表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
マリー・パスファインダー船長の七変化  作者: 堂道形人
泰西洋の白波

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

93/97

アイリ「有罪!!」 ロイ「無罪」 アレク「無罪」 ウラド「……棄権」 不精ひげ「棄権」 カイヴァーン「……有罪」

戦いは終わった。

奴隷商人も密輸業者も制圧され、捕まっていた人達には自由が戻った。


「よく解んねえけど、そんな格好までして本当に凄いなお前。まさか幽霊船を味方につけるとはな」


 オランジュ少尉はそう言って、海兵隊用の外套を貸してくれた。このゴリラが一番人間として正しい事をしてくれている気がする。

 海兵隊は強かった。四人ばかり怪我をしたそうだが、一人も欠ける事なく。外のキャラック船とダウ船を降伏させていた。


「私は何も出来ませんでしたよ。捕まってた人達の中にも犠牲者が出たし……」



 仕置きはだいたい終わっていた。捕虜と海賊の立場は逆転した。武装解除された海賊達はあの牢に押し込められた。密輸業者の方も、女子供を収容していた牢に押し込まれたようだ。


 崖の上には大きな篝火が炊かれた。フォルコン号への合図だ。



 入り江には密輸業者のキャラックがあったが、入り江の入り口は半壊したガレオン船とハバリーナ号に塞がれている……ハバリーナ号、修理出来るのだろうか。この船は普通の船とは違う。満月の夜以外は海に沈んでしまうのだ。


 ガイコツの皆さんは働いていた。動けない負傷者を、敵味方の区別なく担架で運んで来たり、牢の見張りをしたり、ガレオン船の残骸から使えそうな物を持ち出して来たり……

 波止場の掃除をしてる者まで居る。そろそろその『社畜』と書いた鉢巻きを外してはもらえないものだろうか。



 トゥーヴァーさんは男達に囲まれていた。


「ありがとうございます! ありがとうございますトゥーヴァー様!!」

「伝説は本当だった! 奴隷にされそうなラゴンバを、トゥーヴァー様は助けてくれると!」

「ああ、何と美しいトゥーヴァー様、これからも我等をお守り下さい!」


 彼らの言葉はよく解らないが、何となく思いは伝わって来るな……



「マリー! 参ったよもう、アタシったらモテちゃってモテちゃって。困るよねー、こういうモテ期、生きてるうちに来て欲しかったもんだねぇー!」


 そのトゥーヴァーさんがこっちに来た。私はずっとハバリーナ号の船尾あたりに居た。父がここに居ろとうるさいからだ。若い娘があんな男共の集団の中に居てはいけないと。


「でもトゥーヴァーさん、船はどうするんですか? ハバリーナ号、こんなになっちゃいましたよ……」

「……一度沈んだ船だよ。それにもう皆で決めたんだ。これで終わりにしようってね。最後にもう一度奴隷商人と戦えて、さすがに皆これで満足さ。アハハ」


 トゥーヴァーさんは明るく、そう言った。


「あの、オランジュ少尉……あの見た目が少しゴリラに似てらっしゃる軍人さんが、ハバリーナ号の代わりにキャラックを一隻持って行っていいとおっしゃってるんですが」


 これは本当だった。オランジュ少尉は人間味豊かな人で、幽霊だってガイコツだって正義の為に戦ってくれたなら仲間だと。彼らが差し出してくれた船の為に、代わりの船くらい進呈しようじゃないかと。そう言うのだ。

 だけど。これを聞いたトゥーヴァーさんは血相を変えた。


「ま、まさかマリー!? まだアタシ達に働けって言うのかい!? 新しい船に乗ってこれからも給料無しで戦えって!?」


 近くでハバリーナ号の甲板に最後のモップがけをしていたガイコツさん達も、慌てて塗炭板を持って駆け寄って来る。


『勘弁して下さい』

『もう退職させて下さい』

『これ以上働けません』


「わ、解りました! 解りましたから! だけど! ……皆さん、これからどうするんですか!?」


 ガイコツ達がお互いに頷き合い、トゥーヴァーさんに向かって何か喋っているような仕草をする。


「骨としてはこのまま船と一緒に沈んでいたいって。魂としてはこれを期に異世界にでも転生したいってさ」



 この人達には、満月の夜にここに来たらまた会えると思っていたのに。

 だけどもう終わりにしたいって言ってる人を無理やり引きとめたりしたら、こっちの方がお化けか奴隷商人の類になってしまう。


「ハバリーナ号のトゥーヴァー海賊団は、今夜で解散さ。本当はとっくに解散してたはずなんだけど、マリーのおかげで、勝って終われそうだよ。その昔……ハバリーナ号はコルジア軍に叩かれて沈没、アタシも船と一緒に沈んだのに。コルジア軍は、アタシを処刑台に掛ける為に、わざわざ潜って助けたんだよ! ……ま、さんざん好き勝手やってたから仕方無いんだけど。それがこうしてさ! 仲間と笑い合って終われるんだから! 本当にアンタには感謝しかないよ!」


