最期の説得
意識は一瞬にして俺を呼ぶ。
う、む。昨日と同じく本日も快晴なりや。
今日は8月20日だと認識している。そのはず。そして大好きな日曜日である。ウキウキするよなぁ?
スマホに手を伸ばしたその画面に視線を送ると、画面に映るいつもの愛くるしい猫がのんきに寝ていた。
可愛いぜぇ……触りたいぜぇ……
欲望の赴くままに忍び笑いを浮かべつつ8月20日の文字を視線に加える。
ついでに付け加えるならば2017年8月20日。何の日だ?知らん。何の日だかもわからん日に、なぁ。
子供たちは夏休みで青春真っ盛りか。宿題に追われる日々くらいしかこの時期の記憶は無いか?
いやしかし、そうでもないか。それはフィクションなどで聞きかじったテンプレートな記憶だ。
嫌いなものは先に食べる派だものな。
面倒事は早くこなして乗り越えるタイプだったな。
そう聞くと俺的には勤勉な働き者だと思うんだが、ねぇ。現実は何で厳しいのかね。辛い。
セミの鳴き声が鳴り響き、目が痛くなるほどの日差しを感じる。
今日も今日とて暑いのだなぁ。とダラダラ思考するのはもう十分じゃないだろうか?
起きているんだろう?
夕奈よ。
・・・・・・・・・
ベッドで未だ横たわっている少女に問いかける。起きているのは知っている。上体を起こすのだ。
・・・・・・・・・
おおよそ30秒程度経過したが、どうやら起きる気はないようだ。俺はただただ悲しい。悲しい気持ちはお前が一番よくわかっているであろうに。
もっとも意識がだいぶしっかりしているのは確かだ。
さて
日曜日に遅く起きるのはこの上なく極上だよなぁ?
俺は彼女を活動させるため気を引く話題を一つ放ってやる。
布団はフカフカ、クーラーがせっせと働いて快適な空間を作り上げてくれるんだものなぁ?
冷蔵庫にはアイス。それもお前の好きなスイカのやつよなぁ?
こんな部屋に一生居られたら、どんなに幸せなことか?
・・・・・・・・・むくり
一応、効果はまだあるか。
俺が最高の理想をすべて語り終える直前に、ベッドから起き上がる。
さあ、今日が始まったのだ。
さてまずは!お前が今一番したいことから始めようじゃないか。さあ俺が付き合おう。それを終えたとき、目くるめく快感のひと時が!
「夕真は今日もデリカシー、ないなぁ」
ふっ……そんなことはお前が一番よくわかっているではないか。
セクハラか?変態か?世間一般的には大幅にアウトな言動行動だなぁ?
だがな、そんな事されても!お前が騒がなければ!お前だけが苦しんではい、終了だ!
俺相手ですらお前は強気に出れない。悲しいなぁ!悲しいなぁ!
「じゃあ、トイレ行くね」
ふむ、ついていかない選択肢がない。
「うん、ついてきてね」
揃って廊下を移動し用を足す、まあ俺は夕奈が用を足すのを見ている。
じー……
「……もじもじ」
じー……
「……もじもじ」
じー……
嘘だよ嘘だよ嘘ですよ。ほんとは正面に配置されている男性アイドルのポスターとにらめっこしているのだ。男の顔を眺めるのは、あんまり楽しくはないなぁ。
ただ、いつからか始まってしまったこの戦だが勝った試しがない。負けはたまーにある。
本気になればなるほど勝つ手段など存在しないと思えてくる。というか名前も知らぬ相手はアイドル特有の甘いスマイル(俺からすれば薄ら笑い)を浮かべているのだがこれは実質相手の負けじゃなかろうか。
だがルール上この笑みは問題ないのだ。夕奈によってそう定義されているのだから。
よし、終わったな?夕奈。本日は引き分けなり。
明日の仕事に準備しておくことは、ないな。
今日は一日フリーである。
たかだか24時間という限られた時間ではあるがお前はいま、どこまでも自由だ。
そして一日をより素晴らしく過ごすために必要だと思うものは、分かるか?
「まあ、朝ごはん、食べないと、ね。空腹症候群」
そうだ。さっさと食べようではないか。食べねば生きてはおれぬ宿命よ。
ささとリビングに着きいつものような作業で夕奈はテーブルに食事を並べていく。
俺は、立っている。無論見ているだけだ。悲しいなぁ。
俺の話を聞くがいい。準備しながらでいい。
単純なものに何かを見いだせない限りその作業はしていないのと同じだ。
何もしていない時間をお前はもったいないと感じるのだろう?
