ナーセル「全部が上手く行ったね、良かった」アレク「結果的にですけどね……」マリー「ははは、計算通りですよ!」
四日間の航海の後で戻って来たヤシュムは、以前とは雰囲気が変わっていた。
サアラブ号とテシューゴ号が係留されている。そして以前湾内にあった大型船が一隻も居ない。
私は真面目の商会長服をビシッと着て上陸する。
「うん、パスファインダー商会の船長達が来て、大型船をロングストーンへ回航して行ったよ。船主も喜んでたね」
ナーセルさんの所に行くと、そう教えてくれた……良かった。こちらも手配通りになっていた。
サッタル、ハリブ、ホドリゴの三船長と仲間達にも、真面目に働けば金になるとお解りいただけたのか。
港は好景気に沸いている……小麦の積み出しがあるという時期的な物もあるが、うちの船があまり儲からないのを覚悟で物を運んで来るからというのもあると思う。
商品があればお客さんが増える。お客さんが増えればお金が動いて、新たな産品も生まれるし仕事も増える、人が集まる……そうなって行けばいいなあ。
小さな船の数が増えたような気もするな。南西沿岸の小さな町や港からも船が来るようになったのかもしれない。商売が出来ると解れば、皆船を出すようになるだろう。
ファラアラ村のロヤーちゃんはどうしたかな……ヤシュムがあの村とも繋がるようになったらいいな。
「お前あんな大冒険の後で地道に商売するのか」
そう言いながらオランジュ少尉が貪り食っているのはパスファインダー商会の商品のブドウなんですが……ちょっと人間味を褒めたらこれだよ。
「食うなとは言いませんけど、そこまで豪快に食べないで下さいよ、この町で売るんですから」
ダルフィーンで仕入れて来たブドウを市場に運び込み、競りが始まるのを待っていると。
「外が騒がしいな」オランジュ少尉。
「何か嫌な予感がする」アレク。
ぴかぴかの銀色の鎧の上に赤いサーコートを着た、立派な騎士という感じの人が二人、市場の建物に入って来て……正面の大扉を閉めている。
どうして? と思ってみていると……今閉めた扉を凄い勢いで開けた! と同時に扉の向こうから、
――ブボーン!! ヴァン!! ヴァン!! ヴァァァァン!!
何かの管楽器が、大音量で響く。
開いた扉の真ん中には、濃淡の青いストライプ生地の、ジェラバと呼ばれる民族衣装を着た、背の高いヒゲのおじさんが一人……両腕をY字に開いて立っている。
こういう時って、足というのは意外とすくんでしまって動かない。
おじさんは見る見るうちにずかずかと歩み寄って来る……二人の騎士を連れて……
「マリー・パスファインダーというのはお前だな! すぐに解ったぞ!」
そのおじさんはオランジュ少尉に向かって、ニスル語で語り始めた。
「違います、マリー・パスファインダーはこの女です」
オランジュ少尉が私を指差す。
「なんだと!? 海賊を平らげながら強引にヤシュムの市場を盛り上げている奴だと聞いたから、髭に導火線でも編み込んだ大男だろうと思ったのに!」
そのおじさんは言う。なんか偉い人っぽいし挨拶しておくか……
「アイビス商人、パスファインダー商会のマリー・パスファインダーでございます」
そう言った瞬間、私は手をもぎ取られる勢いで捕まれ、振り回された。
「お前が!! 頼まれもせんのに私のヤシュムを勝手に発展させようとしていたマリー・パスファインダーか!!……私はマジュドの首長イマード、まあ、王様だ」
王様……は私の手を離すと、傍らの騎士から大きな鉄のバケツのような物を受け取り……いきなり私の頭に被せた!! ぎゃぎゃっ!? 真っ暗……
いや……二箇所だけ光が漏れてる……そこから外を見ろと? これは……大兜なの? だけど全然サイズが合ってないよ!
――カーン!!
さらに私は大兜の上から何かで叩かれた!? ちょっと!! 何が起きてるんですか!? ゴリラ!! 見てないで助けてよ!! あ……大兜が取られる……
「そういうわけで、マリー・パスファインダー、お前に我が国の騎士の称号を贈る。今後はマジュドの騎士マリー・パスファインダーを名乗るがいい!」
は?
