭の2日目、私たちは自分たちの仕事の合間に二人で学園祭を楽しんでた。生徒会長と副会長だから、見回りも兼ねて。私は学園祭と一緒にコンクールの事が気になっていた。優くんは少し不安のようなソワソワなような不思議な心持に見えた。優くんの気持ちだけはもう読み切るなんてこと出来なくなっていた。
「好きって気持ちが混じるとそういうもんだ。与えられた感情をそのまま受け取るだけでいいのだ。」
日も暮れかかった終わり頃、優くんが、もし明日、コンクールで最優秀賞をとれたら、聞いてほしいことがあるって、言った。なんだか、すごく、いつも以上に真面目だった。一世一代の大勝負、そんな感じに見えた。
「そう、だったのかもしれない。そこに懸けた想いは、考えられないほど大きいものだったかもしれない。」
私は、その言葉が気になりながらその日を終えた。そして、次の日、学園祭の3日目。お昼頃、二人で生徒会室に待機していたら、優くんの携帯に電話がかかってきたのだ。おそらくコンクールの結果の通知なのだと思った。
電話を終えた優くんの顔は、残念ながら、悔しそうな、悲しそうな、後悔の気持ちでいっぱいそうだった。
「駄目、だったのだな。」
それは、しょうがない。しょうがないよ。点数をつけられないような世界でいくらやってもダメなときだってある、よ。ダメだったのは、やっぱり、私だよ。私だったんだよ。
「渡瀬優は、せっかく夕奈にもたくさん協力してもらったのに、ごめんなさいと。やはり謝った。」
その言葉に私は返した。
君のせい
だと。
「君のせい、か。」
私の中の悪は、ううん、私は、あんなにも私を包み込んでくれた優くんに、鋭利な刃を、突き立てた。