 これは、聞いてもいい話なんだろうか。


「あの」

「ん?」

「それでトゥーヴァーさんとその仲間達は、どうして幽霊船になって復活したのでしょう?」


 トゥーヴァーさんとその仲間達は……お互いに顔を見合わせる……

 首を振る仲間達、手を振る仲間達……


「みんな知らないし、アタシも知らないねェ」

「そうなんだ……」

「いや、マリーが復活させたんじゃなかったっけ?」

「あれは……いえ……」



 入り江の中では宴会が始まったらしい。まだ女子供が戻って来てないのに暢気だなあ。ああ……父がまたガイコツ達の太鼓で踊ってる……

 あの踊りを私に教えてくれたのも父だ。踊りと言っても北大陸のお屋敷の中でやっているような優雅なやつではない。あれは南大陸内陸のラゴンバの人達の文化で、大地や雨雲への感謝を表現するとか、そういう踊りらしい。

 この前は船の上で、ガイコツさん達は歌は歌えないので太鼓に合わせてひたすら踊るだけだったのだが、今日は歌が入っていて、より楽しそうだ。



 だけどお父さん。沖からフォルコン号が帰って来ましたよ。



 捕虜だった人達もすっかりガイコツの皆さんに慣れてしまったようで、友達のように仲良く騒いでいらっしゃる。

 今は楽しそうにしてるけど、これからがまた大変なんだよね、あの人達も……コルジア軍はあの人達の帰還をどこまで手伝ってくれるんだろう。


 残念ながら亡くなった人も少なからず居る……私は、出来れば女子供が解放された事を最後まで伏せておきたかった。

 私達がそれを明かした事で、海賊達と戦う決意を固め、向かって行ったせいで、返り討ちに遭ってしまった人も居た。


「あははは、父さん、あはは、俺にも教えて、あははは」

「体で覚えるんだ、体で! 見てたって覚えられないぞ、まずはやってみろ!」


 そして人が萎れている時にアナタ何ですかカイヴァーン。そんな顔してるとこ初めてみましたよ。楽しそうに……それ、私のお父さんだよ。まあ、いいけど。カイヴァーンには特別に貸してあげるよ。いつもありがとう、カイヴァーン。ていうか君、鉄砲で撃たれて怪我してたよね?



 私は海兵隊の外套をまとったまま、父やカイヴァーンが踊っている所に近づいて行く。


「どうした、マ……コホン。どうなさいました、マリー船長」


 周りには海兵隊さん達もちらほら見られる。オランジュ少尉と海兵隊さんは宴会には混ざらず、周囲と牢獄を警戒している。あの人達こそ休憩時間は無いのかしら。


「こんな男ばかりの所に来てはいけませんよ、早くあちらに戻られては」

「フォルコン号が来たわよ」

「え……あ、ああ、そうですか……諸君! 私はちょっとトイレに!」



 私は敢えて。父の手を掴む事も、呼び止める事もせず。走り出した父の背中を見送る。


 岩棚を繋ぐ階段を登って行く父……通路から通路へ……途中海兵さんに敬礼なんかして……ガイコツとハイタッチ……また階段を登り……駆け去って行く。


 結局、こんなものか。

 15歳の娘を持つ男。航海日記に娘の事ばかり書いていた男。あまりにも水夫達に娘の話ばかりするもんだから、水夫が初見で私をマリーと解るようになってしまった、ちょっと親バカぶった男。

 二回だけ、こっちを見たな。一度は手を振って来たので……私も手を振ってやる。


 まあいいや。


 私も少し大人になりました。敬愛すべきアイビス国王陛下は認めて下さいませんが。私、お父さんが一緒じゃなくても、生きてはいけます。


 お父さんが生きてる事も解った。想像以上に元気だという事も。そして今すぐ船に戻る気は無いという事も。はぁ。溜息が出る。

 ばあちゃんが亡くなった事も確かに伝えたわよ。いっぺん墓参りに行け、親不孝のバカ息子め。



 さて。父は罪滅ぼしをする気は無いみたいだけど……私には断罪の時間が近づいていた。


 フォルコン号が近づいて来る……オランジュ少尉と二人の海兵さんがボートで水先案内をしてくれている……少尉はこの役を喜んで引き受けてくれた。ボートには奴隷商人の捕虜だった人も二人乗っている。


 ハバリーナ号の船尾の柵の前に立つ私。私の隣には半透明のトゥーヴァーさん、その周りにはガイコツの皆様……皆陽気に、フォルコン号に向けて手を振っている。


 アイリさんが甲板に膝から崩れ落ちる。

 ロイ爺が何度も目をこすって望遠鏡を見直している。

 アレクも尻餅をついたな。

 不精ひげは波除板にもたれて頭を抱えている……ウラドは平静を装っているけど、あれは怒ってるわね。

 そして甲板はパニックだ……何せ80人もの女子供が乗っているので……大丈夫かしら?海に落ちたりしないでよ?オランジュ少尉と、二人の元捕虜が一生懸命説明しているようだが。


「お前らもっと、女子供に好かれる感じ出せない?」


 トゥーヴァーさんが無茶振りをする。ガイコツ達がより陽気に踊ってみせる。微妙だな……

 ん?ガイコツさんが一体……剣を一振り持ってやって来る。

 トゥーヴァーさんが、居住まいを正す。


「マリー。どうしてもこれだけは受け取ってくれないか。アタシの愛用の剣だ。マリーに持っていて欲しい」


 私はガイコツさんからそれを受け取る……細身の直剣ですかね……鍔の飾りに赤い大きな水晶みたいなのがついてますよ。私に使えるかしら。いや、いつものサーベルよりむしろ軽いかも。軽い。


「ありがとう……トゥーヴァーさん。貴女に会えて本当に良かった」

「元気でやんなよ……アンタ、アタシより無茶な女みたいだけど……まあ思い切りやったらいいや。ん? ああ……こいつらも、マリー船長の下で働けて良かったってさ」

「給料、お渡ししたかったです」


 トゥーヴァーさん、ガイコツのみなさん、本当にありがとう……幽霊船にこんなに素敵な人々が乗っていていいのかしら。あ……あのガイコツは確かベネロフさん……仲間が出来て良かったね。私はまだ幽霊やガイコツになるのは嫌だけど、どうしてもならなきゃいけないなら、ハバリーナ号みたいなのがいいな。


 フォルコン号のパニックもどうやら収まったようだ。まあ、父や兄、夫達が、そのガイコツさん達とフレンドリーに肩組んだりしてるのを見て、安心したんだろうか。そのガイコツ達が、皆さんの家族を助けてくれたヒーローですよ。



 錨を下ろしたフォルコン号とハバリーナ号の間に、ブリッジが掛かる。

 私は女子供の皆さんにとっては悪役マリーなので、ガイコツ達に捕まった風に頭を下げて佇む。

 女子供の皆さんは、口々に何かを叫びながら、ハバリーナ号の方へ、そして入り江の方へ走って行く。そして、あちらこちらで……再会を喜び合う光景が繰り広げられる。


 もう全員行きましたか?行きましたか。

 オランジュ少尉のボートが近づいて来る。


「マリー船長!ダルフィーンへは行ってくれるんだよなー?」

「ええ。大丈夫と思います。コルジア軍の応援を呼んで来ます」


 船長が私かどうかは解らないが、それは多分出来るだろう。


「これ、ありがとうございました」


 私はオランジュ少尉に外套を返すと、ブリッジを通り、フォルコン号へと戻る……その前に一度だけ。私は振り返る。


 まだ『社畜』と書いた鉢巻きをしたまま。ガイコツさんが手を振っている。

 ハバリーナ号のマストにはまだ『パスファインダー商会』と書かれた帆が残っている。

 急になんだか可笑しくなって、私は思わず吹き出し……そして手を振り返す。


 不精ひげも、ロイ爺も、ウラドも、アレクも、アイリさんも……そんな私を遠巻きに見ている。引いている。


「皆、あの、姉ちゃんがした事には訳があって」


 後から慌てて戻って来たカイヴァーンが言い掛ける。


「いいのよカイヴァーン」


 私はトゥーヴァーさんから渡された剣をカイヴァーンに預けると、黙って下層甲板へと降り、船員室、いや船牢の方へ向かう。水夫達もついて来る。


「皆様、おやすみなさいませ」


 私はそう言って深々と頭を下げ、自ら蓋を閉めながら、船牢に飛び降りる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ご来場誠にありがとうございます。
この作品は完結作品となっておりますが、シリーズ作品は現在も連載が続いております。
宜しければ是非、続きも御覧下さい。


シリーズ全体の目次ページはこちら
マリー・パスファインダーの冒険と航海
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