「だがマリー・パスファインダー。私の港に投資するんだったら、その前に一言私に知らせてくれるのが筋というものではないか? これだから近頃の若い者は」
「は、はあ……すみません……」
「しかし私はそんな事は気にしない! 寛大な首長なのだ! ワハハハハ! 早速だが昼食にでも付き合ってもらおうか、我が騎士マリー・パスファインダーよ!」
マジュドというのはここヤシュムを含む、南大陸北西端にある、そう大きくない国だ……ニスル朝の同盟に属し、首都はここよりもっと内陸にある。
王様の食事と言うので一瞬豪華な宮殿でベリーダンスを見ながらヒツジの丸焼きを食すの図を想像したのだが、首長が連れて行ってくれたのは市場脇の屋台だった。
私はそこでモロコシのクスクスをいただく……首長も普通にモロコシのクスクスを召されておられる……この代金は首長が払ってくれたけど。
「さあ、遠慮をせずに食べるがいい」
ヒツジのリブも入ってない。これ私が自腹でトッピング頼んだら、失礼に当たるのだろうか。食いしん坊のアレクとオランジュは、呼ばれないでむしろ助かったのかも……
「それで? 何故アイビス商人のお前がヤシュムに肩入れするのだ? 何か訳があるのだろう?」
クスクスを皿の上にぽろぽろこぼしながら喋るイマード首長……気さくな王様ですこと……ヤシュムに肩入れか……何と答えよう。
「勿論、投資に値する価値があるからでございます。近頃はヤシュムより南西の沿岸部にも活気がありますし、潜在的な特産物もあるように思います。人口も多く、景気が良くなれば購買力も上がるでしょう」
今誰が喋ったんだろう。真面目の商会長服の時は、こういう呪文みたいな言葉がすらすら出て来る気がする。
「実益という事か。頼もしい奴め。良い臣下というのは汗水垂らして探すものだと思っていたが。向こうから勝手にやって来る事もあるのか、ふははは」
「あ、あの首長、私はヤシュムの発展のお手伝いはいたしますが、私はあくまでアイビス王国の……」
「解っておる、解っておるわ。固い事を言うな。お前も好きなように使い分けたらいいのだ、私もマジュドの為に戦えなどとは言わぬ」
「……それで宜しいのでしょうか」
「気にするな。私には称号くらいしか与えられる物が無いのだ。今、この国には金が無い……」
この人は本当に王様なのか? 本当はただの暇人じゃないのか?
「これにて失礼する。さらばだ我が騎士マリー・パスファインダー、旅の成功を祈っておるぞ」
私がそう思い始めた頃。食事を終えた首長はお別れを言って立ち上がると、広場で待っていた揃いの白銀の鎧に赤いサーコートの百騎あまりの親衛隊に護られ、手を振って去って行った。
いい人っぽいけど、金銭感覚が良く解らない首長だなあ。
「すごいね、マリー、首長とどんな話をしたの?」
「王様と話をする機会なんて、滅多に無いよなあ」
後でアレクに、オランジュにそう言われたけど、マフムード王の時程の緊張はなかったなあ。ともあれ、面白い経験だった。
騎士マリーだって。ちょっといい気分。
ヤシュムで一泊する事になった。私は今度こそ、港を見下ろす丘の上にある宿屋街に行く。
それから部屋を借りて、イリアンソスで買った、歳より大人に見えるお姉さんっぽい長いワンピースと短いジャケットに着替え、散歩に出る。
父はこの辺りの事を何度も日記に書き残していた……いつかニーナとマリーを連れて来たいとか、あの辺りに家が欲しいとか。
少しだけ、レッドポーチに似てるだろうか?港を見下ろせるのは一緒だけど、夕日が海に沈むのは一緒じゃないよね。
でもこの辺りの通りは、オーガンさんの屋敷がある辺りと似てるな。
ああ。つまらない事を思い出した。
私の家もこういう場所だったら良かったのにと。父が船乗りでも、家がこんな所だったらな。そうしたらせめて、寄航の度に帰って来てくれたろうに。