それは今この瞬間なのだ。
命に潤いを与えるのは難しいことじゃない、むしろ簡単な短い時間の積み重ねこそが生を充実させるのだ。
おっと、料理が並び終わったか。他愛もない話もそこそこにしておこうか、説教くさいのは本当は好きじゃないのだろう?
「生きるのってなんで、」
難しい。か?いつもいつも同じ質問ばかりだな。バカめ。
その答えが俺に出せるぐらいなら俺など必要ないだろうに。
食べろ。一つ一つ、食べるという行為がこれからのお前を作っていくと俺はまだ信じている。
ふむ、ぱくぱくもぐもぐ、一つ一つしっかり味わって食べている。
無論覚えているだろうが、こんな当たり前の事が出来る様になるのすらようやく数年前の事だ。
じっくりじっくり味わい、食を楽しむ。
なぜ当時はあんなにも難しいと思ったのかね。
美味しそうなハンバーグのかけらを夕奈は口に放りこむ。俺は語り続ける。お前の為にだ。
その理由など、初めからなかったのだ。そうだろう?
有りもしない刃物で自分を勝手に傷つけていた。ただの不器用者。ただそれだけだ。
確かに今の俺とお前があるのは、この世界の悪という物に苛まれ、傷つけられたから、だとは思う。それは確かにそうだったろう。
でもな、全部が全部は悪意じゃなかった。よな?分かってるんだよな?
大したことのない傷が、積もり積もって、お前を傷つけていった。
いや、違う。
傷つく必要のない痛みまでお前は勝手に受けていった。
その結果が今日この日か?
今お前が食べているものはどんな味だ?美味しいか?
人が生きている理由なんて、難しくなんてきっとないのだ。
一つ一つの感情の連続がつながって人生という形になっているだけなんだよ!
それが正解でなくたっていい!そう信じられるならそれでいい!違うか?
・・・・・・・・・
ふう、どうしてもお前に届かないな。こんなに近くに居て、お前のことはお前の次によく知っている俺が。
俺は俺が悲しい。俺はなんなんだ。正直鬱陶しい。
でもなぁ、俺という存在の悲しさ、それすらお前が与えてくれたものだ。
たとえ負の感情だとしても、俺は感謝しているんだ。伝わっているよな。
・・・・・・・・・
よし、ならば賭けをしよう。お前の好きな賭け事だ。
俺とお前、夕奈と夕真で、夕奈と夕真の存在をベットに。
ルールは、制限時間内に俺がお前の気持ちを変えさせることができれば俺の勝ちだ。
日付が変わるまで、といいたいところなんだが、俺の力不足か、時間を無駄に長引かせても、それを活かせるだけのやり方が思いつかん。
だから今から俺とともに時を遡ってもらう。
終着点は、今、この瞬間8月20日の朝にたどり着く。
それがリミットだ。
そしてその結果、お前の意志が揺らいだなら、いや、そんな生ぬるい結果などではない。
お前のその決意を消滅させることができたならば。
その時は、いつまでも続くかもしれない、こんななんでもない一日を、繰り返し続けろ。
そして二度と、今抱いているその想いを抱かないと心に誓え。
「うん」
疲れた表情はそのままに夕奈は頷く。
もし、それでも変わらなかったならば。
お前の命だ。好きにしろ。
潔く、死ぬがいい。
そして、俺も潔くお前とともに消えよう。
「そうだね。いっしょしてくれるよね、夕真」
ああ、どんな選択を選ぼうとも、俺はお前を独りぼっちにはさせない。お前は独りぼっちにはならないさ。
だがな……それを口実にして死のうというのが俺は腹が立つんだよ。
そうだ!俺の存在がお前の決意を裏付けてしまっている!
そんな皮肉な話があるか!?
お前頭の中ごちゃごちゃ過ぎるよなぁ?
なんで俺にこんな想いをさせるのだ?
なんでもっと器用に生きられない?
なんでもっと適当に生きられない?
みんな当たり前のようにやってる!
わかってるんだろう!?
なんでそんな自分が止められない!?
「ごめん、ね」
……俺がいる理由を死んでもいい理由にさせたりなんかしないからな。
よし、食事は済んだな?ならば、目を瞑ろう。
すっと、瞼を下す。
互いの意識は真っ白になる。
まず、遡るべきターニングポイントは、
1992年、あれは、何月だったかな?
「8月、16日」
くだらないことをよく覚えているものだ。
「くだらない?」
くだらないな、普通の感性ならそんなもの忘却の彼方だ。
1992年8月16日
お前の終わりの始まりがそこにある。さあ、行こうか。
もはや外界と化した現実世界での時計は、8時30分ほどを指し示していた。