私はレッドポーチで、そんな妄想をしたんだ。
そのくらい帰って来てくれてたら、母も出て行かなかったかな。
祖母もあんなに働かなくて良かったらなあ。まだ元気で生きてたかも……
私は、思いきり馬鹿になる事にする。
目を閉じて。私は妄想する。
港を見下ろす丘の上。
私の家は近くにある。港には父が船長を務めるガレオン船が見える。
家には母と祖母が居て、それから……私は父と散歩をしているんだ。
私の前を、父が歩いている。
私達一家を養ってくれる頼れる父が。
明日にはまた船に乗って出掛けなければならないんだけど、また二週間もすれば戻って来る父が……
私は、お父さん、また無事に帰って来てね、とか言っちゃったりして。父は当たり前じゃないかマリー、とか言って、手を繋いで……笑って……
「麗しきお嬢さん! このような時間に一人で散歩をされていては、悪い虫が寄って参りますぞ!」
現実に引き戻される私。
面倒そうな人が、後ろから声を掛けて来た。
人が幸せな妄想に浸っている時に……どっちが悪い虫ですか。
「どうか御願い致します! 私めに貴女をエスコートする名誉を賜る事は出来ませんか! 私は海の紳士、キャプテン・オーストリッチ!」
待て。
この声。
「オーストリッチさんと……おっしゃるのね……」
私は怒りの炎を纏い、振り返る。
「えっ……? ヒエッ!? お、お前、マリー!!」
美しい妄想の父が掻き消え、醜い現実の父が現れた。
どうやって手に入れたのか、仕立ての良さそうなジュストコールとキュロットを着て、髪も髭も綺麗に整え、一端の伊達男風に装った父が。
私は腕を伸ばし父の手首を掴もうとしたが、父が腕を引っ込める方が先になった。
「ま、待てマリー、いやあ奇遇だな、こんな所で会えるとは、父さんあの後ダルフィーンでボートを処分して通りすがりの船に乗せて貰ってな」
「そんな服を買う金はどこから工面した!!」
「そりゃ勿論ゲスピノッサの財産を少々拝借……い、いいじゃないか! 父さん頑張ったんだぞ!」
私はもう一歩踏み込んで腕を伸ばす。父は二歩離れる。
「勝手に取ったら泥棒だよそんなの!!」
「こ、声が大きいよ……ハハハ、それにしてもマリー、父さん後姿だけ見てこれは絶対美人に違いないと思って声を掛けたんだが、凄いだろう?父さんの目に狂いはないと思わんか?」
こんな調子で。こんな調子でそこら中を旅していたのか。この男がろくにヴィタリスに戻って来なかったのは、そういう事か。
アイリさえ、氷山の一角か。
いかん、涙が出る、涙が……悔しい……何故こんな腐れ外道のせいで泣かなきゃならないんだ……酷過ぎる……
「ふぎゃああああああ!!」
「ヒッ!? ま、待て! 落ち着けマリー!!」
私は爪と牙を剥き実の父に襲い掛かる。父は向こうを向いて逃げる。
「やめなさいマリー! 美人が台無しだぞー!」
「やかましい!! 待ちなさい!! そこへ直れー!!」
「父さんヴィタリスに行くから! ばあちゃんの墓参り行くからな! どこかの海でまた会おう、最愛の娘よ! ワーッハッハッハ、これからも精進、精進ー!」
夕日が照らすヤシュムの丘を下る道を。父の背中が離れ、見えなくなるまで。
私は父を追いかけ、走った。
いつもご来場誠にありがとうございます。
この、泰西洋の白波編の完了を持ちまして、当タイトル「マリー・パスファインダー船長の七変化」は完結とさせていただきます。
マリー・パスファインダーの冒険と航海は次作、第三作「海の勇士マリー・パスファインダー(笑」に続きます!
引き続き、お付き合いいただければ幸いです。
そしてこの作品、第二作への感想、評価もお待ちしております! ログインして読まれている方は是非星の方もつけていっていただけると作者の励みになります! ありがとうございました!




